魔女の日記 (Pixiv Fanbox)
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>人間を拾った日
人間を拾った。面倒極まりないが、拾ってしまったものは仕方がない。
そもそも私のような魔術狂いの偏屈者は、面倒な俗世との関わりを捨て、他人との会話などせずとも済むように、こんな魔界の辺境くんだりに居を構えているのだ。だと言うのに、どうしてヒトなど匿わなければならない。見渡す限り、地平線いっぱいに、ただ真っ白な地面だけが続く、この孤独で心地よい私の工房で。全く、迷惑千万だ。
とはいえ、人間をこのままここに放置することもできない。
せめて奴隷として、雑用でもさせておき、役に立ってもらおうか。
とはいえ、こんなちまっこくて弱っちく、知能も淫魔に劣るような、何の役にも立たない生き物は、どうせ愛玩のためにしか使えないだろう。だが、生憎と私にそういった趣味はない。魔族の本能だか何だか知らないが、どうも人間なんぞを可愛がろうという気が知れないのだ。
極稀に、辺境に住む私のような世捨て魔族が、人間を愛玩動物として招いた話を聞くが、全く、呆れを通り越してため息が出る。私なら、そのような恥知らずな真似をするくらいなら、舌を噛み切ってやるものだがな。話しかけるのも、同じ寝室に入れるのも、ましてや身体を許し、セックスをさせるなど言語道断だ。人間などという下等生物の子種を受け入れてやると、そう思い至る意味が分からない。
大体、人間が可愛いなどと思うのは、大方のところ魔族共が文明を極め、飢えも貧しさも失って、これ以上豊かになることができないと思い込んでいるからだろう。奴らが夢中になっているのは、ヒトという弱者に施しを行うことではない。そのふりをしながら、自らがもう得られない欲求である、発展や成長の喜びを、人間という未熟な下等生物に託す、倒錯した自慰行為だ。
しかし、私はそんなお為ごかしに喜ぶような、貧相な感性は持ち合わせていない。私はいつでも、知識への欲求に飢えている。渇望を自ら生み出し、それを自ら消費している。知的生命体の文明に面白半分でちょっかいをかける、うすら寒いシミュレーションゲームに付き合っている暇はないのだ。
話が逸れた。人間の活用方法に戻る。
これが愛玩奴隷として使えないならば、どうしたものかとは思うが、働かざる者に飯を食わせるのも気に食わん。いっそ奴隷商館に売り飛ばしてしまおうかとも思ったが、それよりは家畜として、魔術研究のための体液や遺伝子採取に使った方が効率的か。
人間の精液というものは、ある意味万能な素材だ。単純に、生命の素としての効果が強く、魔力をよく通す上に、これさえあれば、どんな素材や器具、魔導書を手に入れる時も融通が利く。新鮮なものをパック詰めして売りさばけば、阿呆みたいな値がつくし、人身売買と違って、半永久的に収入を得られるのも大きい。
これで、少なくとも、飼育するだけのメリットは十分に見いだせた、今日からは私の奴隷として、存分に活用させてもらおう。
ああ、しかし、そんな事を突然に言われても、状況を知らない人間はきっと喚くだろうな。ほとほと面倒だ。
そんな錯乱状態では伝わるものも伝わらんだろうが、迷い子の人間には一応、自分がどういった境遇にあるかを教えてやらねばならん。
今のうちに、何も知らん人間に伝えておくべきことを、ここに改めて書き出して、情報を整理しておこう。
まず、人間界と魔界は、通常は紙面の表と裏のように、次元を一つ隔てた交わらない時空に存在している。しかし、時折その次元が歪むことによって、さながら紙に穴が開くように、ごく小さなワームホールが生まれることがある。
ここに今日迷い込んできた人間は、運悪くそれに吸い込まれ、望まぬうちに魔界へと飛ばされてしまったのだろう。
そして、殊更に運が悪いことに、人間が飛ばされてきたここは、いわゆる魔界の辺境、何もない地だ。
魔界は、人間界のように広さの限られた球体の上に成り立っているのではなく、無限に広がる地続きの野によって成り立っている。しかし、広さに限りがないとはいえ、魔界にも『端』は存在しており、それは誰かが感覚によって認識することで拡張されてゆく。逆に言えば、その『端』から先の世界は、踏むなり見るなりして誰かに認識されない限り、そもそも存在することはできない。
要するに、世界には魔族一人あたりに、固有のローディング範囲が定められており、その範囲に差し掛かった場所が読み込まれる。人間に馴染みのある、ビデオゲームとやらのシステム的に言えば、そういう事になるだろうか。
魔界という地にはそういった性質がある故、世捨て人にはありがたい。誰かが来たことがない『端』まで行って、新しく拡張された地に居を構えればいいのだから。
しかし、ここで問題となるのが、先述したような、迷い人の存在だ。それが落ちてくることは稀だが、確率が0とは誰も言いきれないことが厄介で、もし辺境の地に人間が落ちてきたら、それは誰かが保護しなければ、間違いなく飢えるか干からびるかして死んでしまう。
だから、そういうものが落ちきたらすぐに回収できるよう、辺境に地を構えた魔族は、常に周囲の人間を探知するため、魔力網を張っておかなければならない。それ自体は大した手間ではないが、そのせいで私は、この工房から永遠に離れることができない。
何せ、魔族の多い市街地とは違い、ここには私しか居ないのだから、私がここから離れれば、文字通りここには誰も居なくなる。そうなれば、ここに落ちた人間を探知することもできず、人間を保護する者もいない。だから、私はここに留まって、一生をレーダーの代わりとして過ごさなければならないのだ。私は、人間などどこに落ちてこようがどうでもいいと考えているのだが、魔王が直々にそう定めたのだから、魔族である私は従うしか仕様がない。
こんな辺境に人間が降って来るなど、永遠の命を過ごしているうちに一度でもあるかどうかというほど、天文学的な確率の話だが、事実としてその間に人間が落ちてこないとは限らない。現に今も、こうして手元に人間が居る。
だから、こんな場所に一度でも住んだ魔族は、自分以外の誰かを代わりに住まわせない限りは、永遠にそこに縛り付けられ続ける。こんなところに来るような輩は、別にそれを苦だとは思わないだろうが、それは誰かがやらなければならない役目であり、同時に一般的には苦役とされることも承知している。
故に、我々のように辺境の地に住む者には、特権が与えられているのだ。
もし、そこに人間が現れた時は、それを保護する義務を得る代わりに、無条件で奴隷にしてもよい、という特権が。
だから、今こうして私の前に現れたお前には、一切の人権が認められない。
鎖に繋いで、精液サーバーとして扱うも、愛情もへったくれもない性処理道具として扱うも、こちらの気分次第だ。
それは覆しようのない事実なのだから、とっとと諦めて、大人しく私の命令だけをこなしていればよい。
……こんなところか。
あとは、私のことをざっくりと……いや、いいか。自らの名も忘れるような、古びた淫魔である私のことなど、話す必要もないだろう。
どうせ、あれとは親睦を深めることもないのだから。
>人間を拾ってから二日目
思った通り、人間はやかましくぴいぴいと喚いていた。
