「思い出のワンピース」(3) (Pixiv Fanbox)
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「思い出のワンピース」
1.10年目のワンピース(2)
とは、いったものの。
「やっぱり恥ずかしいって、これ……」
2階の自室で改めてそのワンピースを見ると、恥ずかしさが勝ってしまう。
何しろ本来なら、10は年下の少女が着る女児服。大きな丸襟も、ギャザーによってふっくら作られたパフスリーブも、そして何よりウエストから大きく広がるスカートも――男子高校生であれば絶対に着ることはないデザインである。
(なんで10年前のぼくは、こんな服を着たがったんだろう……?)
疑問に思いつつも、ワンピースと一緒に渡された紙袋の中を確認すると、いずれも純白のキャミソールとインゴムショーツ、そしてレースのついたショートソックスが入っていた。サイズは小柄な博希であれば着られるものだったが、少しげんなりする。
「し、下着まで……? 何もここまでしなくてもいいのに……」
とはいえ今さら断れず、あきらめて服を脱ぐ。
裸になると、贅肉がない代わりに筋肉もほとんどついていない、中性的な肢体があらわになった。優しげな陰部もほぼ無毛で、上にかすかな産毛が生えかかっているだけだ。
「まずは、下着からか――」
あからさまに少女用の、コットンのインゴムショーツとキャミソール。
前後ろを確認して足を通し、一気に腰まで引き上げる。腰回りが柔らかなコットンの布地にぴったりと包まれると同時、胸が痛いほどに高鳴り、未知の戦慄が背筋を走り抜けた。
(うう、怖いような、恥ずかしいような……なのに、ドキドキしてくる……)
続いてはキャミソール。男物のランニングシャツとは似て非なる、柔らかな質感が肌に密着する。ショーツを穿いた時に感じた高鳴りがさらに強くなり、息苦しくさえ感じるほどだった。
ついでにショートソックスも履いてしまう。ショーツやキャミソールよりも一段と女の子らしい、レースのついたデザインは、彼の心にさらなる動揺をもたらした。足首にチクチクと刺さるのも落ち着かない。
「う……なんで、女の子の下着を穿いただけで、こんなにドキドキしてるんだ……男のぼくがこんなのを着たって、恥ずかしいだけのはずなのに……!」
激しい心拍に痛む胸を、博希はそっと手で押さえながら、ついにワンピース本体へと取り掛かった。
ウエストの左右から伸びて腰の後ろで結ばれているリボンをほどいたあと、どうすればいいのかとしばらく悩んでいた博希だったが、襟足の切れ目の間にファスナーを発見する。つかんで下げると、お尻の後ろ側まで一気に開いた。
「へぇ、ここから着るようになってるんだ」
思わぬ発見に驚きつつも、着る段になると改めて緊張する。潜水前のように深呼吸を繰り返して、呼吸と気持ちを落ち着けてから、彼はついに、その中に足を入れた。
「っ!?」
途端に、つるりとした感触が足を撫でて、博希は大きく身震いする。ワンピースのスカートに、サテンの裏地が縫い付けられていたのだ。滑らかなサテンの肌触りは、少年の心に新たな波紋を作り出した。
加速する胸の高鳴りを無視して、博希は両足ともスカートの中に入れ、腰まで引き上げる。ひらひらとしたスカートの裏地が太ももをくすぐって、ズボンとは明らかに違う着心地に、再び背筋にあの戦慄が走った。
しかし、ここまでくればあともう少し。
左右の袖に腕を通す。パフスリーブが肩にきたら、襟の後ろにあるホックを留めて固定。腰の後ろのファスナーをつかんで、ショーツやキャミソールがかまないように注意しながら引き上げてゆく。
ぢ、ぢぢっ――
金具が噛み合いながら閉じる音に、博希は小さく身震いした。ファスナーを閉めたはいいものの、もし自分で脱ぐことができなければ、ずっとこの少女用ワンピースに閉じ込められてしまうのではないか――そんな恐怖に襲われる。
(だ、大丈夫、たんに服を着るだけのことなんだから――)
自分に言い聞かせながらファスナーを引き上げてゆき、ついに一番上に到達した。
最後に、ウエストの左右から伸びているリボンを腰の後ろで結んで締めれば――
「ぼく、着ちゃったんだ……あの写真の、ワンピースを……」
しっかりとした生地のワンピースは意外なほど重かったが、着心地そのものは悪くない。ただ、上半身はぴったりと包み込まれて、上腕の半ばほどのところにも袖口が当たっているくせに、ウエストから下――つまりはスカートの部分は、まるでなにも着ていないかのように無防備で落ち着かなかった。それでいて、揺れると裏地が太ももをこするのも、少年の心を辱める。
「でもこれ、ちょっとスカートが短すぎるんじゃ……?」
自分の体を見下ろして呟くが、さりとて鏡で確認する度胸もない。
「と、とにかく着たことだし、母さんに見せてこよう」
博希は呼吸を整えながら、リビングへと降りて行くのだった。
(続く)