【長めのサンプル】性別不詳のダウナー系絶世イケメンな親友は、僕の前でだけむちむち豊満な甘えんぼ淫魔になる。(後半のシーンが以前のものと変わっています) (Pixiv Fanbox)
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淫魔とは。
性欲や恋愛感情を司る悪魔の一種であり、主に女性の姿のものをサキュバス、男性の姿のものをインキュバスと呼ぶ。
眠っている人間の夢の中に入り込み、その中で淫らな行為を行うことで、主食である精気を奪い取り生きているとされる。
夢の中での淫魔は、美しくて魅力的な美男美女の姿をしているが、それは人間の深層心理を反映した幻であり、その実体は醜い老人のような姿である。
また、近代フィクションでは、夢ではなく現実世界に実際に現れ、幻覚による搾精ではなく、美しい身体で直接精気を吸う魔物として描かれることが多い。
また、淫魔は悪魔の一種として数えられているように、人間を堕落させることをとても好む。
例えば、既に貞操を神に捧げている神職の人間や、愛し合った伴侶を持つ夫婦に、その魅力的な肢体で不貞を囁くなど、ただ単に精気を奪うだけでなく、人間を陥れるために性行為をする場合もしばしば存在する。
そのいずれの場合も、淫魔は襲われる人間にとって理想の異性の姿を形取る上、淫蕩な甘い言葉と愛撫によって人間を誘惑するため、姦淫から逃れることは容易ではない。
そうして性行為を行う場合も、爛れた姦淫を行うことが多く、具体的には大人数での乱交を好む。
これは、様々な異性を一度に誘惑し、まとめて性行為を行うにより、効率的に精気を奪うことができるから。
または、単純に淫魔は堕落を好むことから、単純に多くの異性を傅かせる行為を好んでいるという説もある。
そんな淫魔からの被害を逃れるためには、それを精液と勘違いして持って帰るため、枕元に牛乳をグラスに一杯置いておくとよい。
また、神への強い信仰心や、強い自制心を持っていれば、淫魔からの誘惑を跳ねのけることも、難しいが不可能ではないとされている。
それから──
──ぱたりと音を立てて、本を閉じる。
そして僕は、その続きを読むことなく、机の上に乱雑に積み上げられた、本の山のてっぺんに置いた。
この本を書いた人間は、きっと淫魔なんてものを知りもせず、ただ憶測と妄想を書きなぐったのだろう。
最も、現実にはつい先日まで、この世に淫魔なんてものは存在しなかったはずだから仕方がないのだが──それにしても、この本を書いた人間は、実際には淫魔に関して何も理解していないのだと、今の僕ならよく分かる。
淫魔というものは、夢の中になど現れず、実在する魅力的で美しい肉体をもって、人間を誘惑する。
また、淫魔は人間から性行為によって精気は吸い取るものの、それによって人間を貶めようという意思はない。
更に、彼らは人間が嫌いなため、乱交を行う事はよくあるが、それ自体を好んでいる訳でもない。
そして、当然ではあるが、枕元に牛乳を置いていただけでは、誤魔化されるはずもない。
もっと言えば──彼らは、我々が知るような、宗教観に則った悪魔ですらない。
ただ、淫魔という、そういう種類の生物なだけ。
いや──生物と言っていいのかすら分からない。
もっと理不尽で残酷で、人智を超えた、宇宙の法則すら通用しない存在だ。
そして最後に、何よりも。
最も、この本の記述の信頼性を損ねている事実として──
──淫魔の美貌を見て、それに抗うことなんて、人間には、まさか出来るはずがない。
ほんの少しでも、淫魔を知っている人間からすれば、それは揺らぐことのない常識だ。
人間は、いつか死ぬ。
陽が沈めば、夜になる。
リンゴを手から離したら、地面に向かって落ちる。
それと同じように──淫魔の姿を見たものは、例外なく魅了され、その淫魔に奉仕するために、自らの命すら使い果たす、絶対服従の操り人形となる。
僕にとっては言うまでもない、当たり前のことだった。
──また、外れだ。
”彼”について記された情報を探すため、僕は山積みの本の上から、また別の一冊を手に取った。
このカフェテリアは、日がよく差し込むように作られており、なおかつパソコン作業もしやすいように適度に薄暗い。
最新型の空調機器により、中の気温も常に適温に保たれており、居心地は抜群だ。
それに、ここは下手な喫茶店よりコーヒーが安くて美味しく、気兼ねなく長居できるから、本を読む場所としてとても優れている。
おまけにこの大学は、下宿先のアパートから歩いて行くには丁度いい距離だ。
ただでさえ家に籠りがちな僕にとって、やる事がなくて暇な時、散歩がてら日光を浴びるには、このカフェテリアはこれ以上ない場所だった。
それは、僕以外の学生たちにとっても同じことのようで、彼らも時間を潰す時には、こぞってここを絶好のたまり場として扱っている。
──だからこそ、気まずい。
周囲からちらちらと向けられる、恐れるような畏敬するような目線に、僕は思わずため息を吐きそうになる。
新品のスーツを着込んで、入学式に出席したのは、つい十日前の出来事だ。
あの時は、高校時代の友人たちや、生まれてからずっと同じ家で暮らしてきた家族たちと離れ、慣れない環境で独りぼっちになることに、それなりの不安を感じていた。
誰とも友達になれなかったら嫌だとか、変な人に絡まれたらどうしようだとか。
しかし、今考えれば──その程度で済めば、どれほど良かっただろうか。
現実は小説より奇なりとは言うものの、いくら何でも想定のしようがない事態に、僕はここ最近、ずっと頭を抱えていた。
手元のアイスコーヒーを、一口啜る。
普通に買えば、これも200円はする代物なのだが──どうしたって、売店の人にはお金を受け取ってもらえないし、これを買うために列に並ぶ時も、順番を抜かして僕の分だけが先に届いてしまう。
それがあまりに忍びないので、今日なんかは何も注文せずに席に座っていたのだが、それも変な解釈をされたのだろうか。
とうとう頼んでもいないのに、いつも好んで飲んでいた、ミルクあり砂糖なしのレギュラーサイズのアイスコーヒーを、わざわざここまで運んでこられてしまった。
大学なんかのカフェテリアに、席まで商品をデリバリーさせるなんて、そんな面倒極まりないシステムは存在しない。
この大学の周りには、ろくな飲食店が無いのも相まって、特に今のような昼食時には、学生が溢れかえってしまう。
そんな中で、席まで配膳なんてしていたら、人手がいくらあっても足りないだろう。
──だと言うのに、この有り様だ。
もちろん今日も、用意していたお金は、受け取ってもらえなかった。
重ね重ねになるが、僕はそんな──対価は一切払わないが、僕だけを特別扱いして、注文も順番抜かしで最速で受けて、それが出来上がり次第、多忙を極めているスタッフを一人抜いてでも、席までこれを運んで来いだなどと、そんな事は一言も言っていない。言うわけがない。
そして、もし何らかの事情があり、カフェテリアのスタッフ達がそうしなければならない、合理的な理由があったとしても。
僕がスタッフの立場だったなら──あいつ、二度とここを利用するなよ。コーヒーなら、どこか別の喫茶店で啜ってろ、と。
絶対に、間違いなく、裏でそう文句を言う自信がある。
けれど、不思議なことに。
まるで理解ができないが──僕がここに来ると、彼らは心から嬉しそうに、我先にとコーヒーを届けにくるのだから、分からない。
その時の様子といえば、自分で言うのも恥じ入るばかりだが、例えるならば超人気アイドルがお忍びでやってきて、自分のレジで会計をしてくれたかのよう。
もじもじと恐縮し、圧倒的に目上の人間に媚びるみたいに、過剰にぺこぺこと頭を下げ、勝手にサービスを追加してくれる。
例えば今日も、トレイに乗ったコーヒーの横に、メニューにはないチョコチップスコーンを添えられてあったように。
──パーカーの紐をくるくる回しながら、自分ばかりがこんな待遇を受けてしまうことについて、ぼんやり考える。
こんな、革命を起こされる寸前の王様のような、横柄極まりない態度を──まあ、自分から取っているわけではないが、他人からはそう見えるだろう状況においても、僕が後ろ指をさされ、陰口を叩かれている様子はない。
僕が気付いていないだけで、見えてない場所では、僕の評判は地の底まで落ちているのかもしれないが、どうもそういった雰囲気も感じない。
他人から好かれることに対して、もちろん悪い気はしないものの──こうまで理由なく、不可思議に好意を持たれても、ひたすら気味が悪いだけだ。
胃が、きりきり痛む。
どうせなら、アイスコーヒーなんてお腹に悪いものじゃなくて──いや、そんなことを考えてはいけない。
それを顔に出そうものなら、またメニュー外のホットミルクが飛んでくる。
これなら、入学前の懸念通り、全員にハブられるような目に合ったほうがよっぽどマシだ。
謂われなく特別扱いを受けて、理屈もなく特権を与えられる、そんな都合のいい世界が突然に与えられるなんてのは、やはり妄想の中だけに留めておくべきだ。
現実にそれが発生してしまうと──まともな神経をしていたら耐えられないほど、かえって強いストレスを被ってしまう。
──早く、どうにかしないとな。
心の中で気合を入れつつ、がりがりと後頭部を掻き、また本の中の文字列へと意識を落とし始めた。
とはいえ──目はその文章へと向き合っているものの、頭には他所事ばかり浮かんでしまっていて、先程から一文字も頭に入ってきてはいない。
ただでさえ、こんな本なんて、集中して読んでも目が滑るのに。
『17世紀初頭における悪魔崇拝の根源』
『図説ー外なる神の全て』
『霊界から身を守るには~邪神たちの地球属星化計画~』
我ながら、ため息が出るラインナップだ。
断っておくが、僕はそういうオカルトが好きな、サブカルチャーマニアという訳ではない。
ただ──どうしても、それについて調べなければいけないから、藁にも縋る思いで、こんな胡散臭いものを、必死こいて真面目に読み漁っているだけなのだ。
──悪魔。外なる神。邪神。
僕は、それらについての記述を、日常生活の合間を縫っては追い求めている。
冗談でも何でもなく、世界を滅ぼさないために。
──気を付けていても、やはりため息が出そうになる。
こんなことを直接言ったとして、誰が信用して、誰が協力してくれるだろうか。
と言うか、正直に僕が今置かれている状況を語って、それを信頼された方が嫌だ。僕がそいつを信用できない。
なので、うだうだ言っていても結局は、今もカフェテリアの隅で孤立しているように、僕は一人で孤独に頑張るしかないのだろう。
ぺらぺらと、山積した本たちを、適当に流し読みして、机の上に置く。
あからさまな児童書から、知人の本棚にあったらちょっと顔をしかめるようなものまで、必死こいて、大真面目に、読み進める。
それの、ひたすら繰り返しだった。
この本は、宗教的観点と同時に、当時の大規模な飢饉や、圧政による政治の腐敗などといった、客観的事実を織り交ぜた考察により、悪魔崇拝が広まっていった理由を推察しているようだ。
けっこう面白いけど、それは僕の望んでいた情報ではない。次。
この本は、どちらかと言えば、ファンタジーの設定集に近いだろうか。
創作者などが、インスピレーションを得るためには便利かもしれないが、僕は実際の文献が見たいのだ。次。
この本は──なんだこれは、客観的事実が一欠片も見当たらない、陰謀論全開の怪文書じゃないか。
自然科学ジャンルに置いてあるから、はっきり言って期待はしていなかったが、それにしたって、読み物としても鑑賞に堪えない。次。
『国を傾かせた淫魔たち』
──本を一度取り上げて、タイトルを眺めて手が止まる。
これは、歴史上に実在した、いわゆる傾国の美女が、実際に組織を崩壊させた実例をまとめたものだろうか。
おそらく、これも僕が求めていたものではないのだろうが──しかし、淫魔。淫魔か。
やはり、”彼”を既存の言葉に当てはめるのなら、これが最も近いのだろう。
そうだ──僕は、淫魔や悪魔という種族について知りたくて、こんな作業をしている訳ではない。
たった一人の、あの男についての情報を、どうしても掴みたいだけなのだ。
ちらりと、その顔を思い浮かべる。
一 恣紫。
──この状況を作り出した、元凶の名前。
それを、心の中で唱えた瞬間────背後から、こつ、と。
靴が床を打つ音とすると共に、騒音に満ちていたカフェテリアに、むしろ今までのどんな音よりも大きな、完全な静寂が空間に張り詰めた。
今までそこにあったはずの話し声や足音は愚か、食器が擦れる音や呼吸音すらも聞こえない、不自然な無音。
それは、背後から僕を見下ろしているであろう、その視線の主がもたらしたものに、他ならない。
「俺を、呼んだ?」
──背中に、冷や汗が一筋浮かぶ。
もう春だと言うのに、全身に氷をぶちまけられたかのように、急激に身体が冷えて固まって、本を取り落としてしまうほど、いやに寒気を感じる。
まるで──背後からどろりと抱きついた死神に、喉元へと刃先を突き付けられているかのような、絶望的なプレッシャー。
そのまま、あまりの重圧に発狂してしまいそうな、あるいは僕の後ろに居る”何か”に、その圧倒的な存在感から、絶対的な崇拝の感情すら植え付けられてしまいそうな。
そんな、正気が喪失する感覚を──どうにか、頬の内側の肉を、千切れてしまいそうなほど噛んで振り払い、イヤホンを外し、振り返る。
──いつの間に、彼はそこに現れたのだろうか。
まるで最初から、僕と連れ添ってこのカフェテリアに居たかのように、ごく当然に、音も無く。
その右手を、お気に入りのジャンパーのポケットに突っ込み、左腕をだらりと垂らしながら、いつも通りの気怠げな猫背で、ただ佇む絶世の美男子。いや──美少女?
ぱっと見ただけでは、性別の区別すらつかないほど、格好良さも可愛らしさも極まった、この世のものとは思えない麗人が、目を閉じたままその首に着けた南京錠のネックレスを、機嫌よさげにかちんと指で弾いて弄んでいた。
──その名字は、漢数字の1と書く。
二の前が一だから、『にのまえ』。
それは、誰よりも頂点に立ち、二つとして並び立つものがない、覇者のみが許された数字だ。
そして、その名前は、”勝手気まま””欲しいまま”という意味の『恣』。
それと、彼のトレードマークの、差し色として数束染められた、前髪のメッシュと。
同じく奴の最大の特徴である、誰もかもを一瞥するだけで、ことごとく自らの従順な奴隷として、心ごと虜にしてしまう、魔性の瞳の、その色──『紫』。
それらを合わせて、『しし』と読む。
彼の名前を構成する言葉は、普通の人間なら、背負いきれずに潰れてしまうほど、重い期待を負ったものだ。
しかし──それでも、一度彼のその威容を見れば、まさにその通りだと思わせるほど。
その重すぎる重圧さえ跳ね除け、むしろ涼しげに乗りこなし──更には、その程度では、まるで彼を讃えるのには足りないとすら、心の底から思わせる。
彼は、その名の通り。
うっとりと溜息を吐くほどの、圧倒的な王者のカリスマと美しさを持つ、生まれつきの覇王、『獅子』であり。
思いのままに振舞うだけ、気まぐれなほどにやりたい事をやるだけで、その何物にも縛られない奔放さと、野生的な悠然さを──社会的な行動規範に従わなければ生きていけない、奴から言わせれば”弱者”となる人間に、圧倒的なまでの存在の格の差として見せつけ。
そして何よりも、ただただ鮮烈な、怖気が走るほどの色気により──野放図な放蕩ですらも、むしろ宙を自由にひらひらと舞う、エキゾチックな大翼の蝶のように見せ、誰しもをその深紫の色で魅了してみせる、『恣紫』なのだ。
名実一体という言葉を、これほど明快に証明してみせた存在も、そうはいないだろう。
そう唸らせるほどの、あまりにも圧倒的な傑物っぷりと、絶対的な王者の様相。
人を魅了して、従える事に関しては、間違いなく右に出る者はいないと言い切れるほどの、天賦の才を持って生まれた彼はまさに──人の身を外れた、淫魔そのものだった。
完璧超人なんて生易しいものじゃない、人外の化け物。
そんな男に、僕は──彼と初めて出会った、ちょうど十日前の入学式の日から。
こうして執拗に、粘着質に、付きまとわれていた。
有り体に言えば、ストーキングというものだ。
そうして人をつけ回すには、それなりの理由があって然るべきだろう。
少なくとも、僕は思っているのだが──しかし、それにしては、彼は何かを要求するでもなく、ただ隣に現れるだけで、まるで行動の意図が読めない。
何か品定めをされているかのように、ほんの少し世間話をしたり、ハニートラップでも仕掛けているのか、甘えるみたいに引っ付かれたり──最近なんかは、僕のアパートに入り浸たられたりもして。
合鍵も渡していないのに、僕が帰ってくるよりも先に、僕のベッドに上がり込み、無防備に昼寝なんてしていて──結局、そのまま泊っていくという事がほとんどだ。
──その理由は、僕には分からない。
「俺のこと、待っててくれたの?悪いね」
それはそれは、触れれば切れてしまいそうなどに。
猟奇的なまでに美しい、横顔だった。
その、無駄の一切ない、端整すぎるほど端整な顔立ちは、比喩でも何でもなく──すれ違っただけの女性を、ともすればそういった趣味のない男性までも、片っ端から惚れさせるほどに、現実離れして恰好よく、有り体に言えば絶世のイケメンで。
しかし、シャープで細い鼻立ちや、婀娜めいて長いまつ毛、艶めいた肌に流麗な輪郭は、どこか女性らしい優美さも兼ね備えており、その妖しい色香に男すら惑わせる。
かと思えば、いつも腑抜けた猫背のまま、退屈そうに眠たげな表情を浮かべているくせに、どこか気を抜いているようで張り詰めた、自然体だからこそ野性的で力強い、雄らしい雰囲気があり。
そのくせ、一挙手一投足が、ぬるりと掴みどころがなく、いちいち腰つきの妖艶さや、伸ばした指先の遊女じみた反りが、一顧傾城の淫婦を思わせる。
──妖艶さも清純さも、淫靡さも神聖さもミステリアスささえも。
男性的な官能と女性的な艶が、そしてありとあらゆる魅力が、何もかも常人離れした練度で兼ね備えられており──便宜上は僕も”彼”という二人称を使っているものの、冗談ではなく、一目見ただけでは、それは『彼』か『彼女』かも分からない。
中性的やボーイッシュなどという言葉ではとてもじゃないが語れない、まさに性差すら──いや、人間という種族の枠組みさえも、軽々と飛び越えた美の極致。
──淫魔。
彼はいつしか、自らがそんな存在であると、そう名乗っていた。
悪魔。超自然的な、ファンタジーや神話の存在。
ここではない、どこか別の世界から来たナニカ。
夢見がちな中学生じゃあるまいし、そんなものは現実に居るわけがないと、彼に会うまでは、僕もそう思っていたのだ。
しかし、彼の姿を見たその瞬間、僕の常識は根底から覆される。
──あんなに美しいものが、人間であるはずがない。
その悪魔の明眸は、歴史上の人間の中で最も美しい、世界最高の美男美女と並べてさえ、まるで比較にすらならない。
幼稚園児が描いた落書きと、4Kカメラが撮った写真を並べて、どちらがより鮮明かと聞いた時に、『何がどう違う』などと論じるまでもなく即答できるように。
その男の麗容と言えば、おおよそ人間が考えうる”究極”を、十段、二十段とゆうに超えるほど、次元を超えて美しかった。
それほどに、あまりにも綺麗で、むしろ世界の理を超えた、不気味な化け物の姿とすら思えてしまう──あまりにも完璧すぎる、不自然なまでの麗姿。
むしろ艶美を極めすぎたが故に、彼の姿を見たものは、誰しもが恐怖にも似た感覚を覚えてしまう。
それは、例えるなら──自らが信仰する神に対して抱く、畏れや敬い。
それを、今でも僕は、目の前の彼に対して、抱いている。
多少は慣れたと思っていたが、今でも彼の姿を見て──ぶわりと全身に鳥肌が立ち、脂汗が流れ落ちてしまっているように。
そんな男が──悠然と椅子を引き、臆することなく、座る。
テーブルを挟んで、僕の対角線にある、満席のカフェテリアに、たった一つだけ空いた席。
──彼のお気に入りの、玉座にも等しい、特等席だ。
「おはよ」
ぽそりと呟かれた、短い挨拶。
たった三文字きりの、その言葉を聞いて、それだけで──直に脳みそを弄られたかのような異常な恍惚と、急性アルコール中毒のように、官能を伴うかっとした熱さ背筋を駆けて、意識がくらりと遠のきそうになった。
──射精にも似た、腰が浮きそうになる感覚。
ぐっと、法悦に震えそうになるのを、必死に誤魔化す。
ことごとく、聞いた人間の背骨を溶かす、その悩殺の声。
それはまるで、女神がハープを鳴らしたかのような──いや、違う。これは、そんな清らかなものでは、絶対にない。
それよりも、ずっと冒涜的で、致死の猛毒じみた、おぞましく甘ったるい美声。
鈴の音のように爽やかで、春風のように涼しげだが──コールタールのようにどろどろと粘ついて、それでいて鼓膜にへばりつくほどミルキーで、いちいち腰に響くほど蠱惑的な、不可思議な音色のハスキーボイス。
その魔性の声を以てして、何事かを囁かれたなら──もう、それだけで、脳が溶け尽くす。
ただそれだけで、彼の言葉に従って動くだけの、操り人形に成り下がってしまうに決まっている。
そんな魔声を──こんな傾国の淫魔が持っているのだから、尚更悪い。
「……つっても、もう昼か。今日こそは、早起きしたと思ったんだけどな……」
ただ、目の前に現れて、適当な世間話をしているだけ。
それだけで、彼は──こんなにも、人々を魅了する。してしまう。
兎にも角にも、その容姿が、どこを取っても優れすぎているのだ。
──すらりと高い、190センチにも届く長身に、その身長の割合の半分以上を、どう考えても股下が占めているという、これまた長くてスリムな脚。
無駄な肉や毛が一切存在しない、中性的な白い御御足は、ダメージジーンズの隙間から、上等な陶磁器のように、いやに艶めかしく照り輝く。
しかし、かと言ってその腿は細すぎもせず、血色も良好で、不健康な印象や、なよついて弱々しい印象はなく。
むしろ、下手に太くしただけの、下品な見せ筋よりも、下手なウエイトをつけないアスリートのような、柔靭で男らしい力強さを両立させていた。
そして、その魅惑の脚にも負けず劣らず蠱惑的な、妖艶な腰つき。
きゅっと締まったそれは、生物として不自然なほど完璧な、モデル体型のウエストとのコントラストで、ほんの少し曲線を描きながら膨らみ、誘うようなセクシーささえ感じてしまう。
オーバーサイズの肌着と、前を開かれたジャンパーから、ざっくりと覗く胸元。
胸筋は少なく、胸板も薄めだが──だからこそ、大胆に露出された、その生肌の色気が強く引き立ち、むしろ谷間を見せつけられるよりも、強烈にどぎまぎさせられる。
ギリシャ彫刻じみて整った、高い鼻梁。
薄くパールピンクに照り艶めく、グロスの唇。
彼の美貌を殊更に引き立てる、前髪に幾筋か入った紫のメッシュ。
両耳をシルバーメタルに彩る、シンプルながらも趣味のいい、たくさんのピアス。
肌身離さず首からぶら下げて、背徳的な艶やかさを強調する、南京錠のネックレス。
遠くからでもひしひしと伝わる、肌を刺すように威圧感のある覇者のオーラ。
──等々、彼の容姿の魅力なら、いくら枚挙しても尽きることなどなく、このまま日が暮れるまで語ることができる。
しかし、その最たるものとして、誰しもが真っ先に挙げる、恣紫のチャームポイントが、一つ存在した。
それが──恣紫の、瞳。
今もそうして、魔性の美女のごとく、長いキューティクルのまつ毛に彩られ。
眠たげに半分ほど閉ざされた瞼の奥で、流し目気味にうつむいている──濃い、暗紫の瞳だった。
「ところで、キミ、何してんの?読書?」
アメジスト色に爛々と輝きつつも、太陽光すらも飲み込むほどに、深い闇色に染まったそれが、一瞬こちらに視線を向ける。
それだけで僕は、彼の問いかけに言葉が詰まり、返事をすることもできない。
細く切れ長な、甘く釣り上がった瞼。
きつい印象は与えないが、決して人懐っこくもないその形は──誰かに好意を抱かれても、その相手を拒絶することは無いが、決して心を開くこともない、彼の独特の距離感を表すようだ。
眠たげに目を細め、柔和に微笑んでみせても──その実、心の底は冷え切っていて、他人には何の情も抱いていない。
ある意味で、明確に嫌悪を剥き出しにされるよりも脈がなく、どんなに刺々しい言葉をかけられるよりも冷酷な、諦観。
人間よりも遥かに上位の存在、例えば神や悪魔がそうするように──端から自分以外の生命全てを下等な存在だと見限るような、傲慢で高圧的な視線は、しかしどこか寂しげで。
そんな、退屈を持て余した、アンニュイな表情。
それを見て、僕は──呼吸が止まってしまうほど、強く心を搔き乱される。
鼻が一つ、目が二つ、口が一つ。
彼の顔は、どこをどう見たって、人間と全く同じ造りをしており、違和感を覚える要素など、本来一つもないはずだ。
けれど──恣紫のその美貌をじっと見つめていると、何かヒトならざる超常の存在と相対したような恐怖を感じ、正気を喪失してしまいそうになる。
蛇にも似て、甘く釣り上がった細い目が、アメジストのような妖しい輝きを浮かべる瞳が、僕の視線とかち合う度に、多量の冷や汗を背中に流し、肌がぶわりと総毛立ち──けれど、まるで身体は石でもになったかのようにぴくりとも動かず、視線はその光に釘付けになったまま、目を閉じることも目線を外すこともできなくなってしまうのだ。
恣紫はただ、そこに存在しているだけなのに。
たったそれだけで、僕は──いや、人間なら誰もが、その威光に屈服し、畏怖し、ひれ伏し、魅了され、虜になる。
それを証明するかのように、彼はその左手に持った、僕とお揃いのアイスコーヒーを揺らしながら、氷のように凍てついたままの人間たちに、軽く流し目を送った。
──もはや、ただの背景と化した、騒がしく食事を楽しんでいたはずの、無数の学生たち。
不安になり、それらの様子をちらりと見るが──誰も彼も、男も女も関係なく、呆けてしまっている。
あまりにも、異様な光景だった。