殺さないでほしいだの何だのと、訳の分からないことをに訴えていたが、どうしてこの私がそんな面倒なことをしなくてはならない。大体、せっかく拾った金のニワトリを、そう簡単に離すわけがなかろうが、それすらも理解できないほど人間は知能が劣っているのだろうか。
などと言ったら、いよいよ頭を項垂れて、めそめそと泣き始めた。流石に、こんなに小さな生き物に、こうも泣かれると少々心が痛む。自分の中に、そんな情緒が残っていたことが、まず何よりも驚きだ。とはいえ、人間なんぞをあやす方法も知らないため、そこらへんの使っていないブランケットでも被せて、放っておく他はなかった。
人間だって、それを伝えられて絶望しているかもしれないが、面倒なのはこちらだって同じだ。
なにせ私は不老不死だからいいのだが、人間はそうはいかない。飯やら水やら、人間用の生活用品をどうにかして揃えなければならないのだ。
とりあえず昨日と今朝は、何かの役に立つかと研究用にとっておいていた植物類の中から、林檎やら蜜柑やらを与えておいたが、連日果実だけでは栄養が偏る。私は別段人間のことを何とも思っていない故に、それで衰弱することに関しては構いやしないが、人間を飼う本来の目的である、精液の採取に影響が出ては困る。
そう、精液の採取について考えるなら、飯の他にも様々な要因について考えなければ。
特に運動。身体の機能が落ちれば、精液そのものを作る力だって落ちる上、精液に含まれる生命力も乏しくなる。そうなってしまえば本末転倒だ。
とはいえ、身体機能を保つだけなら、運動そのものにそこまでの強度が必要ないのは幸いだ。適当に、一時間ほど散歩でもさせておけば事足りるだろう。
しかし、ここは環境が環境だ。辺境はただでさえ不安定な場所なのだから、自衛する力を持たない人間を下手に外に出しては、最悪の場合死に至ることだってあるだろう。果たして、どうしたものか。
それから、人間に心理的ストレスを与えることも、精液の質を落とす要因だと聞く。
これに関しては、そもそも異郷の地に放り出され、その先で家畜として飼われることになった時点で、精神的に負担がかかることは明白であるため、ある程度のストレスが発生することは許容しなければならないだろう。
その分、極力その他のストレスを排除してやらなければ、体調にも異常をきたすことが考えられ、最悪の場合には勃起不全に陥ることもある。その場合、精液を採集することは困難を極め、また、その質や量は一般的な人間のそれから大きく下がることを覚悟しなければならない。
今のところ、人間は私の魔術工房に入らせないよう、余っていた部屋を改築した、小さな寝室に放逐している。これを書いている最中は、疲れてしまったのか大人しく眠っているようだが、課題は山積みだ。
奴隷として食い潰そうにも、搾取するまでに手間がかかるのは、仕方がないとはいえ厄介だ。飼うのには手間がかかる分、せめて私の奴隷として、十分な働きをしてくれることを望む。
さて、明日からはどう動こうか……。
>人間を拾ってから三日目
とにかく、人間の生命維持に関わる物資を確保する。それを最優先に動くことにした。
工房の奥の方ですっかり埃を被っていた、最寄りの商会への連絡用の端末を引っ張り出し、馴染みの道具屋充てに通信をかける。あそこはちょっとした惣菜の詰め合わせからオリハルコンまで置いてある、いわゆる何でも屋だ。とりあえず言えば何かあるだろうと考え、適当な金目の物を用意しておくから、人間用の飯や水、寝具や衣服をよこせと言うと、何やらごちゃごちゃと質問を返してきたので、人間を拾ったとだけ言うと、すぐに通信は切れ、一時間もしないうちに大量の荷を積んだ車がやってきた。普段は一週間かけてのろのろと来るくせに。
ここの店主は、腕は利く上に仕入れも早いが、金には少々がめつい。奴でも納得するよう、錬金した際に余分にできた、宝玉やら貴金属やらの切れっ端を十分に用意しておいたのだが、奴は普段の不敵なにやけ面はどこへやら「人間のためなら必要ない、それよりも拾った人間を一目見せてほしい」と、いやに目を輝かせて、こちらに暑苦しく詰め寄りながら言うものだから、非常に鬱陶しい気分になった。人間というのは、そんなに良いものだろうか?
とはいえ、礼には礼を返すのが、適切な手切れには丁度良い。一目見れば満足するとしきりに言うので、私は人間のところに案内することにした。
時に、人間用に改装してあつらえた寝室は、実にこじんまりとした作りになっている。元はちょっとした物置か何かだったと思うが、とにかく魔族にとっては、部屋にするに小さすぎる空間で、寝ころぶのもやっとといった具合だ。しかし、人間にとっては、広すぎもせず狭すぎもせず、ちょうどよく収まっている。
ひどく小さな、玩具じみた入口から、身をかがめて入ると、人間はひどく怯えたような仕草を見せた。身をかがめ、意味もなく布団を頭からかぶり、こちらに背を向ける。
人間も、それが意味のない行為だとは分かっているようだが……しかし、本能的に、そうして身を守ろうとしてしまったのだろう。
それを見た店主に、まさか人間を虐待しているのではないかとやかましく聞かれたが、そんな無駄なことなぞ、この私がするはずがない。とは言え、確かにああも怯えられると、こちらとしても多少は心が痛む。
私は人間に興味がなく、愛情を持っている訳ではないが、それと同じように、悪意を持っている訳でもないのだ。
あの小動物じみた生き物を、辱めたり痛めつけたりして愉しもうとするほど、性根が腐ってはいない。それこそ、草原で放し飼いにした羊のように、懐くでもなければ恨まれるでもなく、適当に共生していければよいのだ。
その点で言えば、やはり淫魔というのは上手いもので、しきりに怯える人間を、ほんの少しの触れ合いであやしてしまった。
まずは、鼻に着く猫撫で声で人間を呼びながら、後ろからそっと手を伸ばして、淫魔らしくでかい乳に身体を埋めるように抱き着く。それから、適当に頭を撫でたり、首筋を擦ってやれば、人間はころりと態度を軟化させ、安心したようなため息を出していた。やはり、色事は淫魔が一番だ。
……そう言えば、私も淫魔だったか。長い時を生きるうちに、本能が鈍くなっているとは知っていたが、まさか自分の種族すら無自覚になるとは思わなかった。
ならば、存外同じことをやるだけやってみれば、この人間も私に慣れるかもしれない。とはいえ、あそこまで懐く必要はないのだが。
……それを考えると、こんな狭苦しい部屋に、いつまでも閉じ込めておいていは、こちらに気を許すはずもない。飼育場所を変えることも検討しておこうか。
とはいえ、工房の中のものを、知識のない人間がうっかり触ってしまう危険性があることを考えると、私の傍に連れ歩くわけにもいかない。人間なんぞがうっかり触れてしまえば、たちまち死に至るような毒性のある液体が、ここにはごまんと置いてある。
ほとほと、生き物を飼うというのは、難しいものだ。
>人間を拾ってから四日目
先日のこともあり、ひとしきり生活用品は揃ったので、いよいよ本格的に精の採取に向けて動こうと思う。
どういった道具が必要なのか、どうすれば効率的に精を搾取することができるのか、その辺りの知識をおろそかにしていたため、若干ぶっつけ本番になってしまうという問題はあるものの、その辺り私は腐っても淫魔だ。肉体と顔立ちには若干の自信がある。
何せ、昨日も世話になった、あの胡散臭くて慇懃無礼な店主も、これに関しては顔を突き合わせるたびに、やたらと素直に褒めちぎるのだから、やはりそうなのだろう。口を開けば、遠回しな嫌味ばかりを言う、あの女がだ。
