連載小説「通販カタログ」(8) (Pixiv Fanbox)
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(8)
下半身が頼りない。特にお尻側は、まるでむき出しで外気に触れているように無防備に感じる。長い間スカートで外を歩いているからだろうか。
そんなことを歩きながら、ぼくは父さんと母さんに挟まれるようにして駅前を歩いていた。二人に話しかけられている気もしたけれど、霞がかかったようにぼんやりとしている。
ただはっきりと感じるのは――頭にかぶさる帽子、歩くたびに翻って足に纏いつくスカートの裾。
そして肩のベルトから伝わる、背負ったランドセルの重みだった。
ぼく、女子小学生の制服を着て、ランドセルを背負って、外を歩いているんだ――。
旧式スクール水着を試着させてもらった後、制服の上着と学童用品、スクール水着を購入して、ぼくたちは文月制服店を出た。もちろん水着のままではない。もとのブラウスと吊りスカートの上から、ジャケットを羽織り、黄色い通学帽子をかぶっている。
さらに胸元には「市立第七小学校 3年1組 せがわゆういち」と書いた名札をつけていた。ちなみに七小は、2年ちょっと前までぼくが通っていた学校だ。お店でサインペンを借りて、さっそく書き入れさせられたのだった。
「いや、名札を見られたらぼくが男だってバレちゃうじゃん……!」
「大丈夫よ、そんなにまじまじ見る人はいないわ」
「何も書いてなかったら、逆に変に思われるぞ」
そんな母さん父さんの言葉に従って書いたんだけど、恥ずかしい目に遭う予感しかしなかった。
そして早くも次に向かった先――駅ビル7階、色とりどりのランドセルが並ぶ売り場で、ぼくの予感は的中する。
「いらっしゃいませ~。どうぞごゆっくり、ご覧下さい」
細い目をした売り場の女性店員さんは、ちょっと不思議そうな顔でぼくたちを出迎えた。
無理もない。ランドセルを買うのは普通、小学校入学前の子だ。すでに小学校の制服を着た、身長152センチの「女の子」が来るのは珍しいだろう。
「あら、ずいぶん大きなお嬢様ですね。何年生かな?」
「えっと、その……」
3年生と言えば3年生だけど、小学生ではない。いったいどう答えたらいいものかと迷っていると、
「ふふっ、恥ずかしがらなくても大丈夫よ。あなたが男の子だってことは、名札に書いてあるから判ってるわ。さ、本当はいくつなのか、教えてくれる?」
「ひっ――あ、あの、ごめんなさい、中学、3年生、です……」
やっぱり名札のせいで、全部バレてるじゃないか……っていうかもしかして、最初に出迎えられたくらいの距離からでも普通に名前が見えてた? だとすれば、ぼくはずっと男子だってバラしながら、駅前を歩いていたことに……
今さらながらに恥ずかしさがこみあげて真っ赤になっていると、
「あらあら、そうなのね。ふふっ、恥ずかしがらないでも大丈夫よ。裕一くんにぴったりの可愛いランドセル、一緒に探しましょうね」
「う……は、はい……ありがとうございます……」
女子小学生になりきりたい男子中学生――そう思われたんだろう。間違ってはいないけど、でもやっぱりいろいろ誤解がある気がする。
その後は普通に、お店でランドセルを選んだ。一口にランドセルと言ってもいろいろなデザインがあり、特に女子用はアリス風やらローズ柄やら、お洒落なデザインが豊富で、色も赤一色だけではなく、水色、ローズピンク、ソフトピンク、ブラウンなど揃っていた。でもやっぱり――
「ふふっ、裕ちゃんはこれがいいのね」
ぼくが選んだのは、小学生のイメージ通りの、シンプルな赤いランドセルだった。派手なランドセルで目立ちたくないのもあったけど、いま着ている地味な女児制服には、これが一番合う気がしたのだ。
そうして購入したランドセルを背に、いよいよ完璧な女子小学生スタイルになったところで――ちょうど昼時になったので、駅ちかくのファミレスへと向かっているところなのだった。男名前を書いた名札のせいで、行きかう人たちに男だとバレているんじゃないかと、気が気じゃない。
いやそれどころか、遠目からさえじろじろ見られている気がする。今どき古風な女子制服が珍しいんだろうか。それとも、何か変なところがあるんだろうか。名札を見られれば分かってしまうけど、遠くからもおかしく見えているんじゃ――
「あの、そこの子、ちょっと?」
「ひっ!?」
ふいに、声とともに背後から肩を叩かれて、ぼくはびっくりして振り替えった。
すぐ後ろにいた女子高生二人に、
「な、なんでしょうか……」
「あのね、言いにくいんだけど……スカートの後ろ側、ランドセルに巻き込まれてめくれちゃってるよ」
「えっ……やっ、ああっ!?」
そんなそんなそんなそんな。ぼくは慌てて後ろ側に手を回すと、確かにスカートはランドセルに挟まってめくれ上がっていて――その下に穿いていたスクール水着のお尻側が、丸見えになっていた。制服店で、下着には着替えずそのまま制服を着ていたのだ。
道理でさっきからお尻側が頼りないはずだ。いったいいつからこうなっていたんだろう。ランドセルショップを出るときからこうだったんだろうか。そこから駅ビルを通ってここに来るまで、ぼくはずっと、めくれ上がったスカートからスクール水着に包まれたお尻を丸出しにして――
父さんと母さんも気づいていなかったみたいで、バツが悪そうに謝っていたけど、いまのぼくにはそれさえどうでもいい、死にたくなるくらいに恥ずかしかった。
(続く)