連載小説「女装強要妄想ノート」(16) (Pixiv Fanbox)
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3月第4週「妹と一緒に卒服を着せられる」
(1)
昼前に佐々木真弓が高校から帰ってくると、ちょうど妹の亜弓も帰ってきたところだった。玄関を開けたままポーチで彼女を出迎え、
「おかえり、亜弓。卒業式、お疲れ様」
「ただいまー。ほんと、疲れていやんなっちゃうわ。どうせほとんどみんな中等部で一緒なのに、みょーにしんみりしちゃってさー」
はすに笑いながら、卒業証書の入った筒でわざとらしく肩を叩く。しかしその目元が微かに赤くなっているのを、真弓は見逃していなかった。
兄妹が通っているのは、同じ私立の一貫校である。大学と高等部は共学だが、中等部と附属小学校は男女別になっていて、大半の生徒・児童はそのまま進級することになるのだ。
今日は二人とも卒業式――高等部1年生の真弓は在校生として送り出す側、そして初等部6年生の亜弓は、卒業生として送り出される側の卒業式を終えたところであった。
真弓は家の中に入りつつ、妹の服装に目を向けて、
「それにしても、今日は卒業式の式典なのに、制服じゃないんだね」
「あ、やっぱり兄ちゃん、こっちが気になるんだ?」
揶揄うように妹が言うと、真弓は少し赤くなる。見慣れない女子用のストラップシューズを脇にどかして、誤魔化すように靴を脱いで玄関に上がる。
亜弓が着ているのは、制服ではなく女子用スーツ――しかしスカートではない、ショートパンツタイプのスーツであった。紺のジャケットにすっきりとした青のネクタイが、ショートカットでイケメンな彼女のボーイッシュな印象をさらに強めている。足元もヒールの高いブーツを履いているため、靴を履くと160近く――高校生にもなって140センチ足らずの兄とは、20センチ近い身長差ができていた。
「やっぱりねー。どうせ兄ちゃん、自分もこういうのを着てみたかった、って思ってるんでしょ?」
「えっ……う、うん、まぁ……」
「んー? なにその煮え切らない反応は――って、ああ、そういうことか。兄ちゃん――」
亜弓はにんまり笑って兄の顔を覗き込み、
「兄ちゃん、自分だったらスカートスーツの方がよかったのにって思ってるんでしょ?」
「っ!?」
顔色を変える真弓に、
「あはははっ、やっぱりね! 兄ちゃんのほうがあたしよりずっと女の子らしいんだから」
「ふふっ、そんなに笑ったら可哀そうでしょ、亜弓。あなたが男の子っぽい服が好きなように、お兄ちゃんは女の子っぽい服が好きなんだから」
ふと現れた母親が、おっとり笑って言う。
「か、母さんまで……!」
「ふたりとも、玄関でずっとおしゃべりしてるんだもの。おやつもあるから、早く手を洗っていらっしゃい。――ああ、亜弓ちゃんはまだ、着替えないでおいてね」
「はーい」
兄妹は素直に返事して、2階の自室に上がっていった。バッグを置いてリビングに戻ると、
「あっ……」
「へぇ……」
リビングの壁にかかっていたものに、二人はそろって驚きの声を上げる。
紺のジャケット。真っ白なブラウス。赤チェックのスカートとリボン。胸元に輝くエンブレム。
それは亜弓が着ているような卒服女子スーツ――それもパンツタイプではない、スカートタイプの卒服だった。
「ふふっ、どう? 亜弓ちゃんはパンツタイプの方がいいみたいだけど、お兄ちゃんはこっちの方がいいんでしょ?」
「う、うん……あ、ありがとう、母さん……」
目の前に用意された自分の「卒服」に、真弓は嬉しさと気恥ずかしさで胸がいっぱいになる。
「妹の卒業式に、自分も女子スーツを着せられる――」
それはまさに、リビングに置かれた「女装妄想ノート」にもある一文の通りの展開だった。
「うんうん、お兄ちゃんが喜んでくれて、ママも嬉しいわ。というわけで、早く着替えてらっしゃい。二人一緒に、記念撮影しましょ」
「うん……」
「くすくすっ、よかったね、兄ちゃん。長年の夢がかなって」
「うぅ……確かに、そう言えないこともないけど……でも、高校1年生にもなって女児用スーツを着せられるのは、やっぱりちょっと恥ずかしいんだって……しかも、亜弓がパンツなのに、オレはスカートで……」
「またまた、何を言い出すのかと思ったら」
亜弓は意地悪く笑って、
「その恥ずかしいのが、好きなくせに。ほら、さっさと着替えてきなさい、真弓ちゃん」
「うっ……は、はーい……」
まさに図星を刺されて何も言い返せず――真弓は壁にかかっている女児スーツを下ろして、2階に上がってゆくのだった。
(続く)