魔族というものは、生きている年月を重ね、肉体を構成する魔力を磨いていくうちに、自然と美しくなるものだ。特に淫魔は、無意識に発している魅了の魔力が強いため、単純に長生きするだけでも、魔族であろうと思わず生唾を飲んでしまうほど、妖艶な雰囲気を醸し出す。それが極まったものなどは、見ただけで脳が痺れ、思考の自由すら奪われるほどの美貌になるそうだ。
私は、男を魅了する手練手管に関してはさっぱりだが、歳を重ねることにかけては、そうそう右に出るものもいない。
身体の肉付きも、むっちりと柔らかな肉が付きつつ、引っ込むところは引っ込んでおり、腕を絡ませて抱き着くには、これ以上なく丁度良い。人間のオスは、そういう女を好むことが多いと聞く。あれの好みなど知る由もないゆえ、確信はできないが、かと言って悲観的になることもないだろう。
もし懸念があるとすれば、乳や尻が大きすぎて、あの小さな人間を、この重たく巨大な雌肉で潰してしまわないかという事くらいか。
ともかく、分からないことは何事も試してみるべきだ。
嫌がるか喜ぶかは知らんが、昨日の店主の手つきを真似て、あの人間に接触を試みる。
試みた。
当初の計画としては、人間を抱き枕のようにして、私の身体の中にすっぽりと収め、頭を撫でくり回してやることを予定していた。しかし、その行為をするためには、人間の寝具はあまりに小さすぎるので、人間を私が普段使いしている寝室に運び、私のベッドの上に押し倒した。
この時点で、無理やり抱っこして連れてきたからか、あるいは単純に私が怖いからかは分からないが、随分と怯えている様子だったので、緊張を解すために軽く触れ合った。
まずは昨日の店主に倣い、人間の耳元で囁きながら、首筋をくすぐる。乳など押し付けるのも良いだろうと考え、軽く頭を押さえつけつつ、後頭部を撫でながら抱擁。
この時点で、人間はとろりと目尻を下げ、恍惚に震え精をとめどなく漏らしていたが、依然として恐怖の感情は抜けていないように感じた。しかし、筋肉は弛緩しきり、甘えるような声も同時に漏らしていたため、感情の区別がつかない。
耳元で囁くついでに、怖いのか気持ちいいのかどちらだと問うが、ますます人間は眉根を寄せて、めそめそ涙をにじませながら、けれども身体はすっかりと私に甘えきって、乳に顔を埋めるような頬ずりがやめられない。
不思議に思うと同時に、その行動に興味がわき、しばし黙って観察しつつ、更に深く抱きしめるように、むっちりと太ももを絡ませて、身体全体で抱え込むように、軽く身体を内巻きに曲げ、密着度を深めてやると、人間はいよいよ目を見開き、ひときわ大きくびくりと身体を跳ねさせると、そのまま気を失ってしまった。
結論として、今回の実験は失敗だったと言えるだろう。少し抱いてやっただけで、気絶なんてさせていたら、精神にとっても肉体にとっても、負担があまりに大きすぎる。とはいえ、当初の目的である精の回収については、存外簡単に行えた上、人間の行動も興味深く、研究のしがいがありそうに思えた。
ここ最近は、魔術の研究も煮詰まっており、足踏みをしてばかりだったので、たまには気分転換に、人間を観察するのもいいかもしれない。
それに、人間を抱いて、精を吐かせるというのは、思いのほか娯楽として面白い。ああも思い通りに、いや、想像以上に容易く肉体を魅了し、夢中にさせるというのは、単純に気分がいい。まるで、新たに思い描いた、会心の魔術の青写真を、何年も最適化を重ねて、実際にあらゆる術式に組み込めるまで磨き上げた時の、あの全能感にも似ている。
なるほど、これは魔族が夢中になるのも、少々頷ける。
>人間を拾ってから五日目
先日の人間の反応が、昨日寝る前からどうも脳裏に焼き付いて離れなかった。単純な抱擁によってあれだけの効果が示されるのなら、より能率の高い搾精を行えばどれほどの効果が表れるのか。あの時、人間は何を感じていたのか。その感情をコントロールすることができれば、精の濃度や量も自由に操ることができるのではないか。
筆もまとまらないほど、様々な疑問や仮説が脳内を駆け巡り、居ても立っても居られない。まず起き抜けに、人間について訳知りのようである店主に通信を行い、昨日の出来事についてなるだけ詳細に語った。
結論から言うと、ひどく叱られた。あれほど粘着質な嫌味は、生まれてこの方聞いたことがない。むしろこちらが舌を巻き、感心する程度には、ひたすらに流暢な罵倒。思い返してみても、あの語彙は素晴らしい。世にも珍しい、聞けば聞くほどに清々しい嫌味だった。
ともかく、説教の内容は的を射ていたので、余分な嫌味の部分を切り落とし、要点をここにまとめておく。
まず、私の顔や体について。
これは、私が想定していたよりも、どうやら美しく淫らなものであるそうだ。相貌など、美しければ美しいほどよく、壮麗であることにデメリットなど無いように考えていたが、聞くにそれは違うらしい。
冗談のような話だが、私の顔は、人間にとってはあまりに美しすぎる、凶器のようなものだ。人には絶対にあり得ない、非の打ちどころがなく、完璧なバランスで成り立った相貌は、ある意味で不気味な人外のものであり、見たものを狂気にすら陥らせる……そうだ。無論、美人ぞろいの魔族の中でも、ヒトにそこまでの魅了を植え付けるようなものは、ほんの一握りだけだと言っていたが、まさか自分がそんなものだとは思わなかった。
そんな、寒気がするような美貌を恐ろしいと思うことと、強制的に魅了を植え付けられて、脳を直接弄り回され、目の前の究極の艶美に、呼吸すら忘れて一瞬たりとも目を離せなくなることは、精神の動きとして相反するもの。そんな矛盾に苛まれて、人間は頭がおかしくなると直感的に感じ、あまりのストレスと快楽に、恐怖を露わにしていたのだろう、という事だ。訳も分からず泣いていたのも、そのためだと思われる。
また、私が普段使いしているベッドに押し倒したのも、どうやら良くなかったらしい。
淫魔の匂いというものは、そもそもが人間にとって、麻薬のようなもの。特に私のような、年中分厚くて通気性の悪いコートに身を包み、乳やら尻やらにやたらと脂肪を付けた、蒸れやすい身体の上位淫魔のフェロモンが、年月をかけてすっかりと濃く染みついた、甘ったるい匂いの布団に包まれては、人間の脳みそがシンナーをぶちまけたように溶けて、永遠に蕩けるような恍惚が身体から取れなくなっても知らないと脅された。
そんなもの、私の方こそ知ったことではないと返事すると、後頭部を金属質のものでぶん殴られるような感触があった。あれの住む商会とこの工房は、相当に離れた距離があるはずだが、腕だけをこちらに転移させて、大方レンチか何かで殴りつけたのだろう。やはり奴は腕利きだと感心するばかりだ。今度、どこまで届くのか試してみようか。
閑話休題。
言うまでもなく、抱きついたのも悪かったそうだ。私の身体は、触れれば人間を肉欲に狂わせる、極上のもの。マシュマロのように柔らかく、指を食い込ませれば、どこまでも沈んではむっちりと跳ね返し、餅のようにしつこく粘り付く、淫魔特有の脂肪質は、堪らなく腰に響く。それは触れるどころか、その肉が揺れるさまを見せつけるだけで、普通の人間はその肉体がもたらすであろう天国のような快感を否応なしに想起し、腰砕けになりながらその場にへたり込むのが関の山。それを、黙っていきなり桃源郷に叩き落すように、太ももまで絡ませて抱き着いたとあれば、向こう一週間は立ち上がることもできないほど、骨の髄まで蕩けきり、肉体も精神も、私への恋慕に埋め尽くされて、淫魔の極上の女体に依存するに決まっている。……らしい。
