連載小説「通販カタログ」(17) (Pixiv Fanbox)
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結局、トラブルらしいトラブルもなく、その日一日を終えることができた。
いちばん大きな騒動は、体育の着替えだった。女子制服を着ているとはいえ、着替えはとうぜん男子の教室で――そう思っていたんだけど、凛さんと桃花さんに両側から引きずられるようにして女子の教室に連れていかれ、結局ぼくはそっちで着替えることになってしまった。この時も、三善亮と四方山明春の刺すような視線が痛かった。
もちろん隣のクラス(体育は2クラス合同なのだ)には事情を知らない女子生徒もいるため、最初にぼくは自己紹介をさせられた。
「1組の、瀬川裕一です。その、今日から女子制服で通学することになりました。あの、凛さん、桃花さん、ほんとにぼく、こっちで着替えないとダメなの……?」
「ダメダメ。可愛い裕ちゃんが男子と一緒に着替えてたら、襲われちゃうよ?」
「ええ。裕ちゃんはもう、女の子なんだから、ちゃんとこっちで着替えなきゃ」
無茶苦茶だった。他の女子に猛反発されるんじゃないかとビクビクものだったけど、意外とあっさり受け入れられたのは、着替えと言っても下着を見られるようなことはないから――というのが本音のようだった。ハーフパンツはスカートの中に穿けばいいし、体操着シャツはブラウスの下に着ているのだ。
むしろ、ちゃんと下に体操着を着ていなかったぼくのほうがじろじろと見られて、
「裕ちゃんってば、まだキャミなんだー。うふふっ、小学生みたい」
「もう中学生なんだから、ちゃんとブラを付けないとダメだよ?」
「そうそう、ブラをつければ、ちょっとはおっぱいも膨らんで見えるし」
「も、もう、からかわないでよ……!」
逆にぼくの方が真っ赤になって、胸元を隠す羽目に陥ってしまった。
さらにハーフパンツに着替えた後も、
「あれ? 裕ちゃん、ブルマーもってたよな? せっかくだし、あれ穿けばいいのに」
「あ、あれはパジャマ用だから……!」
「えぇー、裕ちゃん、ブルマーもってるの?」
「裕ちゃんのブルマー姿見たいなぁ。今度からは、ブルマーで体育の授業受けてよ!」
と、来週からはブルマーで体育の授業を受ける約束をさせられてしまった。今どきブルマーなんて、女子小学生だって穿いてないのに恥ずかしすぎる。
ともあれ、いろいろあったけど無事に学校を終わらせて帰宅したんだけど――イベントはまだ、終わっていなかった。
自分の部屋に戻ったぼくが見たのは、今まで着ていた男物の服が、クローゼットやハンガーから、一着残らずなくなっていた光景だった。
「か、母さん! ぼくの服は!? 男子制服とか、ズボンとか……!」
「まとめて段ボールにしまって、物置に入れちゃったわよ。もう着ないんだからいいでしょ? 制服は無理だけど、他のは後でフリマアプリにでも出品するわね。まだ綺麗だし」
「そ、そんな……! 一着くらい、とっておいても……」
「どうせ着ないんだからいいでしょ? 売れたお金で、新しい服を買ってあげるから」
「うっ……」
確かに母さんの言うとおり、もう着ることはほとんどないだろうし、それで新しい服が買ってもらえるなら悪い話ではない。なにより
(もうずっと、女の子の服しか着られないんだ――)
(中学の女子制服と、小学生用の女児制服と、凛さんたちにもらった女児服、女児スーツ――それにパジャマ用の、スクール水着とブルマーだけしか……)
その感覚は、恐ろしくも甘美だった。
戦慄しているぼくに、母さんはさらなる爆弾を投下する。
「そうそう、パジャマも新しく買っておいてあげたわよ。いままでパジャマにしてたブルマーとスクール水着は、部屋着にでもしなさい。これからは暑いし」
「えっ、ブルマーとスクール水着を、部屋着に……!?」
「もちろん外で着てもいいわよ。ブルマーでジョギングしたり、市営プールにスクール水着で行ってきたりしても」
「し、しないから!」
一瞬――ほんの一瞬、「楽しそう」と思ってしまった内心を押し隠して、ぼくは叫ぶ。けれどくすくすと笑う母さんの様子を見るに、どうやらそんなぼくの心の動きもバレているみたいだ。
「う、うん、わかった……それで、新しいパジャマって……?」
「ふふっ、それはお風呂上がりのお楽しみ」
いったいどんなパジャマなんだろう。ぼくは期待と不安に胸を高鳴らせた。
そして、その夜――
「いいじゃない。ふふっ、似合ってるわよ」
「ああ。とっても可愛いぞ、裕一。まるでお姫様みたいだな」
「う……あ、ありがとう……」
お風呂あがり、「パジャマ」に着替えたぼくはさっそく両親にお披露目し、まるで小学生の娘が言われるような感想に、湯上りの肌をさらに赤くした。
用意されていたのは、ピンクのネグリジェだった。胸元は重ね着したようなヨーク襟で、フリルのついた大きな丸襟。襟もとには赤いリボンが縫い付けられ、前立ての左右にはピンタックが並んでいる。フリルのついた裾は足首近くまであり、本当にお姫様の夜着みたいだ。頭には、白いフリルがついたピンクのナイトキャップまでかぶっている。
夜の時間をしばらくリビングで過ごした後、ぼくは部屋に戻ってベッドに入ったんだけど――このネグリジェという寝間着が、なかなかの曲者だった。
長い裾がベッドの中でも絡みつくせいで、寝ている間も意識してしまうのだ。男子中学生の自分が、女子小学生みたいな可愛いピンクのネグリジェを着て寝ているんだってことを。
「うぅ、眠れない……」
体が火照って目が冴えてしまい、結局ぼくは夜中に一度起き出して、ネグリジェ姿の自分を見ながらオナニーしてから、ようやく眠りにつくことができたのだった。
(続く)