連載小説「女装強要妄想ノート」(2) (Pixiv Fanbox)
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(2)
いっぽう、スマホから顔を上げて一瞥した亜弓は、「うげっ」とでも言いたげな表情を隠そうともせず、
「ちょっと、ママ。あたし、可愛いのは好きじゃないって言ったばっかりでしょ。いきなり用意されても、ぜったいに着ないんだからね」
「あら残念。こんなに可愛いのに、着てくれないなんて」
母親は小さくため息をつく――が、その声音は、どこかわざとらしい。
そして様子がおかしいのは、母親だけではなかった。
話を振られていないはずの真希が、先ほどからその女児服を見つめたまま目を丸くして、高鳴る鼓動を必死にこらえているかのように、胸を押さえていたのだ。
(な、なにこれ……既視感――っていうか、オレがいつも、考えていたアレみたいな……)
「うーん――仕方ないわね」
芝居がかった様子で、母親はその服を手にすると、
「じゃあこのお洋服、お兄ちゃんが着てくれない? 今日は、女の子の節句なんだから」
「な、なんで――!?」
目の前に服を置かれた瞬間、真希は思わず叫んでいた。
男子高校生でありながら、女児服を着るように言われたから――では、ない。
(雛祭りだからって、あまりにも雑な口実で女の子の服を着せられる――)
(これって、まるで――)
(まるでオレが妄想して、ノートに書き留めていた女装シチュエーションそのままじゃないか……!)
――佐々木真弓には、誰にも言えない秘密のノートがあった。
勉強机の引き出しの一番下、その奥底にこっそりと置いてある、一冊のノート。
そこに書かれている内容は――どんなシチュエーションで、どんな服を着せられて、どんな目に遭いたいか、妄想の赴くままに箇条書きで記した、いわば「女装強要妄想ノート」であった。
「学校で女子に言われ、女子制服を着せられる」
「駅に買い物に出かけた時に、女児服ブランド売り場で見かけた女児服を着せられる」
「従姉妹からおさがりの女児服が送られてきて、妹が嫌がったため、オレが着るように言われる」
「男子用の服をすべて処分され、女児服だけで生活する」
「学校にも女子制服で通学するようになる」
そんな、とりとめもない断片的なシチュエーションを大量に書き留めたものだ。これを見たり、時に書き足したりしながら、夜ごとに女装させられて、たくさんの人に見られたり、連れまわされたりする妄想に耽っていたのである。
そしてそのうちのひとつが――
「雛祭りを口実に、『今日は女の子の節句なんだから』と女の子の服を着せられる」
まさに今の状況と同じだったのである。カギ括弧の中まで、一字一句たがわず。
「う……うん……」
ここまで意味深にお膳立てされては、真っ赤な顔で肯いて、その服を受け取るよりほかにない。
(ぼくの手の中に、女の子の、服が――)
(しかも妹がふだん着てる、ユニセックスみたいなのじゃなくて、リボンやフリル、レースのついた、本当の女児服が――)
(これを、オレが、着る……!)
女児服を両手に持ったまま、覚悟を決める真弓。
むしろ驚いたのは亜弓で、
「えっ!? 兄ちゃん、マジでそれ着るの?」
「う……うん……あ、歩実が着ないんだったら、母さんが、せっかく買ったの、もったいないし……」
「あっ、ふぅーん……」
兄の言い訳に、亜弓は何となく察したように笑って、
「なるほどねー……じゃ、着替えてきなよ」
「うっ……うん……着替えて、来る」
「ふふっ、いってらっしゃい」
「兄ちゃんがどんなに可愛くなるか、楽しみ~」
母と妹の声援に送り出され、真希は2階にある自分の部屋へと上がっていった。
(続く)