お前のせいで、あの人間の性癖はもうめちゃくちゃだ。お前のような、極上なんて言葉すら陳腐になる、至高の淫魔の女体に、しがみついて頬ずりする幸福を一度覚えてしまったら、もう戻れない。それ以外の快楽や幸福なんて、お前の乳肉に全身で抱きつき、お前の馬鹿でかい尻に座布団扱いされ、お前の身体を肉布団にして寝ころぶことに比べれば、ちっぽけな塵芥にしか感じられない。野草しか食べたことのない野良犬に、最高級のA5ステーキの味を覚えさせるようなもの。あの人間は、贅沢病という不治の病にかかり、お前に抱きしめられることだけを生きる目的にして、それ以外のことに一切の興味を示さなくなるだろう。
嫉妬丸出しの恨み節だったので、この辺りは話半分に聞いていたが、実際のところはどうなのだろうか。また人間を連れてきて、直接話を聞いてみよう。考えてみれば、アレとも言語によるコミュニケーションは可能なのだから、その方が早かったか。
……ああ、いや。私の声は、鼓膜から脳みそをぐちゃぐちゃに蕩かす、最悪の媚毒だとか何だとか言っていたか。なら、どうしろと言うのだ。
午後、一休みしてから、人間に食事を届けるついでに、もう一度対話を試みる。
……その予定だったが、人間は私の顔を見た途端、骨抜きになったように虚ろになり、陶酔してしまった。どうやら、魅了が骨身にまで染みてしまったらしい。なるほど、あの店主はどうやら、嘘はついていないようだ。
魅了されている分、質問には従順に答えるものの、受け答えはおぼつかず、何かといえば、聞いてもいないのに、私を褒めたたえる言葉ばかりを口走る。おまけに、私の言葉を聞いているだけで、身体をぶるりと震わせて、か細い喘ぎを上げながら、精液を漏らす始末だった。そうしている間、人間はしきりに「ごめんなさい、ごめんなさい」とうわごとのように呟いていたため、自分で自分を制御できていないようだ。これは、典型的な永続深部魅了の症状であり、人間はこれから二度と、私以外のことを考えることができないだろうと思われる。当然、会話の内容は、到底記録に足るようなものではなかった。
とはいえ、本来の思惑とは違うものになったが、ある程度の収穫は得ることができたと言えよう。
店主の言う通り、人間はすっかり私の虜になり、私の一挙手一投足に魅了され、常に私の顔色と機嫌を伺い、媚を売りながら平伏するだけの生物となった。つまるところ、命令には絶対に服従するほどに従順で、自ら身体を私に擦り付けて屈服するほどに虜なのだ。人間の脳内は、ただ私が隣にいるだけで、呼吸も忘れてしまいかねないほどの恋心で埋め尽くされており、今もなお違法なドラッグを摂取している以上の快楽、そして幸福感を感じているはずだ。
これは、人間を継続的に飼育するための目標である、懐かせることと命令に従わせることに、思いがけず成功したと言えよう。思惑とは違う形にはなったが、当初の目的は達成した。喜ばしい事だ。
それから、人間を魅了したことにより、人間を軟禁して飼育することにより発生するストレスも、私が傍に居る限りは排除できるものと思われるが、しかし私の予想に反して、人間は今もしきりに怯えきっている。何が怖いのかは分からないが、外せもしないくせに、必死に私の瞳から目線を外そうとして、ぶるぶると小刻みに震えてばかりだ。
その原因を調査するため、以前作ってそのまま忘れかけていた、生物の脳波を読み取り、感情の揺れ動きを探知する魔法を人間に掛けて実験を行うことにした。
まずはそのまま人間を膝の上に乗せ、前に店主が行っていたように、軽く頭を撫でたり首筋をくすぐったりしてみる。
とりあえず十分ほど行ったが、安心感を感じる脳波が、正の直線を描くように増大した。人間はその間、目を細めて身体の筋肉を弛緩させ、強くリラックスしている様子であった。
魅了とは、かけた相手を「魂の奴隷」にしてしまう、強力な隷属の魔法であるとも言われている。であれば、その奴隷である人間は今、主人である私に、その存在を撫でるという形で肯定されていることになる。大好きで大好きで堪らない、命すら捧げることも惜しくない絶対の主人に、抱き着くこと、懐くことを許容されることが、涙を流すほどに嬉しく、そして安心するのだろう。本人が何を思っているのかは関係なく、だ。
ならば、もっと直接的に、私の身体に触れることを許容してやるとどうなるかを確かめる。
両腕を広げ、人間を正面から受け入れる体勢を取り、どんな悪戯をしようが抵抗しないから、抱き着くなり匂いを嗅ぐなり、何でも自由に欲望をぶつけてこいと命令した。
なお、結論から言えば、こちらの実験は失敗だった。私の身体を自由に触らせるため、命令という形を取ったのが、少々浅はかだっただろうか。
以前にも日記に記した通り、人間は私の女体に深く抱き着くと、それだけで快楽と幸福に溺れて気絶してしまう。人間はその気をやるほどの激感を、おぞましく感じるほど極端に恐れながらも、私の身体を好き放題に弄びたいという欲望まで捨て去ることはできなかったようだ。
そのちびた身体をめいっぱい広げ、頭を全て乳肉にうずめながら、腰をぐりぐりと性欲のままに抉るほど押し付け、両の腕と足を尻やら腿に絡めて、もっちゅもっちゅと咀嚼するように揉みしだく。どうせ、抱き着くだけであまりの幸福感に腰が引け、恍惚にとろんと骨を溶かして、しな垂れかかることしかできなくなるくせに、一丁前にそんなオスらしい生殖欲求を持っていたことがまずかった。
まず、魂を魅了している絶対の主人である私に、欲望のままにふるまえと命じられた人間は、本能に逆らいながら勝手に手足が動くことに困惑する。そして、その手足が目の前の淫魔に向かって、遠慮なくハグしようとしていることに気が付くと、まずその時点で、陰茎を限界まで勃起させ、私の身体に触れてもいないのに精液をとぷとぷと力なく漏らし始めてしまった。哀れな事に、今から自分の身体が、何をしようとしているのかを理解してしまったのだろう。
人間にとって私という存在は、唯一にして絶対の神にすら等しく、それ故に指先一本でも触れることすら畏れ多く許されない、魂の支配者だ。そして人間は、私の肉体をそれほどに神聖視するくせに、魅了を魂の根源に至るまで染みつけられているがゆえに、一時たりとも私への恋心と欲望が収まることはなく、私の肉体を好き放題に犯すという行為への、憧憬と羨望が頭に焼き付いて離れない。今すぐにあの馬鹿みたいに淫肉まみれの女体をまさぐり散らかして、陰茎を擦り付けながら精液をぶっかけてやらないと、気が狂いそうになるというほどの、精神を焼き焦がすほどの性欲に駆られてしまう。
けれど、許可なく私の身体に触れることはできず、ましてや主人である私の身体を、精奴隷を扱うように意地汚く舐め回すことなど、できるはずがない。その解消されないストレスに、喉を掻きむしって死にたくなる。それが、最深魅了というものだ。
そんなものに、『お前の持っている欲望を、余すところなく発露させて、それを私の身体で処理しろ』と命じることの残酷さというものを、私がどうやら理解していなかったらしい。人間は、腰をがくがくと震わせながら、必死に私の身体にしがみつき、腰を太ももに沈ませただけで、睾丸の中身を全て吐き出すように射精してしまった。半信半疑だったが、どうやら私の肉体は、確かに淫魔として最上級のものであったようだ。