その様子は、例えるなら──糸に吊り下げられたまま、命令を待っている、操り人形。
憧れのあの人が目の前にいるから、声を潜めてバレないように眺めるだとか、うるさくすると目を付けられるから、危害を加えられないよう黙っているだとか、そんな人間らしい感情は、彼らの中にはない。
意思も何も消え失せて、虚ろで恍惚とした目のまま、恣紫に恭順を示しているだけだ。
──あまりにも危険な、兵器じみたカリスマ性。
比喩でなく、彼の強すぎる魅力は、人を簡単に狂わせる。
その姿しか見えなくなる。恣紫に従うことが、自分という存在の全てになる。命をかけて恣紫に隷属する事が、最高の幸福だと思い込んでしまう。
例え、恣紫がそれを望まなくとも、人間の虚弱な精神では──恣紫の持つ、人智を超えた魅力には、どうしたって耐えられない。
恣紫のことを知覚した生命体は、必ず魅了され、隷属させられる。
例外はなく、防ぐことはできない。
その姿を見る。
その声を聞く。
その匂いを嗅ぐ。
何をしようとも、魂の底から、堕ちてしまう。
──真の王者は、ただ、存在によって、支配する。
そこに現れるだけで、人々をその威光に屈服させ、畏怖させ、ひれ伏させ、魅了し、虜にするのだ。
ひたすらに、気味が悪い。
目の前の淫魔に対し、そう思っている訳ではない。
ただ──僕だけが、こうして彼と対等に、隷属させられることなく話をすることを、許されている。
その理由が、僕にはちっとも分からない。
それが何より、不気味だ。
そんな僕の想いをよそに、彼は気安く、僕にくつくつと笑いかける。
そして、僕の取り落とした本を、ひょいと片手に取り上げながら、相変わらず感情の読めない、微笑みのような表情をこちらに向けた。
「しかし……こんなもの、わざわざ俺が嫌いなこの場所に来て、こそこそ隠れてまで調べなくったって、さぁ。直接、俺に聞いてくれれば、何でも教えたげるのに。ねぇ?」
「キミが知りたくて堪らない、俺のこと……例えば、俺の力について。それから、俺が何故、キミを気に入っているのか。俺の弱点。俺のあしらい方。俺の機嫌を損ねないための立ち居振る舞い。俺の魅力に抗う方法。そして、俺に人類を滅ぼさせないための、すべて。
……ククッ、キミってほんと、健気だよね」
──見透かすような、咎めるような、あるいは微笑ましいものを見守るような、そんな口調。
僕が、どうしてここに居るのかも、ここで何をしていたのかも、彼に対して何を思っているのかも、全てを見抜かれて──僕は思わず、死を予感する。
目の前の彼に、僕はひどく、怯えの感情を抱いている。
それ自体が、彼に対する何よりの不敬。
生存本能が、けたたましくアラートを出し、今すぐここから逃げ出すか、それができなければ舌を噛み切って、死んででも逃げろと叫び続ける。
肩を震わせ、血を青ざめさせながら。
必死に心の中で祈りの言葉を口にしつつ、僕はゆっくりと顔を上げて、彼の表情を見た。
──くつくつと、喉の奥から漏れる、可笑しそうな笑い声。
にこにこと、不気味なまでに人懐っこく笑いながら、恣紫は僕に微笑みかけている。
その表情は、とても無邪気で、怒りなどどこにも見当たらなくて。
けれど──ある意味、その表情は、この場においては最も残酷だ。
何故なら、その背景。
磔にされた死体のように、彼の言いなりになったまま、命令だけを与えられず、ぐったりとその場にうなだれる人間たちの前では、僕は到底そんな顔はできない。
しかし──彼はあくまで、他者を魅了し、奴隷扱いしようという欲望もなければ、その行為に喜びも感じないし、悪意がある訳でもない。
それは、例えるなら──太陽は、ただそこに存在しているだけで、信仰の対象となり、畏怖と畏敬を集めていたように。
恣紫はただ、どうしようもなく、美しいだけ。
何もせず、そこに佇んでいるだけで、人々が勝手に平伏するだけなのだ。
それどころか、むしろ彼は、この人間の世界で暮らすために──自分から、醜くなろうとすらしている。
生まれつき、自分自身ですら制御できなかった、その過剰な魅力を抑え込んで──すれ違った全ての人を、魅了させてしまわなくて済むように。
──それは、完璧すぎるが故の、歪。
存在そのものが、無差別な魅了を撒き散らす、この世にあってはならない、完全な美。
そんな、ヒトの枠を軽々と飛び越えた、悪魔の所業をしておきながら──やはり、彼は動じることもなく。
まるで、鼻歌でも歌い出すかのような自然さで、不意に指を近くのテーブルに向ける。
そして、くい、と軽く手招きをすると──怯えたような、あるいは上気したような、不安と期待でぐちゃぐちゃの顔をした女性が、やはり見えない糸に操られるかのように、飛び出して。
彼は、そんな女性に向かい──自分の持っていた鞄を、ぽいと無造作に放り投げた。
「それ、持ってろ」
最後まで、女性を一瞥することもなく。
そうして当然という風に、名前も顔も知らないくせに、荷物持ちとして扱う。
彼にとっては、自分の周りに居る生物は、すべからく自分に仕えるものであるという状況が、あまりにも当然であるが故の行動だった。
対する、その女性もまた、それに疑問を抱くこともなく──いや、むしろ『どうして自分に、これほどの幸運が降りかかったのか』と、涙すら流しかねないほど夢見心地に放心しながら。
茫然とした眼差しで、国宝でも預かっているかのように──汚れや傷を一つでも付けようものなら、その場で舌を噛み切ってしまいかねないというほど、異様に張り詰めた面持ちで。
どこででも手に入るような、何の変哲もない、大量生産品の安物バッグを、ただ黙って抱きしめていた。
──彼女は、一言も発さずに、空いた椅子に座ることも無く、ただ立っている。
まるで、恭しく主人に仕える、従順なメイドのような。
いや──それよりかは、一生を祈りに捧げ、経典に従うことだけを追求した、信心深い宗教家が、全能の神と対峙してしまったかのような。
そんな、狂気じみて強い歓喜と、絶対的な崇拝の感情を、彼女らの静かな微笑みと、柔らかな物腰の奥に感じて、僕はごくりと息をのむ。
淫魔とは、そういう生き物なのだ。
むしろ、恣紫は本来こうして、自分から誰かに対して、奉仕をしろと命令することはない。
ただ佇んでいるだけで、恣紫はそのあまりの美しさから──過度のストレスに自我を喪失した人のように、半ば発狂してしまった形で、相応の貢ぎ物を持ち、大挙して跪きに来るからだ。
どうか、自分の財産も、自分の身体も、自分の心も、全てを貴方のために捧げることを許してほしい、と──そんなことを、本気で自分から、彼に頼み込むのだから、恐ろしい。
──あまりにも、行き過ぎた美しさは、コズミックホラーにも等しい。
人間の脳では到底処理できない、理外の美貌という暴力を押し付け、人間を廃人にするという意味では──彼の存在は、クトゥルフの邪神とも、そう変わりないとすら言える。
そうだ、彼は──悪魔なんて、そんな程度の低いものではない。
この世界の何よりも優れた存在である、全知全能の、邪神だ。
「けど、そっか……。暇だから構ってもらおうかと思ったけど、本読んでるなら、静かな方がいいよね。あいつらも、このまま黙らせとこうか?」
そんな彼が──くい、と。
親指を後ろに向け、有象無象を指さしながら、そう言い放つ。
それは、一応は彼なりの、僕に対しての気遣いだった。
ただ、彼は、生物として隔絶した隔たりができるほど、人智を超えた絶対的な上位の存在であるから──その倫理観も、人間のそれとは大きくズレていて。
それ故に、彼は人間をただの『モノ』や『食料』としてしか見れず、人権なんて与えるまでもない、実験動物未満の扱いを、平然と行ってしまうのだ。
そう考えれば、そこらに居る適当な人間を、今も後ろで恣紫の鞄を持っている女性のように、誰彼構わず荷物持ちにするなんて、かえって有情な扱いだとすら言えるだろう。
人間に対して嫌いだと宣い、触れるどころか近寄ることすら許せないと、軽蔑するような視線を向けているのなら──その人間を奴隷にするにしたって、自分の持ち物に触らせるような真似はせず、ただひたすらに苦痛を与えて楽しむための、音の鳴る玩具扱いしていても、おかしくはないのだ。
だから、僕達人間はむしろ、雑用係の奴隷として、近くに置かれていることにすら、深く感謝しなければならない。
だとすれば──僕自身もまた、それらと同じ扱いを受けるはず、なのだが。
やはり理由は分からないが、僕だけは、彼にとって対等な存在と認められ、こうして対話を行うどころか、彼からの慈悲を受け取ることすら、許されている。
もっと言えば──僕が、このカフェテリア内で、異常に敬われた扱いを受けているのも。
恣紫が彼なりに、僕に対して施しを与えようとしたことが原因だ。
──いつしか、彼はふらりとこのカフェテリアに現れて、こう言ったらしい。
彼だけは、花よりも蝶よりも、自分自身の命よりも丁重に扱え。
恣紫から直々に、そんなことを命じられれば、この王様扱いも納得できる。
だが、しかし──そんなことを、あの人間嫌いの恣紫に言われるような覚えは、僕には全くない。
もしかすると、だが──彼にとって、人間とはあくまでも、たまたまそこに居ただけの、塵芥に過ぎないから、どうせ要らないならと、僕に衆目を押し付けたのかもしれない。
超越者である彼にとって、やはり僕達はどこまでも無力な、空気同然の存在だ。
いや──むしろ、興味も関心も無い、空気のようなものと思われていたら、どれほど良かったか。
「……キミさえ許すんなら、耳障りな心臓の音ごと、静かにしてもらうんだけどな。けど……あんな奴らでも、一応はキミの同族だし、ね」
ストローに口を付けながら、涼しげな顔で彼は言う。
──僕が許可するなら、彼らをきっと皆殺しにしていた、と。
──恣紫は、態度こそ軽薄なように見せかけてはいるが、その実、人嫌いをかなり拗らせており、その点では非常に頑固だ。
人間が近くに居たとしても、表立って苛立った態度を取ることはないが、ただでさえ彼の表情は読みにくく、内心でどう思っているかは僕にも全く分からない。
そのくせ、セックスは不特定多数の女性と、週に一度は欠かさず行うし──けれど、ボディタッチだけは非常に嫌い、腕を伸ばせば指先一本でも触れてしまう範囲には、他人を絶対に入れたがらない。
パーソナルスペースが非常に広く、またその領域は絶対的で──おそらく一日恣紫の様子を張り付いて監視していても、彼を中心にして半径2mの範囲に人間が入る瞬間は、きっと数えるほどしかないだろうと言うほどだ。
それどころか、彼は特別な用がない限り、人が集まる場所には頑として行こうともしない。
例え家に食べるものが何も無くなっても、やる事がなくて腹が立つほど退屈な時でも。
もっと極端な例えを出せば──恐らく恣紫は、何一つとしてモノが存在しない、狭い独房の中で永遠に過ごす事と、人が溢れた楽しげなテーマパークで一日遊ぶこと、どちらかを選べと言われたら、きっと前者を選ぶ。
──彼はいつしか、人間が溢れる往来を歩く時の気分を、”一歩ごとに、大量のウジ虫を踏み潰しているようだ”と語っていた。
だとすれば、ここは特に人の集まるカフェテリアだ。
きっと恣紫は今も、耐えがたい不快感を募らせているのだろう。
だからこそ、今はこの場所も静かだが──人間の声や足音、騒音にまみれた場所なら、尚更。
苛立つどころか、反射的にその首をねじ折り、二度と心臓の音すら鳴らせないようにさせられても、おかしくはない。
何故なら、彼にとって人間は、ゴミと同じだから。
例えば目の前で、人間の頭がトマトのように潰れたとしても、恣紫が何かを思う事はないだろう。
強いて言えば、臭いとか汚いとか、その程度だ。
今でこそ、彼はこうして、落ち着き払ってスマホを弄っているが──少しでも機嫌を損ねたら、僕なんていつでも殺される。
なにせ、彼は自分でもそう自称するくらいには、気まぐれで嘘つきな、悪魔だ。残酷なまでに美しい、邪神だ。
その力をもってすれば、この場にいる人間全員を──いや、世界を丸ごと、自分の手すら汚さずに滅ぼすことだって、赤子の手をひねるより簡単なのだろう。
世界に向けて、『死ね』と一言囁けば、いいのだから。
だから、僕は、彼の機嫌を損ねる訳にはいかない。
無礼を働くことは言うまでもなく、ほんの少し気分を害することすら許されない。
──けれど。
「……ん?解放してやれって?」
僕は頭を下げて、自我を失った彼らを、どうにか元に戻してやってくれないかと懇願する。
恣紫からすれば、ただの不快害虫でしかない、人間。
自分と比べれば圧倒的な下等生物であるそれらは、彼の立場になって考えると、本来は生かしておく必要性すらないはずだ。
彼は、何にも縛られない、真の万物の頂たる邪神だ。
誰も彼に命令できず、誰も彼を罰することができない。
当然だが、僕の頼みなど聞く必要もなければ、そもそも僕が恣紫の行動に口を挟む権利もない。
きっと、『うるさい』と思っただろう。
大嫌いで下等な人間ごときが、自分の行動に口出ししてきて、鬱陶しいと思っただろう。
もし彼の機嫌を損ねれば、僕の命はない。
もし彼が『永遠にその汚らしい口を閉じていろ』と、そう僕に脅しかけたなら、僕はそれに従うしかない。
──いつも通りの、心を偽るかのような、酷薄な笑顔。
すれ違いざまに挨拶でもする時のように、苛立ちも喜びも、何も感じられない、当たり前の表情のまま──恣紫はそっと、口を開く。
「いいよ」
──その言葉は、やけにあっさりとしていた。
彼らと同じ、ゴミのような下等生物である人間の僕からの、無礼極まりない一方的な懇願。
恣紫に何のメリットもない、ただの僕のワガママに対して、彼は──何の逡巡も、あるいはその対価を求めることもせず、ぱっと了承してくれた。
──その理由は、僕には分からない。
『俺のことを、居ないものとして扱え』
その命令は、声によるものではなかった。
けれど、恣紫は確かに、口を開いて、その喉から声を出していた。
しかし、僕の脳に届いたのは──もっと概念的な、テレパシーにも似た、何か。
だから、だろうか。
僕は、その命令に従わずに済んだらしい。
今も、僕の目の前に、恣紫は居て。
そして、彼に関する記憶も、何も消えてはいない。
──けれど、僕以外の全ては、そうではなかった。
その瞬間、止まっていた時が、動き出したかのように。
恣紫がここに来る、その直前の状況に、世界が巻き戻る。
きりの悪いところで途切れた会話も、定食が乗ったトレーを持ったままの手も、とっくに冷めたはずのスープの湯気ですら。
恣紫の命令により、彼は元からここに居なかったことになり──世界は、彼に言われた通り、その途中からお行儀よく、続きを行っている。
そうとしか表現することのできない、異常な状況。
そして、彼らの囚われた心を解放するどころか、それを完全に無かったことにして、丸ごとやり直すという荒業。
何事もなく事が済んだことに、胸を撫で下ろすと同時に──僕は、閉口する他なかった。
「はは……。ちょっと強引だけど、こうする他に方法がなくて、ね。困ったもんでさ、どうやら俺の魅了を魂から引っぺがすには、前提から覆さないといけないみたいなんだ」
世間話程度の、軽い愚痴を叩くように、苦笑い。
『面倒だ』とすら言わない、その彼の余裕ぶりを見て、僕は心底肝を冷やす。
心臓をばくばくと鳴らしながら、腕時計をそっと覗く。
──十二時三十四分。
彼がここに来る、その直前の時間だ。
──聞きかじった話によると、人類はどんな技術を使おうと、時を早く進めることはできても、時を逆行することは、理論上不可能らしい。
けれど、ああ、本当に──恣紫の前では、時間さえも無力なのだ。
世界の法則なんて、彼には一切、関係がないのだ。
それを改めて、まざまざと見せつけられて──僕は、胃の痛みと恐怖で、泣きそうな気分になる。
「……あれ、怖がらせたかな。んー……俺が言う事でもないかもしれないけど、さ……それ、飲んどいたら?」
けれど、あくまで恣紫は、親しげに。
僕の傍にある、アイスコーヒーのコップを指さし、眉をほんの少し下げて、困ったように笑う。
言われた通り、そのコップに視線を移すと──今までそこにあったはずの、よく冷えたガラスのコップは、どこにもなく。
並々と注がれたチョコレートミルクと共に、熱すぎない程度に温められた、見慣れない陶器のマグカップが置かれていた。
「なんかさ、この前どっかで見たんだけど……人間って、胃が痛い時は、牛乳を飲んで油分の膜を張るといいんだってね」
やはり、あくまでも彼は、僕を気遣うように。
なるべく穏やかに微笑みながら、静かに目を閉じ、気品あふれる仕草で、これまた先程まではそこになかった、白いバニラのクッキーを一枚かじった。
──そっと、カップを持ち上げて、匂いを嗅ぐ。
恐らくは普通の、何の変哲もない、ホットチョコレートだ。
「……別に、変なものは入ってないから、気にせず飲むといいよ」
びくりと、手が震える。
僕の警戒心が、表情から伝わっていたのだろうか。
釘を刺すように、彼は目を閉じたまま、そう言った。
多分、恣紫がそう言うのだから、これはただのホットチョコレートなのだろう。
彼に、嘘をつく理由はない。
例え、これに毒か何かが入っていても──それを知らされた上で、”それを飲んで死ね”と言われたなら、僕はそれに抗うことはできないからだ。
だから、その心配は、僕にはない。
けれど、同時に──恣紫が、僕に対して施しを与える理由も、一切存在しないはずなのだ。
あの、人間を蛇蝎のごとく嫌っている、恣紫が。
わざわざ、その手を煩わせて、僕に甘いドリンクを奢ってくれる理由など、どこにもありはしない。
その理由は、僕には──
「おいおい、さっきから、随分と酷い事を考えるじゃん?」
──脳が思考を紡いでいる途中に、それを鷲掴みにされたかのような、精神をひどく揺さぶる感覚。
一瞬、意識が吹き飛んで、脳が焼かれるかのように、額の奥の方が、ひりひりと熱くなった。
彼は、何もしない。
ただ座って、僕を見ているだけだ。
──じっと、見透かすような、深い瞳。
底なしの暗闇にも見えて、なおかつ煌々ときらめく、その紫水晶の光は、まるで銀河を覗き込んでいるような感覚に陥らせる。
ひたすら蠱惑的な、悪魔の眼差し。
それに、見つめられているだけで、どんどんと意識が、吸い寄せられてゆく。
太陽の光も、周囲の喧騒も、脳内から剥がれ落ちて、感じられなくなる。
ただじっと、色香の極まる瞳に、見つめられているだけで──何も考えられなくなり、じわじわと脳が蕩け、腰が砕けそうになる。
「それじゃあまるで、俺が人間だけじゃなくて、キミまで嫌っているような、そんな言い草……いや、考え草だ」
恣紫は、背もたれに体重を預けるのをやめて、テーブルから身を前に乗り出す。
今までの、感情の見えない微笑とは、全く性質の違う、粘着質な笑み。
口角をにちゃりと吊り上げて、機嫌がいいのか悪いのかは分からないが、とにかく興奮した様子で、言い聞かせるようにじっくりと、目線を片時も離さずに言う。
いつでも気だるげで、感情を態度に出さない恣紫の、滅多に見ることのない姿。
情動的で、抑揚たっぷりに、僕にだけ向けて語りかける、その行為は──僕にとっては、脳みそに向かって直接、彼の美貌や玉音という斧を、何度も何度も振り下ろされているにも等しく。
感情がミキサーにかけられたかのように、恐慌も歓喜も畏敬も憧憬も、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられてゆく。
「そうじゃない」
心臓の鼓動が、滅茶苦茶なリズムを刻んでいる。
目を合わせては絶対にいけないのに、視線をどこにも外せない。
呼吸は、自分でも出来ているかいないのか、判別がつかず。
ただ、目の前がちかちかと明滅して、苦しい。
──ああ、そうか。
僕は愚かにも、恣紫の機嫌を損ねたから、ここで惨めに壊されるのか。
我ながら不思議なほどに、その結論は自分の胸の中に、すとんと落ちた。
彼が感情を剥き出しにしながら、僕にそれをまくし立てる意味が、それ以外にどう考えたって、説明できないからだ。
そう、そのはずだ。
そのはず、なのだが──彼は、何を血迷ったか。
「俺たちは、そう……”親友”、だろ……?♡」
静かだけれど、熱いため息と共に。
ひたすら恍惚と、頬すら少し赤く染めて、目尻を歓喜に下げながら。
僕のことを、親しげに、愛着を込めて。
──親友、と。
確かに、そう、呼んだのだ。
ククク、と静かな笑い声を上げると共に、彼はその艶めく長い爪で、南京錠のネックレスを、ぴんと弾く。
それは、恣紫が極めて機嫌がいい時に行う、一種のクセであった。
何の変哲もない、百均で買った安物の南京錠。
柔らかな真鍮で出来ている、見せかけだけの簡易的なそれは──僕と恣紫が出会ってすぐ、入学式のあの日に、僕があげたものだ。
思えば、あの日から。
いや──初めて僕と目が合った、その瞬間から彼はずっと、僕を親友と呼んでいた。
それが何故かは、分からない。
恣紫が僕の何が気に入ったのか、何がそこまで彼の琴線に触れたのかは、分からない。
きっと一生、それを理解する日は来ないだろう。
ただ──今でもたまに、その時のことを思い出す。
そう──あの時の事は、どれもこれも克明に、覚えている。
忘れられるはずがない。
「それは、俺も同じだよ、親友……♡キミと出会って、俺の世界に、色が付いた瞬間……♡まさか、忘れられるはずがない……♡」
──びくりと、肩が跳ねる。
彼は、普段のような、空っぽの笑顔とは対照的に。
頬を軽く上気させ、熱いため息すら吐きながら、心の底から恍惚と、蕩けるような甘さで、返事をする。
──彼の美貌から必死に目を逸らして、黙りこくっていたはずの、僕に。
彼はよく、僕の思考に対して、直接返事をすることがある。
つくづく、人間離れした化け物だ。
きっと、この全能の悪魔にとっては、人の心を読み透かし、脳内まで丸裸にしてみせるなんて、造作もないことなのだろう。
そう、彼にとってその行為は、僕に人間と悪魔の絶対的な格差を見せつけるための、脅しや威嚇などではない。
それは人間で言えば、手慰みにペン回しをして見せるような、ただ何気ない、日常の一挙手一投足なのだ。
だからこそ、ひどく恐ろしい。
この男はやはり、どうしたって到底人間の手に負えない、厄災そのものなのだ。
身分違いどころか、存在の格の差も甚だしい。
百歩譲っても、僕達の間で成立する関係は、ペットと飼い主か、奴隷と主人といったところだろう。
僕と恣紫は、まさに月とスッポン。対等な友人になんて、絶対になれるはずもない。
けれど、それでも恣紫は──僕のことを、親友と呼び続ける。
──それはそれは、心の底から、陶酔しきった様子で。
「親友、ああ、親友……♡ほんっと、いい響きだ……♡」
ぞくぞくと、身震いすら起こしながら、彼は自分自身の胸を縛り付けるかのように、その長い両腕で掻き抱く。
湧き上がる歓喜に、見開かれた瞳孔。
鋭い犬歯をちらつかせながら、くつくつと沸騰したような笑い声を上げ、椅子がきしむほど首と背筋を仰け反らせ。
しかし、目線だけは片時も僕から離すことはなく、目だけでこちらを見下ろしている。
──豹変。
そんな言葉が、今の恣紫にはよく似合う。
「ああ、そうだ、キミは俺にとって、たった一人の、大事な大事な友人なんだ……♡この世で唯一の、対等な存在……♡」
不用意にも、何らかのスイッチを、入れてしまったのだろうか。
いつもの凛とした、カリスマのある立ち居振る舞いをかなぐり捨てて、氾濫する感情を剥き出しに。
時折、声すら震わせながら、彼は獰猛なまでに深く笑う。
張り詰めるような、息をのむ重圧に支配された、半径一メートル足らずのテーブルの上。
空気に染み込んでいくような、鈴の音のように静かで低く──そのくせ、聞いているだけで意識がくらくらするほど、蠱惑的な声だけが、満たされてゆく。
指先を軽く曲げて、机の天板を掻くことすらできないほど、重苦しい時間だった。
例えるなら、光が一切届かないほどの、海の底の底まで落ちて──その見えない水圧に、四方八方から雁字搦めにされ、腕の震えすら抑え込まれるかのような。
そんな、身体ごとぐしゃりと潰れてしまうほどの、圧力めいたプレッシャーが、どうしてか。
あの桔梗色の瞳に覗かれると、ずんと重く、心も体も鷲掴みにされるように、深くのしかかる。
だが、そんな、呼吸すらも忘れてしまう、重圧に満ちた空間の中でも、彼は。
ぎしりと椅子を軋ませながら、何も臆することなく悠然と。
僕だけを、見ている。
自惚れでも何でもなく──彼の荘厳な瞳には、今、僕しか映っていない。
彼はじっと、僕の目を見ている。
逸らすな、と言外に命じるように、強く妖しい光を込めて、じっと。
「キミが幸せなら、俺もまた幸せになれる、そんな特別なヒト……♡唯一無二の、比翼連理の、偕老同穴の、運命共同体……♡」
じっと、ただじっと見つめられて、内心に広がる──憧れの異性に抱かれているような、心臓に疼痺を植え付けられる、もどかしくて苦しくも、何より心地よい、快感。
一目惚れのような、洗脳じみた心地を植え付けて、脳にぶわりと快楽物質をぶちまけられる、異常な感覚は──言葉にするならば、まさに『魅了』であった。
そう、例えるならばまさに、ゲームによくある状態異常の、それ。
今まで連れ添ってきた、命すら掛けるほどの固い絆で結ばれた、血縁以上の仲間すら──その手で殺してしまうほどの、深い深い、精神異常。正気の喪失。
色仕掛けという、ひどく単純で薄っぺらい、性欲以上の意味を全く持たない、ただ肉欲を煽るだけの行為であるはずなのに──その美女に命じられるまま、仲間に本気で真剣と殺意を向け、恍惚のまま斬り殺してしまうという、理不尽なまでの恋慕。
今まで僕は、ゲームでそれを見る度に、あまりにも誇張した表現だと、冷笑にも似た感覚を抱いてきた。
人間の敵である、悪しき魔物だと分かっている相手に、ちょっと凝視されただけで、喜んで仲間を殺すだなんて──いくらフィクションにしても、リアリティがない。
そう思っていたが──実際に、それに似た、いや、それを優に超えた感覚を植え付けられて、理解する。
