「あねママ」(1) (Pixiv Fanbox)
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(1)
「続きましてはアメリカの番組から、『大人の赤ちゃん? 男性なのに女児ベビー? アダルトベビー特集』をお送りします――」
リビングのテレビから流れるナレーションに、正面のソファに座っていた夏木アカリはスマホを見ていた顔を上げた。
海外の面白番組を特集して放送する、ゴールデンタイムの人気番組だった。内容はお笑いや芸能から自然、科学、ドキュメンタリーまで多岐にわたる。
今日はその中でも、アメリカの特殊な趣味嗜好を特集した番組を取りあげているようだった。
「…………」
テレビには、さっそく「大人の赤ちゃん」――アダルトベビーの姿が映し出されている。
まるで檻のように大きな柵に囲われた「ベビーベッド」に入っているのは、水色のロンパースを着ておしゃぶりを咥えた、外人女性の姿。しかしその体格はどう見ても成人女性のもので、アダルトベビーと呼ぶにふさわしい。
彼女はまるで赤ちゃんのように、哺乳瓶からミルクを飲んでいる。画面にこそ映っていないが、おもらししたおむつを「ママ」に交換してもらっていることも、ナレーションの中で語られていた。
そしてそのまま、外に「散歩」へ――
「…………」
食い入るように画面を見つめるアカリを、ソファの隣で同じようにスマホを弄っていた弟のヒカリが冷かした。
「姉ちゃん、ああいうの、興味あるの?」
「ん? まぁね、こういうのもあるんだなーって、面白くって」
「へぇ。あんな風に赤ちゃんになりたいとか?」
「んー、そっちじゃなくてー……」
声が途切れたところで、画面が切り替わる。
先ほどは女性のアダルトベビーだったが、次は若い男性である。ただし彼が着ているのは、先ほどの女性よりはるかに女の子らしい、サテンピンクのふりふりベビードレスと、セットのオーバーパンツ。手にはミトン、足にはソックスを履いて、頭にはベビーボンネットまでかぶっている。
「わーぉ、すっごーい。ねぇねぇヒカリ、あれ、男の人だって」
「うわぁー……男があんなの着て、恥ずかしくないのかな……」
異なる理由で嘆息する姉弟の前で、アダルトベビーの男性は広い「ベビールーム」をハイハイしたり、カラカラを振ったり、積み木で遊んだりしている。
そのフリフリベビー服の襟足には南京錠がついていて、
「ファスナーをロックされているため、このベビー服は一人で脱ぐことができません。ミトンもベルトで留められているため、彼はママに脱がせてもらわないかぎり、ずっとこのベビー服を着ていなければならないのです」
ナレーションの解説に、ヒカリもスマホから顔を上げ、画面を見てぞっと身を震わせる。
「自分じゃ脱げないって……」
「うーん、すごい世界ねぇ……」
場面はさらに、彼の「散歩」風景を映し出していた。フリフリベビードレスの上から、ベビー用のハーネスを胸周りに装着し、「ママ」にリードを引かれて歩く彼の姿。行きかう人が驚いて目を丸くしたり、振り返ったりする様子が映し出されている。
恥ずかしくはないのかというインタビューに、ベビー服姿の男性は真面目な顔で答える。
「もちろん恥ずかしいです。しかしベビー服を着て恥ずかし想いをしたり、甘えたりすることで、日々のストレスがとれ、新鮮な気持ちで仕事や社会生活に臨めるのです」
最初のテンションとは打って変わった真剣なトーンで〆て、芸人たちのトークが始まったが、アカリもヒカリもあまり聞いていなかった。
「……………………」
「ちょ、ちょっと姉ちゃん、なに考えこんでるんだよ? まさか姉ちゃん――」
姉ちゃんも赤ちゃんになりたいのか、と言おうとしたところで、
「……うん」
はっきり力強くうなずかれて、目を白黒させる。
アカリは真剣な表情で、じっと弟の顔を覗き込んでいて、
「ねぇ、ヒカリ。お願いがあるんだけど」
(姉ちゃんが、赤ちゃんに……)
(いや、姉ちゃんの頼みなら、引き受けるけどさ……!)
そんな覚悟を決めるヒカリだったが、
「ヒカリ――あたしの赤ちゃんになってくれない? それも、可愛い女児ベビー服を着た、女の子の赤ちゃんに」
「って、そっち!?」
あまりにも予想外の言葉に、ヒカリは声を裏返した。
(続く)