だと言うのに、人間は本能による行動を止められず、私のぶ厚いローブをひっぺがし、その中に潜り込んだかと思えば、しっとりと汗ばんだ乳の谷間に顔を突っ込み、ブラジャーの隙間から立ち込める濃厚な乳フェロモンを吸い込み始めてしまう。その時点で、人間はあまりの多幸感と快感に、気絶と覚醒を繰り返しているような状態だったが、それでも私の命令は何事よりも優先されるものであり、自分の意志では絶対に止めることはできない。
そんな、赤ん坊でも精通させるほど、強烈に甘ったるい媚毒を、大麻を吸引するように夢中で吸い込みながら、乳肉にぐりぐりと頭を押し付けて、むっちむっちと軟らかく脂肪が弾ける感触を堪能する。あまりにも、脳に悪い行いであることは言うまでもない。
案の定、脳波データは滅茶苦茶な値を取っており、その幸福物質の量は、数値で言えば人間の脳の受容限界を優に三十倍は越えてしまっていた。人間にとって、この量の快楽はもはや苦痛と言い換えても差し支えはなく、あまりの多幸感に快楽神経がいくつか焼きついて、死ぬまでこの射精と同程度の快感が残留し続ける結果になってしまう(流石に廃人になられては困るので、修復済み)。
このまま実験を続けると、人間の人格や記憶までもが破壊されかねないと判断し、強制的に眠らせて実験を一時中断。あまりの幸福によって、人間を壊してしまいかねないという事実を、ひたすら痛感させられることとなった。
なるほど、人間が怯えていたのは、このためか。
弱っちいこいつは、私に抱かれたらこうなるという事を、本能的に察していたのだろう。存外、性という分野においては、こいつは私よりも敏いかもしれない。
ともかく、このままでは、かえって精液の採取がままならない。
何はともあれ、対策を講じなければ。
>人間を拾ってから六日目
昨日にも決めた通り、人間にはこれから、私の持つ魅了の魔力に慣れて貰う。
人間にもそれを伝えると、やはり息を詰まらせるほど恐怖し、そして先走りを漏らすほど興奮していた。昨日の強烈すぎる快楽が、治療してやったとはいえ、まだ多少は脳に焼き付いているのだろう。
しかし、いくら私であろうとも、昨日の人間の様子を見てなお、更に無茶をさせるなんてつもりはない。とりあえず今のところは、リハビリテーションを行うように、軽いところから慣れさせてやるように予定を組んでいる。
まず初めに、正面から向き合って、距離を保ったまま、ただ私の顔を見てもらう。
目を合わせることすら、人間にとっては耐え難い魅了となるのだろうが、それにしたって、目線を向けることすら不可能というのでは、これを十分に飼育することも難しくなる。こればかりは、多少の荒療治をしてでも慣れてもらわなければならない。
適当な椅子を持ってきて、人間を座らせる。……言葉にすればたったそれだけ、句読点が二つもあれば十分に足るほどの、至極単純な作業ですら、人間にさせるのは難しい。
人間の体躯が、小さいことは知っていた。私の膝に乗って、ちょうど乳房を軒下にして雨宿りでもするかのように、すっぽりと収まる程度の大きさであることは、既に知っている。であるため、適当に木材をくっつけて、即席の椅子を拵えたのだが、それでも奴の体躯には合わず、少々不格好だ。
その様子を眺めてみると、なるほど、人間と言うものは魔族よりも脚が短いらしい。身長は目測通り、大体160センチほどで合っているらしいが、それにしては座高が高いので、体格のバランスが魔族と人間とではよほど違うのだろう。
そんなことを、独り言を言うように、人間に話す。人間も、言葉を詰まらせつつではあるが、返事をする。淫魔というものは、股下が長くてスタイルがよく美しい。要約すればそれだけのことを、長々と修飾して、口説くように私のことを褒めたたえていた。
そうしながら、じろじろと不躾に、私の身体を舐め回すように眺める。こいつは、私の肢体を視界に収めるたびに、そうしないと気が済まないのだろうか。
その時の様子でも書き留めておこう。
まず、目線が私の瞳から落ちると、初めに視線が止まるのは、胸。呼吸のたびに乳房が揺れるのを、いっそ面白いくらい、視線も同時に弾ませて、目で追いかける。大方、乳房の揺れを見て、私の身体を抱いた瞬間の、沈み込むような柔らかさでも思い出したのだろう。あぁ、だの、うぅ、だのと呻いてから、精液をコップ一杯分ほど、ペニスから吐き出した。
その快感に、腰をくの字に折り曲げると、同時に視線も下に落ちて、今度は脚の方に、精液をぶっかけられるような、ひどく性的な眼差しを感じた。私がいつも着ているローブは、歩けば地面に布地が擦れるほど裾が長く、座っていても、脚はくるぶしまでもまるっきり隠れてしまっている。それでも、布地の盛り上がりから、太腿についた脂肪の分厚さを、目ざとく感じ取ったのだろうか。しばらく凝視したまま、黙って息を荒げ始める。
食らったことがないから分からないが、魅了の魔力というものは、それほど強烈なのだろうか。ほんの出来心で、ローブの端をめくり上げ、生足を見せつけてやったところ、人間はすっかり酩酊したように顔を赤くした。そして、座ってばかりでよく蒸れる、肉の多い下半身で、ほかほかと蒸された空気が、ふわりとスカートの外へと逃げていくと、人間はやはり精液をどぽどぽと漏らし、絶頂に気をやった。
二度目とは思えないほど、粘度も量も申し分ない精液だ。
……それはいいのだが、どうにも人間の身体に、魔力による妙な影響が出ている気がしてならない。魔族とまぐわった人間は、魔力が睾丸や前立腺を活性化させて、今までとは比較にもならないほどの絶倫となり、一度の射精量が数十倍にも増加すると言うが、もしや。
それに、どうも人間のペニスは、私の魔力に慣れるどころか、むしろと触れすらせずに絶頂するほど、間違いなく弱くなっている。今までの性生活を一変させるような、脳に焼き付くほどの絶頂を味わって、変な癖がついてしまったかもしれない。
面倒くさい。それならいっそ、アプローチを変えてみるか。
明日からの実験は、別のものにする。
……ところで話は変わるが、人間に餌を与えていると、こいつは思いのほか選り好みをすることに気が付く。
文句を言うことや、食事を残すことはないものの、好物と思われるものを食べる時と、好きではないと思われるものを食べる時とでは、食事のスピードに明らかに差があるため、それを元にこれからは食事メニューを考えてみようと思う。
今のところ気づいたこととして、人間は同じメニューが三食以上続いたり、完全栄養食のみの食事を食べさせられると、嫌がる素振りを見せた。代わり映えしない食事は嫌うか。生意気な奴め。
ものを食うなど、ここ千年はしていない故に、その辺りの塩梅はよく分からない。栄養も偏らず、こちらが用意する手間もかからず、人間にもストレスを与えない、そんな都合のいいものがあると良いのだが。
>人間を拾ってから七日目
先日の反応も鑑みて、性的快楽や魅了に慣れさせるというプランは、効率が悪いと判断し、中止することにした。
今日からは、気が狂うような絶頂を連続して与えても、人間の精神が壊れてしまわないように、魂に保護魔術をかけてから、より濃度の高い搾精に踏み切る方向へ進もうと思う。要するに、時間をかけて快楽に慣らすよりは、無理やり気が狂えないように改造してしまえば手っ取り早いということだ。