今、僕は。
彼に命令されたなら、喜んで──この命を差し出す。どんな理不尽な命令も、受けてしまう。
きっと、恣紫が命令してくれたという事実に、むせび泣くほどの歓喜を覚えながら。
──やはり、恣紫は。
何か、生物として人間よりもずっと上位に位置する、淫靡で邪悪で、それでいて神性を帯びた何かだと。
これで何度目だろうか、そうして強く、またも確信した。
「ああ、そうだ、キミは特別なんだ……♡後にも先にも、キミだけ……♡世界でたった一人の、俺とおんなじ生き物……♡平等で、対等で、貴賤なく、ただ並び立ってくれる、そんなヒト……♡」
──周囲の喧騒が、いやに遠く感じる。
つい十分前──いや、彼らからすれば、ほんの一分ほど前になるのか──には、後ろで楽しそうに騒ぐ彼らから、あれほど僕は視線を集めていたのに。
今や、僕達のことなど、誰も気にすら留めていない。
その視界の中に、これほどまでに色濃い狂気を収めておきながら。
彼らはこれから、今まで暮らしてきた通りの、学生として自然な一日を過ごすのだろう。
講義を受け、友達と遊び、あるいは家に帰ってだらだらと。
──本当は、それが何よりも不自然なこととも知らないまま。
僕は、助けを求めることも、逃げ出すこともできない。
背筋に、甘ったるい寒気が走らせ、その後に遅れてついてくる、深い恍惚に身をよじり。
身体の内側から、こちょこちょと愛撫されているような、息が快楽に蕩ける感覚に、頭をとことん煮立たせながら。
「真っすぐに俺を見てくれて、正しく恐れてくれて、当然に嫌ってくれて、そして……そのくせ、心の中は隙だらけで、時折俺に甘えてくれる、甘えさせてくれる……♡ダメだなぁ、それが堪んなく、愛おしくって仕方がないんだ……♡」
雰囲気が、明らかに違う。
何と比べて、と言われれば──全てが。世界に存在する、森羅万象と。
あれは、間違いなく、この世に存在しない、あっていはいけない類の美しさだ。
人間を悩殺することを生業とする、悪魔そのもの。
色香一つで、国を乗っ取り傾ける、淫魔。
軽い流し目の一つだけで、人間をどこまでも食い物にする、エロティシズムの化身。
それが、玉座から傅く家来を見下ろすように、その長身から、じっと僕を眺めている。
こんなに凄艶な存在が、果たして、本当に実在するのだろうか。
確かな質量を持って、すぐ側に存在している恣紫に対して、そんな疑問すら抱く。
そして、その姿を、僕なんかの下等な存在が、瞳に映してしまうことすら。
僕にはそれが、ひどく烏滸がましく、無礼極まりないことだと、そう感じてしまう。
目の前の存在に対し、僕は本能的に、恐怖を抱いてしまっている。
早く、脚を揃えて、手を地面につけて、頭を床に擦りつけないと。
そんな、脅迫的な観念に、押しつぶされる。
──精神が、きしむ音を上げている。
さっきから、口の中が渇いて渇いて仕方がない。
「はぁ……♡良いザマだよね、ほんっとさ……♡最強の淫魔を、魔王を名乗っておいて、さ……たった一人の、弱くてちっぽけで、だけど俺を直視してくれる人間に、こんなに一目惚れして、シッポ振って懐いて……♡今まで生きてきた間に、そんな感情を抱いたことなんて、ただの一回きりもなかったし、これからも二度と誰かを愛することなんてないと思ってたのに……♡あーあ、自分のことながら、バカみたいだ……♡」
──かと思えば恣紫は、恋焦がれたように、机に上体を寝そべらせ。
まさに恋煩いという言葉がぴったり似合う、どこか辛そうにすら感じる面持ちで、目にハートすら浮かべながら、形のいい眉を目いっぱい額に寄せて、僕を見上げる。
恋しくて、恋しくて、恋しくて、恋しくて、堪らない。
そんな感情を隠そうともせず、溢れる脳内麻薬にトリップしながら、溶けたチョコレートのように甘ったるい蕩け声で──讃美歌を捧げるかのように、ある種の盲信を、まっすぐ僕に向けて示す。
──そういった意味では、僕達はどこか、似たもの同士なのかもしれない。
僕は恣紫に対して、ある種、信仰にも似たような、畏れや敬いを抱いている。
そして、恣紫もまた僕に対して、これほどまでに重い、執着心を見せている。
彼は、淫魔としての性分だろうか、気分によってころころと言動を変えることが多い。
興味が熱するのも早ければ、冷めるのも一瞬で、機嫌の乱高下も激しく、そしてひどく飽き性。
だから、彼の言葉は、信用してはならない。
彼は所詮、人間を誑かしては食い物にして、その様を軽蔑しながら嘲笑う、邪悪な淫魔なのだ。
それを、十分に理解した上で、なお。
僕は、どうしても──恣紫は、永遠に僕を逃がしてくれないと、そう確信している。
「でも、そのくせ抱きつこうとすると怖がられて、本気で拒絶する気もないくせに、腕の中からするりと抜けて、ちょこまか逃げられて……そんな、誘惑の仕草としては初歩も初歩、小馬鹿にされるような真似されて、追わせられて……♡はぁ……俺、こんな簡単に、本気にさせられちゃってるんだもんな……♡」
つまるところ、彼の言葉には、一切の嘘は含まれていない。
そして、その言葉を、気まぐれに撤回するつもりもない。
不老不死にして、全知全能の邪神が、僕に対して”本気だ”と、そう言っているのだ。
──ああ、そうだ、はっきり言おう。認めよう。
恣紫は──僕の事が、好きだ。
疑いようもないほど、僕に対して、強い好意を抱いている。
最大限の愛着を、そして、無防備なまでの全幅の信頼を向けている。
依存している。
僕が少しでも拒絶すれば、何をしでかすか分からないほど。
僕という存在そのものを、生きる意味だと思い込むくらい、依存しきっている。
──僕の事を、愛してしまっている。
「でも、仕方ないよね……♡だって、俺は、生きる事すら興味を無くして、何もかもを諦めてたところに、ようやく見つけられたんだ……♡俺の全てを捧げるのに、相応しいものを……♡」
どろりと、情欲に濡れた瞳が、ゆらゆらと炎のように揺れる。
空間ごと甘ったるくなるような、胸焼けを引き起こす視線。
今、僕の目の前に居るのは、確かに──人間なんて虫けら同然に扱う、邪悪な超自然的存在のはずだ。
狂気に至るほどに美しくもおぞましい、淫らな悪魔の王。
その有り余る色気は、粘りつくような重圧となって、今なお僕を苛み続けている。
僕の背筋には、死期にも似た寒気が、ぞくぞくと這いずり続け、危険信号を発し続けている。
神経を直接、蠱惑の炎で炙られているように、言いようのない猛毒じみた快感が、恐ろしく腰を蕩かし続けている。
こうして相対しているだけで、気管支が詰まって溺れてしまいそうになるほど、強く。
──大丈夫だ。僕は今、確かに恣紫が、恐ろしい。
理由も分からずに、僕に対して強烈な想いを向ける彼に対して、こちらも訳が分からなくなり、つい魅了されて想いを返してしまうほど、そこまでは堕ちていない。
そうだ。
彼が、僕をそこまで気に入る理由。
それが、未だに僕は理解できないのだ。
けれど、そのくせ──恣紫が僕を気に入っているという点に関しては、自惚れでも何でもないことは、理解してしまっている。
最初のうちこそ、それすら疑っていたものの、彼との付き合いもこれで一週間と少しになり、いい加減に骨身に染みた。
自分でこんなことを言うのは、極めて烏滸がましいことだが──恣紫は、僕のことが本当に、好きで好きで堪らないようだ。
こればかりは、きっと自惚れなんかではない。
だって、何よりも、そもそも──
「だから、さ……♡きっとキミは、キミだけは、”人形”になんか、なってくれないでよね……♡」
──僕は、未だに、彼の人形にされずに済んでいるのだから。
恣紫は、僕の人格を消したくはないのだ。
自分の言う事をどんなことでも即座に聞いて、敵意や嫌悪を向けない、物言わぬ人形。
黙れと言われれば黙り、失せろと言われれば失せる、都合のいい存在に僕を貶めることを、彼はどうやら好んではいない。
反吐を吐きそうになるほど人間が嫌いなら、下手に近寄ってきたり、不敬を働かれたりする者の心は、叩き折っておいた方が絶対に扱いやすいはずなのに。
だけど──そうしない。
言うまでもないが、それが出来ないのではない。
ほんの少しの誘惑で、いつでも思考を奪えるのに──あくまで恣紫の意志によって、僕は彼の支配から許されている。
そんなことをする理由は、今のところは思いつかない。
だって、恣紫は人間のことが嫌いなのだ。
誰かに頼まれたって、正面から話をするどころか、同じ空間に存在することすら嫌うのだから、それは僕も同じなはずだ。
僕は所詮、特筆するところのない、ただの人間なのだから。
けれど、そうではなかった。
初めて会った時、恣紫は僕に向かって、友達になろうと、確かにそう言ったのだ。
──分からない。
恣紫の全てが、理解できない。
「クク、フフフ……♡ああ、いい顔だ……♡親友は、笑顔も可愛いけれど、その苦虫を嚙み潰したような顔も、抜群にそそる……♡」
そして、僕が恐怖の感情を向けていると、そう知ってなお。
恣紫は、その不敵な微笑みを崩すことはなく、まるで仔猫に向けるかのような、慈しむ目線を送るだけ。
──僕の感情なら、彼は全てを肯定してしまう。
嫌悪も、あるいは性欲も、何もかもを尊いものとして扱い、もっとそれを向けてくれと、恍惚のため息と共に、僕に手招きを寄越すのだ。
恣紫の中で、僕はどれだけ、完全なものとして扱われているのだろうか。
マイナスの感情すらも、喜ばしいものとして感じてしまうなんて──人間同士の恋愛だとしても、並大抵の盲目さではない。
ましてや、その感情は、友人に向けるものでは、絶対にない。
そうだ、もし彼が本当に、僕に友情を求めているならば、そんな歪な好意は向けてきたりはしないだろう。
つまり、一 恣紫は──親友なんかではない。
彼すらも、きっとその関係を、望んではいないのだから。
だとしたら。
この淫魔は、僕に対して、何を求めているのだろうか──
「なぁ……そんなの、わざわざ言葉にしなくても、分かり切ってるだろ?♡親友……?♡」
──と、そんな思考に割り込んで。
恣紫はいよいよ焦れたように、自分の座っている椅子が倒れることも厭わず、がたりと勢いをつけて立ち上がる。
胸から上までしか見えない座り姿と違って、立ち姿になりますます強調される、その妖艶な腰のくねり。
やはりその身体は、男にしては曲線が多く、無性別な顔立ちと相まって、どうにも──”彼”というよりは、”彼女”のような。
未だに性別のはっきりしない、どちらでもなく美しい肢体を悩ましく火照らせ、恣紫はその両腕を広げて、宗教画の女神のように、逆光を浴びたまま僕へと語りかける。
心なしか、その吐息には熱がこもり、頬は紅潮して。
竜胆色の瞳にすら、薄紅が混じる。
──見惚れる、なんて軽い言葉では、この感覚は到底語れない。
心臓に、何本もの赤熱した針を、直接叩き込まれているような。
恣紫の目に、意識が吸い込まれる。
いつの間にか、金縛りにあったかのように、手足はぴくりとも動かない。
「ああ、そうだ……俺がキミに求めていることは、たった一つ……」
そうして、いよいよ恣紫は。
僕に対して、その長い脚を向け、ゆっくりと歩み寄り──
──その瞬間、何かが後ずさる音が、恣紫のすぐ傍から聞こえた。
「……ああ、そっか、まだ、居たんだ」
それは、ぞっとするほど冷たい、殺意の込められた一言だった。
その瞬間、室内の気温が氷点下にまで下がるような、そんな感覚を覚える。
恣紫も、その興奮に水が差された様子で、地面が捲れ上がるような、強い苛立ちと共に。
腕をゆっくりと、腰の横まで降ろし、大きく開かれた瞳孔を細め、落胆と失望を表すように、釣り上がった口角を下げる。
──鞄を持たされたまま、恣紫に存在すら忘れ去られていた、荷物持ち扱いの女の子。
今までじっと、恣紫の機嫌を間違っても損ねないよう、息を殺してそこに潜んでいたのに、僕に言い寄る恣紫のあまりの気迫に、最悪のタイミングで怯んでしまったのだろう。
それに対して、恣紫は黙りこくったまま、冷酷な無表情で、じっとその女性を見つめていた。
「おいで」
そうして、ひとしきり睨んだ後、ふっと不気味に頬を緩ませ、いつも通りの貼り付けた笑顔で、女性に対して優しく落ち着いた口調で語りかける。
その招きを受けた女性の様子といえば、思わず目を逸らしてしまうほど、酷いものだった。
生まれたての小鹿のように、立っているのがやっとというほど、今にも腰が抜けそうな立ち姿。
腰を卑屈に折り曲げて、顔も挙げられないまま、必死になって呼吸をして。
その吐息の合間に、誰が見たって分かるくらい、歯をかちかちと鳴らすほど震えている。
けれど──そんな状態でも、絶対的な王である恣紫の命令には、文字通り死んでも逆らえない。
恣紫に預けられた鞄だけは、こんな時でも離すことなく、大事に大事に胸の中に抱えているのが、何よりの証拠だ。
そう──恣紫が何かを命じたなら、例えそれが天地自然の法則に逆らっていたとしても、絶対に遂行される。
彼女の意識と身体の両方が、限界だと悲鳴を上げていても、脚を止めることが決して許されないように。
ことごとく、無慈悲に。
せめて、これから親に叱られることを理解した子供のように、覚悟をゆっくりと決めながら、亀よりも遅い歩みで近づくことすら、はやり許されず。
苛立つ恣紫を、まさか自分などという矮小な存在が、お待たせしていいはずがない。
女性は、そんな強迫観念からか、ほぼ抜けかけた足腰からは想像もできないほど、異常なくらい自然に、こつこつと淀みなく恣紫の傍まで歩いてゆく。
酷薄なまでに美しく、夜色の瞳を煌めかせ、恣紫はただそれを眺めていた。
──止めるべきだ。
今、この場所に、恣紫を止められる人間が居るとしたら、それは僕しかいない。
けれど──どうしても、声が出ないのだ。
こんなにも、お腹に力を込めて、喉を震わせようとしているのに、金魚のように口をぱくぱくと開閉することしかできない。
そうして僕が、ひどく情けない姿を晒している間にも、女性は恣紫の下へと歩かされて──
「俺の為に、ずっとそこで待っててくれてたんだろ?なら……ご褒美、あげないとね」
不意に。
恣紫は、その右腕で、女性の胸ぐらをひょいとつかみ上げる。
その女性は、少し小柄だったが故に、恣紫の長身に持ち上げられるような形になり、地面に脚をつけることすらできない。
さりとて、まさかじたばたと手足を暴れさせ、恣紫の身体に蹴りを入れるなど、できるはずもない。
そもそも──いくら小柄とはいえ、成人した人間の女性を、まるで空の段ボール箱でも持ち上げるみたいに、片手で軽々と掴み上げるような化け物に対して、ただのヒトごときが暴れてみたところで何になるだろうか。
極めて無防備な、何をされても防ぎようのない体勢。
このまま、力任せに地面に叩きつけるだけで──いとも簡単に、あの女性は。
全身の血管に、氷水を注がれたかのような、悪寒。
僕自身も、必死で恣紫に縋りつき、止めようとするが──やはり、足腰が震えて、力の入れ方を全て忘れてしまったかのように、立ちあがることすらできない。
くつくつと、剣呑な目つきのまま、恣紫は不敵に笑う。
その様子に、女性は、ギロチンの刃を首筋に押し当てられたような、確実な死に対する恐怖と──恣紫という、普通に生きていれば出会う事は愚か、妄想として思い浮かべることすらできないはずの、理想を超えた究極の異性に抱かれているという歓喜を、同時に与えられて。
人に見られているということすら忘れ、抵抗する様子も無く失禁し、口の端から軽く泡を吹きながら──それでも、その表情だけは、奇妙ににへらにへらと笑っているようだ。
──ほぼ、発狂寸前。
脳みその線がぷっつり切れて、そのまま心臓を止めてしまっても、何らおかしくない状況。
しかし、それでも彼女は──恣紫の鞄だけは、汚れないように大事に懐に抱き、幸せそうな笑顔を浮かべている。
恣紫は、そんな虫の息の女性を、じっと見下ろしたまま──心底、どうでもよさそうに。
退屈そうに、欠伸を一つ、噛み殺す。
そして、余った左手で、女性に対して、首を上げるようにと、指先を目の前で振ると。
彼は──そのまま、顔を思いっきり近づけて、強制的に、目線を合わせる。
至近距離での、凝視。
少し首を伸ばせば、触れてしまえるほどの近さで、穴が開くほどに、じっと見つめる。
途端──女性の身体が、びくんと跳ねた。
そのまま背骨が折れてしまわないかというほど、強く背筋を反らして、叫び声を上げながら。
がくがくと、全身で引きつけを起こすという、尋常ではない痙攣。
ぱしゃぱしゃと、地面に液体が降る音がする。
今度は、失禁して出た小水ではない。
それこそ、バケツをひっくり返したような量の──愛液。
内臓の水分を、全て絞り出しているのではないかというほどの、凄まじい量を出しながら、女性はもがき苦しむ。
声にもならない声で、喉が裂けてしまうほどに叫び、首を左右に振って暴れようとする。
しかし、いくら脳のリミッターを外して、筋肉や脊椎が損傷してしまいそうなほど藻掻いても、ただの人間程度の力で、恣紫の拘束から逃げられるはずもなく。
恣紫の、その瞳を見せつけられるだけで──女性は、首だけは何かに拘束されているかのように動かないまま、足掻いて、藻掻いて、苦しみ抜く。
その壮絶な光景に、僕はもはや、声も出せない。
目の前の情報が、脳内で適切に処理できず、ただぼんやりと、何も見ていないかのように、茫然自失。
明らかな断末魔が響いているのに、どこか他人事であるかのように、それを漠然と眺めるしかなかった。
苦しいのだろう。辛いのだろう。
けれど──きっと、その苦しみの根源は、快楽。
脳を電子レンジに突っ込まれたかのような、じゅうじゅうと細胞を溶かす無造作な快感に、全ての神経が灼けついてしまっているのだ。
それが──淫魔である恣紫の、本気の魅了。
五秒も目を合わせれば、そのあまりの美貌により、人を発狂死させてしまう。
──二秒、三秒。
叫び声はみるみる小さくなり、手足の暴れすらも、次第に落ち着いてゆく。
しかし、当然だが、それはあの女性の精神が安定したからではない。
──ああ、そうだ、このままでは。
このままでは、あの女性は、間違いなく。
はっ、はっ、はっ、と。
夏場の犬のような、短く浅い呼吸しかできない。
僕が、僕が止めないと──
椅子から転げ落ちつつ、地面に必死に這いつくばり、何度も声を出そうと必死に口を開閉させる。
──恣紫、恣紫、恣紫っ……!
そう、呼び掛けているつもりでも、実際は──かひゅ、と、掠れた息が漏れるだけ。
そして。
ついに、女性の声は、途切れ。
恣紫の鞄ごと、腕をだらりと、力なく垂れ下げて──
──恣紫っ……!!!
「なあに」
耳元に唇が当たるほど、すぐ後ろから、恣紫の甘ったるい囁き声が聞こえた。
冷たさなんて欠片も無い、どこか弾むような、いかにも機嫌のいい声色。
今まで女性に向けていた、殺意や敵意といった感情なんて、霧散したように消えていた。
そして、恣紫が掴み上げていた、女性までも。
同じように、煙のごとく忽然と、消える。
僕は確かに、恣紫が凶行に走ろうとする瞬間を、瞬きもせずに見つめていたはずだ。
けれど、いつの間にか、彼は僕にのしかかって、すぐ背後にいて、倒れたはずの女性はどこにも見当たらなくて。
今まで見ていた光景は、質の悪い幻だったのか、あるいは現実に起こったことなのか、全く区別がつかない。
僕は今、リアルを生きられているのか、これもまた夢や幻の続きなのか──あるいは先程の光景だけが現実で、今この瞬間だけが、意識を失った果てに脳が見せている幻覚なのか。
そんな、気が狂いそうになる感覚の中、恣紫は落ち着いた声色で、僕に尋ねた。
「どうしたの、そんなに慌てて俺を呼んで。何か、用事でもあった?」
──白々しく、見え透いて嘘くさい態度で、僕の身体に後ろから覆いかぶさりながら、恣紫は言う。
まるで、どうでもいい世間話でもしているような、平静なトーン。
じいっと、蛇が獲物を締め上げるような、質量を伴うほど絡みつく目線を、首筋に感じる。
快感を司る神経を、直にまさぐられている、そんな奇妙な感覚。
身体の内側から、ぞくぞくと熱が込み上がって、脳が揺れる。
──いや、違う。
それよりも、そんなことよりも──。
「何でも言って。何でも頼んで。何でも命令して。親友の言う事なら、俺、何でも聞いてあげるから」
──とにかく、この悪魔を止めないと。
少女のようないじらしさと、悪辣な邪神の妖艶さが混じり合った、か細い指先が首の間近をかすめる感覚に震えつつ、僕は必死に意識を保つ。
このまま、軽く癇癪でも起こされたなら──恣紫の下敷きにされている僕どころか、人類ごと死に絶えて、滅びる。
それは、何ら誇張表現でも、小数点の下にゼロが数えきれないほども付く、”ない”と言い換えてもいい程度の低い可能性でもなく。
ただでさえ気まぐれな彼の、移ろいやすい気分の一つで、簡単に起こり得るという事実に──僕は、赤ん坊のように何もかもを放っぽり出して、泣き喚いてしまいたい気持ちに駆られた。
しかし、そんな僕の感情を知ってか知らずか、ぬらりと、艶めく白磁の指が、首筋のほんの一ミリほど傍を、すりすりと愛おしく撫でる。
粘着質で、束縛すら感じる、指の絡みつき。
薄い空気の膜越しにすら、その蠱惑を感じるほど──見知らぬ人間のメスなんて、そんなものはどうでもいいだろ、もっと俺を感じてくれよと、指先だけで恣紫はそれをねだる。
それが自惚れだと勘違いすることすら許さないほど、嫉妬の情念がこれでもかと練り込まれた手つき。
もしかすると、今までの彼の全ての行為が、僕の気を引くためのものだったのかと思うほど、熱く湿った指先に、本能が屈服しそうになる。
それでも、それでも彼を止められるのは、僕だけなんだ。
どろりと濁った執着の視線に、じくじくと焼かれるような、性的な快感を押し付けられ、目を白黒させながらも、必死に遠のく意識を引き留め続ける。
「ねえ、なあにってば……?何か言いたいことがあるなら、言ってくれないと分からないよ、親友……?」
──僕が言いたいことなんて、全部分かっているくせに。
そんな恨み節すら、頭の中に浮かべてしまう。
けれど、そんな僕の焦りすら──彼には全て、筒抜けなのだろう。
彼はよく、独り言にすら出していない、僕の思考に対して、直接返事をすることがある。
きっと、この全能の悪魔にとっては、人の心を読み透かし、脳内まで丸裸にしてみせるなんて、造作もないことなのだろう。
つくづく、人間離れした化け物だ。
そう、彼にとってその行為は、僕に人間と悪魔の絶対的な格差を見せつけるための、脅しや威嚇などではない。
それは人間で言えば、ただ呼吸をして見せるような、何気ない日常の一挙手一投足なのだ。
だからこそ、ひどく恐ろしい。
この男はやはり、どうしたって到底人間の手に負えない、厄災そのもの。
硬いタイルの地面に、頭を直接擦りつけておきながら、僕はそこから起き上がろうという気すら起こらなかった。
全てを諦めたくなるような、強い絶望の感情が胸を支配していて──もう、思考も人間性も、何もかもを恣紫に向かって投げ捨てて、ただ崇拝していたくなる気持ちで一杯になる。
目は涙ぐみ、鼻はつんと刺激で満たされて、呼吸は引きつり。
地べたが冷たいのか、硬いのかも分からなくなり──不思議と、ふわふわとした浮遊感で、目の前が真っ白になってゆく。
「はぁ……。ね、親友」
──そんな僕に、焦れたような、あるいは呆れたような態度で、恣紫はゆっくりと語りかけた。
その声のトーンは、ただでさえダウナーな普段よりも、更に幾分か落ち込み、あからさまに機嫌を損ねていることが、よく分かる。
むっすりと拗ねたように、指をくるくると、床に『の』の字を描くように回している姿は、普通の女の子なら可愛らしくもあるのだろうが──こと彼においては、話が違う。
そのまま、不意に顎を持たれて、目線を合わせられたまま、五秒数える。
それだけで、どんな末路を辿るか──僕は、実例を持って知っているのだ。
のたうち回り、内臓を落としたかのように、大量の精液をぼちゃぼちゃと汚らしく漏らしながら、恋慕と快楽のうちに、苦しみ抜いて死ぬ。
その末路を、僕は一瞬でも脳裏に思い浮かべて、また吐息を冷たくした。
それは、ほとんど無意識のうちの出来事だった。
たった今見せつけられた景色のトラウマ、そして、恣紫という絶世の存在の、圧倒的なカリスマから来る威圧感。
そんなものが、背中の上で身体を触れそうなほど近づけ、喉元に指を突き立てているのだから、ある意味仕方がないことだと、そう自分に言い訳をする。
しかし──恣紫は、そんな僕の様子が、あまり気に食わない様子だった。
「あのさ……そんなに俺の事、信用できない……?」
──冷や汗が、頬を伝う。
恣紫がこうして直接、僕を責めるように問い詰めるのは、かなり珍しいことだった。
それだけ、僕の対応は──本当に、彼の機嫌を損ねさせてしまったのだろう。
やはり、心の中には、確かに怯えの感情がある。
何を考えているか分からないし、気分屋で人間嫌いで、少し子供っぽいところがあるくせに──指先一つで、人間を軽く消してしまえるほどの力を持つ彼は、言い方は悪いが、例えるならいつ起爆するか分からない核地雷。
しかも、目の前でその殺戮兵器が、起爆しかける場面を見せつけられていると来れば──それに対して、恐怖を感じる事は、やっぱりどうしても、自然な事だとは思う。
「……あーあ。なーんか、恣紫さん、機嫌損ねちゃったかもなぁ……。今日はたまたま、親友が構ってくれるおかげで機嫌が良かったから、ああいう女にも優しくできたけどさ……」
しかし、そんなちっぽけな人間の下らない理屈は、支配者である恣紫にとっては何の関係も無いことだ。
最も太い血管の位置を探るように、恣紫の指が、僕の喉元を掠る。
もう、僕の命は、恣紫の手のひらの中に転がっているも同然だ。
けれど、そんな状況ですら、恐ろしいのは彼の魔性ばかり。
溶かしたキャラメルのように、深みのある甘い声が、脳内に響くたびに。
背骨が、徐々に引っこ抜かれていくような、文字通りに骨抜きにされる感覚ばかりが、怖い。
もはや、ただの確信ではなく、証拠をもってはっきりと示された、人を殺す蠱惑。
