「あねママ」(2) (Pixiv Fanbox)
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(2)
そんな出来事があった、次の週末――
「ヒカリ! 荷物届いたから、部屋に来てちょうだい!」
階段を上がって2階廊下から自分の部屋に向かう姉に、行きしなに声をかけられて、ヒカリはぎくりと体を硬くした。
(ううっ、ついに来ちゃったのか――!)
ややげんなりした表情で自室を出ると、彼女の部屋へ。
名門女子大の1年生らしく、清潔感と高級感のある、上品な一室だ。彼女は部屋の中央で、床に段ボール箱を下ろし、さっそく開封しているところだった。
ふたを開け、彼女が箱の中から取り出したのは――
「わぁっ、本当におっきいベビー服!」
男性でも着られそうな170センチのベビー服の肩の部分をもって広げ、アカリは嬉しそうな声を上げた。
色は淡いピンクで、胸元には大きな白いハートと、「I♥MOMMY」のピンクの文字。袖はパフスリーブで、丸首の襟ぐりとお尻側には白いレースがついている。特にお尻側は幾重にも重なって、ハイハイした時に目立つ――つまりは赤ちゃん用のデザインであることが一目瞭然であった。
さらに決定的なのは、その裾。まるでワンピース水着かレオタードを切り開いたかのように、前後とも逆三角形のラインになっていて、平たくなったその先端には、スナップボタンが並んでいた。
ロンパース。大人用の衣類にも似たデザインのものがあるとはいえ、それは間違いなく「アダルトベビー」用の服であった。
「うっ……」
テレビで見たふりふりドレス、それも鍵がかかるタイプよりはだいぶマシとはいえ、大人サイズのベビー服である。ヒカリが鼻白むのも無理はない。
しかも、それを――
「うん、サイズはぴったりみたいね」
「ね、姉ちゃん、やめろって!」
胸元に宛がわれて、ヒカリは反射的に飛びのいた。それでも一瞬、まるで着せられたかのようにピンクのベビー服が自分の前半身を覆った光景が、彼の羞恥を疼かせる。
アカリは唇を尖らせて、
「逃げなくてもいいじゃない。似合ってたわよ、ヒカリ」
「べ、ベビー服が似合うなんて言われて喜ぶ男はいないっての! ね、姉ちゃんが言うから、仕方なく……」
「うん。お姉ちゃんのわがままに付き合ってくれて、ありがとうね、ヒカリ」
「う……」
いろいろな意味で恥ずかしくなり、ヒカリは視線を逸らす。
(うう、姉ちゃんも姉ちゃんだけど、オレもオレだよな……まったく、なんでこんなことをしてるんだか……)
心中でぼやく間にも、アカリは箱の中から、さらに別のロンパースを取り出していた。
フリルのついた大きな丸襟に、赤のギンガムチェックとイチゴがプリントされたロンパース。こちらはお尻に、ピンクと赤が交互に重なったフリルがついている。
「ほら、これも可愛いでしょ? さっきのと迷ったんだけど、けっきょく両方買っちゃった」
「う……つ、つまり、両方着ろってこと……?」
「うん! お願いね、ヒカリ。あとは――これ。おしゃぶりと、哺乳瓶。どっちも大人用ね。あ、哺乳瓶を洗うブラシと粉ミルクはもうかってあるから、安心してちょうだい」
「何をどう安心しろと……」
がっくりうなだれて力なく突っ込むヒカリ。たんにベビー服を着せられるだけでも恥ずかしいのに、どうやらそれ以上の「ベビープレイ」を要求されるらしい。
そしてとどめに――
「わぁっ、可愛い! 見てみて、ベビーグッズ柄の紙おむつ!」
「う、ううっ……!」
英語で商品名が書かれた、一抱えほどもあるパッケージ。その中身は淡いピンクの紙おむつだった。テープタイプで、哺乳瓶、ガラガラ、にぎにぎ、乳母車や木馬などのベビー用品が、可愛らしい絵柄でプリントされている。
「これで20枚入りだから、ちょっと心もとないけど、足りなかったらまた買い足すわ。ほかにもアニマル柄とか、フルーツ柄とかあったから、今度は違う柄の――」
「に、20枚って……姉ちゃん、どれだけ着せるつもりなんだよ! お、オレは、そんな……!」
「心配いらないわ。20枚なんて、あっという間に使い切っちゃうから」
「ううっ、使い切りたくない……!」
ヒカリのつぶやきは、しかし完全に母性暴走状態の明かりの耳には届かず――
「さ、ヒカリ。ママが着せてあげるから、まずはそのお洋服を脱いで、裸んぼうになってちょうだいね」
すっかり「母親」になり切った声で、そう告げるのだった。
(続く)