この案は、最初から頭にはあった上、どう考えたって効率がいいと知ってはいたのだが、やはり人道的な観点から見て、あまりに度を越しているかと思い、一度は却下した。しかし、こちらも慈善事業を行っている訳ではない。できる限り、倫理を踏み越えないよう努力はするものの、所詮は人権のない奴隷を扱っているに過ぎないため、あまりにも非効率的な作業になるのであれば、人間にどれだけ負担を与えようとも、効率を優先させてもらう。
施術自体は、一秒とかからない。与えた自室で寝ころび、適当にくれてやった本を読んでいた人間を呼び寄せ、さっと魔術をかける。我ながら上手いものだ、人間は何をされたかもわからず、やけに嬉しそうににまにま笑いながら、首をかしげて私の指示を待っていた。
そうして愛嬌を振りまくことで、人間は魔界において地位を築いたのだろう。だが、その手は私には食わん。
今日からは、どれだけ泣きわめこうと、情け容赦なく搾ることとする。
とはいえ、こいつは異様に弱っちいペニスをしているが故に、それほど大それたことをする必要はない。適当に膝の上に乗せてやり、対面するよう抱き合って、腰を深く押し付けるような形で固定してやるだけで、十分以上、むしろ余るくらいの精液が搾取できる。
私のローブは、魔術で抗菌がなされており、むしろ卸したての布以上に清潔とはいえ、数千年この方着っぱなしで、ずいぶん淫魔臭い匂いが籠っている。一息吸えば、生まれたての赤ん坊でも潮を吹き、精通に目覚めるような、えげつなく甘ったるい女のフェロモン。果実が腐り落ちるように脳みそが蕩けて、脱力感に全身が泥のように重くなり、腰の奥に響いて金玉を殺す雌の香りは、実によく雄を刺激するものだ。
軽くむんずと襟首をひっ掴み、こいつの腰幅よりも広い太腿に乗せて抱いてやれば、途端にうどんのように太長い精液を、面白いほど噴き出した。当然と言えば当然だ。目を合わせるだけ、声をかけるだけで、いとも容易く絶頂まで導けるのだから、駄肉をたっぷり蓄えた雌腿なんぞに触れれば、当たり前にペニスの栓が狂って、精液をとめどなく垂れ流し、漏らし続けることになる。
無論、逃げ出すことは許さない。逃げようとすれば、人間なんぞ一振りで千切れ飛ばせるほどの、この魔族の腕で捕らえる。仕置きとして、乳肉にたっぷりと顔を埋めさせながら、だ。
まあ、人間はむしろ瞳を蕩けさせ、めろめろに惚だされた雰囲気を、むんむんと乳の下から出しながら、わけもわからず自ら抱き着いて来たため、その必要はなかったが。全く、こうも愚かが過ぎると、むしろ愛嬌がある。
人間は今、一息の間にすら、多幸感と快楽、陶酔と酩酊で気が狂うはずなのに、いつまで経っても狂えず、きっと舌を噛み切って死にたくなるほどの、強烈な幸せを味わっているはずだ。私が黙ってペンを走らせ、涼しく日記を書き留めているこの間にすら。
喉からは、幸福感に狂いきった、喘ぎですらない知性の溶けた声が漏れている。しかし、厚手のローブの生地に吸われて、その声すらも、隣のビーカーの中で、薬品の泡が弾ける音に掻き消された。
哀れなものだ。視界が明滅して、意識が混濁するほどの、究極の悦楽の最中にあると言うのに、それを私に表明することすらできない。地獄にも思えるほど、狭苦しくて甘い匂いの天国に閉じ込められて、しかしその桃源郷を与えている私には気にも留められず、本棚の奥にしまい込んだ本が埃をかぶるように、ふと忘れ去られてしまう。こんなにも、ペニスが溶けてしまうほど、気持ちいいのに。
それとは対極的に、私と言えば、実に楽なものだ。初めからこうしておけば良かったものを、私としたことが随分長々と悩んでいたな。
人間には少し可哀想だが、これからは精神への負担は考慮せず、密着して精を搾ることとする。
とはいえ、これで全ての問題が解決した訳ではない。
まずは食事。
これにより、人間は体力の消費が激しくなったため、より多くのエネルギーを摂らなくてはいけなくなった。さらに言えば、こうして大量に吐き出した分の精液を、前立腺で作り補充ためのタンパク質、そして亜鉛などの成分も、今までより多く摂取させてやらなければならない。
そのように偏った栄養を摂らせるための食事メニューというものは、やはり偏った内容になりがちだ。カロリーやタンパク質を摂取させるための、肉が中心のメニューというものは、一度食う分には喜んでいたが、脂が多いのでやはり飽きが来そうだ。
それから、運動。
私の膝の上なんかに乗せていれば、私と同じように、24時間座るか寝るかしている生活を、人間にも強要させることになる。せめて一時間くらいのウォーキングはさせたいところだが、外は人間にとって危険だし、かと言って……私が付いていってやるのは、正直言って面倒だ。やりたくない。
室内でできる、できれば有酸素運動か……。何があるだろう。
あとは、度を越えた快楽により発生する、ストレス。
……これも、問題になるはずだったのだが、かえって人間はこれを快く思っているらしい。搾精は一時間もすればいい、あとは自室で休んでいて構わないとは伝えたが、いやいやと首を振って、自分から私の胴に抱き着き、頬ずりして甘える始末。その間にも、腰を反らして仰け反り、声にもならない吐息だけの絶叫を上げていたのだが……中毒にでもなったのだろうか。フェロモンを嗅ぎまわり、乳肉などを時折揉み散らかしては、ひとりでに悶絶していた。
よほど甘えん坊の個体なのだろうか。あるいは、人間と言うものは思ったよりも、精神的ストレスへの耐性が高いのだろうか。何にせよ、人間は随分と喜んでいる。それならば、管理も楽だし、一日中こうしていても構わない。
そう伝えると、私に向かって好き好きとうわごとのように呟き、ハグしてだの頭を撫でてだのとうるさくせがんできた。身の程を知らん奴だ。私のことを、つがいか何かだと勘違いしている。
私はお前を愛してもいないし、これから愛することもない。ただ、お前ごとき下等な存在が、私の肉体を脅かすことなどできもしないから、大抵のことは許容していやるだけだ。そう伝えるが、こいつの耳は都合のいい事だけを聞き取るようにできているらしい。どれほどセクハラしても、どれほど甘えても、私は何も言わずただ雌肉を差し出して、好き放題に撫でまわされたまま、全てを許容する。そんな風に曲解して、むっちりと肉ののった腿に、ペニスを押し付けては喜んだ。
……まあ、実際のところ、その言葉を否定するつもりはない。ただ、人間の性欲や愛欲に付き合ってやるのは癪だから、言葉の上では厳しく突き放してやっただけだ。
それを分かった上で、こいつが私の乳の谷間に鼻を突っ込み深呼吸しているというのなら、目ざといものだ。存外、思ったよりは賢いのかもしれない。
……よく話が逸れるのは、私の悪い癖だ。
ともかく、それらの問題点はどう解消しようか。
ああ、そうだ、良い事を思い付いた。これなら、適度な運動をさせつつ、足りない栄養の補給もできる。
寝床に戻り、早速この案を試してみよう。日記は明日また書く。
>人間を拾ってから八日目
さて、昨日の思い付きだったが、これは成功と言ってもいいのではないだろうか。妙案と呼ぶほど大した案ではないが、道程はシンプルであるに越したことは無い。必要最低限、今すぐにできて、こちらが用意するものも、しなければならない作業もない、ただ身一つで行える改善という意味で言えば、上出来なものだろう。
その案というものは、何のことはない。ただ、交尾をさせてやっただけだ。