殺人級の、というよりは──即死級の美貌が、そして魅惑が、次は僕に向いている。
「このまま、あんまり親友が、俺のこと嫌ってきたりー……俺のこと、ほったらかしにしてきたりしたらー……。今度おんなじような事があった時、俺……拗ねて、目元が狂っちゃうかもねー……?」
吐息の温度どころか、湿度すら感じるほど、耳のすぐ裏から。
声色だけは甘く、しかしその内容は、僕以外の全ての人類を人質に取った、恫喝。
従わなければ──今後、人間に対して、慈悲は与えない。
至極単純で、それ故に強力な、脅し文句だ。
そのくせ、彼の囁き声は、どこまでも、甘美で。
「あー……いけないなぁ、俺……。こうやって、一回でもイラつき始めちゃうと、もう全然我慢が効かなくなくってさ……」
ふわりと濃密に広がる、安っぽい芳香剤や香水とは、明らかに一線を画した、ムスクのような官能的な香り。
ひと嗅ぎしただけで、腰が震えて、膝が笑うような、妙にエキゾチックなフェロモンの匂いに、喉を鳴らす。
けれど、恣紫の機嫌は、悪くなるばかり。
当然だ。その苛立ちの原因に、こうして脅しかけているのに──当の張本人は、思いっきり、ペニスを怒張させてしまっているのだから。
「ていうか、さ……俺ぐらい力を持って生まれた淫魔になると、俺をイラつかせるようなものは、人でも物でも何でも、周りが勝手に排除してくれるからさぁ……。そもそも俺には、感情を抑えるとか、そういう機能がないんだろうね……」
──”イラつく前に殺すから、そもそも怒るなんて経験がない”。
それは、あえて僕を怯えさせるための言葉ではなく、純然たる事実であるからこそ、尚更恐ろしい。
恣紫という存在の、どこまでも残酷な美しさと、神格すら感じる絶対性を、深く感じ入る。
しかし、そんな事を囁いておいて──彼の瞳には、嫌悪の欠片も無く、むしろ愛欲に染まり切っていて。
先程、一人の人間を殺しかけた、ナイフを突き立てられるような鋭さは、どこにもない。
優しく、愛おしく。
獣欲すら向けながら、彼は──いや。
「……ね、親友」
”彼女”は、女を堕とす殺し文句のように、そう僕に語りかける。
──彼女がぱちんと指を鳴らせば、地面は硬質のフロアタイルではなく、ふわふわの柔らかい綿布の感触に変わる。
それと、窓から差し込んでいた太陽の光が、薄手のカーテンに遮られ、緩やかな暖色に収まっていること。
嗅ぎなれた、恣紫のお気に入りのタバコの匂いが、室内に漂っていることにも、気づく。
ここは、大学のカフェテリアではない。
寝転び慣れた、自分のアパートの、ベッドの上だ。
ちらりと部屋を見渡す。
視界の端に見える、やけに趣味のいい、冷ややかな色合いのクリスタルガラスの灰皿。
それと、専ら恣紫が安いチューハイを飲むためにしか使わない、上品な切子の装飾入りのロックグラスに、テーブルの上で乱雑に散らばった、ステンレスのアイスキューブ。
僕は、お酒もタバコも嗜まないのに、気が付けば部屋中が、彼の私物でいっぱいになっていた。
浸食。
自室という、プライベートの最たる場所にすら、恣紫はするりと潜り込み、凌辱するかのように自分の証を付けて回る。
その最たるものが、今も僕がこうして身体を横たえている、安くて粗末なベッドだ。
僕が実家に居る時から──具体的には、高校生くらいの頃から使い込んでいた、寝慣れた薄い布団。
そこには、確かに──男女の性臭が、濃く染みついていた。
さあっと、血の気が身体中から引いてゆく。
「俺の”ご機嫌取り”、付き合ってくれるよね……?」
──生け贄。そんな言葉が、脳裏によぎる。
僕にはもはや、頷く以外の選択肢は、残されていなかった。
「……イラつく。うん、俺は今、イラついてる」
神判を下される、罪人のような気分だった。
恣紫という、死神にも等しい存在の怒気は──ただ相対するだけで、人間の心を根こそぎへし折ってしまう。
それこそ、今僕の近くに、もしナイフなんてあったなら、命乞いするまでもなく、自らそれを喉に突き立てて自害していただろうと、本気でそう思うほどに。
魂ごと串刺しにされるような、鋭い重圧。
汗腺がぶわりと開き、冷や汗がとめどなく流れ、身体は鉄のように固まり、生唾を飲むことすらできない。
「やっぱり、人間なんかが居る場所に行くと、ろくな事にならないな……」
──恣紫が、こちらの世界に来てから、それなりの時間が経つ。
しかし、その人間嫌いな性分は、直るどころか、深まるばかり。
人間がそこら中に居る世界に、いつまでも慣れることもなく、苦々しい顔をし続ける。
それでも──ワガママで気まぐれな、独裁者気質の恣紫にしては珍しく、今のところ人間のルールには合わせようとしているらしい。
一応、そういう真似はなるだけしないでくれと、いつか僕がお願いしたことを、気にしてくれているのだろうか。
もしそうだったとしたら、僕としても嬉しいのだが──何度も言うが、恣紫はやっぱり、気まぐれなのだ。
まだ、彼女がここに来て日が浅いから、その言葉に従ってやってもいいという気が変わっていないだけで、下手をすれば僕の命ごと、約束も何もかも無に帰してしまうかもしれない。
だって、そもそも人外である恣紫には、人間が決めた社会のルールや法律なんて、従う必要はないのだから。
それこそ、恐らくはお気に入りの人間である僕が、その法律とやらを重んじているから、それを破って嫌われないために、適当に合わせておいてやる以上の理由なんて、本当に一つも思い当たらない。
ごく脆い、薄氷の上を渡るような瞬間が、果てしなく続いていく気分だ。
そうだ、そもそも僕が恣紫に、好意を抱かれている理由すら、曖昧なのだ。
彼女がいつ、僕のことを”親友”と呼ぶ気まぐれをやめて、僕をそこいらの人間と同じように扱うかなんて、僕には分からない。
彼女にしか分からない理由で、僕の事を気に入ったなら──彼女にしか分からない理由で、僕の事を嫌うのは、ある意味道理に沿っているとすら言える。
だから──だから、僕は。
恣紫のことが、恐ろしくて仕方がないのだ。
「もし、キミがずっと……俺と一緒に、この狭いワンルームで、永遠に二人っきりで居てくれたらって、そう思わない日はない。……キミは、そうじゃないんだろうけど、さ」
心中穏やかではないというのに、いやに落ち着いた声色。
まるで、今から人でも殺すようだと、漠然とそう思う。
そんな、居直り殺人のような、剣呑な雰囲気を、今の恣紫からは感じ入ってしまうが──今のところ、苛立ちの原因を強硬手段で解決するような気には、どうやら至っていないようだ。
恣紫の力を使えば、それこそ彼が言うように、僕を永遠にこの安アパートの一室に閉じ込めて、鳥籠の中のインコのように扱うことだって、今すぐにでも可能なはず。
しかし、それをしないという事は──恣紫は、とりあえず”憂さ晴らし”にさえ付き合えば、今日のところは機嫌を直してやると、僕に破格の交渉を持ちかけているという意味で。
──だから、僕は。
自分の身を、生け贄のように捧げてでも、彼の”憂さ晴らし”に付き合わなくてはいけないのだ。
──恣紫は、その感情が昂ると、軽率に僕を使って”憂さ晴らし”をする。
そうでなくとも、”暇つぶし”や”お遊び”などと称して、ほとんど意味もなく、鬱憤を晴らすように、ベッドに連れ込まれることだって少なくない。
この十日間、僕はその、生ぬるい地獄を、何度も何度も味わわされて──数えきれないほど、肉体を失うような快楽を味わった。
その、憂さ晴らしの内容とは──人間界で生活するために抑圧された、淫魔の淫らな本能を、僕に向かって思いっきりぶつけること。
今まで何度も、それに付き合わされてきたから、僕はその恍惚を、よく知っていた。
恣紫の本能の中には、既に言うまでもなく、自分を脅かすものが一つもない頂点捕食者だからこその、子供のような無邪気な残虐性が秘められている。
そして──淫魔としての性質通りに、その艶やかな肉体や手練手管で、人間を意のままに冒涜し、性奴隷としてこねくり回す欲望もまた、強く存在する。
その倫理感もまた、やはり人間のそれとは違う。
手元でフィジェットトイを弄ぶように、意味もなく生き物を手慰みに壊しては、それに対して何も感じることなく、ぽいと捨ててしまい──壊れればまた、無数に寄ってくる玩具を、手のひら一つで転がす。
それが出来るほどの、超自然的な力を、恣紫は持っているのだ。
例えば、その瞳。
目を合わせるだけで──それこそ、電球に強烈な電流を与えた時の、一瞬だけ強く光って燃え尽きるフィラメントのように。
脳内麻薬の過剰分泌により、脳の回路を内側からばちんと焼き切ってしまう、それ。
それが──恣紫の”憂さ晴らし”の中では、最も手ぬるい責めとなる。
思い出すだけでも、かちりと脳のスイッチが入って、身震いを抑えられない、トラウマ級の快感。
死にたくても死ねない、狂いたくても狂えない、その陰惨なまでの多幸感が、恣紫が満足するまで、ずっとずっと続く。
恣紫の気が、収まるまで。
「……胸ん中が、煮えくり返るって言うのかな。それは、言いすぎかもしれないけど……いや、あながちそうでもない、か。……こんな気分になることって、そうそう無いから分かんないや」
──閻魔大王の前の、亡者のように。
僕は震えながら、ただ黙って座っている。
ここは、僕の部屋の、しかも僕のベッドの上であるというのに──言うまでもなく、主導権は僕にはなく。
綿の潰れたせんべい布団の上で、僕達は目を合わせることなく、横に並んでいた。
こうしていると、恣紫の脚の長さが、よくわかる。
目測で、僕の二割増しくらいはあるだろうか。
腰の高さ一つとっても、生物としての格の違いを見せつけられているようで、そわそわと落ち着かない。
──あの脚が、いけない。
今なら、恣紫がその肌を誰にも触らせないように、人間を遠ざけている理由が、完全に理解できる。
死んでもいいからと触りに来るような、無礼者がいるからではない。
恣紫自身が、それを嫌っているからでもない。
あれは──軽々しく扱ってはならない、残忍極まりない処刑器具なのだ。
「しかし……退屈だったり、憂鬱になったりして、気分が冷たくなることは、もちろん今までもあったけど……こうして、熱くなるのは、こっちの世界に来るまでは、生まれてから一度もなかったな」
──部屋の室温は春らしく、適度に温かいというのに、真冬の屋外でそうなるように、吐く息が白く縮こまっているような気すらしてしまう。
恣紫はいま、多分だけれど、その紫の瞳で、僕をじっと見ている。
頬のあたりに、舌でねぶられるような、そんな感覚を覚えたから、見なくても分かる。
ただ、それも、やはり恣紫の持つ、すべすべの肌の愛撫には敵わない。
──考えてもみれば、当たり前の事だ。
実体もないただの目線に睨まれるより、淫魔の生肌に直接触れる方が、より効率的に人間を誘惑できるなんて、当然すぎるほど当然だ。
人間だって、そうだ。
目線で人を誘惑して、それだけで射精まで導くなんてことは、よっぽどの事がないと起こり得ないが──肉体で直接触っていいのなら、男をイかせるなんて簡単だ。
ペニスを直に愛撫なんてすれば、どんな醜女だろうと、どんな体型の崩れた百貫デブだろうと、射精させることぐらいはできてしまう。
──それを、恣紫がやったなら、どうなるか。
言葉にするまでもないが──しかし、想像は遥かに絶するだろう。
「でも……キミと出会ってからは、そんな思いをすることも、随分増えた。……プラスにも、マイナスにもね」
するりと、恣紫は距離を詰める。
触れるほどではないにしろ、無意識的に肩がぶつかっても、決しておかしくない距離。
あまりにも静かで、しっとりとした態度。
今から、僕に拷問じみた行為を、何時間もかけて施すくせに、その雰囲気はまるで、初心な男女の初夜のよう。
恣紫の内側に湧き上がる、苛立ちや怒りと反して、いやに湿っぽく落ち着いた態度で、僕達は静かに座っている。
熱く湿気た呼吸を、じっくり絡み合わせ、部屋中に染み渡らせるように、ゆったりと。
自分が今置かれている状況と、極上の美貌を前にして、それとじっくり相対し、興奮をじわじわと押し上げられる──言ってみれば、高級ソープの待合室で、ひたすら勃起を硬め、最高の射精を今か今かと待つような、そんな気分。
どくどくと、心臓を鳴らすことばかりに集中して、呼吸すらも忘れそうになってしまう。
身体中が──特に、ペニスが熱くて仕方がない。
自分自身から出ている熱なのに、下手をしたら、ヤケドしてしまいそうに思えるほど。
それだけ、この後に行われる行為に──絶望するほど、期待してしまっている。
──ふわりと漂う、少し甘酸っぱい、女の匂い。
それは、誰かから移ったものではなく、確かに恣紫の身体の、その芯の部分から香っていた。
──そもそも、恣紫は、自分の性別を明言してはいない。
そのスレンダーな長身の肉体や、ジーンズとジャケットを合わせた服装、そして口調に声、その仕草や思考は、限りなく男に近いと言えるが、それでも彼女は、自分のことを男だとは、一言も言っていないのだ。
確かに、恣紫の顔立ちや体つきは、男だと言われれば、何の引っかかりもなく男だと信じられるものだ。
しかし、それと同時に、本当は自分は女なのだと言われれば、『へぇ、そうだったんだ』という一言で終わるくらいには、彼女の容姿は、性別不詳で中性的。
淫魔という理外の存在を表すかのように、彼女の姿形は、妖艶で見目麗しいが、どこか曖昧で不定形で、つかみどころがない。
ただ──大雑把に、彼女の持つ属性を一言で表すなら、それは”絶世のイケメン”ということになり。
ついでに、セックスの相手はいつも女ばかりで、男は近寄られる前に片手でしっしと追い払うその様から、彼女の性別は男だと、状況証拠のせいでそう思われていた。
「……実は、さ。こうして、静かな部屋で、キミと二人っきりで居るだけでも、けっこう気分はいいんだけど……でも、それが逆に、よくないな。感情が混じり合って、頭の中がぐちゃぐちゃだ」
そうだ。
恣紫は今、あえて”男の姿”をしているのだ。
じゃあ、もしも恣紫の性別が、本当に男だったとして。
僕は同性愛者ではないが、彼に男のモノがついていると分かった上で、そのまま本気で抱かれたなら──それでも僕なんか、一溜まりもなく、溶けてしまうだろう。
淫魔という生き物は、その生態の全てを、その能力の全てを、セックスのために費やしている。
恣紫は、スポーツから学問まで何をやらせても完璧にこなす、多才で全能な淫魔であるが──そんなものは、あくまで恣紫という完璧な淫魔が生み出した、彼の魅力の副産物に過ぎない。
何より、交尾が。ひいては、人間に性的快感を与える事が、彼にとって最たる得意分野であることは、論じるまでもなく。
更に、淫魔の中でも理論値以上、生物として完全化されていると言っても過言ではない、淫魔の王ともなれば──指先一本を使えば、片手でスマホを弄るついでに、ペニスを壊れた蛇口にすることだって、呼吸と同じくらい簡単なことなのだ。
「でも、さ」
だけど。
ぽつり、ぽつりと、恣紫は独り言のように、語る。
その言葉の内容は、もはや半分も理解できない。
ただ、彼のカナリアの声に反応して、僕はひたすら脳を溶かしている。
恣紫の全ては、人間を最も効率的に、心地よく恋慕に狂わせるための、性的魅力でできている。
もちろん声だって、それは例外でなく。
清水のように澄んだ声質は、やはり中性的で、それでいてどこか幻想的で、つかみどころがない。
匂いだって、そうだ。
普段の恣紫は、他者をメロメロに魅了するというよりは、魅力によって圧倒的な力の差を見せつけ、その力を振るうまでもなく屈服させるために、どことなく高貴で神聖さを感じさせる、清涼感と古めかしい荘厳さを併せ持った香りを振りまいている。
その香りから想起されるイメージは──光の差す、天界の神殿。あるいは、女神が纏うローブ。
五感で感じられるもの全てが、恣紫の艶に染まってゆく。
あれだけ抱いていた恐怖すらも、いつしか蕩け落ちて、だんだんと身体から力が抜けてゆく。
少しずつ、少しずつ──”淫らな邪神”が、”ただ僕にだけ都合のいい雌”に、変化している。
爽やかに落ち着いた声には、隠しきれないほど粘ついた、ねっとりと卑しい色気が灯り。
傍からふんわりと漂う、ムスクのような香りは、溶かしたキャラメルのように甘ったるく、雌臭くて品がない匂いになりつつある。
──冷たく君臨する淫魔の王が、終わり。
僕と二人っきりのお家デートを楽しみたい、ただの恣紫が、始まる。
何も、証拠もなしに、そんな事を考えているのではない。
「うん……俺がイラついてるのは、キミに対してじゃあ、ない」
恣紫は、おもむろに──自分の首に、手を掛ける。
彼女の高貴さに似つかわしくない、安物のチェーンネックレスに付けられた、これまた安物の南京錠。
手のひらの空気を揉むように、一つ二つと捏ねるような動きをすると、ちょうどその鍵穴の形に合うような、光の棒が出来上がる。
──どく、どく、と。
心臓が荒く跳ねて、顔が真っ赤に染まるほど血が回る。
膝をぎゅっと握りしめたまま、かちこちに固まりつつ、その様子に釘付け。
「ほとほと、自分の馬鹿さ加減に……むかっ腹が立つ」
そして、恣紫はすっくと立ちあがり、その様子を見やすいよう、正面に立ち。
開錠する瞬間を見せつけるように、くいとネックレスを前に引っ張りながら。
逡巡することもなく、当たり前のように──鍵を、右側に捻った。
それはまるで、こめかみに拳銃をあてがうような、どこか自傷を思わせる仕草。
しかし、今から始まるのは、その逆だ。
彼女の狂気と死をもたらす魅力を、最も濃く直接的な形で、真正面から受け止めさせられる、拷問。
ダム一杯の水を小さなコップに移すように、まさか受容できるはずもない快感を溢さないよう与えられ、それでも自害すらできずに、精神をずたずたに引き裂かれる、処刑そのものだ。
「こんなに偉そうに王様を気取って、キミのこともこんなに怖がらせて……ほんと、馬鹿みたいだ」
そう、もしもその行為を、言葉で表現するならば。
それは、最も正確に言えば──
「どんなに粋がっても、結局のところ、俺なんて、さ……」
──絶対服従チン媚び雌奉仕。
「ただの……一匹の雌、なのにね」
恣紫が口を開く、その一瞬。
錠前がかちりと音を鳴らすと同時に、眩い閃光が走り、みしりとフローリングが軋む音がして──気が付けば、僕の目の前の、細身の身体。
肩幅も小さく、腰幅も狭く、脂肪も一切ついていないはずの、その端整なモデル体型は。
──ずっ……しりと。
卑しくオスのちんぽに媚びまくった、雌脂肪まみれの、美麗さの欠片も無い下品な女体に挿げ変わっていた。
シングルベッドとはいえ、大の男が寝るには十分な大きさのそれを、上下に埋め尽くして足先をはみ出させるほどの、巨躯。
それが、僕の隣で、ごろりと無防備に寝転がっている。
「……脱いで」
短く、彼女はそう吐き捨てる。
それは、どんな言葉よりも如実に──今から、この身体で、僕をとことん射精させると、そう語っていた。
──むわりと、空気そのものが甘ったるくなる感覚。
極度の緊張と、吐き気すら伴うほどの恐怖が、ピンク色の陶酔に塗り潰されて、何も考えられなくなる。
その間にも──歪んだ視界は、少しずつ描画を終えて、はっきりとした輪郭を帯びてゆく。
ぶかぶかに丈が余っていた、胸元が丸出しの黒いインナーは──今や、びりびりにはじけ飛んでしまいそうなほど、雌肉がみっちりと詰め込まれて、ぴっちぴち。
どっぷりと垂れ下がる、半固形のスライムのようなおっぱいが、シャツの布ごと大きく前に張り詰めて、いじめ倒している。
その光景を見て、勃起。
ざっくりと、馬鹿みたいに長い谷間を、恥ずかしげもなく露出して──その、しっとりと湿気を帯びた、乳肌と乳肌の隙間から、下品にむわりと蒸れた、あっまい乳臭が、香る。
カラメルを煮詰め溶かしたような、ひどく甘ったるく、格好良さの欠片もない、雄に媚び切った匂い。
それを、ねちっこく絡みつくように、浴びせかけられて、勃起。
ベッドのスプリングにまで、ぎしりと重みが伝わるほど、クソ重い爆乳。
人間の頭なんて比べ物にならないほど、大きな大きな片乳は、片手では絶対に持ち上げられないというほど、重さもサイズ感も、途方もなく。
当然それに釣り合った、まさに3L級の超大玉スイカにも匹敵する、凄まじい質量を持っていて。
それが、僕の目の前で、どっぷりと沈むように蕩け、自重でまろやかに扁平に潰れ、とことん勃起。
──普通の精神力しか持たない人間が、彼女の前に不用意に立てば、その姿を見ただけで発狂してしまうように。
全身が艶々もっちもちの、軽く揉み込むだけで手が易々と埋まるような、至高のとろみを持った雌肉で出来ていることを、視覚だけで教え込まされて──僕は、全身の骨が、抜けきった。
気が付けば、膝をがっくり突きながら、茫然自失と。
頭の中を真っ白に、繁殖欲だけで塗り潰されて、精液をずくんずくんと急生産しまくり──ほとんど無意識のうちに、あ、あ、あっ……♡などと、情けない声を漏らしながら。
精液を、どぷりどぷりと、尿道から溢れさせていた。
あまりの興奮と多幸感に、ほとんど気が狂ったような、そんな心地だった。
──突如として現れる、恣紫の顔をした、下品な雌。
この、性別不詳のファムファタールとは似ても似つかない、重くて雌々しいどたぷんボディの女は、もちろん──恣紫、その人だ。
恣紫がその肉体を、自由自在に変化させられること自体は、不思議な話ではない。
どうせ恣紫は、世界を丸ごと改変できるような、化け物だ。
自分自身の性別を変えて、女体化するくらい、どうせ訳もない事なのだろう。
だが、それ以上に。
絶対に、どう考えても、100%有り得ないのが──あの恣紫が、自らの力の象徴である、男の姿を捨てて、下品に恥をかく雌の姿を取っていること。
そして、それ以前に──あの人間アレルギーの恣紫が、こうして僕に向かってだけ、愛情を隠しもせずに、恥を捨てて媚を売っている姿が、堪らなく、堪らなく贅沢で。
混乱だとか戸惑いだとか、そんな人間的な理性を吹っ飛ばすには十分すぎるほど、こっぴどく猥褻な姿だった。
「……ねえ、今日はちょっと、悪いけど……。徹底的に、やらせてもらいたい、そんな気分だ……」
──どっしりと肉付いた、スレンダーという言葉とはまるで真逆の、これまた媚びきった下半身。
右を見れば、僕の倍ほども太い、えげつない肉付きの太ももが。肌にキスをかまされているかのような、しっとりもちもちの肌質が。
そして何より──盛りに盛られた、品のないデカケツが、すぐ傍でどゆんと揺れ、とことん繁殖欲をそそる。
たっぷりと脂肪をこしらえた腿は、元々の細くしなやかなカモシカの脚の、面影すらもなく。
高すぎる腰、長すぎる脚と比較して、無駄な脂肪が一切なく、余白がぶかぶかに余っていたダメージジーンズは──今はむっちりとした柔肉に占領され、むしろ破れた生地の隙間から、そこを突き破らんと、窮屈そうに肉をはみ出させて、その卑猥さに拍車をかけている。
肉感に溢れているのは、その腿だけではない。
特に、ジーンズに押し込められた尻肉の詰まりなど、酷いもので。
元々の恣紫の体型にしては、そのボトムスはオーバーサイズにあつらえられ、すらりとしたシルエットを引き立てていたのだが──今やそのデカケツは、尻ポケットに小銭一枚も入れられないほど、ぱつぱつに張り詰めてしまっている。
その股座では、女性器にすらたっぷりと盛られた肉の土手や、肉尻の谷間のラインが、丸見えになってしまうほどに。
むっちりと、猥雑にくねり、その雌性ばかりをひどく強調する、幅広な腰つき。
綺麗な順三角形の体型は、どれだけ激しく甘えても、ちょっとやそっとでは揺るがない安定感があり。
がっしりと広い骨盤は、双子だろうが三つ子だろうが、易々と産んでくれそうな、最上級の母体を思わせる。
そのくせ、ほっそりとしたウエストはそのまま、砂時計型にくびれており。
かと言って、細すぎて不安になるようなことは一切なく、むしろエロスと美の奇跡的なバランスで、多少弄べる程度の肉は、新たに盛りつけられている。
どこもかしこも、性行為向けにあつらえられた、柔らかな雌臭さに満ちた身体。
もう、そこに、恣紫が元々持ち合わせていた、格好良さなんて、ない。
それは最早、全ての生物の頂点に立つ、美しくて綺麗な淫魔の王どころか、男も女も熱狂させる、学園一のイケメン王子様ですらなく──見る者全員を、その下卑た色香で精通させる、ドスケベボディのエロ雌。
卸したての最高級抱き枕のような、感動すら覚えるほど滑らかな肌と、ふっかふかにどこまでも沈む女体で、硬いオスの身体を抱き込み、とことん骨抜きにすることだけを追求した、究極の女体がそこにある。
「ね、親友。きっと、もう聞き飽きただろうけど、言うね。……淫魔っていうのは、本来、男しかいないんだ。俺たちの種族は傲慢ちきで、無駄にプライドが高いから、雌なんてものを見下してる。男の下敷きになりながらちんぽをハメられて、あんあん喘ぎながら、誰かの子供を孕むなんて、死んでも嫌がるもので、ね」
ごくりと、生唾を飲む。
シェシィの語る言葉に反して、目の前に鎮座する肉体は、あまりにも豊満に実っていて、けれど──首から上だけは、いつも通り。
生唾を飲むほど、作りもののように美しい、魔性の顔立ちがあるのだから、堪らない。
まさか見間違えるはずのない、何よりも確実な、本人証明。
この世に二つとない、恣紫が最強の淫魔たる所以である、強すぎる顔面があるからこそ──ああ、僕は今、あの恐ろしい淫魔に媚びられているんだと、嫌でも自覚させられる。
普段通り、やっぱり相対するだけで気圧されてしまうほど、恐ろしくも美しい無表情。
うっすらと苛立ちが見え隠れする、焦れたような態度は、やっぱり肝が潰れてしまいそうなほど、怖い。
だって彼女は、世界なんて自分の意のままに操れる、唯我独尊の邪神なのだ。
そう、彼女は自分勝手で、身勝手で、気まぐれな、悪魔。
今でこそ人間である僕に、妙な執着を見せてはいるが、その本質は全てを支配する知的生命体全ての敵で、絶対に懐いてはいけないし、好きになってもいけない存在だ。
しかし──そんなものが、究極の黄金比を実現した、完璧すぎるほど完璧な肉体を、自分から捨てて。
