「姉ママ」(6) (Pixiv Fanbox)
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(6)
(なら、窓から――)
もう一つの出口、窓から出るべくカーテンを開けようとしても、結果は同様であった。カーテンに手をかけた途端、起きた瞬間の状況に戻されてしまう。
(そんな――なら、せめてベビー服を脱いで、おむつを外して……)
ささやかな抵抗は、しかしこれまたすぐに理不尽な巻き戻しによってベッドに引き戻されてしまう。ベビー服の股間に並ぶスナップボタンを外したり、頭に被せられたボンネットを取ったりしただけでも、アウトらしかった。
(ミトンとおしゃぶりを外すくらいしかできないのか……!)
ヒカリはぎり、と奥歯を噛みしめる。
最初のパニックが過ぎて、恥ずかしさがじわじわとしみ込んでくる。何しろ大の男子高校生が、おむつを当て、女児ベビー服を着せられているのだ。股間に当たる布おむつの、表面はザラっとしているくせに、何枚も当てているためモコモコとした弾力もあり、さらにはぐっしょりと濡れている独特の感触が、彼の心を容赦なく辱めていた。
(さっきまで無我夢中だったから考えないようにしたけど、これってもしかして、おねしょ……? うう、気持ち悪い、気持ち悪いっ……!)
おねしょなんて、小学校低学年以来だ。ましておしっこに濡れたおむつが股間に密着し続けているのは、情けなくて涙が出そうだったが、自分ではロンパースの股スナップを外すことさえできないのだからどうしようもない。
(とにかく、何とかしてここから出ないと――!)
その後も扉の向こうや外に向かって大声を出して呼びかけてみたり、思い切って窓に向かって突進して見たりしたが、試みのすべては徒労に終わった。意識が暗転して元通りの場所に戻されてしまうのである。
いや、場所だけではなく――カーテンから漏れる光を見て、ヒカリはもう一つの異常に気付く。
(時間が……進んでない? いや、時間も起きた瞬間に巻き戻ってる……?)
もう10回以上は脱出を試みているはずなのに、分厚いカーテンからかすかに差し込む光の角度も、強さも、まったく変わっていない。弱々しい夜明けの陽ざしのままだ。
ヒカリはここに至って、ようやくこれらの現象の本質に近づく。
(くそっ、なんだこれ……夢って言うより、まるでロードされているような……)
(オレがイレギュラーな行動をとると、元に戻される感じなのか……? つまりはバグが出たらロードして、バックアップ時点までロールバックされるみたいな……)
(だとすると――変な行動をとらないようにしないと、時間が進まないのか……)
つまりはこのベビールックのまま、おとなしくしているしかない。永遠にループする時間の中にいるのも気が狂いそうで、覚悟を決めて最初の状態のまま、様子を見ることにする。
おしゃぶりも、ミトンも外さず――股間を冷たく濡らすおもらしおむつの感触にも耐えながら、ただひたすらに待つ。それは脱出を試みるよりもはるかに苦痛を伴う行為だったが、他に選択肢は思いつかなかった。
だが――
(いったい、いつまで待てばいいんだ……!)
体感で10分ほど待っただろうか、一向に変化は訪れず、ただ無為な時が流れてゆく。ある程度時間がたったら巻き戻っているのか、あるいはそもそも時間が流れていないのか、その区別すら曖昧だ。
(NGな行動をとらないだけじゃなくて、何かしないといけないのか? でも、この状況でできることなんて――)
(まるで選択式のアドベンチャーゲームみたいだ……いや、そう仮定して考えれば、答えが見つかるか……?)
プレイヤーは赤ちゃん。ドアを開けようとしたり、外に向かって呼び掛けたり、つまりは大人のような行動をとると失敗。かといって、待っているだけでもイベントは進まない。
(待て、外はまだ夜明け直後――つまりは、起きる時間じゃないんだ。起きる時間の前に、外から誰かを呼ぶ方法。それも、赤ちゃんとして呼ばないといけないんだから)
(つまり――)
ヒカリの頭に、ある行動が思い浮かぶ。それは17歳の少年にとって、あまりにも屈辱的な振る舞いであったが、この状況を打開できる可能性があるならやるしかない。どのみち、いつまでもおもらしおむつに下半身を包まれていたくはないのだ。
息を整え、覚悟を決めて――彼は大きな声で、
「う――うえぇん、えん、えん――」
ややわざとらしい声で、それでも精いっぱい赤ちゃんのふりをして、泣き始めた。
(さぁ、どうだ――)
(巻き戻りは起きていない。あとはこれで、周りの状況に変化があれば)
祈るような気持ちで泣き続けるヒカリの頭上で、部屋の電灯が、まるで正解を示すかのように光を放った。
(よし、あってた!)
ヒカリは眩しさに目を閉じながら、心の中で快哉を叫ぶ――が、
「あらあら、ヒカリちゃんったら、どうしたの? おねしょしちゃったのかしら?」
直後に聞こえてきた姉の声に、再び愕然と凍りついた。
(続く)