私が寝ころんだまま、人間はその上にのしかかり、腰を振ってペニスを打ち付ける。これが案外、馬鹿にならない全身運動であり、長時間に渡ってスタミナを使う有酸素運動なのだ。それに、人間が面倒がることもなく、むしろ進んで行う上、しかも私は何もしなくていい。人間なんぞに膣と子宮を貸してやるのは少し癪だが、それを考えても、なかなか悪くないものだ。
作業中に私がすることは二つ。
服を脱いでからうつ伏せになり、卓上ランプを付けて、暇つぶしに適当な書物でも読む。
そして人間に催眠をかけ、ペニスを根元から亀頭まで、たっぷりとストロークをかけて抜き差しする、これを50回行わないと射精できない状態にする。たったこれだけだ。
そうすれば、あとは私の裸体に勝手に発情し、人間らしく細くて虚弱そうな腰よりも、一回りほど太く脂肪のついた私の片腿に跨りのしかかっては、寝バックでへこへこと腰を擦りつける。私の下半身は非常に肉付きが良くて足も長く、上半身も腹は括れているものの、乳が馬鹿みたく大きいせいで、人間の体格とは比べ物にならないほど厚みがあるのだが、おかげで、私の身体に覆いかぶさった人間は、地面についた足を大股開きにして布団に食い込ませ、腕をぴんと伸ばさなければ、どれだけ腰を引いても、ペニスを膣口まで引き抜くことができない。つまるところ、ひどく力の入らない腕立て伏せを、腰を引いたり押したりの全身運動を織り交ぜつつこなさなければ、ピストン運動が成立しないのだ。
人間は、腰を乗せれば、うつ伏せに覆いかぶさった身体がくの字に浮いてしまうほど、大きくむっちりせり出した巨尻に、腰をぴっとりとくっつける。私のデカ尻は、弾むようなハリがありつつも、吸い付くようにむっちり肌にへばりついて、ディープキスをかますように、腰を練り付ければ練り付けるほど脂肪が粘ってゆく。その腰を押す感触だけで、人間は舌を放り出してアクメを貪ることになるだろうが、催眠のせいでそうはいかない。人間は、じくじくと空イキを訴えるペニスを、ぬろぬろと粘液にぬめる膣肉で、思いっきり擦り上げ倒さなければ、射精すら許されないのだ。
目の前の極上の女体を今にも孕ませる、絶対に自分の雌にしてやると言わんばかりに、金玉がぐつぐつと、一丁前の雄のように精液を増産する、そんな音が私には聞こえた気がした。実際、淫魔の精に対する鋭い感覚が、人間の睾丸の状態を見抜いて、そうさせたのだろう。
この亀頭の先で、挑発的なほど無防備に本を読んで気を抜いている、生意気な子宮を孕ませる準備は十全に整っているのに、ペニスはうんともすんとも精液を吐き出さず、精液だけを過剰に生産して、精子がどんどん濃く煮詰められて、脳が性欲に茹だる、その感覚はどんなものなのだろうか。きっと気が狂うほどの情欲と性感、苛立ちと疼き、そして支配欲と暴力的な感情に満ち溢れて、正気など一かけらも残らないだろう。
ふざけるな、こんなにガキを産みやすい身体で、艶々テカテカの巨大な尻を見せつけ、コキ穴を差し出して雄に媚びているくせに、どうしてボクの子供を孕んでくれないんだ。
ごめんなさい、前立腺がイライラして金玉がずっしり重くなるの、辛いです。許してください、おちんぽ気持ちいいの嫌です。
そんな、矛盾した心のまま、暴力的に許しを乞うて、全身を前後に動かしながら、尻をぺちぺちと腰で叩く。人間の雌でも、呆れて侮蔑的な笑いがこみ上げるであろう、百年の恋も冷める、みっともない腰振り様だ。まあ、私はそもそも人間に対して何の興味も無いので、むしろ嫌がることもないのだが。
しかし、思い返しても笑いがこみ上げるほど、必死だったな。一コキごとに堪らない唸りを上げ、涎を垂らして腰をかくかく痙攣させては、たまに足が滑って、ペニスを膣内から抜く途中で、必死こいて浮かせた腰を落としてしまう。その時の絶叫と言えば、実に間抜けなものだった。こればかりは、少々、愉快な心持ちになってしまう。
とはいえ、腰を打ち付けている最中、「喘いで」だの「好きって言って」だの「結婚して」だのとやかましく宣う声には、決して従ってはやらない。どちらが飼い主で、どちらが奴隷なのか、立場をはっきりと理解させるため、無視を決め込む。
しかし、人間からすれば無限にも思える時間をかけて、50度の長ったらしいピストンを、やっとこさ完遂させた時ばかりは、私も飴をやって、こいつを悦ばせてやらねばなるまい。長くて苦しい交尾の果てには、褒美があると思い込ませれば、次も喜んで交尾に応じる。犬っころに芸事を仕込むのと同じだ。
もはや言葉すらも蕩け落ちて、喘ぎよりも意味のない譫言をのたまいながら、人間が射精をする瞬間。
私は、後ろ手に人間の頭をぐいと引き寄せ、思いっきり舌を絡めながらベロキスをしてやる。唇をむっちり押し付け、ベロで口内をレイプし、粘膜を舐め回して、一言。耳元で、なるだけ淡泊に、「……イくっ♡」と噓くさく喘ぐ。それだけで、人間は一世一代のプロポーズが成功したかのように喜び、吐精した。
頭を脇と横乳の隙間に埋め、好き勝手に舐め回してから、脚を腿に絡ませて、浅ましくも腰を抱き寄せ深く下半身を埋める。スライムのように柔らかく、熟れ切った私の尻は、これまた噓くさく媚びるように人間の腰を受け入れて、人間が力を込めて腰を埋めた分だけ、好きなように恥骨を沈ませてやった。きっと、真横からその様子を見れば、人間の腰は丸ごと私の柔尻に埋まり切って、それこそ沼にでも沈んだように見えていただろう。
その瞬間、膣をねっとりと、搾り上げるように動かしながら、愛液を更に粘つかせて分泌し、膣の具合を更に高めて、ねっちりと粘膜奉仕をしてやったのは、多少の悪戯心だ。思い通り、奴は悶絶しながら、潰れて脇の方へ逃げてきた乳肉を、恋人と勘違いするように熱烈に吸い上げていた。
間抜けも、ここまで至れば愛嬌だな。
その運動を、やめろと言っても聞かず、5セットほど繰り返すと、いくら底なし性欲の人間と言えど、へとへとになってベッドの上に転がる。エネルギーが切れて、精液を作るための材料も無くなったところで、栄養分を補給するために、私は食事の代わりとなるものを補給させてやることにした。
多量のカロリーを含み、栄養も満点、これさえ飲んでおけば問題なく生きられて、用意にかかる手間暇も限りなく低く、そして毎食飲ませても人間が文句を言わない、究極の栄養食。
それは何か。淫魔の母乳である。
先程まで激しい交尾により汗をかいていたため、身体の水分も失われており、カラカラの身体にはよく染みわたり、吸収率もよい。もとい、淫魔の母乳は、栄養分が過剰に含まれているため、本当は多少効率を落とした方が体にはよいのだが、まあ多い分には構わない。最終的には、余分な栄養をエナジードレインで再吸収することで、丁度よく健康的な具合になる。そういった部分でも、淫魔の母乳は都合がいい。
こんなに便利なシロモノを、どうして忘れていたかと我ながら思うが、私はずいぶんと色事には疎く、そのおかげで自分の生態についても、まるっきり頭から抜け落ちていたのだ。淫魔というものは、近くに人間の男が居ると、孕んでいなくても母乳を分泌できる。これは、自らの餌ならびに伴侶となる人間を、なるべく傍から片時も離さずに手元に置いておくための、淫魔の本能のようなものだ。まあ、私は人間などどこへ行ってくれても構わないのだが、頭がどう考えていようと、身体は本能を優先するということだ。全く、本能様様だな。