三日間オナ禁した男子中学生が、ちんぽをシコりながら妄想したかのような、下品極まるラブドールじみた淫肉の塊の身体に、首から下を変身させて挿げ替えてまで、僕の勃起を応援してくれている。
その事実一つで、我慢汁がペニスの先から、ぴゅっと吹く。
「だけど……一度でも、相手に屈服したり、魅了されたりしたら、おしまい。淫魔としてのプライドをへし折られた個体は、相手の子供を孕むために、その姿を女のものに変えて、マゾ本能剥きだしの雌奴隷になるの。そんで……自分を雌に変えた逞しいご主人様の足に擦り寄って、幸せそうにコキ使われる、まんこ付きの便利な召使いになるんだよ」
どくん、どくんと、心臓が弾けてしまいそうに高鳴る。
自分から進んで、乳のでっかい雌に成り下がった、彼女が言うところの”まんこ付きの便利な召使い”を、足先から頭までじろじろと眺め上げた。
──視覚も嗅覚も、ありとあらゆる感覚が、極上の雌くささに溺れて。
ひとりでに尿道が緩み、昇りつめ、じわじわと腰が溶けるような熱さが、身体の奥から込み上げる。
そもそも恣紫は、その瞳を向けるだけで人を壊すことができるほど、この世ならざる人外の性的魅力を詰め込んだ、究極の淫魔なのだ。
普段はその魅力を、王者としての威厳や、荘厳で威圧感のある神秘的な美として発露しているからこそ──その色香に耐えられない人間は、狂い果ててしまう。
ならば、その狂気すら帯びた美貌を、淫魔らしく純粋なエロスとして発現させたなら。
そして、その王者らしいプライドを、媚び媚びマゾ交尾へのスパイスになるよう、自分の手で貶めて、乳をだぷだぷ揺らしてみたら。
普段から気に入って着用している、南京錠のネックレスを強調して、まさに鍵付きの所有物としての側面を強めながら、じっと目線で僕に媚びたなら。
「キミにだけ、見せたげる。他のどんな淫魔にだって、死んでも見せてやらない、俺の雌としての姿……。誰にも屈服なんてしない、最強の淫魔である俺の、卑しくって恥ずかしい、男にごろにゃん媚びて悦んでもらうためだけの姿……。すっごくすっごく、貴重で贅沢なんだから、目に焼き付けて、身体に感触刻み付けてね、親友」
言うまでもなく──溶ける。
ただ、隣に居るだけで、背骨が引っこ抜けるような恍惚に犯されて。
その身体つきを見つめるだけで、ぐらぐらと金玉が煮え立ち、どぷどぷと精液が溢れてしまう。
けれど、それは所詮、処刑の始まりですらなく。
ただ、魅了の魔力の余波に、虚弱な僕の理性があてられてしまっているだけ。
座っていても背筋がぐらつくほど、すっかりふやけきった脳みそで、これから始まる絶望的な幸福に──どぷりと、尿道にひっかかる精液を、殊更に濃くした。
──これだ。これが、恣紫の言う、憂さ晴らしなのだ。
ひた隠しにしてきた、淫魔としての淫らで卑屈な本能を全開にして、それを僕というたった一人の、ついこの前まで童貞だった、ひ弱なオスにぶつけまくる。
脳を焼いて息の根を止めるほどの美貌をそのままに、体つきを思いっきり柔肉まみれに媚びさせて、今度は発狂するまで視線をぶつけるのではなく、快感神経が全て溶けるまで、ただ抱きつく。
そう、僕は今から──あの、極肉のカタマリに、真正面から、思いっきりしがみつくのだ。
そんなの、そんなの──もう。
「ね」
──ふふ、と。
恣紫が、小さく笑い声を上げた。
肺に入った空気が抜けて、少しだけ姿勢が前傾する。
その途端──むんにゅ~っ……♡と、視覚から伝わるほどに、こってり甘く柔らかく、乳肉がひしゃげた。
その、あまりに脂肪の乗りすぎた乳肉が、黒いインナー越しに、段差を形成しているのが見える。
例えるならそれは、肥満体型の人間が、気を抜いて前かがみになると、腹の肉が段々になってしまうように。
恣紫の、馬鹿でかい乳肉は──あまりにも非現実的なことに、前のめりに身体を傾けただけで、乳腺にむっちりと絡みついた雌肉同士が、我先にと押しつぶしあってしまうのだ。
そして、もちろん言うまでもないことだが、その肉というのは──ただ不摂生から体に染みついてしまった、汚らしいだけの脂肪ではなく。
淫魔の持つ、ふわふわもちもちふっかふかな、天性の媚肉。
雄に媚びて、ペニスを苛立たせ──挟んでも揉んでも吸っても潰しても、セックスの相手を天国に導いてくれる、至高の快楽物質だというのだから、堪らない。
そんな雌肉が、贅沢極まりないことに──恣紫という究極の淫魔の胸に、どっかりと盛りに盛られているのだ。
それは、そんじょそこらの女の乳が、ちょっとバスケットボールほどにデカいなんて状況とは、全く訳が違う。
一 恣紫という、例え胸も尻もまっ平らで、抱き心地が0点だったとしても、顔の良さだけで女として100点満点中999点を叩き出し──実際に、人間に擬態した状態の、全く無駄な肉のない姿でさえ、数多の男も女も狂わせる奴が。
その美しすぎる顔面に、妖艶すぎる仕草に、魔性の声に──更に加えて、男の理想を体現したような、ドカ盛りの乳をぶら下げている。
それは、鬼に金棒などという、生易しい言葉ではとても言い表せないほど、彼女の魅力を更に底なしに、無限大に増幅していた。
堕落。
その二文字がこれほど似合う体型が、この世にあるだろうか。
そう言わざるを得ないほどに、蕩けるほど熟れ切って、しかし若々しいハリを兼ね備えた、至高の種付けボディ。
それはまさに──サキュバス特有の、傾国の女体だ。
もう、もう、こんなものを押し付けられたら──国が傾くなんて、そんなものでは到底済まない。
人類が滅びる。星が死に絶える。
冗談ではなく、そのくらい、邪悪なほど豊満な、肉体。
それが、腹を空かせた狼の舌なめずりように、呼吸のたびにたぷんと波打っている。
そのくせ──ちらりと目線を上げると、いつも通り冷徹な、無機質に美しい宝石の瞳が、恐ろしい威圧を放っていて。
けれど、普段なら震えあがるほどの恐怖を覚える、その瞳の威光も──間抜けなまでにだらしなく豊かに実った、極楽の抱き心地を誇る、土偶体型の前では、形無し。
そんな、あまりにもゴージャスすぎる、文字通り贅肉たっぷりな、曲線まみれのオナホボディを引っさげておいて、あくまでも。
大福餅のようにふかふかもっちもちな、なっさけなく肥育した身体を、どったぷんっ……♡と重々しく揺らしつつ──何事もないかのように、普段通り、アンニュイな無表情を見せる。
なまじ、首から上だけは、性差を超越した、世にも美しいボーイッシュな面構えなのが、殊更にその女体のむちつきを引き立てていた。
──全身の骨が、まさしく溶ける。
背筋を立たせることすらできず、恣紫の色気に堕落し尽くして、強烈な酩酊を味わいながら、ベッドに身体を沈ませた。
責め苦が始まりもしないうちから、僕は恣紫に、どこまでも屈服の意思を示す。
淫魔の前で、くてくてに全身をふやかして、すっかり出来上がったペニスを晒して。
そんなの、鴨が葱を背負っている以外の何物でもない。
──あまりにも、恐ろしい。
何が恐ろしいと言えば、それはもちろん、人を容易く狂わせる、魔性にして傾国の淫魔が、僕を虐め抜こうと舌なめずりしているから──ではない。
あんな性の極致のような肉体に抱かれて、ごく当然にペニスが狂い、死ぬまで子種を吐かせられることも。
もはや快感を超えて、拷問と変わらないほどの、暴力的な苦痛に喘ぐことも──実のところ僕は、ひとつも危惧していないし、恐れてもいない。
──ただ。
僕が恐れている事は、一つだけだ。
「あのさ……。俺も、一応は気を付けるけど……どこまで抑えられるか、分かんないから」
恣紫は、両手両足を僕の方に差し出す。
四肢をがばりと広げきるその姿は、まるで捕食直前のハエトリグサ。
とめどない艶がまろぶ、究極の淫魔の、最も贅沢な雌脂肪が、たぷりとプリンじみて揺れる。
途方もない天国が、大口を開けて、僕を待ち構えている。
「なるべく……耐えて。頭、おかしくなんないでね」
恐ろしい。恐ろしくて仕方がない。
僕は、今から、彼女に──
「今から、俺……全力で、媚びるから。」
──本気で、甘やかされるのだ。
そう、甘やかす。
彼女は、どうしてだろうか、そんな行為を──心から、最上の娯楽だと、そう感じていて。
どんなに機嫌が悪い時でも、どんなにイラついた時でも、僕をすっぽり包み抱いて甘やかした後は、誰がどう見たってというレベルで、あからさまに機嫌が良くなるのだ。
──そんな訳がない。そんな事は、僕が一番、よくわかっている。
絶対に、何かがおかしい。
必ず騙されている、とすら断言してもいいのだけれど──じゃあ、恣紫の甘やかしを断れるか、なんて聞かれたら、当然答えはノーで。
だから、今日も僕は、この最高位の淫魔女王に。
情け容赦なく、苛烈に、過酷に。
泣き叫んでも許されず、精液が枯れ果てても離されず、心の底から屈服しきっても逃れられず。
「……うん。骨の髄まで溶けるぐらい、媚びて媚びて媚びまくって、俺が親友に絶対服従のマゾ奴隷だって、魂に刻み付けるぐらい、甘くしてあげないと……今日は、気が収まらない」
もう、魂が蕩けきって、言葉も話せなくなるほど。
歩くどころか、はいはいの仕方すら忘れた、赤ん坊未満の廃人になるほど、とことん、強烈に、死ぬほど。
甘やかされる。甘えさせられる。
おっぱいに頬擦りをさせられ、全身に両手両足を絡められまくり、組み付いては決してほぐれようともしない、なめくじの交尾より下劣な甘えんぼを、強制させられる。
この、淫らさと美しさだけで、全ての生物の頂点に立つ、至高の存在が。
その誇りを投げ捨てたかのような、見るからに下卑て媚びに媚びきった淫肉を携え──僕に、その肉体を差し出して、そう言っているのだ。
これ以上は絶対にあり得ない、究極の贅沢。
僕という、たった一人の塵芥のような存在のためだけに、生肌を露出するどころか──その肉体までもを、専用のラブドールとして変質させるという、これ以上は全く思いつかないほど、最上級の媚びへつらいを、僕に向けている。
どんな相手もを屈服させ、どんな傲慢も許され、誰であろうと上にまたがり征服することができるという、淫魔のプライドを──自ら完膚なきまでに折り砕いて、ただちんぽを受け入れるだけの、最も情けない雌の姿を取るということが、一体どれほど恣紫にとって屈辱なのか。
それも、セックスが何より特別な意味を持つ、淫魔という種族の主たる恣紫が。
その姿を、僕だけに見せている。
──そんなの、絶対、好きになる。
絶対、絶対に、恣紫の甘やかしに依存する。
恣紫なしでは、生きられなくなる。
ただでさえ気まぐれで、その上僕を気に入る理由も、今なお僕を親友と呼ぶ理由も、思考の一切が謎に包まれた、恣紫という悪魔に、本気で懐いてしまう。
それが、もう──何より、怖いのだ。
だって、だって──こんな、今後一生、どんな地獄を味わい続けようとも、一晩抱けたならそれだけで、雄として生まれたことをむせび泣いて感謝するような、究極の女体を味わわせておいて。
飽きたらポイと、何の感慨もなく捨てられるなんて、そんなの、想像しただけで、死ぬより辛い。
だから、絶対に、恣紫のことは好きになってはいけないのに──彼女ときたら、何が楽しいのかは、一切分からないが。
僕との甘々な純愛交尾を、”憂さ晴らし”と称して、遊びを持ちかけるように、こちらが何か強制するでもなく、頼み込むでもなく、むしろ恣紫から進んで、それこそ縋りつくように、媚びてくるのだ。
その事実だけで──じわりと、涙すら込み上げるほど、恍惚が走る。
──永遠に、彼女にしがみついていたくなるほど、幸せになってしまう。
そうでなくとも──そもそも目の前にある女体は、こんな肉感に溢れる雌を抱けるなら、いや、そんな贅沢なんか言わなくとも、一揉みでもできるなら、文字通り死んでもいいと、容易に思わせるほどの代物で。
独占欲や、優越感を抜きにしたって、その身体を見るだけでも、視覚から伝わるむちつきと、肌の艶めきだけで、どうしようもなく精子を漏らしてしまうのに。
しかも、その上で──その女体を眺められるのは、僕だけ。
僕以外の人間は、誰一人として、その極上の身体を目に焼き付けて、惨めだけれどセックスよりもよっぽど気持ちいい、見抜きオナニーをすることもできず。
それどころか、恣紫の本当の性別が、女であるということを知ることすら許されない。
──そんな、の。
人間が味わっていい、人間が感じていい興奮ではない。
抗えるような、ものではない。
だって、だって──こんなにも、ちんぽが付いた生き物の、全ての理想を実現した、雌のイデアとも言える肉は。
彼女の気がもし変わらなければ、きっと永遠に、僕以外の誰も、世界が終わるその時まで、絶対に見る事は叶わない。
つまるところ──完全に、存在すら、独り占め。
あの──人間が大っ嫌いな、恣紫が。
極端に人嫌いで、自分の肌に何かが触れることはもちろん、肌を見せるのも以ての外、ただ立ち姿をじろじろ不躾に眺められることすら禁止する、あの恣紫が、だ。
僕の前でだけは、こんなにも”雌”をアピールして、いかにも媚びた肉付きで、誘うような熱い吐息を吐いている。
そんなの、それだけで──脳の血管がぷちりと千切れそうなくらい、心臓が無造作に跳ねまくってしまう。
それだけで──前立腺で急速に作られまくった種汁が、早とちりして尿道を押し上げ、とぷとぷと漏れ出てしまうに、決まっている。
思い出す。
考えてはいけない、都合の良すぎる事実まで、お漏らしの快感に紐づいて、思い出してしまう。
──その上、恣紫は。
自分の性別を、誰にも決して明かさず、肉体を変化させてまで隠しているように、とことん嫌っていると同時に。
彼女は、どうしてか──自分が雌として扱われることを、どうしようもなく好んでいた。
要するに──マゾヒスト。
尽くしたがりの、媚びたがり。
発情期の雌猫のように、甘ったるい声をだしながら、男にこってり甘えることが、何よりも大好き。
「思い出させて。俺は……ううん、”私”は、どれだけ姿形を変えて否定したって、その本性は、ただの雌だってこと。どうしようもなく、雄に媚びるしか能のない、淫魔だってこと……」
それが、男である僕にとって、どれほど残酷で、絶望的な事実か。
血涙を流して世界中を呪うほど、あるいは五体投地して天に感謝をささげるほど。
その事実を思い出すだけで、嘆き叫ばずにはいられない、おぞましいほどの幸運。
だって、だって──あの、どんな美辞麗句を尽くしたって、人間の言葉では語り尽くせないほど、美しく妖艶な淫魔に。
変な話だが、その中性的な美貌さえ──もっと言えば、その容姿から女性らしさを一切そぎ落としても、その超越的な麗姿により、目くばせ一つで同性愛者でも何でもない男性をホテルに連れ込むことなんて、いとも容易く行えてしまう、あの恣紫に。
本当は、その股ぐらの薄布を、一枚ひん剥けば──男のちんぽにうねうね絡み媚びて、そのちんぽに屈服して子供を孕むための、雌穴が着いているなんて。
そんな恐ろしい想像は、誰一人として、頭にもよぎらせなかったことだろう。
そんなの、もう──何もかもが、ひっくり返る。
恣紫が纏う、絶対的王者のイメージが、一変して──人間を跪かせて、一人玉座の上で偉そうにふんぞり返っているくせに、その卑しくくびれた腹の奥に子宮を隠して、ちんぽをイラつかせる、身の程知らずの馬鹿メス。
男の股座に跪いて、キンタマや足の裏を必死こいて舐め回したがる、媚びたがりで厭らしい、奴隷趣味の娼婦ということになってしまう。
──なんて、頭の中で無礼極まりないことを考えているのも、恣紫には全て筒抜けだ。
けれど、だけれども。
それに対し、恣紫が機嫌を損ねるなんて不安は──僕の中には、一欠けらも、ありはしなかった。
だって、恣紫は、マゾだからだ。
──ぶるりと、腰を大きく震わせ、また背骨が引っこ抜ける。
こんなの、だめだ、耐えられるわけがない──。
恣紫は、そんな僕の心境を見透かしたような、やはり超越者然とした無表情で、じっと僕に視線を向ける。
全部、全部、僕の性癖も、女の好みも、心のどこが柔らかくて脆いのかも、全てを知り尽くした、目線。
どう考えたって、天地をひっくり返そうとも勝てっこない、絶対的強者のそれに屈服しながら、僕はもう一つ濃い精液を吐いた。
「……それで、さ。ついでに親友も、思い出してよ」
──けれど、恣紫は一切の反応を示さない。
何事もなかったかのように、世間話をするトーンで、僕に語りかける。
これ以上なく、とびきり不躾なセクハラの、許容。
吐いたばかりの種汁が、また金玉に補充されていく。
「親友は、さ……俺の、親友なの。だからね、つまり……」
妙にうっとりと、熱っぽい目線。
先程までの恣紫の顔立ちが、本能が理解を拒み、気が狂うほどの美しさだとすれば──今の恣紫は表情は、ただ、えろい。
威圧感も何もなく、少し目尻を下げて、唇はぷっくり厚く、つやっつや。
その濃紫の瞳にすら、冷徹さなんて一切なく、視線にはひたすらに好意だけが込められていて、目も合っていないのにむず痒い。
そして、視線を合わせても──あの、身の毛がよだつ感覚すら、今の恣紫からは感じない。
むしろ、身体の奥底が、蕩けるように熱い。
それは、きっと──今の恣紫の中に、苛立ちがなく。
代わりに、僕に対する、とめどない好意があるから。
恣紫が、心の奥底から、僕に媚びきっているから。
「親友。キミはね、俺と同じだけ……いや、俺より、強くて偉いの」
今度、ぶるりと震えたのは、恣紫の方だった。
それを言い終わらないうちに、彼女はオーガズムに達するように、一瞬、呼吸すら途切れさせる。
その仕草の、色っぽいこと。
まるで、恣紫が僕のことを、本気で永遠に愛してくれると、そう錯覚してしまうくらい。
「だから、親友はね……欲望を、我慢しちゃダメなの。俺にしたいことがあったら、俺にさせたいことがあったら……絶対、言わなきゃダメ。やらなきゃダメ」
吐息同士が、シンクロする。
目の前には──人間用のシングルベッドには、到底不釣り合いな、大きな大きな身体。
少しばかり脚を曲げないと、足先がはみ出てしまうほど。
どうしようもなく、太ましく幅広な尻が、そして巨大な乳肉が、隙間なくみっちりとベッドの横幅を占拠してしまうほど。
成人男性の平均くらいの身長を持つ僕が相手でも、母と子ほども体格差を作り出してしまうくらい、恣紫の身体は、デカい。
と、言うよりは──甘えるための余白が、とても多い。
思わず身体を擦りつけたくなる部位が、選択肢が多すぎて嫌になるくらい、豊満すぎる。
そして、僕は今日、確かに──ちょうど、そんな女体に甘えたい気分だった。
「親友は、俺を従えて。俺のこと、好き勝手に、触って」
恣紫は、その身体を、セックスの度に都合よく、ころころと変えてくれる。
僕のちんぽの溜まり具合、そして僕にすら分からない、深層心理にこびりついた理想を、100%以上の精度で読み取り、完璧を通り越した完成度で、ため息を吐くほど素晴らしく、再現してくれる。
艶々すべすべ、高身長で高頭身のモデル体型で、くびれは悩ましくきゅっと締めておきながら、メリハリをたっぷり効かせた、いわゆる最高にイイ女の身体から。
むっちむちで肉まみれ、蜜をたっぷり蓄えている、抱きついて甘えるのに最も適した、クイーンサイズの布団のような、交尾の相手として200点の女体まで。
どれだけでも、ほんの一言伝えれば用意してくれて、しかもその女体は、どれだけ触っても怒られない。
人目も憚らずにベロキスをかますような、熱々を通り越したバカップルですら、百年の恋も冷めるような、性欲丸出しの猿じみた手つきで、好き勝手まさぐっても──彼女はどうしてか、許してくれる。
その、むっちむちに張り詰めた尻肉も、セクハラ親父が雌の孕ませ具合を品定めするように、ちんぽ本位に、身勝手に、撫で放題。
その、シャツの中でふるりと震える、どっしり重い雪見大福のようなおっぱいを、インナーの中に無理やり腕を突っ込んで、ヤリチンが都合のいいATM兼オナホをホテルに連れ込む時みたいに、手の跡が付くほど、なまちちを鷲掴みに揉みたくり放題。
僕以外の人間には、爪の先すら触れることにも、あるいは触れられることにも、あれだけの嫌悪感を剥き出しにする恣紫が。
特に男なんて、視界に入れたくもないゴミ未満の存在だと、不遜に言ってのける、あの暴君淫魔のデカケツを、デカパイを、太ももを──僕は、べちりと叩いて、ぶるりと波打たせることが、できる。
どんなに理想の女性と付き合っても、絶対にあり得ない、贅沢の極みだ。
全人類は俺の奴隷だと、そう公言して憚らず、しかも誰一人としてそれを否定することができない、宇宙一の高嶺の花と言っていい雌を、手籠めにする快感。
恣紫が一人いれば、どんな体つきの女とも、その場でいくらでも浮気し放題という──淫魔を抱くことでしか得られない、雄として究極の優越を、味わえる。
「そうしたら……あとは、俺が勝手に、親友のやりたいことを、やりやすいようにサポートするから。……尽くして、媚びるから」
そして──その優越は、僕に性欲がある限り、恣紫が勝手に読み取って、勝手に叶えてくれる。
もう、もう、身震いでは表現できないほど、幸せ。
──ぎらぎらと、恣紫の瞳の紫が、濃くなる。
それに合わせて、彼女は息継ぎすら減っていき、枷を切り、捲し立てるように、僕に迫りくる。
両手両足を今にもわきわき、開いたり、閉じたり。
ただ、僕を抱きとめ、甲斐甲斐しく頭を撫で、背中をかき抱き、ひたすら褒めそやそうと、動かす。
てらてらとした、芳醇な艶がまぶされた、服越しの雌肌。
それを、贅沢に惜しむことなく差し出して、早く抱きつけと、密着をせがむ。
──いつも感情の見えない恣紫の、あからさまな、興奮。
普段は無口で無表情で、常にダウナーだからこそ、ほんの少しの言動の違いが、大きな感情の揺れ動きを示す。
だから、彼女は今──すごく、すごく、悦んでいる。
自分の価値を、自分でどん底まで貶めて、突けば消し飛ぶ下等生物のオナホに成り下がることに、どうしようもなく劣情を抱いている。
そして、恣紫は。
その上で、僕の心の奥底に、どんな欲望がむらむらと渦巻いているか、知っておきながら。
瞳をまた、ぎらと輝かせ、僕の心に暗示をかける。
脳みその中が、ひどく単純になる心地を抱く。
もちろん、その暗示の内容といえば──理性の崩壊。本能の露出。
女を抱きたいと思えば、例えそれがレイプだったとしても、絶対に我慢できず。
例えば、これは本当に例えばの話だが──その雌を、暴力的に押さえつけ、首を絞めながら征服してやりたいと、ふと思ったなら、一切の逡巡もなく、良心が呵責することすらなく、してしまう。
そのリミッターを、恣紫は自ら、外させた。
──キミになら、何をされてもいい。
その言葉の証拠を、出せとも言っていないのに、勝手に示すかのように。
恣紫は、真性の、ドマゾだった。
どく、どく、と。
恋人を前にした時のように、心臓が甘く跳ね上がる。
彼女の本性も、まだよく理解していないのに、セックスのせいで好きにさせられる。
危険だ。
こんなの──恣紫も望んでいないだろうし、こんな関係は絶対に長続きしないと、分かっているのに。
セックスの時だけしおらしく、献身的になる彼女の態度が、ひどく普段の姿とギャップが効いていて──何もかもを放っぽり出して、プロポーズしたくなる。
悪魔に本気になってはいけないと、頭では分かっているのに。
でも、そのくせ──
「あ……それから、もう一つだけ……」
「今だけは、俺の事……ううん、”私”のことは」
「『シェシィ』……って、呼んでほしい……」
──なんて、恣紫が、いやシェシィが、わざとらしいほどいじらしく、卑しく。
脳みそが恋愛ホルモンで茹だった、大学生ぐらいの若い男女がそうするように、セックスの時だけは愛称で呼んでくれなんて、そんなことを言うものだから。
僕は居ても立ってもいられず、矢も楯もたまらず、がむしゃらに。
想像するだけで胸焼けがするような、甘ったるいバカップルのいちゃらぶ交尾に舵を切り──
ぷっつり途切れた理性で、その身体に、飛び込んだ。
──そう、飛び込んだのだ。
ちんぽ殺しという言葉がよく似合う、身体中どこもかしこも射精のためだけに肉付けたかのような、ベッドを丸ごと埋め尽くす、シェシィの特盛サキュバスボディ。
触れればしっとりと沈み込み、腕も脚も指も、腰も腹もちんぽも食い込んで離さない、もちもちとした素材の最高級オナホを思わせるような、皮下脂肪厚めのセックス専用むっちり体型と──そのくせ、メートルを超えてなお余りある、ド迫力サイズの乳山に、きっちりとメリハリを効かせるように、堪らなく悩ましくくびれる腰つきを両立した、ちんぽ好みしすぎる肉体に、全体重をかけて倒れ込む。
”甘やかし”の始まりは、いつもそうだった。
まず、豊満を極めたような、彼女のむっちりと艶やかな女体を、全身で噛み締めるように、思いっきり抱きすくめて。
善がり狂うように、もうめちゃくちゃに、がむしゃらに、彼女の肢体という肢体に、頬ずりしまくる。
「……ん」
自殺行為、というよりは、自殺そのものだった。
──~~~~~~っっっ!!!♡♡♡♡♡
まず、身体を支えるために、腕立て伏せのような体勢で、指先を乳肉に噛ませたのが、間違いだった。
人の頭よりも大きな、キメ細かくてふかふかもちもちな乳脂肪の塊に、肌が触れた途端──びくんと、身体中に電撃が走ったような、鮮烈な快感が脳を焼く。
それだけで──シェシィという悪魔に対しての、恐怖や畏怖など、軽々と吹き飛び。
もう、目の前の彼女が、ただちんぽを擦りつけるための、極上の女体としか思えなくなる。そうとしか、扱えなくなる。
そして、次に感じるのは、包容力満点、母性満点、巨大な抱き枕サイズの、むっちり凶悪な丸太ふとももの感触。
体温高め、フェロモン濃いめの、あまくて柔らかい雌肉の楽園に、まず腰を落ち着かせ、沈めて。
脚を絡め、腰を練り込み、下半身を思いっきり抱きつかせると、それだけで雄に生まれて良かったと、心から感謝してしまうほど心地よい。
そしてペニスは、これまた濃密な肉感の、堪らなく柔らかな腹肉に、埋める。
確かなくびれとスタイリッシュさを持ちつつも、”ちんぽが最も甘えやすい女体とはこれだ”と、容赦なく結論付けられた、淫魔らしく豊満で艶やかな肉付きに、もう屈服するしかない。
