「あねママ」(5) (Pixiv Fanbox)
Content
(5)
(うう、姉ちゃん、ちょっとやりすぎだって……!)
ヒカリは溜息をつこうとして、おしゃぶりのせいでそれすらできないことに気付く。
(やっぱりあの時に、ちゃんと断っておけばよかったかなぁ……)
(でも姉ちゃん、楽しそうだしなぁ……いつもいろいろお世話になってるから、頼まれると断りづらいんだよなぁ……)
「弟のお世話をする」ことに異常な執着を見せるアカリのブラコンぶりもたいがいだったが、一方でヒカリ自身も、自分がややシスコン気味であることは自覚している――実際には「やや」という生ぬるいものではなかったのだが。
(いや、それでもさすがにオレを女の子の赤ちゃん扱いするのは、ちょっとやりすぎなんじゃ……)
いまだ目の前に置かれた鏡に映る、ピンクのベビー服を着せられた自分の姿を見て、やっぱりやめさせてもらおうかな――そう思っていたところへ、アカリが戻ってきた。
ミルクの入った哺乳瓶を手にした彼女はにっこり笑い、
「お待たせ、ヒカリちゃん。いい子にして待っててくれて、ママ、嬉しいわ」
「んぅ……」
「ふふっ、ベッドに寝ててくれてよかったのに。それとも、鏡に映ってる自分を見て、ドキドキしてたのかな?」
「んっ、んーっ!」
ヒカリは首を左右に激しく振る。たんに、「女児ベビー服を着せられている」という異常事態に、ぼーっとしていただけだ。
「違うの? まぁいいわ。ミルクを飲ませてあげるから、そこにお座りしてちょうだい」
「ん……」
言われたとおりその場に腰を下ろし、脚を前に投げ出すようにして座る。鏡の方は向かないようにしたのだが、
「だめよ、ヒカリちゃん。鏡の方を見て座りなさい」
「ん……」
姉に言われた上、姿見の角度まで調整されて、またも女の子の赤ちゃんになり切った自分の姿を、真正面から見る状態にされてしまう。
(ううっ、こんな自分を見てると、すごく変な気分――恥ずかしいような、みっともないような――なのに、自分が女の子になっていくような……すごい、ムズムズする……!)
「うんうん、いい子いい子。ママの言うことが聞けて、ヒカリちゃんはえらいわね」
横に座ったアカリに頭をなでなでされると、背筋を這いあがるむずがゆさがいっそう強まり、今すぐこの場から逃げ出したくなるのを、懸命にこらえなければならなかった。
「さ、おっぱいの時間でちゅよ~。まずはおしゃぶりをとってあげまちょうね~」
ついに幼児語になった。
完全な赤ちゃん扱いに真っ赤になりながらも、ヒカリは口を開き気味にして、姉が自分の口からおしゃぶりを外してくれるのを待つ。
「うふふっ、ママがおしゃぶりを外しやすいようにしてくれるなんて、ヒカリちゃんはいいこでちゅね~。自分で外さないなんて、えらい、えらい」
「んっ……!」
外してもらうのを待つ――その行為自体が赤ちゃんじみたものであることを遠回しに指摘されて、ヒカリはますます赤面した。
姉はにっこり笑うと、「娘」のおしゃぶりの把手をつかみ、ゆっくりと引き抜いてゆく。
ずるり――
「あ……」
先ほどまで口をふさいでいた異物感と圧迫感が消失し、代わりに生まれるのは虚ろな空洞。
自由と解放を得たはずなのに、しかしそこにかすかな寂しさと不安が入り混じり、ヒカリは小さな声を漏らしていた。
その半開きになった口の端と、おしゃぶりとの間によだれが糸を引き――透明な露がひとしずく、ロンパースの胸元に堕ちて、小さなシミを作る。
「あらあら、これじゃ、ロンパースが汚れちゃうわね。そうだ! もう一つ、いいものを買っておいたんだった」
アカリはわざとらしく言うと、おしゃぶりと哺乳瓶をいったんテーブルの上に置く。さきほどベビー服を取り出した箱の底を探り、彼女が取り出したのは――
「じゃーん! よだれかけ! どう? これを付ければ、よだれやミルクをこぼしちゃっても、ロンパースを汚さずに済むわ!」
「よ、よだれ、かけ……!?」
目の前に広げられた、大きく膨らんだ三日月のような形の布地。色柄はピンクのギンガムチェックで、ふちには白いレースがついたそれは――赤ちゃんが食事の時に胸元につける、よだれかけに違いなかった。
(続く)