さて、さしものグルメで我儘な人間といえど、これの食いつきはすさまじく、乳をはだけて布団を持ち上げ、母乳が垂れた乳房を差し出しながら添い寝を誘うと、滑り込むように潜り込み、腹の減った赤ん坊のように乳首へちゅうちゅうと吸い付いた。やはり、一度幼児として経験していた分、昔取った杵柄というのか、乳の飲み方は手慣れているものだ。強く吸わなくとも、母乳は十分に飲めると分かっているのか、先ほど女体にがっついた様子とは対照的に、ゆっくりと落ち着いて乳を飲む。
しかし、これほど巨大な乳から、クリームのように濃厚で、チョコレートミルクのように甘い母乳を飲むのは初めてなのか、待てども待てども、ちっとも母乳を飲むのをやめようとしない。
淫魔の身体は、全てが人間を虜にし、中毒にして、食いつけば二度と離れられないトラバサミのようなものだ。もしかすると、いや、ほぼ確実に、この母乳にも、脳みそを溶かして多幸感を与える、麻薬めいた成分が入っているのかもしれない。
まあ、知ったことではない。目を離した隙にどこぞへ行かれるよりは、そちらの方が都合がいいというものだ。存分に知性を捨てて、私に甘えること以外何もできない、幸せで気持ちいいだけの肉塊になり果ててもらおう。
という訳で、横になり人間に乳を与えていると、私はそのまま寝落ちしてしまったらしい。気が付けば、人間を下敷きにするように、うつ伏せで眠っていた。
当の人間は、上半身は乳房に潰され、下半身は肉付き満点な腰と太ももに潰され、身体中柔肉まみれになりながら、気絶してしまっている。腰のまわりに、白濁した汚液をぶちまけて、水たまりを作りながらひっくり返っているその寝相は、まるで無様に潰れたヒキガエルのようだ。
今は朝の……多分、10時ごろか。とすると、人間は丸々9時間ほど、私のフェロモンで布団蒸しされ、おまけに触れれば人間を堕落させる、脂ののった極肉の中で、むちむちと潰されていたことになる。前面は極楽の淫魔ボディ、後面は私の匂いが染みついた、ふかふかで最上級のエアベッド。
哀れなものだ。普通の人間なら、一分と経たず廃人になるだろうに、こいつは気が狂うことも許されず、壮絶な多幸感の中、気絶と覚醒を繰り返していたのだろう。
まあ、関係はない。そうして絶頂を繰り返していたなら、水分とカロリーの補給だ。また布団の中で、朝食としてこってりと焼け付くように甘い、母乳を飲んでもらう。それが終われば、人間は私にぬいぐるみのように抱っこされながら、一生懸命甘えまくって、精液を作ってもらう。24時間、休みなしだな。奴隷として、せいぜい儲けさせてくれ。
なお、昼と夜については、前日とほぼ同じであったため、省略する。言う事があるとすれば、今日から人間は一日五食になったくらいか。
>人間を拾ってから十四日目
特に書く事がなかったため、日記を執筆する期間が空いてしまった。反省。
そう思って、また筆をとってはみたものの、やはり書くことがない。
人間は相変わらず、私に抱き着いて甘えているばかりで、それ以外一切のことをさせていないし、私の生活も特には変わらない。今まで採取した精液は、時間の流れない別次元のストレージに保管しているため、鮮度は落ちないまま無限に収納できるからいいものの、どう扱うかは少々迷っている。
きっと、オークションなどにこれを出品すれば、金と性欲のあり余った、品のない貴族どもが馬鹿みたいな値をつけるのだろう。しかし、私がまだまだ精液を保管しており、これからも継続して十分な供給を与えられると知れば、どうにかして私にコンタクトを取ってこようと、しつこくこの工房を訪ねて来るだろうし、それは極めて面倒くさく、やりたくない。これは、あいつの商会に卸しても同じことだろう。あいつ自身は口が堅く、顧客の情報を漏らすような真似はしないだろうが、貴族というものはどこに目があるのやら、犯してもいい人間がいると知れば蛇のようにしつこく調べ上げて、何としても娶ろうとする。ああ、考えるだけでげんなりする……。
そんな思いとは裏腹に、精液の生産量は上がるばかりだ。
日中はどうせ抱き着いてばかりだからと、人間を下着の内側に閉じ込めて、腰と頭を抱っこ紐で括り付ける、それこそ赤ん坊を抱っこするようなスタイルに変えたことが影響しているのだろうか。これ以上ストックがあっても、仕方がないのだが……。
しかし、かと言って、人間を手放してしまうのも嫌だ。単純に勿体ないというのもあるが、私自身も、日常のルーティンが染みつきやすい性質なので、座っている時はこいつを膝にのせて片手で撫でたまま、寝る時はこいつを抱き枕のように抱きついたままにしないと、どうにも落ち着かなくなってしまったからな。
さて、どうしたものか。近頃は、どうせ余るからと、いくらかストレージから精液袋を失敬して、おやつ代わりに頂いているが、それでも供給ペースは消費量を圧倒的に上回り、異空間にはげんなりするほどのコンドームが積み上がっている。
まあ、幸いにも味自体は悪くなく、食事を一切やめるほど食に興味がない私でも、毎日美味しく飲む程度には気に入っているため、増える分には構わないのだが。
とはいえ、このままでは、ほとんど持ち腐れであることに変わりはない。どうにか、この精液溜まりの活用方法を考えたいものだが……。
いや、あるいは、人間を精液搾取以外の方法で取り扱うことができれば、一時精液の供給を中断させ、別のことに使う事ができるのか。そうだな、そちらの方面で考えてみるか……。
>人間を拾ってから十八日目
いくつか案を出し、しばらく熟慮を重ねてみたが、いい方法は浮かばなかった。
人間を魔族に貸し出してみたり、見世物にしてみたりするのは、やはり面倒ごとに巻き込まれそうだから、やめておくのが無難だろうし、何より私が魔族とできるだけ関わりたくない。……考えてみれば、人間には存外働き口があるのに、私の性格と魔族の性欲のせいでダメになっているだけだ。人間も、案外役立たずではない。これに関しては、むしろ私が反省すべきかもしれない。
という訳で、案として考えうるのは……やはり、愛玩奴隷として扱うことだけだろう。
依然として、人間に対しての性的興味はなく、愛情も抱くはずはないのだが、自分でも意外なことに、ペットとしての愛着くらいは沸きつつある。前までは、人間など、できれば一秒でも早く私の傍から離れ、自室に閉じこもっていてほしいとすら考えていたのだが、今はそうではない。むしろ、抱けば何となく落ち着くので、ずっと引っ付かれていても、むしろ歓迎するようになった。
こいつは喘ぎ声を漏らすのはちと五月蠅いが、あまり話しかけるような無駄口を叩かないのは、素直に評価できる。見た目や動きは滑稽で間抜けだが、まあ好意的に見てやれば、愛嬌があると言えなくもない。
……そう言えば、街の方では、天使とかいう見かけない種族がやってきたと、この前商会で人間用のおやつを買った時、店主に聞いた。なんでも、元は人間界によく出没し、人間を慈しみ導き、時に妻として甲斐甲斐しく世話をするのが好きな種族ということだ。
教会とか言う場所で、人間を新しく迎えた魔族のために、上手い付き合い方のセミナーを開いているとも小耳に挟んだ。
まだ、こいつを愛玩用に飼うとは決めていないが、行ってみれば何か飼い方のヒントにはなるかもしれない。外出するのは面倒だが、実に面倒くさいが……どうせ、時間は永遠に余っていて暇だしな。行ってみるか。
>人間を拾ってから十九日目
私の奴隷の扱いが、いかに手ぬるいものなのかを、嫌と言うほど教えられた。
もう二度と行かん。