おへその辺りに、体重を込めてぎゅうっと抱きつき、ペニスを思いっきり押し付けると──もう、白旗を上げるしかないほどに、天国。
ペニスの輪郭をみっちり隙間なく埋めて、もちもちと吸い付くオナホじみたホールド感に、狂ったように勃起が跳ね上がる。
考えるまでもなく、当たり前の話だ。
彼女はそもそも、触れるまでもなくその容姿だけで、人間を狂わせる淫魔であり。
そして、特に今の彼女は、その触れれば切れる美しさ、狂気を引き起こす威圧感、畏怖、魔力、神聖さ、その全てを──僕を甘やかすため、ただただえっろく蕩かした、艶事極振りサキュバスなのだ。
神のごとく崇められる、魔王の力を──全部全部、ちんぽを喜ばせるために、使い果たした女体。
究極の淫魔とは、文字通りどころか、それを軽々上回るほど、究極なのだと。
これ以上なく如実に、どうしようもなく表現した肉付きに、ため息が止まらない。
そんな中でも、特に性的魅力を詰め込んだ、ふっかふかの爆乳なんて凶器──そんなものに、ただの人間が触れて、ただで済むはずもなく。
指が乳肉に沈み込み、乳腺まで潰しきるより先に。
僕は、気づけば背中を大きく仰け反らせ、乳揉み暴発をしていた。
着衣越しの潰れおっぱいは、見るだけで視覚にすら絡みつき、脳裏にむっちゅむちゅの揉み心地を想起させる、至高の極肉。
目に映すだけでも、ちんぽが使い物にならなくなるほどの、強烈なお漏らしを引き起こす、魔性の雌肉を──全身全霊を込めて、思いっきり揉みしだくなんて、そんな無謀な行為を行って、まさか無事でいられるはずもなく。
──っっっ……!!!♡♡♡♡♡
「うわ、えっぐい射精音……。まあ、糊みたいな濃さのを、狭い尿道で引き絞って、無理やり大量に吐き出してんだから、そりゃそうか……」
声も出ない、引きつるような、射精。
シェシィをどさりと押し倒し、優位に立っているのは僕のはずなのに──実際にやっている事と言えば、子供の精通じみた、情けなさすぎるお漏らしだ。
それも、ただの吐精ではなく──極限まで上り詰めた興奮により、全身の神経と脳細胞を、不可逆なほど溶かし、ダメにしながら行う、無刺激吐精。
百度生まれ変わっても、魂にまで染みついて射精狂いになるほど、死ぬまでちんぽに焼き付けられ続ける快感に、まず背を弓なりに引き絞った。
そうして、そのまま──ぴんと立てた腕が、手のひらごと、乳肉の中に、沈む。
どこまでも、スライムでできた底なし沼のように、手首を付け根まで包んで。
軽く楕円を描く、下品な長めの乳肉が、僕の手跡を付けるように潰れて──その、霜降りのような、マシュマロ触感に、とことん酔いしれた。
何度も何度も、重ね重ね──極限の『骨抜き』を、更新し続ける。
これ以上は耐えられないし、そもそもこれ以上の快感など存在しないという状況を、軽々超えて、余力たっぷりに、極楽加減のギアを上げるシェシィ。
もう、もう勘弁してほしい、これ以上僕のちんぽを堕とさないで、更にめろめろにしようとしないで──と、情けなく懇願するように、あまりの天国具合に涙を流して、濃ゆく吐精した。
でも、それなのに──不自然なほど、苦痛は感じない。
大量に射精した後、更に無理やり精をひねり出す時の、あの腫れたできものを触るような、ペニスが張り詰める痛みも。
体力をごっそりを奪い取られ、心臓が痛くなるような苦しみも、あまりの快感にのたうち回り、悶絶してしまうような過剰な快楽もない。
ただ──幸せで、気持ちいい。
薄布越しにむっちり密着する、蒸れて火照った至高の肉感に、ひたすら全身を受け止められて、ふかふかと包まれるように沈むたび。
受け止めきれないはずの、あまりにも強烈な恍惚が、喉から漏れて、掠れた吐息となって吐き出される。
そこに、逃げ出したくなるような、理不尽な快感のおぞましさは、一切ない。
ただ、理不尽に、幸せ。
淫蕩と豊満をひたすら極めた肉体に、腕を食い込ませ、脚を絡めるたびに、多幸感だけが天井知らずに溢れてゆく。
そして、その快感を逃がすため、更にぎゅっと力を込めて抱きついて。
そのせいで、理不尽な女肉のむちつきを味わってしまい、途方もない快感を生む。
──その、無限ループに、いつの間にか、陥っていた。
もう、手も足も、100%以上の密着率を叩きだし、これ以上力が入らなくなるまで、超濃厚に、絡む。
奴隷相手でもこうはしないというほど、理性も人間性もかなぐり捨てて、めっちゃくちゃに、甘え倒して。
それでも、シェシィの魅力まみれの女体は──人間一人ぽっちでは、牛の丸焼きは絶対に食べきれないのと同じで、どこをどう味わったってエロいのに、一つぽっちの身体では、どうやったって堪濃しきれず。
でも、目の前には、視界を埋め尽くすくらい一杯に、こんなに雌肉のフルコースが広がっているのだから──とにかく、手あたり次第、舐めまわす他はなかった。
喚き散らすように、絶叫じみた嬌声を、両腕で寄せ集めた乳肉の隙間に、上げる。
喉が枯れるほどの喘ぎだったが、シェシィの乳房があまりにも分厚く、乳脂肪がところ狭しとみっちり詰まっているせいで、その声は防音壁に染み込むように、うっすらと頼りないものへと変わる。
僕は、とめどない快感を、表現することすら許されない。
興奮にかっかと火照る体温を、精液ごと思いっきり擦りつけて、途方もない質量の艶々な女体を、いっそう照りと艶まみれにする。
──もう、めちゃくちゃに、イく。
──びちゃびちゃと、汚らしく精液を吐き、とことん彼女の一張羅を汚していく。
殺されてもおかしくない、というよりは、殺されて当然の行為だった。
それを、承知の上で──僕は、今にもむらむらと、シェシィのぷるつく肉厚な唇に、ベロキスすらせがみたい気分だった。
そんなことをしでかすのは、まさに、僕の頭が性感に茹だり、お花畑になってしまっている証左に他ならない。
人をゴミ同然に扱う、恐ろしい悪魔に向かって、一切の気遣いなく、ゼリーじみて濃ゆい精液を、ぶっかけ。
それも、下手に生肌にかけられるよりも、むしろ後始末が面倒で不愉快な、お気に入りの服を台無しにする、着衣ぶっかけを行ったのだ。
どこまでも自分勝手な、乳揉み暴発オナニー。
まともな思考が残っていれば、あまりの恐れ多さに、やらなければ殺すと命令されたって絶対に行えない、ちんぽ本位のわがままな射精を行って──快感で真っ白になる頭の中、ぞくぞくと。
けれど、そうはならなかった。
快感どころではなく、さあっと血の気が引いて、恍惚に雑念が混じる、その直前──彼女は、短く言ったのだ。
「……いいよ、後で洗うから」
それは、静かな一言だった。
シェシィは、ただ、そう言って──僕の手のひらが、練り込むように、乳肉を平らにならすのを、受け入れていた。
どこまでも、訳が分からないほど、幸せだった。
──こんなにも都合が良く、こんなにもただ幸せで、こんなにも濃厚に甘やかされるなんて、ちっとも意味が分からない。
シェシィは、媚びる必要も無いのに、こんなにこってりと媚びて。
甘やかす必要も無いのに、こんなに極楽に甘やかして。
どうして、そんな真似をするのか、意味不明すぎて、理不尽に濃い精液を、びゅるりとぶっ放す。
──誰であれば、こんなシェシィのことを、好きにならずにいられるのだろうか。
そう言わざるを得ないほど、シェシィの甘やかしは、あまりにも、完璧。
濃すぎる快感で男に苦痛を与え泣かせるのも、男にいちいちどう甘やかされたいかと聞くことすらも、そんなもの、究極の淫魔たるシェシィに言わせれば──まるで程度が低く、二流三流もいいところ。
ろくに好みの男を悦ばせられない、凡庸なザコ淫魔でしかない。
そう、神域にすら達する、究極の淫魔の寵愛を受けるとは、つまり。
それ以上の幸福など、絶対にこの世に存在し得ない、文字通り最高の快感を、賜ることなのだ。
──まるで、そう表明するのような、雄をとことん依存させる手練手管に、精巣が煮えたぎる思いを抱く。
でも──彼女にとって、僕を、こんなに依存させる必要なんて、ある訳がない。
なのに、彼女は──僕の思考を先回りして、どこまでも、媚びる。
ついさっきシェシィが口走った、その言葉を裏付けるような、一言だった。
彼女は、僕への甘やかしに、一滴でも不純物が混ざることすら許さない、完璧な楽園を作ろうとしている。
自分の衣服が汚されることよりも、僕にほんの少しでも、気持ちいい射精のこと以外を考えさせないことを優先した、奴隷未満の媚び方に──僕は、腰を抜かして、興奮する。
多弁に好意を語るより、あえて静かにしっとりと、当たり前のように何もかもを受け入れる方が、極めていちゃついた、甘い雰囲気になることを、淫魔である彼女は知り尽くしていた。
──彼女は、どこまでも、男のツボを知り尽くした存在だ。
その淫魔としての力と知識を、全て僕を蕩かすためだけに、全力で使われてしまっては、まるで精液の止めようもない。
そう、改めて深く感じ入り──射精の脈動を、果てしなく長くする。
ありとあらゆる筋肉がふやけて、まったりと絡みつくような痺れが、全身にまとわりつく。
身体中のどこにも、もう力が入らなくて、ほとんど反射的に、ぴんと伸ばした背筋と腕も、次第に溶けるような悦楽に屈してしまう。
そうして、やがて全身を、どさりとシェシィの身体の上に、完全に密着するように倒れ込ませて。
すっかり影を落とした、乳肉の軒下あたりに顔を乗せ、肌触りのいいシャツにすべすべと頬ずりをした。
しかし、両乳を鷲掴みにしたままの指先は、未練がましく名残惜しげに、だだっ広い爆乳の表面を、深く捏ね回したままで。
その間にも、栓のゆるみきった射精中毒のちんぽは、シェシィのジーンズの厚い生地越しに、おまんこを精液浸しにしていた。
──欲望が、止められない。
ついさっきまでは、嫌悪しているとは決して言わないものの、言動も何もかも信用しきれず、恐怖すら抱いていたシェシィに対して、これ以上なく無礼な布越し腹ズリ射精を決め込んでいる。
恋人として心から通じ合ってもいなければ、ましてそんな関係を望まれてもいない相手に、こんなこと、絶対にしてはいけないと、分かっているのに。
思考の主導権が、脳ではなく下半身に乗っ取られたかのように、身体が自由に動かない。
心にふと抱いた、性欲にかまけた手つきを、恥も遠慮も気遣いもなく、シェシィにぶつけてしまう。
こんなの、絶対、駄目なのに──更に、セクハラが、止められない。
それが、自分の意志によるものなのか、あるいはシェシィに操られているからなのかも、判別がつかない。
ただ、何もかもが蕩け切っていて、分からないのだ。
気が付けば、僕は自分の左手を、シャツがはだけたシェシィの生肌に這わせ、腰のくびれを、すりすり。
気が遠くなるほどキメ細かくてすべすべなのに、少し湿り気を帯びた吸い付きと、軽くむにりと沈む、媚びたむちつきが堪らない。
交尾への期待感を無限に高める、肉感と美を両立した柔腰。
すりすり、すべすべ、病みつきになりながら、ひたすら撫でる。
そして右手は、いや右腕は、乳肉を掻き抱いたたまま、離れられない。
頭よりも大きく、持ち上がらないほど重いパイ肉を、痛いくらい思いっきり握りつぶしたり、生地をこねるように、手のひらで潰して回ったり。
そんな、大金を貰ってセックスする高級娼婦でもしかめっ面をするような、ワガママ極まる手つきで乳を揉み込んで、なお──
「……もっと強くしてくれて、いいのに。どうせ、痛くも痒くもないし」
──シェシィは文句も言わず、嫌がる素振りすら見せないことに、ますます捏ねる動きが熱っぽく、ねちっこくなる。
彼女が、人間を超越した、淫魔という魔物であるということに裏付けされた、絶大な安心感。
至近距離から心臓目がけてショットガンをぶっ放しても、居眠りすら覚まさないような理外の存在だからこそ、その言葉だけは嘘ではなく、僕は気にする必要もない。
彼女はどこまでも──ただ寝転がるラブドール役に徹して、好き放題に性欲をぶつけさせまくることに、適し過ぎた生態をしている。
シェシィは、確かに、生まれつき人間全ての敵になるべき存在とすら言えてしまう、危険極まりない悪魔だ。
だが、もしそれが、こうして自分の手中に収まり、忠犬のように従ってくれたなら、こんなに素晴らしい恋人になってくれる。
この時ばかりは──悪魔のような恐ろしさなんて、一欠けらも感じない、ただの雌肉マネキンで、いてくれる。
その背筋が凍るような威圧感も、ひれ伏して恭順を誓いたくなる美貌も、甘ったるい撫でくり回しの前では、てんで形無し。
そこに存在するだけで、人間を廃人にしてしまう、究極の美しさは──今や、ただ僕の理性をめろめろに蕩かす、シロップのような甘い愛撫でしかない。
その紫の瞳に視線を合わせれば、どこまでも深い愛情を伴った熱視線で、五秒と経たずに胸焼けするほどの恋慕が湧き上がる。
その明らかに媚びたトーンの甘え声で囁かれたなら、例えどれだけ口汚い罵倒を言われたって、胸の中がとめどなく甘酸っぱくなって、抱きつきたい欲望を止められなくなる。
甘えたくなる。甘えなきゃ、いられなくなる。
──まるで、反転。
あの、人を寄せ付けず、遠巻きにすら狂わせる、究極的なまでの淫魔の魅力は、きっとその極端な人嫌いの性格から、無意識に発生してしまうものなのだろう。
しかし、もしもそれを、好みの男性に向けて発露させたなら──こうだ。
人間の精神では受け止められないほど美しい容姿は、僕専用に緻密に加減してくれたなら、何度見ても一目惚れを抑えられず、それでいて僕の精神に一切の危害を加えない、理想の顔と体型になり。
その肌もまた同じように、どれだけ撫でまわしても、上限なく興奮をむらむら高めてくれる、ちんぽに良すぎる理想の感触になる。
シェシィは、世界の法則すらも意のままに改変してしまえる、全能の存在だ。
だから、”この人間のことを甘やかしたいな”と、シェシィが心の底からそう思ったら、彼女の身体は、それに最も適したものに、勝手になってしまうのだ。
それは、全てのスペックがずば抜けた、怪物の中でも特級の化け物だからこそ味わえる、至高の贅沢。
単純な体型の美しさ、胸や尻の大きさ、肌質の滑らかさだけでなく──僕の好みという、僕だけにしか分からない、僕だけにしか刺さらない要素すら揃えた、完璧に素晴らしいタイプど真ん中の恋人を、演じてくれる。
そんな、一生撫でていても飽きの来ない腰と、一生どころか永遠にでも揉み潰していたくなる乳肉を堪能してしまったら。
当然──蕩ける。
身体を支える背骨から、手指の爪先に至るまで、全てが蕩け切る。
骨も肉も、形が保てないスライムのように、どろどろの気持ちがいい粘液に成り果てたと、そう本気で錯覚するほど。
蕩けて、蕩けて、力の入れ方すらも忘れた、赤ん坊未満の存在にまで、堕ちる。
──何も、性的なことはせず、ただ寝転がって、ハグをしているだけなのに。
精液を漏らす時の、あの痺れるような恍惚が、全身に途切れなく広がって、いつ呼吸をすればいいかも分からないほど、性感が押し寄せて仕方がない。
全ての神経が、直に炙られ溶かされる、暴力的な悦楽と幸福感が、いつまで経っても止まらず、天井知らずに昇りつめていく。
しかし、そのくせ、全身に広がるその快感は──どこまでも、静かだった。
激しさがなく、ただ滾々と湧き出ては、骨髄まで染み渡る快感。
例えるならば、ローションをまぶしたストッキングで、亀頭が削れるほどごしごしごしごしと擦られる、泣き叫びたくなる感覚の──その、真逆。
どこまで高まっても辛さがなく、むしろもっと深く嵌まりたくなる、頬が自然とにやつくような、いつまででも味わっていたくなる多幸感に、堕落する。
とめどない、興奮。
心臓が、これ以上なく高鳴って──しかし、そのはずなのに、意識がぷつりと切れそうになる感覚はなく、むしろ安堵すら覚えて。
大量に脂肪が詰まったデカ乳に、腕まで手をめり込ませて、ふざけたサイズのケツ肉を、跡がつくほど握りしめているくせに──妙に落ち着いたため息を吐いて、浸り尽くす。
体力も気力も尽きて、甘ったるい声を上げることすら、できない。
芋虫のように、もぞもぞと腰をゆすり、ペニスを擦りつけることも、当然できない。
腹から声を出して、喉を震わせるほどの力も、身体を動かして、快感を貪ろうとする思考も、今の僕には残っていないからだ。
本当に、全てが、甘く蕩け切って──半開きになった口から、涎が一筋垂れる。
それを止められないどころか、気づくこともできないのが、今の僕だ。
そして、一人の人間を、ただ寝そべるだけでそうしてしまうのが──シェシィの、深すぎる淫蕩だった。
──外は、時が止まっているかのように、静かだ。
吸い込む空気は、混じりっけなく彼女のフェロモンに犯されていて、唸るほど甘い。
どぷり、どぷり、精液が漏れる。
視覚、嗅覚、聴覚、触覚から味覚に至るまで、何もかもがエロすぎて、興奮を煽りすぎて、尿道が閉まる暇がない。
射精の快感は、興奮の度合いによって決まると言うが──それが正しいなら、僕は今、考えうる限り最も気持ちいい射精をしているはずだ。
興奮が高まりすぎて、あっあっむりむり、もれるもれる──と喚きたくなりながら、刺激の一つもなく、前立腺に力を込めることすらなく、ただ溢れる。
大量に作りすぎた精液が、過度な性欲にごぽりと尿道から這いずり出続ける。
その、気持ちよさと言ったら──ない。
どんな射精よりも上回って、絶対にこれが最高と言えるほど、世界で一番、気持ちいいのだ。
そう、例えば──この世で最も美しくて、体つきも淫らな”人間”を、大量に侍らせて乳首を舐めさせて、性欲をでっぷり肥らせた上で、尻肉を鷲掴みにぱんぱんと腰を振りたくり、一か月貯め込んだ性欲を、子宮の最奥にびゅうびゅうと流し込む。
──そんな射精を、鼻で笑うほど、麻薬じみて気持ちいい。
そう、断言してしまえるほど。
シェシィの身体は、理想を超えて、冒涜的なまでに、エロかった。
──いよいよ、脳みその中身が全て、脳内麻薬で溺れきったような気分だった。
いや、頭の中だけでなく、実際に呼吸器まで溺れているかのように、腕を乱雑に上下して。
絹のようにすべらかで、かつもちもちとした吸い付きが、無限に『もうひと往復だけ』と後を引かせる、シェシィのもち肌をしゅらしゅら撫でまわし、セクハラ。
そうしながら、目の前でぷるつく、潤いたっぷりの蒸れた乳肌に、ぢゅるるるる──と、音を立てて、吸い付いた。
乳首ではなく、ただ下乳の、肌。
ミルクが出る場所の方が吸いやすいという、たったそれだけの事すら、思い浮かばない。
ただ、僕の顔から、一番近いところに、吸い付いた。
それ以外の理由なんて、一つもない。
もう、もう、矢も楯もたまらず──キスマークを付けるために、吸う。
この雌は自分のものだと、マーキングする。
──そこで、ようやく。
静かにその行為を受け入れていた彼女は、口を開いた。
「……痕、付けたいんだ」
──それだけ。
否定をするでもなく、拒絶をするでもなく、我慢の限界に達して怒り狂うでもなく、ただ無機質に、確かめるように、それだけを言った。
その上で──僕の頭に手を回し、一撫で。
百年の恋でも冷めきる、あまりにも度を超えたセクハラを、とことん許容する姿勢を見せた。
とめどない興奮が、うなじの辺りを擦る。
蒸れた乳肉が、煮込んで溶けた餅のように、とろっとろの蕩け具合を見せるのも。
珠の肌にうっすら浮いたフェロモン乳汗が、がつんと味蕾を叩くほど、糖蜜のように甘いのも。
そして、シェシィが、ただ僕の情欲を受け入れて、甘えることをどこまでも許してくれることも──何もかも、興奮を呼んで、堪らない。
そんな興奮のまま、唇を押し当てたなら──まるで、キスを返してくれるように、ぷるりとハリのある乳肉が弾けて、それだけで背筋が仰け反る。
ただ、乳に向かってちゅぱちゅぱと、キスを繰り返しているだけなのに──シェシィの身体が、あまりに極上すぎるものだから、たったそれだけで、射精感がとめどなく高まってしまうのだ。
もう──どれだけ、この女体は。
脳内でそう呟き、暴力的なほど、欲望を募らせて。
ちゅっちゅ、ちゅっちゅと、赤ん坊がミルクをねだるかのように、ひたすら乳肌に、唇の形をつけまくる。
この、気持ちいい雌肉のカタマリを、誰にも渡さないために。
──独占欲。
それも、愛情から来るものではない、ただただ純粋な性欲から来る、汚らわしくて身勝手で、一方通行なそれを、僕はシェシィに対して──いや、シェシィの身体に対して、抱いていた。
当然というのも憚られるくらい、それは唾棄すべき欲望だが──しかし、実際、シェシィの身体を一度でも味わったなら、それは確かに、当たり前に抱いてしまうものなのだ。
いやらしく曲線を描く全身は、そのくびれた下腹部すらもむっちむちと、抱けばどこまでも堕落を誘う、極上の雌肉布団。
一度でもその柔らかくしっとり温かな肉に、安心感たっぷりに包まれながら、ゆっくりと漏らすように精液を吐き出したなら──もう、手放す気なんて、起きるはずがない。
だから、僕は。
自分なんかとつり合うはずがないどころか、本来は頭を上げて並び立つことすら許されない、シェシィという女神に、必死こいて唇を押し付けて。
尻肉を掴んで、噛み締めるようにむっちり揉みしだき、手のひらの跡をつけ。
時には──軽く歯を立てて、噛み痕すら、付ける。
──シェシィは、それを一切、拒否しない。
いや、それどころか、極めて機嫌よさげに。
表情は確かに、いつも通りの無表情だけれど、誰がどう見たって、今にも鼻歌なんか歌い出しそうな上機嫌さで。
「……ま、当然だよね」
──ぎゅっと、柔らかく、抱擁。
背中に回された腕に、痛くは無いけれど強烈に抱きつかれて、その雌肉に更に数ミリほど、強く全身がむっちり埋まる。
これ以上は、肌と肌が溶けあって、一つのカタマリになってしまうんじゃないかと思うほど。
──声にならない、恍惚の嬌声を上げる。
力の抜けきった、その甘え声は、ともすれば仔猫の鳴き声にすら思えた。
「だって、この身体は……キミの理想を読み取って、キミを幸せにするためだけに作った、究極のカラダだもん。顔も形も、肌とか肉の感触も、髪色のグラデーションすら、全部全部、キミ好みに作られてるんだよ……」
防音壁よりも分厚い、特大の爆乳に阻まれているはずなのに──シェシィの、落ち着いたハスキーボイスは、どうしてか耳元で囁かれているように、間近で聞こえる。
甘くて、けれど静かで。
ひたすら、ちんぽに悪い声。
「これ、全部、キミのもの……親友だけのもの……。フェロモンは格別に濃く甘く、身体もたっぷりむちつかせて、甘えやすいように身長も大きくして……だけど、頬のほっそりしたラインとか、腰のくびれとかは損ないたくない……。こんな贅沢な身体、人間のメスじゃ、どれだけ頑張って育てても、再現できないよ……?」
むちりと、手のひら一杯に、なまちちを鷲掴みにして、むちむち、指の隙間から贅沢に溢れさせる。
まるで、指すらも性器になったかと錯覚するほど、途方もない快感と恍惚が、満ちて。
密着感たっぷり、安心感たっぷり、満足感はますますたっぷり、何もかもが特大ボリュームだからこその、至高の多幸感を、逃がさず100%、味わわされる。
しかし、シェシィが行う”甘やかし”において、最も理不尽で、最も絶望的な事実として。
──そこに、異常な快感から来る、辛さや苦しみは、一切生まれなかった。
「分かる?理想っていうのはね……文字通り、”理想”。これ以上、キミにとって都合のいい身体は、絶対にあり得ない。これ以上、キミにとって心地のいい身体は、どうやっても生まれようがない……。理論上、キミが最も好きな、身体なの……」
全身に快感の熱を溜め込み、身体中がマグマのような、どろどろの熱い塊になったかのような、気が狂いそうな心地。
けれど──気を狂わせることは、できない。
それどころか、母親に包まれる赤ん坊のような、うっとりとした安心感すら覚えてしまう。
──これが、あくまでも、慈愛と好意に溢れ切った”甘やかし”であることを、嫌でも覚え込まされる。
「だからね……キミは、この身体に対して……苦痛を感じることなんて、できない。キミは、この身体に触れている限り、どこまでも幸福しか感じられない……」
──身悶える。
くねくねと、腰を練りつけて、更に深い恍惚を貪り狂う。
シェシィの、人間には毒としか思えない、極上の雌肉に、滅茶苦茶に抱きつく。
踏み潰すかのように、乳肉を両腕でかき集めて、抱えきれないボリュームを味わい尽くす。
掌どころか、上半身を全て使って、蕩ける乳肉を揉みしだく、その感触。
あまっあまの、マシュマロじみてまろやかな抱擁は、赤ちゃん返りしてしまうほど、強烈。
けれど、そのくせ。
普段の恣紫が与える、あの過剰な恍惚や、過剰な快楽による苦しみは、どこにもない。
ただ、幸せだけが、無限に降り積もる。
「そう……都合が、いいんだよ。度を超えた、究極の快楽を、どこまでも与えてくれるのに……そこに、苦痛は絶対に伴わない。あの、目を合わせただけで気が狂う、淫魔の美貌よりも……もっともっと、美しく見えるのに。その美しさを、全て余すところなく、雌としての魅力として受容してしまえる……」
僕はそのまま、柔らかく熟れた腹肉の上に、堂々と乗っかかり、相手を気遣う余裕もなく、重いだろうに、更に体重をかける。
脚はたっぷりと、僕の胴ほども太い腿にもっと絡めて、もっともっと力いっぱい締めあげ、雌肉のもちつきを堪能。
顔面はぐりぐり、しつこくみぞおちの辺りに擦りつけて、衣服の中で甘く蒸らした乳臭を、脳みそがぷちぷちとはじけ飛ぶのも構わずに、嗅ぎまくり。
──苦しみなんて、与えてももらえない。
その言葉の意味を、嫌というほど、噛み締める。
シェシィが言うには、雄を悦ばせるノウハウを詰め込み、とことん忠実に僕の好みを再現した、これ以上ない究極のカラダ。
それは、どれほど壮大な理外の存在が言ったとしても、大言壮語も甚だしいとしか思えない言葉だが──確かに、一度抱きついてみれば、地獄にだって、天国にだって、神々が住む楽園にだって、これ以上の女体など存在しないと、断言するしかない。
だって──いくら頬ずりしても、いくら腰をすり回しても。
