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「姉ママ」(4) (Pixiv Fanbox)

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  (4)  ――前日、土曜日の夜。  いつものように飲食店でのアルバイトを終えた男子高校生・牧村ヒカリが自宅に帰ってきたのは、日付も変わろうかという時間のことだった。  両親は早く寝てしまうため、起こさないよう静かに鍵を開けて家に入る。玄関の明かりをつけたところで、 「おかえり、ヒカリ」  低く抑えた声とともに2階から降りてきたのは、パジャマ姿の姉――アカリであった。  ラベンダーのパジャマは開いた胸元からは谷間が覗き、穏やかな物腰、ゆったりと後ろで結んだロングヘアと相まって、落ち着いた印象だ。なによりあふれ出す慈愛と母性が、まだ大学2年生、20歳にもなっていないとはとても思えない。  ヒカリは鼻を鳴らして、 「ただいま、姉ちゃん。別に出迎えに来なくてもいいのに」 「ふふっ、あたしもちょっと飲み物を取りに来ただけだから。それより、帰ってくるならちゃんと連絡しないとダメでしょ?」 「もう高校生なんだから、しなくてもいいだろ」 「あたしが心配なのよ」 「そんなに頼りないかなぁ……」 「頼りないとか、そういう問題じゃないの」  「もう子供じゃないんだから」と言いたくなるのを、ヒカリはぐっとこらえる。ここまでほぼ毎度のやり取りで、どうせ「大事な弟だもの」と返されるに決まっているのだ。かわりに少しひねって、 「ったく、親じゃないんだからさ……」  言ったところ、アカリはパッと顔を輝かせた。 「あ、それいいわね! ヒカリがあたしの子供だったら、いっぱい可愛がって、お世話してあげるんだけどなぁ」 「姉ちゃん、前に女の子の方が欲しいとか言ってなかった? 可愛い服を着せたいからって」 「んー、それはそうだけど……あっ、じゃあヒカリが女の子になってくれれば」 「無茶言うなよ……」  頭が痛くなってきた。ヒカリは逃げるように玄関を離れ、 「じゃあ、オレ、シャワー浴びてくるからな」 「はーい。あ、背中、流してあげ――」 「いらないから」  ついて来ようとする姉の前で脱衣所のドアを閉め、ヒカリはようやく一息つく。  姉はいつもああなのだ。弟の面倒を見る姉――と言えば聞こえはいいが、ヒカリとしてはいい年をしてお世話されることに辟易するし、自分がまだまだ頼りない子ども扱いされているような気分になる。さすがにクラスメイトに揶揄われることはなくなったとはいえ、恥ずかしいことに変わりはない。  シャワーを浴びたあと、ヒカリは2階に上がって、パジャマに着替えてベッドに入り、友達とSNSのやり取りをしたり、ソーシャルゲームをしたりとだらだら過ごしてから就寝した。いつもの土曜、いつもの夜、そしていつもの朝が来る――  そのはずだった。 (な、なんだ、これ……!?)  日曜の朝、目覚めたら世界は一変していた。  いつものベッドから――木製の柵に囲まれたベッドへ。その位置も壁際ではなく、部屋の中央に変わっている。  見慣れた濃紺の天井から――パステルカラーの天井へ。しかも頭上30センチほどの宙には、おもちゃや飾りの吊られたシャンデリアのようなものが下がっている。  汗と体臭の混じった、しかし包まれていると落ち着く「自分の匂い」から――乳臭いような、甘い匂いへ。その中に入り混じる、かすかなアンモニア臭。  そして、なにより――  寝る前に着ていたパジャマのTシャツとズボンではなく、まるで体操のレオタードのように、袖口の膨らんだシャツの裾がそのままパンツになった形状の衣服。  さらにその下半身――パンツ状になっている部分は大きく膨らんで、下腹部から両脚の間を通ってお尻に至るラインには、ざらつくような、モコモコするような感触が当たっている。しかもなぜか、びっしょりと濡れていた。 (え、え――?)  疑問をのぼせようとした口も、しかし何かが詰め込まれているためうまく動かない。その物体の正体に思い至った時、ようやく彼は眼前の異常を言語化することに成功した。 (こ、これって……赤ちゃんに、されてる……?)  あまりにも異常な事態に、ヒカリはただただ硬直するばかりであった。   (続く)

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