短編「妹の花嫁になった日」(1) (Pixiv Fanbox)
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(1)
夜8時、男子高校生の三田村真佑(みたむらまゆ)が脱衣所のドアを開けたところで、2階から足音が駆け下りてきた。
やっぱりこうなったか、と真佑が顔を曇らせた次の瞬間、
「ちょっと! あたしが先に入るって決まってるでしょ!」
足音の張本人――小学生の妹・真里が言う。黒髪の右側をレースのシュシュでサイドテールにまとめた、なかなかの美少女なのだが、唇を尖らせるその表情はいまだ稚気を残していた。
真佑は溜息をついて、
「夜8時はオレが入る時間、お前が入る時間は7時、って決まってるだろ? なんでちゃんと入っておかないんだよ」
「そ、それは――ちょっと忙しかったの! いいから、先に入れてちょうだい!」
「まったく……」
ぼやきつつも、真佑は脱衣所の扉から離れて妹に譲る。
実のところ、妹がこの時間まで下りて行かなかった時点で、こうなる展開は目に見えていた。部屋に声をかけただけでも怒るため、最近ではあきらめモードである。
「明日からはちゃんと時間通りに入れよー」
「うっさい!」
妹はずかずかと脱衣所に入ると、乱暴にドアを閉める。聞く耳持たずだ。
真佑が深々と溜息をついたところで、
「まったく、マリったらしょうがないんだから」
リビングで兄妹のやり取りを聞いていた母親が、あきれたように言う。
「もう5年生だっていうのに聞き分けがなくて、わがままばっかりなんだから。いったい誰に似たのかしら」
「反抗期ってやつだろ。そのうち終わるって」
取りなすように言うが、母親はろくに聞いていない。真佑は「わがままなのは母さんに似たんじゃないの」と言いたくなるのをぐっと飲みこむ。
「あんたは反抗期なんてなかったのにねぇ。はぁ、真里もあんたくらい真面目だったら、よかったんだけど」
(母さんがそういうことを言うから、なおさら反抗するんじゃないのかな……)
(それに、ぼくだって「いい子」なんかじゃ――)
余計なことは言わず、少し後ろめたそうな顔をしながら階段へと向かう。
母親は思い出したように、
「そういえば最近、お風呂の排水溝が汚れで詰まりやすくなってるのよね。真里ったら、シャンプーとかあれこれ買わせてるけど、変なもの流してるんじゃないかしら」
「……!」
その言葉を背に聞いた真佑は、顔を引きつらせながら2階に戻っていったのだった。
*
「んっとに、兄貴ったら――」
スキンケアは時間勝負だ。
1時間近い入浴を終えて、パステルカラーのふわもこパジャマを着た三田村真里は、化粧台の前でお風呂上がりのあれこれをしながら、いまだ収まらぬ兄への憤懣を、可愛らしい唇に載せていた。
性格には難があるが、真里はなかなかの美少女だった。こぼれそうなほどに大きな目、すっと通った細い鼻に、艶やかな珊瑚色の小さな唇。特に白くてきめ細かい肌は、日ごろのお手入れの賜物だ。
「先に入ろうとするなんて、あたしに兄貴の残り湯を使わせる気かしら。ほんっとデリカシーがないんだから」
自分が時間を忘れたことも棚に上げ、ぷりぷりと怒る真里。一方で彼女自身は「あたしの残り湯に兄貴が入るのかと思うとそれも嫌」とすら考えているのだが。
「本当なら、洗濯も分けてほしいくらいなのに――」
彼女がこう言うのは、別に真佑が臭かったり、汚かったりするからではない。
むしろ公平に見れば、真佑は男子高校生としては小綺麗にしているほうだった。身長154センチと小柄で華奢な体格に、清潔感のある身なり。妹の真里ともよく似た美貌で、髪も首筋にかかるくらいまで伸ばしているため、学校の制服を着ていなければ女子にさえ間違えられるほどだ。
しかし気難しい年ごろの少女にとっては、「そういう問題じゃない」のだ。
「ったく――あ、シュシュ忘れた」
スキンケアを一通り終えてヘアバンドを外した真里は、サイドテールを止めているシュシュを脱衣所に置き忘れてしまったことを思い出し、顔をしかめた。
「いまの時間ならもう兄貴も着替えて風呂に入ってるだろうし、チャチャっと取りに行ってきちゃお。触られたらサイアクだし」
勝手なことを言いながら、真里は立ち上がって1階に降りる。兄が入浴しに降りてから10分。普通に考えれば、すでに服を脱いで髪や体を洗っているか、湯船につかっているかのどちらかだろう。
――その、はずだった。
「……………………」
ノックもなしに脱衣所のドアを開けた瞬間、そこにまだいた兄の姿に、真里は声を出すことさえ忘れた。
兄は、裸だった。
左手には、先ほどの入浴前に真里が脱いだ下着。ぎりぎりまで家族と同じ洗濯機に入れてほしくない彼女が、洗濯機横のバスケットに別にしておいたインゴムショーツがあった。しかもそれを、あろうことか鼻先に近づけている。まるで、その匂いを嗅いでいるかのように。
さらに右手は、股間に生えている棒状の物――真里にはない、少年の証を握りしめていた。
しかしその形状とサイズは、真里の記憶にあるものではない。垂れ下がってもいなければ、皮をかぶってもいない、長く、太く、先端が赤黒く、半ばほどは皮がむけて内臓のような色を透かしたそれは、「ペニス」と呼ぶにふさわしいグロテスクな異形だった。熟れすぎた果実のようなその先端からは、透明な露が垂れて、握りしめた少年の細い指を濡らしている。
「あ、あ……!」
妹に見られたことを理解して、彼女の下着を顔に近づけていた真佑の表情が、あっという間に絶望に彩られる。
兄がいったい何をしていたのか――性に関する知識に乏しい真里に、一瞬で完全に理解できたわけではない。
しかしそれでも目の前の光景を理解すると同時、本能的、生理的な嫌悪と忌避が喉の奥からせりあがってきて、
「い、いやああああぁぁぁぁっ――!」
魂を引き裂くような悲鳴が、三田村家に響き渡った。
(続く)