どれほど全身が甘ったるく蕩け、骨身に快楽が染みついても。
あまりの雌肉のむちつきに、雌肌に触れている自分まで連鎖して蕩けてしまいそうな、至福の腹肉の柔らかさに。
深く、深く深く、イく。
そう、深く──例えば、一か月ほど射精を禁止した上で、丸一日たっぷりと、絶頂手前で焦らされに焦らされたところで、世界中の極上の雌をかき集めたハーレムにより、膣内コキ捨てを行う絶頂の深さが、100としたら。
もう、数字では表せないくらい──999999999999999999……というほど。
それは明らかに、一秒と言わず一瞬でも味わえば、脳みそがダメになる快感のはずなのに。
どうしてか、僕の全身に溢れるのは、とろんっ……とろんの、恍惚ばかりで。
しかも、それを貪れば貪るほど、より深く多く、雌肉のこってりとしたコクを味わうために、頬ずりがますます止められなくなる。
──もう、死にたくなるくらい、幸せで幸せで、たまらない。
いや、できることなら、もう永遠に、終わることなくこの女体に、頬ずりし続けていたいのだけれど。
「そう、要するに、キミはね……どれだけ、私に本気で甘やかされて、泣きわめくほど幸せになっても……」
ひそやかに、しっとりと、囁き。
いやにしんと静まり返った、真昼の安アパートに、シェシィの麗しく澄んだ声と、汚らしく粘ついた水音、それからベッドが軋む音だけが、響く。
とめどなく、興奮。
脳の血管がぶちんと切れそうな、血が沸騰する興奮と──しっとりと、身体の内側から、ぞくぞくぞくぞく、自分が今どれほど贅沢な射精を味わおうとしているのかを、じっくり現実として直視して、這いあがらせる興奮を、ない混ぜにして。
理想をどこまでも貫き超える、至高の女体を精液で汚す快感を、どこまでも底上げしてくれる。
絶望するくらい、都合のいい、快感。
世界の理を書き換える、理不尽なまでの力を持った、全知全能の邪神がもたらす──全力の甘やかしの、その味わいきれないほどの甘さを、理解させられる。
僕は、きっと。
彼女がどれほど、恐ろしい魔王として、今日も目の前で行われたように、人類に対して非道な行いをしても。
気まぐれなシェシィが、僕のことをいつか飽きて捨てると、そう確信していても。
僕を何らかの理由で騙していると知ったとしても、大嫌いな人間を最も的確に絶望させるために色仕掛けをしていると気が付いても──
「──気を狂わせて逃げることも、苦痛で気を紛らわせることも、私のことが嫌いになることも、できないんだよ」
びっ…………くん。
一際強く、僕の身体で魚拓を取ったかのように、雌肉が僕の形にむっちりひしゃげるほど抱きついて。
どぽりと、反りくり返ったちんぽを、潰すように練り込み、射精した。
どく、どく、どく。
音すら鳴るほど、濃く精液をひり出す。
数分、数十分にも思えるほど、長く──しかし、実際は、十秒、二十秒。
それでも、絶頂が続く時間と考えれば、あまりに長すぎて、心が壊れてしまいそうな秒数、鈴口を緩ませて。
やっと──精液が打ち止めになり、緩やかに、絶頂から降りてくる。
尿道の残り汁をこそぐように、ぴくぴくとペニスを痙攣させて、ゆっくりゆっくりと。
じっくりと、ねっとりと、じわじわと、徐々に徐々に──時間をかけて、無限に後をひく余韻から、降りる。
ぞくぞく、ぞくぞくぞくと、震えだしてしまいそうな、オーガズムの後の気だるさに、身を任せて。
身体の底から、氷を解かすかのような、これまた蕩ける熱を、湧き上がらせる。
性的絶頂とはまた別の、快感。恍惚。
眠気にも似ていて、瞼が落ちるリラックスを引き起こすけれど──腰骨が溶けるほど、濃い痺れと刺激たっぷりな、イった後特有の、緩やかに降りてゆくぞくつきに、再び震えた。
絶頂に向かう往路でも、そこから収束する復路でも──どちらも、耐えられないほど、快い。
このまま死んでもいいと、本気で思ってしまうほどの、現実味のない壮絶な法悦に、屈服。
もう、無限にシェシィのことが好きになって、彼女がどういう存在で、どれほど危険で邪悪なのかなんて、全てどうでもよくなってしまう。
もう、このまま死んでもいいから、ただこの女体に密着させてほしいと、それだけを願ってしまう。
そして、それが、叶ってしまう。
何故ならば──
「……あれ、もうお休み……?まだ私、なんにもしてないけど……」
──彼女はまだ、何もしていない。
まだ、彼女の言う”甘やかし”は、始まってもいないのだから。
そう、今までのことは、どれもこれも、勝手に僕が抱きついて、射精をしているだけ。
一文にまとめれば──シェシィのえげつなくえっろい身体に抱き着いて、枯れるまで暴発した──という、情けなさ極まる、セックスの相手として落第なものでしかない。
それは、人間の女性が相手だったとしても──退屈だ、つまらない、と愛想を尽かされて当然のもので。
だけど、シェシィは、あくまでも。
「あ……快感逃がしちゃダメだよ、いっちばん気持ちいいところに、腰たっぷり練り込んで、蕩けてて。ゆっくり、じっくり、神経が全部溶けるまで、浸って……」
すりすりと、背中を撫でて、とことん許容してくれる。
イった後特有の、気だるさと快感が入り混じった、この恍惚を、どこまで長引かせてもいいと、そう言ってくれる。
そう、シェシィは、僕を無理やりにでも甘やかして、退屈しのぎをしたいと言うくせに。
その実、一度ベッドに入ってしまえば──無限に、優しくしてくれるのだ。
もう──意味が、分からない。
どこをどう考えても、シェシィの望みからは矛盾している行為のはずなのに、これを望んで行っているのは、他でもない彼女で。
きっと、彼女の中でどこかが狂って、何かを間違えて──その積み重ねの果てに、こんな、僕だけに都合がよすぎる天国が、形成されてしまっているのだろう。
針の穴にラクダを通すような、億が一の奇跡を何度も何重にも重ねて、その結果──まかり間違って、その淫らさと美しさにより、全ての知的生命体を思い通りに使い潰す、至高の淫魔の女体に、最愛の恋人とのまぐわい以上に甘ったるく、甘やかされながら尽くされてしまう。
──脳みそが、どろんどろんに蕩けて、使い物にならない。
それくらいの、身も心も焼き尽くすような、発情。
”一 恣紫”という淫魔を知る、彼女の全ての奴隷たちから──たった一人抜け駆けして、何の努力もしていないのに、こっそり裏で一目惚れされて、抱かれまくっている。
あんなに人間に冷たくて、一生に一度きりでもお目見えできれば、地獄の底ででも永遠に自慢し続けられる、あの恣紫が、裏でこうして、僕に手籠めにされているという事実に──人生が破滅するほど、脳を痺れさせた。
すぅ、はぁ、呼吸をとことん深くして、身体の中のぞくつきを、反芻し続ける。
その間にも、絶頂の余韻を途切れさせないように、両手で全身をわしわしとまさぐり、柔肉を弄んで回る。
まるで、ちんぽの遊園地。
どこを触っても、どこを揉んでも、指の隙間にみっちり溢れる食い込みで、神がかった艶のまろびを返し、とことんちんぽに媚び切ってくれて。
精巣が空になるまで撃ち尽くした後ですら、せっかく貯めたちんぽのむらつきを損なわないよう、次の射精に向けて、ことことと期待感を煮詰められ、どこまでも極楽が続くことを示す。
「ね、親友……」
なのに。
「お腹に腰ヘコずりずり、お漏らし射精……ぜんっぜん、気持ちよくなかったねー……」
なのに──シェシィは、その快感すら。
「女体に抱きついて、ちんぽ擦る暇もなく漏らすだけの、浅い射精……。自分の右手で乱雑にシコる、寝る前の義務オナニーより、ぬるくて薄い快感だったねー……。もう二度と、こんな下らない真似、したくもないねー……?」
下らない、つまらないと、自ら馬鹿にして見せる。
もう、こちらは──既に、くたくたに蕩け切っていると、知っていながら。
僕を、馬鹿にしている訳ではない。
その行為が、言葉通りに下らないことだと、本当に思っている訳でもない。
ただ──僕を、僕の欲望を、彼女は誘導しているのだ。
「だって、キミは知ってるもんね……。雄の本懐、射精の極致……」
幼児に言い聞かせるように、それでいて義務的に。
悪びれもせず、勃起と期待感を、更に煽り散らかすためだけに──入れ知恵する。
「雌を孕ませる、ナマ膣射精の快感……♡」
──それに比べれば、あんなものは、甘やかしですらない。
まだ僕は、天国の入り口にも、入ってはいない。
今までのそれは、ただ僕が勝手に、その弱すぎるちんぽを、自ら壊していただけ。
お前を、本気で赤ちゃんにするのは、これから。
それだけを、彼女は、伝えたいのだ。
そう、静かに、自らを卑下するように語られて──ぞくぞく、ぞくぞくぞくと、絶望的なほどの多幸感がせり上がって、思いっきり、震えた。
もう、もうたくさんだと──そう宣うことすら、できなかった。
シェシィが与えてくれる、この桃源郷のような甘やかしは、耐えようと思えるものではない。もしそうなら、どれほど救われたか。
ほんの少しでも、苦痛と思えるものならば、なんとか彼女から逃げ出そうと思えたものの──これではまるで、快楽の蟻地獄、多幸感の底なし沼でしかない。
これでは、どうあっても──僕の人生が、めちゃくちゃに拗れまくるしか、有り得ない。
ふー、ふー、興奮に濡れた呼吸をして。
シェシィという、最高位の淫魔の前で、そんなにあからさまなむらつきが、まさかバレないはずもなく。
「あーあ……快感欲しがっちゃったね……。淫魔の生まんこの味思い出して、孕ませ欲湧いちゃったね……」
シェシィは、その表情をにまりと歪ませて、わざとらしく哀れみを持った声色で、呟く。
孕ませる。
赤ちゃんを産ませる。
目の前の雌を娶り、いよいよ自分の伴侶にせしめて、しっぽりと種を付ける。
モノにする──なんて言い方は、決して行儀の良いものではないけれど、しかしシェシィから言わせれば、きっとそう言葉にするだろう。
にやにやとイジワルに微笑みながら、あえて下品に情欲をそそり、レイプを促そうとしてくる、このマゾ女なら、きっと。
「じゃあ、もうおしまいだ……。蠱惑まみれのくそほどえろぉい女体に、自分から抱きついて、心の底から魅了にかかって、一生私のことが大好きな、甘えんぼマゾ赤ちゃんに堕ちちゃう……。人生おしまい、もう私の虜だね、おつかれさまー……」
背中を丸めて、僕の全身を、艶々で照りっ照りの、肌キメが繊細すぎるなまちちに埋めながら、耳元に口を近づけて、彼女はそう語る。
まさに、全身を毛布にくるまれるような、贅沢すぎる肉布団の様相を描きつつ、とことんちんぽにイライラを貯める、間近での淫語囁き。
全身が蕩けきるような安心感と、青筋が立つイライラが、同時にちんぽに集まって。
そして、とどめに──
──そしたら、私とずっといっしょだね。
だ、なんて。
いじらしく、無垢な少女のように、にっこりと微笑みながら。
僕に対しての、深く純粋な愛情を囁くものだから──もう、僕の中で、何かがちぎれてしまう。
自分のことを、何故か親友親友と呼び慕う、好かれる覚えのない人外の無性別な生命体を、思いっきり抱き散らかすことへの忌避感とか。
シェシィという、男をその色香で壊し、目線だけで搾り殺す、人間を堕落させることに特化した至高の淫魔の──おまんこという、最高級の搾精器官を、犯すことへの恐怖とか。
シェシィのことを、正しく恐れるための理由が、ことごとく叩き潰されて──最後には、純粋な興奮だけが残る。
目の前の女性は、その心根までは分からないけれど、少なくとも僕のことを好いてくれていて、どれほど我儘にえっちなことを要求しても、決して嫌がらないとか。
そもそもこの甘やかしえっちも、彼女からして欲しいとねだられたことで、僕はむしろ付き合ってあげている立場であることとか。
というか、まず真っ先に──体つきが、えげつなく豊満で、どこもかしこもエロすぎることだとか。
とにかく適当に手を這わせて、乱雑にまさぐり、目を閉じて抱きつけば、それがどの部位だったかに関わらず、脳みそを天国までぶっ飛ばすくらい、その身体つきは究極的に豊満で、とことん至福であること、だとか。
考えれば考えるほど、自分に都合のいい事実だけが浮かび上がってくるというのに──かと言って、何も考えようとしなければ、それはそれで、彼女の持つ異常な妖艶、そして引力が、引き寄せるように僕を魅了してゆく。
逃げようとしたって無意識に、誘蛾灯に惹かれる虫のように、ふらふらとシェシィの瞳の色を、まったりと揺れる乳肉を、艶めかしく照り輝く腹肉を、追いかけてしまう。
あんなにも、根こそぎ精液をぶっ放して、シェシィの身体を黄ばんだ白濁に染め上げて──もう、これ以上幸せになりたくないと、心から願ったのに。
ぎらぎらと、性欲に濡れそぼった目線を、じろじろ不躾に、上下、上下。
何度も何度も、ちんぽを擦りつけるかのように、眺めまわす。
大学生らしく狭いアパートに、セールで安かったマットレス。
そして、それとは全く不釣り合いな、絢爛豪華な腰のくびれ。乳のハリ艶。下半身のボリューム感。
タワーマンションの最上階から見る夜景と、スパンコールのドレスに一杯数万のシャンペンが似合う、超高級娼婦の肉体が、何のことはない借り部屋に寝転んでいるのが、異様な背徳感を醸し出して堪らない。
そんな、僕が何億と借金を重ねても、一晩の時間も買えないような、贅沢極まりない身体を──抱く。
人格や関係性を無視して、相手をオナホかラブドール扱いする、極めて無礼な思考。
それを、きっと分かっていてなお、シェシィは黙って寝転んだまま。
高い気品や気高さ、優雅さすら感じる、脱力した寝姿のまま──太ももを、真上に持ち上げた。
「……んじゃ、おいで」
命令にも聞こえるほど、ごく短く、ぽつりと。
ただ一言と、気怠く行ったほんの一仕草で、彼女は僕を受け入れる。
むんわりと蒸れて、甘酸っぱいフェロモンをまき散らす秘所。
高く太く、柱のようにそびえ立った腿肉。
指で摘まむどころか、掴むことすらできそうなほど、たっぷりと肉の乗ったおまんこの土手。
どれもこれも、絶品の抱き心地を持って、僕のちんぽを誘い立てる。
──ぞっと、背筋に寒気が走った。
こんな、見るからに、おぞましく気持ちのいい穴に、思いっきりちんぽを突っ込んで、腰を使う。
それが、どれだけ恐ろしいことなのか、どれだけオスとしての欲望を搔き立てることなのか、僕はもう理解してしまっている。
人生が終わる、そのくらいで済んだなら、どれほど幸運なことだろうか。
イキくたばる?搾り殺される?あまりの快楽と恍惚に、脳みそか心臓が動くのをやめて死ぬ?
そんなことを、本気で思わざるを得ないくらい、もう、恐ろしくて恐ろしくて。
今、想像するだけで、あまりの恐怖に──濃いカラメルのようにねっとりとした陶酔が、全身に絡みつく。
怖くて、怖くて、堪らなくなって──僕は、目の前の、豊満すぎるほど豊満な、艶々こってり腿肉に、四肢を全て使ってしがみついた。
もっ……ちりとした、雌々しい肉感が、僕を優しく受け入れてくれて、身悶えが止まらなくなるけれど、その軽い身じろぎすら、至福の快感を増長させる。
全身どこを触っても、マシュマロのようにふかふかで、朝露に濡れた絹糸のようにしっとりすべすべなくせに、腰を押し付ければ心地よくぷりんと弾けるハリまで持ち合わせた、至極の肉体。
何もかもが、受け止めきれないほど莫大で、かつ恐ろしいほど濃密な、最高級の霜降り太ももに、恋愛感情すら抱かされる。
このままでは、本当に、人生がはっきりと詰んでしまうというのに、どうにも欲望が溢れて止まらない。
でも、それは仕方がないことだ。
だって、だって──釣り合いが、取れていない。
僕ごときの人生を、まるっきり捧げる程度で、こんな悦楽が得られるのなら、もう喜んで差し出すしかないのだ。
見上げても見上げても、まるで届かないほどの超上位の存在である、淫魔。
どこもかしこも、むっちむちの艶まみれで、抱けば抱くほど深みにはまる、破滅的なエロスを湛えた、そんな種族の中でも──最も淫蕩な肉体を持ち、最も性技に長けて、最も強く、最も高い権威を持つ、シェシィという存在。
そんな彼女を一晩抱くということは、一生分どころか十生分くらいの快楽を、たった数時間のうちに凝縮したような、度を越えた快感を与えてくれるということに他ならない。
それは、命を天秤に掛けることすら、あまりに安いと思わせてくれるもので。
そんな彼女が──望むなら、キミのオナホにでもなってあげる。
一生庇護してあげる。下等種族である貴方を虜にして、えこひいきして、永遠にその腕の中に居ることを許してあげる。
もし、私とえっちしてくれたら、そうしてあげる。
そんな事を、本気で言っているというのだから──ため息が、止まらない。
そんな上手い話が、あっていいはずがない。
あっていいはずがないのに──目の前に、ある。
もう、罠だと分かり切っていたとしても、飛びつかずにはいられなかった。
膝の裏、特にフェロモンが濃く溜まったところに頬ずりをしながら、亀頭の先で、狙いをつける。
くねくねと、みっともなく腰を振り、愛液で滑る秘所にたっぷりと擦り付けて、準備をして。
これまた肉の乗った、大陰唇の感触を確かめるように、竿をなぞらせて品定め。
ともすれば、ちんぽ全体を挟んでしまいそうなほど、ぽってりと女性的に膨らんだ土手の肉で──もう、果ててしまいそうなくらい、興奮させられる。
ものを言わない抱き枕でも扱うように、大きな太腿をべろべろ舐めながら、女性器を入り口からじっくり時間をかけて味わおうとする、ひどく猥褻でねちっこい、セクハラ行為。
ちらりと下を向いて、目線を合わせてみれば──シェシィは、じっと目を合わせ返して、その上で無表情を崩さず、何も言わない。
ただ、僕がセクハラしやすいように、余ったもう片脚を腰に絡ませ、深く密着させてくれる。
──僕の増長を表すように、ちんぽが限界まで大きく膨らんで、跳ねた。
もう、我慢なんて必要ない。
そう思わせるには、あまりに十分すぎるシェシィの媚び散らかした態度に──僕は、すっかり警戒心なんて溶かされて。
きっと、この穴に入れれば、一秒だって耐えられず、ぼびゅぼびゅと情けのない吐精音を響かせながら、あまりの快感に気をおかしくするか、ともすれば死んでしまうかもしれないと、分かっているのに──それでも、亀頭をぴっとり膣口にあてがうことをやめられなかった。
じいっと、シェシィが僕を見つめている。
信じられないくらい、顔が良すぎて、頭がぼんやりと霞がかる。
人の精を食らい、淫蕩に狂わせ堕落させる、淫魔。
淫らであること、雄から理性を奪って猿にすることに特化した、おぞましい悪魔の──その中でも、最も淫らな搾精器官に、ちんぽがめちゃくちゃにいたぶられることを想像して、先走り汁の中に精子が混じるほど、興奮を高める。
ああ、きっと、その中に突き入れたら、もう僕は人間になんて戻れない。シェシィの身体にへばりつき、人生を抱きつき甘えんぼすることに浪費するだけの、芋虫みたいな生き物にされる。
だめだ、絶対だめ、終わる、人生詰まされる──。
もはや、そんな忌避感すらも、性欲を煽るための、スパイスにしかなっていない。
つまるところ、もう僕の心の中には──生涯を棒に振ってでも、シェシィのおまんこを味わうこと、それ以外の選択肢なんて、なかったのだ。
堕落していた。虜になっていた。
だから、挿入すると、そう一言声を掛けることもせず──腰を思い切り突き出して、シェシィの膣肉を、貪った。
もちろん、覚悟はしていた。
僕は、最高位淫魔の至高のおまんこに、一瞬でちんぽを揉みくちゃに潰されて、一擦りどころか一呼吸の間すら我慢できず、今までの人生で培った全ての知性と一緒に、どぼどぼ、どぼどぼ射精して、ちんぽ廃人になるつもりだった。
けれど──現実は、違ったのだ。
「ん……♡」
挿入した瞬間、まず流れ込んだのは──深すぎる、満足感だった。
興奮が張り詰めた時の、ちんぽに溜まるあの苛立ちやもどかしさ、海綿体が膨張するじんわりとした痛みにも似たこそばゆさ。
あれが、おまんこに突き入れて、優しく膣肉に受け止められた途端、全部全部──至福の恍惚に、置き換わる。
もちろん、膣内を埋め尽くすように詰まった、狭くたっぷりの媚肉にちんぽの皮を剥かれる、その快感は言葉では言い表せないほど強い。
どんな遅漏の男でも、三擦り耐えられる者なんか、この世にはいないと思えるほど。
けれど、それよりもなお、強烈なのが──安心感。そして、充足。
冷え切った身体を、暖かい温泉に浸けた時のような、まったりと四肢に絡みつく安心感を、何百倍にもしたような、性感混じりの贅沢な悦楽が、まとわりつく。
挿入から一拍置いて、深く息を吸ってから、漏らすように、ため息に似た喘ぎを、独り言のように上げて。
そのまま、じんわりと肉棒を満たす、柔らかな肉に包まれる安心感に、酔いしれてしまうほど、シェシィの膣内は、至福の具現化そのものだ。
人智を超えた名器であることは、絶対に間違いないけれど、挿れて即暴発は、しない。
つんざくような絶頂も、背筋が粟立つ強烈さも、そこにはない。
ただ、それ以上に──肉のコク、キメ、それらをとにかく強調されて、まるで膣肉に包まれている場所が、天国。
特に愛液のにゅるつきが、種付け欲を煽れるだけ煽るくらい、いやらしく粘度の高いものなのに──むちゅむちゅとディープキスするような、膣肉の抱き着く締め付けと濃い肉感は、一切損なわれずにダイレクトにちんぽを襲う。
滑らかな毛布のように穏やかで、眠気すら誘う極楽の感触。
はぁ~~~っっ……♡♡♡と、全身が甘やかされて蕩けきったことを証明する、長い長い深呼吸をして、腰も振らずに、ただ挿入したまま、浸りきる。
この穴でちんぽを扱けば、それはそれは、死んでもいいと思えるくらい気持ちいいことは、分かっているのに──できない。それでもこの穴から、ちんぽを抜きたくない。
ちんぽを優しく揉み解す、極上の膣肉按摩に、心がめろめろに囚われてしまっているのだ。
抱きつき心地抜群の、巨大な肉布団のように、媚肉を盛りたくった身体に負けず劣らず、その膣穴は、雌の女体の中でも最も柔らかく心地よい、ふわふわとろとろの肉にまみれている。
これが、ただ柔らかいだけでなく、肉厚で弾力も持ち合わせているからこそ──ちんぽを入れているだけで、無限に満足感が後を引くのだ。
半ば液体にも思えるくらい、にゅるにゅるなスライム状の肉を──狭い瓶の中に、無理やり押し込んだように、たっぷりと膣内に詰めているからこそ生まれる、優しさを損なわないながらも、種付け欲を刺激してくれる、至福の締め付け具合。
その幸福感に溺れていると、じゅくじゅくと脳みそが沸騰して、ちんぽも触らないまま精通した時のような、幸せ過ぎて絶頂に昇りつめる、極限の幸福が訪れる。
あの、射精する瞬間の、無意識に脚をぴんと伸ばしてしまう、電流のような快感。
あれが、ずっと、永遠に──引いていかない。
まさに電気でも流されたように、背筋をぴんと、首まで一直線に伸ばして、声も上げずに、快感を享受する。
こんなにも、苛烈な快感を味わわされているのに──頬のにやけが、収まらない。
筋肉が強張るほどの快感と、全身がふやけて筋肉がほどける多幸感が、完全に同居している。
惚けた喘ぎを出しながら、シェシィの太ももに夢中で縋りつき、甘え倒す。
まるで、懐いた犬のよう。
しかし、そうでもしなければ──幸せ過ぎて、心が耐えられない。
脳みそが、茹ですぎてくたくたのトコロテンのように、ふやけているのがよく分かる。
その様子を、シェシィはただ、黙ったまま──じっと、眺めている。
面白いのかつまらないのか、判断のつかない無表情。
その鉄面皮を、一切剥がさないまま──シェシィはそっと僕の手を取って、恋人握りをしてくれる。
──無言の愛情表現に、全身がこてんぱんに蕩かされ、もうこれ以上いらないというほど、恍惚が押し寄せる。
脳内の全てが、幸せな感情で塗りつぶされているのに、その上から更にペンキをぶちまけたように、魅了の魔力が厚塗りされてゆく。
びくんと、背筋を跳ねさせることすら、できない。
イく瞬間のように、全身がぴんと伸びきって、痙攣を起こす隙間がない。
ただ、ちんぽを入れているだけで、この有様。
シェシィは、目の前のオスが、ひどく無様な醜態を晒すのを見て、目尻を少し下げながら、無言で瞼を細める。
それから、背を少し折り曲げて、そのパールピンクに艶めくリップを、耳に寄せ──
「……お゛ん゛っ♡」
──馬鹿みたいに甘ったるく、それでいて下品に、喘ぎを上げた。
その、融けることのない、氷の無表情を、快感に歪ませて。
口を半開きにしたまま、レコードを再生したかのように、こてこての媚び声を、一つだけ。
シェシィは、僕のちんぽを突っ込まれて──喘いだのだ。
──うそだ、そんなはずがない。
頭は極限まで熱くなり、沸騰しながら熱暴走しているのに、さあっと血の気が引くような、不可思議な感覚。
それを確かめるように、ほんの少し、数センチだけ腰を引いて、打つ。
「んう゛お゛~んっ……♡」
──喘ぐ。
オモチャのように敏感に、的確に声を上げる。
噓くささがなさ過ぎて、かえって疑ってしまうほど、喉の奥から引き絞るような声で。
噓だと、確信に近く、思う。
相手は、百戦錬磨の手練手管で、どんな男すら手玉に取り、ちんぽから人格まで好き放題に支配してみせる、淫魔という種族の、その最たるものだ。
なのに、どうしてこんなに──真に迫った、声を出すのか。
冷静に、一つ一つ事実を拾って考えれば、シェシィほどの淫魔が、僕ごときのちんぽでイくなんて、あり得ないことだとは理解できる。
でも、同時に──シェシィにとって、そんな演技をする理由も、ないと知る。
瞬時に、膨らんでゆく妄想。
もしかして──男に身体を許したことがないだけで、実際そのまんこはクッソちょろい?
シェシィは実は、僕みたいな男がハメるだけで、好き放題イかせられる雑魚まんこだった?
あるいは──そのクソマゾな性癖な災いしている?
人間なんかの、程度の低い男性器で犯されることが、高貴な淫魔である彼女にとって、何より屈辱的で、そして気持ちいいことなのだろうか?
もし、もしも、そうだとしたら。
僕のちんぽで、彼女を本気で──イかせられる?
