連載小説「通販カタログ」(9) (Pixiv Fanbox)
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(9)
泣きそうになりながらも、ぼくは二人にお礼を言う。
「う、うぅ……あ、ありがとう、ございます……」
「どういたしまして……っていうか、もしかして男の子?」
「え? ほんとだ、ゆういちって……!?」
名札に気付いたのか、二人の女子高生はキャッキャとはしゃいだ声を上げる。
ほら! また名札のせいで恥ずかしい目に遭ってるじゃんか! 恨みがましい目で両親をにらむと、二人ともすっとぼけるようにそっぽを向いた。ちくしょう。
どちらも可愛いJK二人に挟まれるなんて、こんな時でなければドキドキする光景だったけど、今は別の意味でドキドキしっぱなしだ。二人の声はかなり大きくて、駅前中に響いてしまっている。
「やだー、男の子なのに、女の子の制服を着て、ランドセルを背負って……しかも下は、スクール水着なんて……」
「ね、ね、一緒に写真撮っていい? リアル男の娘、初めて見たし!」
「え、えっと……は、はい、どうぞ……」
父さんと母さんは少し離れた場所で待ち、ぼくは女子高生二人と一緒に写真を撮影される。何だろう、高校生のお姉さんとスリーショットなんて、嬉しいはずなのに嬉しくない。
何枚か写真を撮って満足した二人と別れ、ぼくらはファミレスで食事にした。ここでも店員さんにじろじろ名札を見られたり、母さんに「キッズメニューにしない?」なんて言われたりもしたけれど、ともかくこれで今日の「お出かけ」はおしまいだ。
じっさいのところは3時間ちょっと、まだお昼を少し過ぎたくらいなのに、なんだか一日中連れまわされたみたいな疲労を感じる。冷静に考えると、スクール水着の上からイートン吊りスカの制服一式、背中にランドセルを背負ったニッチな女子小学生スタイルなのに、胸元には男名前の本名を書いた名札をつけて外を歩くて、そうとうアレなプレイなのでは……? ううっ、改めて恥ずかしさがこみあげてきた……
ようやく見えてきた近所の風景に、ほっと一息つくと同時、ふと気づく。これ、もしご近所さんが外に出てたら、ぼくの今のこの姿を見られてしまうんじゃ……?
怯えるように外を見ると、早くも我が家は目の前。しかし幸いなことに、周囲に人影はない。ほっ、あとは早く家の中に入ってしまえば、ぼくの勝ちだ。
母さんがカギを開けるぎりぎりまで車の中で待って、なるべくご近所さんに見られないように家の中へ――
「失礼しまーす……って、おっ、裕一か?」
家の外門からの胴間声に、ぼくはぎょっと振り返る。
そこにはちょうど、自転車から降りてきたばかりの友人――源太が、ぼくを見ていた。
「げ、源太!? あの、これはだなっ……!」
青くなるぼくだったが、父さんと母さんはいつも通りで、
「よく来てくれたね、源太くん。いつも息子がお世話になってる」
「いらっしゃい、ちょっとバタバタしてるけど、ゆっくりしていってね」
「いえ、こちらこそ――その、オレ、外で待ってるんで」
「気にしなくて大丈夫よ。さぁ、上がってちょうだい」
そんな(うろたえているぼくを完全に無視した)やりとりの末、けっきょく源太もぼくと一緒に部屋に上がることになり――
「ふんふん……なかなか似合ってるぜ、裕一」
「う、うるせぇ! っていうか、あんまりびっくりしてない気がするんだけど?」
「あー、まぁ、知ってたしな」
「え」
源太の答えに、また青くなる。
「知ってたって、なんで……?」
「いやだって、遊びに来た時に洗濯物干してあるのが見えてさ。明らかに小学生用のシャツだの、ブルマだのが干してあったら、そりゃお前のだって思うだろ。さすがに裕一の母さんや、まして親父さんが着てるとは思えないし」
「それは……うん」
あまり考えたくはない。と思ったけど、男子中学生の自分が着ているのも同じようなものなので黙っておく。
「それを見かけるちょっと前に、髪の毛切ってたのもあったから、まぁそういうことなんだろうなって。秘密にしてるのかと思って言わなかったけど」
「お前、意外と鋭いんだな……っていうか、洗濯物でバレたんなら、ご近所さんにもバレて……?」
「いや、車庫のあたりにまで入らないと洗濯物は見えないから、それは安心していいと思うぜ。あそこに自転車を止めようとすると、ちょうど見えるんだ」
「ほっ……い、いや、よくないけどな! っていうかやっぱり着替え――」
改めて、親友に女子小学生姿を見られている恥ずかしさに顔が熱くなってくる。
しかし源太は「はっはっはっ」と笑って、
「着替える時間がもったいないだろ? 俺はぜんぜん気にしてないから、早くゲームやろうぜ」
いつも通りにテレビのスイッチを入れ、ゲーム機を起動させ始めた。
はぁ、これじゃ気にしているぼくの方がバカみたいじゃないか。いやでも、中学の友達が遊びに来ているのに、女子小学生スタイル(しかも下はまだスクール水着のまま)で一緒に遊ぶって、かなり異常なシチュエーションでは?
なんてことを考えながらも、ぼくと源太はいつも通りの対戦ゲームで遊び始めた。
動揺でいつものように指が動かず、凡ミスばかり繰り返していたけど、なぜか対戦成績はいつも通り五分五分。
……もしかして源太も、顔に出さないだけで動揺しているんだろうか?
しかしそれを確かめる勇気はぼくにはなく――曖昧にしたまま、ゲームに没入するふりをすることしかできなかった。
(続く)