連載小説「通販カタログ」(16) (Pixiv Fanbox)
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(16)
一夜明けて、金曜の朝。
「い、いってきます」
「行ってらっしゃい。ふふっ、頑張ってくるのよ」
「う、うん」
母さんに見送られ、ぼくはゆっくりと外へ出る。
着ているのはもちろん中学の制服――けれど男子用の学ランではなく、女子用のセーラー服だった。今週はじめに、桃花さんからもらったものだ。それも、ちょうど今週から衣替えの季節に当たっているので、合服の白い長袖セーラー服だ。
女装での外出は、これで4回目。けど自分から女装して学校に通うのは、まったく別の緊張感があった。
変だと思われたらどうしよう。男のくせに、女子制服を着て登校するなんて変だ、気持ち悪いって言われて、オカマ、変態と罵られたら。
でも――
(もちろん、学校に着て来てくれてもいいわよ。その時はサポートしてあげるから)
桃花さんの言葉を信じて、ぼくは学校に向かう。スカートで歩く通学路は新鮮で、いつもとはまるで違う景色に見えた。ドキドキしながら歩いていると、
「あ、瀬川くん? おはよう!」
「おはよー。へー、ついに女子制服で登校したんだぁ。凛たちの言ってた通りだね」
通学路の半ばほど来たところで、クラスメイトの女子に見つかった。
「お、おはよう……っていうか、なんでそんな、驚いてないの……? それに、凛さんたちが、なに……?」
彼女たちがあまり驚いていないことに、逆にぼくが驚いていると、
「凛と桃花がね、瀬川くんにセーラー服をプレゼントしたから、近いうちに女子制服で登校するかもしれないって言ってたの」
「そうそう。だから、瀬川が女装で登校して来たら、女の子として扱ってあげてねって」
「うん。これから瀬川くんは女の子ってことで」
「う……うん。みんな、ありがとう」
学校についてからも、おおむね似たような反応だった。月曜に女装させられた時と同じだ。凛さんや桃花さんをはじめとして女子からはおおむね歓迎と揶揄、男子も半分近くは面白がり、残りも大部分は無関心といったところだ。
始業のチャイムとともに入ってきた六角先生(体育担当教諭、42歳独身男性)も、
「出席を取るぞ~……って、なんだ、どうした。瀬川、お前女子制服で学校に来たのか? なかなか似合ってるじゃないか。じゃ、出欠を――」
苦笑いしただけで、特に問題視するつもりはないようだった。
ほっ。良かった、このぶんなら、セーラー服での通学を続けられそうだ――そう、思った矢先。
「先生。男子が女子制服で通学するのは、校則違反じゃないんですか?」
学級委員の四方山明春(よもやまあきはる)の発言が、場の空気に冷水を浴びせた。
明春はぼくと同じくらいの身長で、眼鏡をかけた男子だ。同学年で家が近かったことから、小学校の中学年まではちょっと仲が良かったんだけど、高学年では別クラスだったせいで、中学に入ってからは疎遠気味のクラスメイトだ。
六角先生は顎の不精髭を撫で、
「うーん……厳密にはそうなんだが、ま、いいんじゃないか」
「よくねーだろ! 男がスカート穿いてるなんて、きもちわりーって!」
「そうだ、そうだ!」
続けざまの声に、ぼくはお腹の底から冷えてくるような寒気に襲われた。
声を上げた二人の男子は、三善亮と五反田信樹だった。この二人は仲がいい。亮はクラスでは一番小柄ながら、運動神経が良くてクラスでは一目置かれている。信樹は逆に、クラスでも源太に次いで背が高く、バスケ部の部長をしていた。
そうだ。月曜に女子制服を着ていた時も、この二人――それと明春は、気に入らなさそうにぼくのことを見ていたんだっけ。
冷えた空気に、しかし先生は暢気な調子で腕を組み、
「別に女子制服で通うくらい、大したことじゃないだろう。誰にも迷惑は掛かっていないわけだしな。それより出欠を取るから、静かにするように」
そう宣告すると、クラスの大半からは安堵の声が漏れる。あの男子三人は不満げだったけど、さすがにここで先生に言い募ることはしなかった。
はぁ……やっぱり、ルール違反だと考える人もいれば、気持ち悪いって思う人もいるよな。先生が認めたのだって、クラスの空気的にあんまり事を荒立てたくなかったって感じだし、もしも風向きが変われば、女子制服の通学はだめって言われてしまうかもしれない。
けど――
(大丈夫だからね、裕ちゃん)
隣の席の凛さんが、小声でぼくに話しかけてきた。
(裕ちゃんが女子制服で通えるように、あたしたち、全力で応援するから!)
(う、うん、ありがとう……)
応援と言いつつかなり楽しんでいるようにも見えたけど、まぁそれはともかく。
恥ずかしさはあったし、否定的な声はしんどかったけど、セーラー服を着て、スカートを穿いて授業を受ける喜びに、ぼくはずっと胸を高鳴らせていた。そうだ。こんな風に女の子の制服を着て学校に通い、授業を受ける――そんな妄想も、していたんだ。緊張のせいで勃起こそしていないけど、ショーツの中ではぼくの分身が小さく震えながら、喜びに涙を流すように先走りを漏らしていた。
これからも、女装で通学できるといいんだけど――
(続く)