ぞく、ぞく──ぞくぞくぞくぞく、と。
自分の中で、オスの本能が顔を出したのが、はっきりと分かった。
自分のちんぽで、優れた雌を喘がせ、虜にして娶るという、最も原始的な性欲。
それが、彼女の声によって、むらむらと引きずり出され、火をくべられる。
──ほんの一声、甘いだけで意味のない音を、鼓膜に流し込まれただけで、興奮は倍々に増してゆき、膣内でちんぽが跳ねるように反る。
そうして、ちんぽに固く芯を込めさせられ、海綿体が膨らむたびに──肉棒の反りも跳ねも、肉厚な膣ヒダにめり込んで、いっそう種付けの心地を甘くする。
滾った性欲ごと、舐め溶かされるように、厚ぼったいまんこの肉に抱きとめられて、それが金玉の奥にまで、堪らない満足感となって響く。
──お゛お゛お゛お゛っ……♡♡♡と、野太いくせに弱々しい喘ぎ声を上げ、ぴんと足を伸ばして、ただそこに寝転んでいるだけの女体に、腰を使う。
「んぐっ♡んう゛お゛っ♡ん゛お゛お゛~~~っっっ……♡」
横から見れば、自分でも目を背けるような、ひどいへっぴり腰。
こんな、オスとして劣り切った、その場で別れ話を切り出されても仕方のない腰使いですら──喉を枯らし、声を裏返らせて、悦んでくれる。
僕はますます気を良くして、ちんぽを思いっきり、深くまで差し込んだ。
ぬめぬめと粘液がまぶされた膣口は、挿入すれば狭苦しく、抱き着くようにみっちりとちんぽを咥えこむくせに──少し進めばキツさは無くなり、極楽浄土を形にしたかのような、ふんわりと蕩ける肉に歓迎される。
たったのそれだけで、今まで何度も射精したことをすっかり忘れたように、暴発お漏らしを誘発させられてしまうが、そんなものは序の口に過ぎない。
抱きつくように巻き付けられた、シェシィのぶっとくてやかましい肉付きの脚が、僕の腰を抱き寄せるたびに、母性的な女体の深みにはまってゆく。
ずぶずぶ、ずぶずぶと身体が沈むと、その分ちんぽも奥へと沈み、コリコリと刺激たっぷりな、粒々まみれの肉壁に、ミミズ千本の数の子天井、複雑に螺旋を描くうねり──。
古今東西ありとあらゆる、ちんぽ殺しの名器と呼ばれる要素を、片っ端から盛りまくった、馬鹿みたいに強烈な種付け心地に、ありったけの声を出して喘ぐ。
「お゛ん゛……♡やっべ、これやっべえ……♡イぐっこれすぐイく、まんこ鬼イぐっ……♡」
──その声にも負けないほど、耳元に密着するようにして、けれど声量はひそやかに、シェシィは小さく囁く。
中性的で低めのハスキーボイスを崩さない、緩く甘めなオホ声。
シェシィという、誰の手にもなびかない、高貴極まる絶世の女を抱いているという、脳天をかっと熱くさせる優越感はそのままに、適度に下品にお下劣に、直で前立腺をくすぐる猥雑さも、絶妙なバランスでお互いを引き立てる。
人間の完全な上位互換である淫魔という種族で、そもそも表情筋だって固めなシェシィは、どんな風に喘いだって演技臭さは纏わりつくはずなのに──今ばかりは、その声が真実にしか思えない。
自分のように超然とした、クールで感情が分かりづらい女こそ、ベタベタのこってこてに甘い喘ぎを上げることが、何よりちんぽにキくということを、彼女は完璧に理解しているのだろう。
男が必死こいて射精を我慢するところを、意地悪く煽って暴発を催促しているようで──僕の射精を、より気持ちよく引き立てるためだけのBGMを、ストラディバリウスより価値のある喉から、立てる。
その贅沢さ。その快感。その刺激。
恋人繋ぎにされた手を、女の子相手にしてはいけないくらいの、容赦ない強さで、ぎゅっと握りしめて耐える。
性欲を煽られると、ちんぽが勃起する。
ちんぽの勃起が激しくなると、より淫肉の柔らかさが際立って。
それがまた、女を抱くことの、根源的な満足感や快感、幸福感に繋がってしまう。
だから、これ以上勃起してはいけない。
また、幸せにさせられて、シェシィの虜になって、その肉体に心酔させられてしまうから。
だと、いうのに──
「お゛っお゛……♡親友、それだめ、ガチ孕むっ……♡お゛♡子宮降りる♡たまご盗られるっ……♡」
──性感にやられ、すかすかのヘチマのようになった、この単純な脳みそは、もはや言うことを聞いてはくれない。
囁き声は、甘ければ甘いほど、品がなければないほど、ちんぽに悪い興奮を与えてしまう。
こんな、こんな声を出されては──まるで、僕がシェシィを抱いて、よがらせているみたい。
魔王とも呼ばれるこの淫魔を、僕のちんぽで喘がせて、ベタ惚れさせているように、錯覚させられてしまう。
事実は、まるで真逆だというのに。
──だというのに、シェシィはひたすら貪欲に、ぴっちり奥まで亀頭をひっつけようと、そのおみ足で僕の腰を抱き寄せ、一滴残らず子宮に精子をよこせとせがむ。
まるで本当に、恋人のちんぽに夢中になった女が、しゅきしゅき♡と宣いながら、手も足も使って抱きつくように。
「親友、ちんぽつよっ……♡これ、躾けられるっ……♡身体も心も、このちんぽに逆らえないんだって、刻み付けられる……♡」
──無論、言われなくったって、そうする。こんなカラダを前にして、そうしなくては、絶対に気が済まない。
デカ乳をどゆんどゆん、僕の目の前で、やかましく弾み散らかして、許せない、犯してやる、こらしめてやる──と、わざと下手に出て媚びてくれているだけの、圧倒的上位種に対して、的外れな苛立ちを抱いたところで。
腰を、餅のような巨尻に、打ち付けて、練り込んで、穴を穿つようにぐりっぐり、ぐりっぐりねじ込むけれど──
「……ふふ」
──シェシィの身体が、あんまりにも豊満すぎて、尻たぶの谷間に阻まれるせいで、竿の長さがちっとも足りていない。
むっちむちの、駄肉がたっぷりついた、100センチ後半の圧巻な尻肉に、貧相なヒトオスなんかが勝てるわけがない。
黙って下敷きになり犯されているはずの、迫力たっぷりな女体に、並程度のちんぽは負けるしかない。
今抱いている、この女体の贅沢さを、改めて感じ入って──限界まで興奮したちんぽが、より一層膨らんだ。
分不相応な苛立ちを、ちんぽの先っぽにひたすら貯められる。
性欲盛りの中学生がオナ禁した時の妄想のような、ちんぽにとって楽園すぎる、極上の雌の身体を、こんなに自由に、舐めたり揉んだり犯したりさせてくれているのに──呆れかえるほどわがままに、腹を立てる。
どんなにねちっこくセクハラをしても、黙って受け入れてくれる都合が良すぎる甘々さに加えて、身体をちょっと前に倒せば、両腕で抱えても溢れるサイズの乳肉に、全身で思いっきり甘えられるような、これ以上はありえない贅沢過ぎる肉布団交尾をさせてもらっているのに──まだ、ちんぽへの不自由を訴えて、亀頭がいらいらとカサ張った。
「ぐお゛っ♡声漏れるっ♡いぐいぐいぐいぐいっぎゅぅ……♡」
──とことん、飽きさせない。
煽り上手で、雄の本能を転がすのが上手すぎて──より気持ちのいい、生殖欲をぶっ叩く交尾に、否応なしに誘導されてしまう。
シェシィが導くままに──自分のちんぽを馬鹿にする、このクールぶった女をこらしめようと、腰の動きを激しくして、自滅オナニーをさせられてしまう。
極限まで強調された、雌らしい膨らみと曲線まみれの、くねる身体つき。
肥沃に膨らみ、抜群のクッション性を持った、くびれながらも肉の乗った、絶品の腰回りに、いっそう恥骨を押し付ける。
練り潰す。
石臼を挽くように、円を描いて腰をまわし、どっぷり肥えた尻肉がもたらす、抜群の種付け感を堪能する。
ちんぽが、ねっちり絡む膣肉と、螺旋を描くヒダを巻き込み、にゅりにゅりと捌かれる。
──こってりと粘ついた、ナメクジ同士の交尾のように、いっとういやらしく性器と性器が絡み合い、じゅくじゅくと脳みそが泡立つ。
──あ゛~~~っっっ……♡♡♡と、知性をかなぐり捨て、快感だけで塗りつぶされた、ピンク色の声を上げる。
それは、夢見心地の甘ったれた鳴き声にも聞こえるし、今にも解放してほしいと懇願する、亡者の泣き声のようにも聞こえた。
そして、それはどちらも間違いではなく、僕は確かに──永遠に浸っていたいのに、今すぐ逃げ出したいと、同時に強くそう思っている。
身体の表皮は、細胞の一つ一つに至るまで、蕩けていない部分がない。
絶頂に至った時、恥骨のあたりに感じる、あのもどかしく切ない感覚が、全身を強く苛んでいる。
それでも──シェシィの身体を貪るのが、やめられない。
狂ったように下半身をねじって、だぷんだぷんと波打つ肉を、掻き分け掻き分け進んでゆく。
すると──ちゅっ♡と、子宮の先っぽに、亀頭が優しくキスされた、そんな感触を確かにちんぽで感じた。
「ほお゛っ……♡」
全体重をかけてのしかかり、膣肉をねりねり捏ね回す最中、突然に割り込む、不意打ちのような優しい子宮口でのキス。
それに、僕は思わず力が抜けて──全身を使って押しつぶしていた、内股の弾力満点な肉が、たぱん、と弾けて僕を押し返した。
どこまで突き進んでも、天国のように優しい膣肉だが──抜ける時は、一変。
僕がちんぽを刺せば、従順に受け入れてにゅるにゅるとちんぽを擦るだけの肉が──引き抜く時だけは、返しのついた釣り針のように、ささくれ立ってちんぽの性感をめちゃくちゃに刺激した。
受け入れる時は徹底的に甘やかし、ため息を吐いてぬるま湯に浸るような、極楽そのものの快楽を与えるくせに──抜け出そうとする時は容赦なく、逃がしてなるものかと引きずり込んで、ちんぽの裏筋を引っかき地獄のような快感を与える。
まさに、シェシィが持つ、底なしで蠱惑的な魅力を表したような、凶悪な搾精穴に──う゛お゛お゛お゛~~~~っっ……♡♡♡と、間抜けな声を出しながら、舌を放り出して、喘いだ。
そうして、ぷるっぷるな艶が刺す、潤いに満ちた下半身に、腰ごと跳ね飛ばされてちんぽを追い出されたら──また、ちんぽが寂しくなって、シェシィに甘やかしてもらおうと、深く深く沈む。
何度も何度も、時計の秒針が一周するほどの時間をかけて、最奥に達したら──また、若々しい肉の弾力に、追い出される。
往路であろうと、復路であろうと、めちゃくちゃに、理不尽なまでな満足感を、肉棒にこってり叩き込む、極濃の肉感による処刑。
押し当てた腹すら気持ちがいい、滑らかな生肌まみれの抱擁を食らいながら、淫魔のどぎつい激甘ミルクフェロモンを嗅がされ、その上で──むっちむっち、腰を叩いてピストン運動を行うのだから、脳が溶けないはずがなかった。
一度のピストンが、普通のセックスとは比べ物にならないほど超濃厚で、それ故に快感の量も比ではなく、肉棒をどう捏ねくり回しても、病みつきにならないことができない、麻薬じみた交尾。
上半身は頭ごと、津波のように襲い来る幸福感に耐えるため、おっぱいの中に沈めきって、髪の一本すた見えなくなるまで、雌肉の中に埋め立てた上で。
下半身もまた、力を込めた分だけ沈む、脂の乗った尻から太ももにかけて、うずもれる。
全身ありとあらゆる神経を、淫魔の肉の中に埋めてしまうという、あまりにも愚かな自殺行為を行って──至極当然に、蕩け死にそうになる。
もう、もう、豊満という言葉を鼻で笑うほど、狂おしくむちついた、至福の肉布団に、丸呑み。
指先でちょんと触れれば、それだけで人生が終わるくらい、媚毒のカタマリのような身体に、全身をまとめて愛撫される感触と言ったら──もう、言葉もなかった。
ひたすらに、天に昇りながら、更に深く淫肉の快楽を貪る。
こんな、破滅的に艶まみれの女体に──だっぱん、だっぱん、音を鳴らすほど腰を打ち付けるのだから、堪らない。
「お゛ん♡いくいくいくっ♡おまんこ深めに抉られて、まんこくっそイく……♡」
まず、聴覚が犯された。
蒸れた肉の中で、耳まで閉じ込められながら、尻をぶっ叩いて波を打たせると、身体を伝わりその音だけが届いて、より興奮を募らせる。
シェシィの声以外、何も聞こえない静寂の中で──ばすん、ばすん、勢いよく肉が弾む音を立てると、ああ、この女を犯しているんだ、という実感が鼓膜を伝わって、ちんぽが殊更に痺れをもよおした。
そして、視覚が、犯された。
見るだけで、雌肉のコクが身体中に押し寄せるほど、その女体は絶世のものだったのだ。
それをゼロ距離で見せつけられ、肌の繊細なキメ、しっとりと赤らんだピンクの肌を、脳髄に叩き込まれる。
ともすれば、真っ暗な景色とほとんどかわらないのに──それが、シェシィのなまちちともあれば、身体中の神経という神経が、みっ……ちりと、濃厚極まる甘ったるさの、蒸れたなまちちに、押しつぶされる心地すらもたらす。
呼吸のリズムが壊れて、嗅覚が狂う。
そのフェロモンまみれの、バターキャラメル臭がこびりついた乳肉で、ゆっくりゆっくりと濾し滴った、激甘の媚毒ガスしか、この世界は吸わせてくれない。
肺も鼻腔も、嫌になるほど甘くなったところで、諦めて口で呼吸しようとすると──汗だくおっぱいを舐め回したような、ひどく濃厚な甘さが味蕾に広がって、まるで無数のなまちちを、べろんべろんとむしゃぶりついて舐め比べているような気分になる。
味覚が狂う。
ただ呼吸しているだけなのに、この世のどんなものよりも、甘く濃厚でミルク感たっぷりな、シェシィの味が広がる。
感覚が狂う。
──シェシィが、狭いロッカールームにでも閉じ込められたように、みっ……ちりと。
隙間なく、本気のハグをぶちかまして、溺れる。
「やばっ……♡潮吹く♡まん汁プシャって屈服宣言させられるっ……♡」
身体が溶けて混じりあうほどの、濃厚ピストン交尾の最中にありながら、これ。
表面張力で、ギリギリ水を零さないグラスのように、もうあと一歩、一滴でも快感が降り積もれば、決壊するというところで──この仕打ち。
シェシィは、どこまで徹底するのだろうか。
どこまで徹底して、僕の人格を破壊するつもりなのだろうか。
「あ……親友も、イキそ?♡きもちいのくる?♡頭の中、きもちいのだけでいっぱいになっちゃう?♡」
──くっちゃくちゃに心を折られながら、本能的に身体を折り曲げて、せめて少しでも、ぴとぴと羽二重餅のように吸い付く、シェシィの生肌から逃げようと、無駄にもがいて。
その結果、まさにシェシィの言う通り、筋肉がポンプのように脈動して、浅ましく射精へと一直線に向かう。
「あ、もう出るね♡出る、出る出る出るぅ~……♡」
どっくん、どっくん、ちんぽが根本から引き絞るように脈打つ。
イく、と言葉にすることもできないほどの、強すぎる快感。
それを、弾けさせるように──シェシィは最後に、腰を弾ませて、そのデカ尻を僕の恥骨に練り込んだ。
どっ……たぷん。
膣肉をこそげて、竿がずりょんと、膣口まで追い出される。
ばすん。どっ……ぽん。
かと思えば、また脚を絡ませて、ちんぽを子宮に招き入れる、豪快なピストン。
腰を打ち付ける瞬間の、ダイナミックに弾む、下半身の感触がひどく種付け感を煽る。
う゛♡と、呻いたような気がする。
ぴんと、脚を伸ばして、口をだらしなく開いた気がする。
一往復。
限界まで詰まった快感を、吹き零すには、十分すぎるほど十分な、刺激と肉感を与えられて。
「……っと、まあ」
──急転直下、シェシィの声が、冷める。
そしてその表情も、眠たげで冷静そのものな、鉄面皮に逆戻り。
ふぁ、とあくびを噛み殺し、今にもスマホを弄り出しそうな、退屈そうな声で。
「こんなもんでいいんだ。くっそチョロいじゃん」
道端にガムでも吐き捨てるかのように、見下しながら、一言。
──……あっ♡
自分でも驚くほど、ひどく情けない声が漏れた。
それと同時に、鋭くマゾヒスティックな興奮が脳天を貫き、腰骨が一層緩んで、ほどける。
ぴくんと身体が跳ねて、もう我慢の仕方なんて忘れてしまう。
ひたすら甘美に、快感が募る。
じわりと尿道が緩み、前立腺が緩み、肛門括約筋が緩む。
理性が緩む、意識が緩む、罪悪感が緩む、倫理観が緩む──。
ぴゅ。
ぴゅ……ぴゅるっ……。
ぴゅく、ぴゅく、ぴゅっく……。
──あっあっあっあっ♡♡♡これだめ、これっ……♡♡♡
それは、漏れだすような、勢いのない射精だった。
濃くなりすぎてしまった精液が、尿道に引っかかってしまっているのか、はたまた全身に満ち満ちる、行き過ぎた幸福感によるものか。
兎にも角にも、うっとりと悶絶する、極限のお漏らし射精を味わわされて──まず、目を見開いた。
無刺激のまま、ただ幸福感のみによって、絶頂へと至る時の、あの得も言われぬ快楽。
まさに幸せの極限というものを、感覚として表した、至福としか言いようもない射精に、脳が蕩ける。
いっそ、思いっきり精子を引きずりヌいてくれればいいものを、と願うくらいに。
「………………」
──だからこそ。
シェシィは、僕のことをひたすら残酷に、甘やかす。
僕が、その快感を願ったから──腰を深く抱いて、ぐりゅんぐりゅんと膣ヒダをうねらせて。
おもっくそ、精子を身体の芯から、引きずりヌく。
──うあ゛っ♡♡♡あ゛っ♡♡♡
~~~~~~~~っっっ♡♡♡
声にもならない、絶叫。
びゅっくん、びゅっくん、ちんぽが上下に跳ねまわって、シェシィの穢れないまんこをべたべたに汚して回る。
どっ………………ぴゅ♡ ♡ ♡
気が遠くなる、脈動。
まさに水鉄砲のように、黄ばんだ精液をぶっ放して──脳みその細胞が、一つ一つ丹念に、轢き潰された。
快感が脳まで一直線、稲妻のように駆け上って、乳首とちんぽと脳みそが、すっかり繋がってしまっている。
どくどくと、ザーメンを貯めに貯めた金玉が、いよいよこの煮詰めた精子を、目の前のいやらしい子宮に、もっともっとコキ捨てると息を巻いている。
主人である僕の言う事を、聞かずに。
「……………………」
どっくん、どっくん。
どっぴゅるるるる……びゅるぅ、びゅるびゅる、びゅるるんっ……。
うどんのように、一本に繋がったふっとい精子を、コキ捨て。
ティッシュで精子を拭き取るように、目の前の極上の雌の子宮に、気軽に精液をブチ撒ける。
もう、無責任な孕ませ射精への忌避感なんて、ない。
そんな人間の理屈を考えられる隙間は、僕の脳みそに残っていない。
押し流される。
絶叫するほどの快感と、息を巻くほど、呆れ果てるほどの肉感に、理性が上書きされてしまう。
引きずり出される。
僕が今まで生きてきた分の幸せと、これから死ぬまでに味わうはずだった幸せを、足して千を掛けたって足りないくらいの幸福が、脳から引きずり出される。
無理やりに、幸福感を搾られて、幸せだから精液が濃くなって、精液が濃くなるから気持ちよくって、気持ちがいいから幸せで──無限に、それを繰り返す。
もう、喉を引きつらせて、背筋が折れるくらい反らして、涎を垂らしてしがみつくしかない。
善がり狂った声を上げ、必死でまとわりつく多幸感を逃そうと、目を剥いたところで──
「下・手・く・そ……」
ひとっ欠片も。
ほんの少しも、全く、喘ぎも善がりもしない、シェシィと目が合って。
止みかけていた射精感が、また刺激されて、びゅるるん、尿道を擦り上げた。
「親友ったら……精液、うっすくて、ぜんぜん美味しくないね。そうだなー……例えるなら、焼いたパンの耳を、味付けせずに食ってるみたいな」
「親友、種付け、くっそ下手だね。あんなあからさまな嘘喘ぎで、無様に騙されてちんぽ硬くして、本気で孕ませようと精液ねばつかせるの、笑えるね」
──冷たい、声。
嘲るように、詰るように、トーンを低くした声で、囁く。
切れ長で退屈そうな目元はそのままに、口角だって下ろしたまま、無数の目がじっと僕を見ている。
たっぷりの雌肉にぎゅむぎゅむ押しつぶされて、それを退けることもままならないまま、くたくたにイキ狂う僕の姿を。
「親友、ちんぽ、ちっちゃいね。子宮こぉんなに降ろしてあげてんのに、へっぴり腰のせいで、亀頭がぜんぜんポルチオ叩いてくれないじゃん。そりゃあ、女もイってくれない訳だよね」
「親友、ちんぽ、ざっこいね。ぜぇんぜんピストンしてないのに、すぐイっちゃうの、情けないよ。しかも、女の子に腰振りアシストしてもらったのに、たったの数往復でお漏らしぴゅっぴゅ、死ぬほど惨めだよね。あーあ、こんなんじゃ、フられても文句言えないね」
罵倒。
いかに僕のセックスが情けなく、男として程度が低いものなのか、じっくりと一つ一つ解説される。
瞼を半分、眠たげに閉じて、ふぁ、と軽くあくびをしながら、目元を擦るシェシィ。
反面、僕は目を涙でぐずぐずにした挙句、身体もくたくたの汗だくだ。
言葉になんかせずとも、もうお前には飽きたと、そう如実に態度が示す。
先ほどまでの、人間ごときが思い上がって、淫魔の上にのしかかり勝手気ままに腰を振る、見せかけだけは男性上位の交尾から一変して──どちらが上でどちらが下なのか、それを一言ずつ丁寧に、理解させられる。
「ねえ、親友」
──冷や汗が、吹き出る。
今の今まで、シェシィが僕に優しく、甘く接していてくれたのも、全てが嘘っぱち。
これまでの一週間、彼女と過ごしてきた全ては、ただ僕を辱めて陥れるための、悪意の発露に過ぎない。
当たり前だろう、魔王である私が、お前のような薄汚い人間のオスと愛し合うなんか、反吐がでる。
そう言わんばかりの豹変っぷりに、僕は温かな女体の上にいながら、寒気に震える。
そして、シェシィは──じっと、少しの間、僕の目を見つめてから。
息を大げさに吸い、僕に、最後の審判を下すように──
「……もうちょっと、する?」
──両腕を広げ、僕をその身体に、もう一度埋もれることを、受けれ入れた。
凍り付いた呼吸が、もう一度動き出す。
なぜ、どうして。
どうして、僕だけが気持ちよくなって、僕だけが身体を使わせてもらい絶頂する、こんな退屈極まりない、おままごと未満の交尾ごっこを──もっとしようと、誘うのか。
「……そりゃあ、だって」
本気で困惑する僕に、いよいよ呆れたように、シェシィは前髪をくるくると、指でひと回ししてから。
「好きだもん、親友のこと」
──こともなげに、答える。
「私って淫魔だし、男のちんぽ如きで気持ち良くなる身体してないけど……親友とのセックスは、めっちゃ好きだよ」
無表情。
今度こそ、嘘のひとかけらもない、平然とした態度で、言う。
「なんかさー……あー、これもう私抜きじゃ、親友って生きていけないんだろうなって、そんな態度見せてくれると、すっごい安心するんだよね」
その内容といえば──まるで、ヒモ男を可愛がる、母性を余らせたダメ男好きのようで。
「私が感じるとか感じないとか、関係なくって、ただ……私のお腹の上でへこへこ這いつくばって、死ぬほど気持ちよくなって、私に依存していくのが、楽しいの」
ことごとく、僕にばっかり都合がよく。
「ね、分かった?親友が、どんだけ情けなくて、どんだけ不甲斐ないちんぽしてても、私は別に、いいの。てゆーか……そっちのが、いい。二度と私以外と付き合えない、最悪のダメダメマゾちんぽになってくれると、私、すっごく嬉しいなー……」
ことごとく、僕に対して、一途な想いをぶつける。
少し歪だけれども──それ故に、深く刺さってしまって、抜こうとしてもびくともしない、楔のように。
思いの丈を語るシェシィを見ると、その瞳は幾分か潤み、頬は緩やかにほころんでいる。
まるで、最愛の人に告白した後のような、幸せで穏やかな顔。
そんな、熱に浮かされた表情を──貴方のセックスが下手くそで、ちんぽは快感に弱くて早漏な、てんでダメダメなマゾになってくれたら、一生私が甘やかしてあげられるから、すっごく嬉しくて幸せ。
なんて、心の底から本気で言いながら、浮かべるのだから。
その、底の見えない、ヘドロのように粘り付く執着。依存。
僕がどれだけ、彼女に対して手酷く振舞ったって、絶対に嫌いになんてなってくれない。
それを証明するかのような言葉の数々と、際限のない甘やかし欲求に、僕はもう、とめどなく。
どうしようもなく、心を掴まれて、シェシィのことを、途方もなく愛おしく思ってしまう。
違う、こんなの、下半身を甘やかされたから、身体が好きだと勘違いしてしまっているだけなのに。
ねっとりと快感を味わわされ、蕩け切った脳みそに、好意を擦り込まれただけなのに、こんなの不誠実なことだって、分かっているのに──
「……ま、そゆわけで」
──にやりと、勝利を確信したように、シェシィは頬を釣り上げる。
そして、ベッドの傍にある時計を取り、かちんとスイッチを押し込んで。
「親友の、気が済むまで、やろっか」
また、僕の頭を、その豊かな胸で、抱きしめた。
その柔らかいこと、心地いいこと。
ああ、また──無条件で、脳内麻薬を溢れさせる、至高の肉付きに、屈服してしまう。
これに抱かれて、幸せにならなかったことなんて、一度もない。
例外なく、理性がくじかれ、思考が単純になり──かあっと劣情に火がともって、固く固く勃起する。
「……大丈夫。キミが、そろそろやめたいと思ったなら、すぐ戻してあげる。でも……」
それを見て、シェシィは幼い子を抱く母親のように、声に優しい抑揚をつけ、頭をそっと撫で。
もう片手で、さっき手に取った時計の、針を指さす。
「ほぉら、この部屋の、時を止めといてあげたから。いつまで居たって、外では一秒も経ってない」
──やはりシェシィは、何でもない、ちょっとした世間話をするように。
止まったままの時計の針を、指先で撫でながら、僕にそう語りかけた。
もう──心臓の高鳴りが、やまない。
シェシィの語った内容は、到底信じがたいことだけれど──彼女のことだ、どうせ、こんな荒唐無稽で都合がよすぎる魔法すら、真実なのだろう。
何時間、何日、何か月、はたまた何年と、シェシィに甘えっぱなしで過ごしていても──時間は止まったままだから、どんな不都合も起こり得ない。
大学を一日サボる程度の、淫魔に抱かれることと比べたら、あまりにも些細な懸念すら、丁寧に挫く。
シェシィにこってり甘やかされ、堕落。
一生分の幸せを、一時間分に凝縮したような、文字通り死ぬほどの幸せを、永遠に与えられ続ける。
そんな、生き地獄ならぬ、生き天国から逃げ出すための理由を──潰された。
だって。
だって、それこそ、人間が産まれてから死ぬまでくらいの時間を、ここで過ごしたって、この部屋の外に出れば、それは全てなかったことになるのだから。
ただ──僕の脳みそに、もうまとも人生を送ることになんて興味がなくなるほどの、至上の極楽と快楽の記憶が、刻み込まれるだけ。
どれだけ、どれだけシェシィに甘やかされたって、僕が、深く深く絶頂して、気持ちよくなる以外、何も起きることはない──。
「だから……好きなだけ、溺れて、依存していいんだよ。それこそ、永遠にでも、甘えてくれたらー……」
だから、好きなだけ、溺れていい。依存していい。
永遠にでも、甘えていられる──。
あまりにも甘美な、言い訳を、彼女は与えてくれて。
そして、何よりも。
「そしたら、私は、嬉しいな」
──彼女自身が、いじらしくも、それを心から望んでくれている。
永遠という、永い永い時間を、貴方を甘やかしながら過ごしたい。
そう、まっすぐに願われてしまって、僕は──。
「あ……♡」
もう一度、その女体に、飛び込んで。
そのまま、意識がぷっつり途切れるまで、淫魔の本気の甘やかしに、堕ちていった。