連載小説「連載カタログ」(10) (Pixiv Fanbox)
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(10)
「瀬川くん、なんか女の子っぽくなったね」
「えっ!?」
週明けの月曜日。
中学の休み時間、弁当も食べ終わって源太とだべっていたところで、すぐ隣の席で同じようにおしゃべりしていた女子にそんなことを言われて、ぼくの心臓が大きく跳ねた。
当たり前だけど、今は男子用の詰襟制服を着ている。いくら家の中で女子小学校の制服を着ているからって、学校でバレる要素があるわけないんだけど。
「そ、そうかな……どのへんが?」
「ん-、まず髪型かなー。前まで雑に伸ばしてたのが、なんかこう、おかっぱっぽくなったっていうか」
そう言ったのは、一ノ瀬さんだった。くしゅくしゅのボブカットに二重瞼、彫りの深い顔立ちが、ちょっと日本人離れした印象だ。あと胸がでかい。
「あ、ああ、そういうことか。いつもと違う美容室に行ったら、こんな風にされちゃって」
「それだけじゃないわ。仕草も女の子っぽい感じがするもの」
ぎくっ。二宮さんの言葉に、ぼくは内心ぎょっとする。表情に出てないといいんだけど。ちなみに二宮さんは一ノ瀬さんと対照的に、いかにも和服が似合いそうななで肩の和風美人だ。こっちは胸が小さい。
「さっき座るとき、太ももに手をやったでしょ? ああいうのって、スカートを穿いている女の子の仕草だし」
「そ、そうだっけ? 無意識だから気付かなかったな~……」
すっとぼけて視線を逸らす。ひたすら逃げの一手か、あるいは別の話題に逸らそうかと考えていた時だった。
「なー、瀬川。ちょっとあたしの制服、着てみないか?」
「せっ!?」
やべっ、驚きすぎて、変なところで区切って叫んでしまった。案の定、クラスのあちこちから変な視線がむけられている。
「ぼ、ぼくが、一ノ瀬さんの、せ、制服を……?」
女子の制服は、襟に白のラインが入った紺地のセーラー服に、白いスカーフを結ぶものだ。シンプルすぎて一部の女子からは「ダサい」と言われていたけれど、ぼくはあんまりそうは思わない。女子小学生の制服と同じで、シンプルだからこその可愛さがある。
「そうそう、似合うと思うな。あたしとなら、そんなに体格も変わらないだろ?」
「た、確かにそうだけど、でも……」
どうしよう。実のところ、前々から着てみたくない気持ちがなかったと言えば嘘になる。けど恥ずかしいものは恥ずかしいし、中学生活に変な影響があるかもしれない。小学校の頃ほどではないにしても、「オカマ」は男子にとってイジメの対象なのだ。
迷ったぼくが、さっきから苦笑していた源太を見ると、
「いいんじゃないか? 似合うと思うぜ、裕一なら」
「だよね? ふふっ、瀬川くん、観念して着てちょうだいな」
「も、もう、しょうがないな……一回だけだからな?」
二宮さんのダメ押しに、「いかにも恥ずかしくて嫌だけど、空気に押されて仕方なく」――そんなていを装って、うなずいたのだった。
*
そして、15分後。
「わぁっ、可愛い!!」
近くの空き教室で一ノ瀬さんと制服を交換して教室に戻ってくると、待ちかねていたらしい女子に一斉に囲まれてしまった。
「ほんとに瀬川くん? 女の子にしか見えないんだけど」
「男子なのにこんなに似合っちゃうなんて、妬ける~」
「でも、胸はないわよね……」
そんな勝手な感想に、
「に、似合ってるなんて言われても、嬉しくないんだけど……」
「そういうなよ。よく似合ってるぜ。胸がない以外は。何ならブラもつけるか?」
「つけないよ!!」
ぼくの詰襟を着た一ノ瀬さんに揶揄われて、ぼくはますます赤くなる。
紺地に白のラインが入ったセーラー服。スカートの穿き心地にはちょっと慣れていたけど、このセーラー襟の重みはまた独特だ。胸元に大きく広がるスカーフも、ついつい指でいじりたくなる魅力がある。ドキドキと心臓が鳴って、スカートの下のモノが反応してしまいそうに――
「そういえば、下着はどうなってんの?」
女子の一人が、ふいにそう言ってぼくのスカートをめくりあげた。
「ひゃあっ、な、なにするんだよっ!」
慌ててスカートを押さえて抗議するが、
「あははーっ、悲鳴も女の子みたーい!」
「でも、下はトランクスなのね、残念」
「何を期待しているんだよ……下まで女物なんて、完全に変態だろ……」
苦情を言ってはみたものの、家では女児用下着を普通に着てることを考えると微妙な気分になる。少し離れたところで源太が笑いをこらえているのが見えた。
ぼくの斜め後ろ、さきほどセーラー服の着替えを手伝ってくれた二宮さんがくすくす笑いながら、
「ふふっ、いい感じじゃない。そうだ、私のお姉ちゃんの――」
何か言いかけた、その時だった。
授業開始を告げるチャイムが鳴り響き、
「ちょっ……もう、着替える時間がないじゃん!」
「あははっ、諦めてこのまま授業を受けような! ちょっとした冗談だっていえば、先生も硬いことは言わないだろ!」
「そ、それはそうかもしれないけど……ううっ、恥ずかしい……」
しかし時すでに遅し。結局ぼくは5時間目と――さらに6時間目の授業も、一ノ瀬さんのセーラー服を着たまま受けたのだった。
(続く)