コミケに出す本・導入 (Pixiv Fanbox)
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──王者というものは、生まれながらにして、その運命を定められている。
いつしか、僕の親友である恣紫は、そう語ったことがあった。
恣紫という男は、僕が知る限り、世界中のどんな人間よりも。
例えば、テレビに出ずっぱりのトップアイドルや俳優、もっと言えばハリウッドスターや、レッドカーペットを歩く海外モデルなんかより──ずっとずっと、群を抜いて綺麗で艶めかしい、美と蠱惑の化身のような男であった。
それ故に、こうして今も、彼は飲みかけの安い酎ハイの缶を、片手でちゃぷちゃぷと回しているが──その仕草すら、まるで、タワーマンションの最上階で、揺るぎ無い成功者であるセレブが、ワイングラスを薫らせているようにすら思えてしまう。
そんな男が、何の前触れもなく突然に、自らの王者論を語り始めたものだから──僕はそれに、思わず片手間に弄っていたスマホを置いて、聞き入ってしまった。
どんな流れから、そういった話になったかは、よく覚えていない。
だがきっと、僕の部屋で二人でくつろいでいた時に、付けっぱなしにしていたテレビのニュースで、たまたま王族の話が流れたとか、そんなどうでもいい事だったと思う。
何にせよ、覚えるまでもない、些細な事柄を見て、彼はぽつりと、そう言ったのだ。
しかし、それでも。
その言葉と表情だけは、未だに克明に覚えている。
きっと生涯、あの物憂げな横顔は、忘れることはないだろう。
──そこに、出自やしきたりは、関係がない。
王の息子に産まれたから、次はその王座を、王子となる者が受け継ぐ──なんて考えは、まやかしに過ぎない。
所詮、権力や伝統なんてものは、いつ何があって崩壊するかも分からない、砂上の楼閣。
王を王たらしめるものとは、ただ純粋な、力だけなんだ、と。
ごく自然に。
つまらないほど分かりきったものを、訥々と報告するように──吸い口から火の付いた先端まで、ことごとく悪魔のように黒い、彼のお気に入りの紙巻きタバコを片手に挟みながら、そう言った。
恣紫は、あまり感情を顔に出さない。
鼻歌を歌うほど機嫌がいい時も、ものに当たるほど機嫌が悪い時も──表情に出ない訳ではないが、しかしどうにも、読みにくい。
頬を緩めて、微笑を浮かべている時だって、内心ではとても苛立っている可能性は、往々にしてある。
逆もまた然りで、仏頂面で目を細めている時も、実はとても機嫌がよく、そのまま前触れなく居酒屋に連れられて、お酒も料理も好きなだけ奢られたりすることも、決して少なくない。
だからこそ。
紫煙に曇りながらも──あれほどに、"当然だ"と。
その伏しがちな目に、明確に感情を映すところは、僕は見たことがなかった。
──なら、その……生まれついての王者って、どんな人のことを指すんだ?
そんな、あまり見たことのない親友の姿に、僕は好奇心をくすぐられた。
感情の発露すら面倒くさがる、極度の怠け症の友人が、その言葉に返事をくれることは、正直その時は、あまり期待していなかった。
しかし、恣紫は──その言葉を待っていたかのように、僕の方に身体を向き直し。
まだ吸い始めたばかりのタバコを、やけに趣味のいい、冷ややかな色合いのクリスタルガラスの灰皿──僕は全くタバコを吸わないのに、恣紫がこの部屋で毎日のようにたむろするせいで、ただでさえ狭い机に置きっぱなしにされており、心底邪魔くさい──の底面で、じゅっと火を消してまで。
僕に微笑みかけて、続く言葉を、紡ぎ始めた。
身振り手振りを交えながら、まるで大きな城のバルコニーから、民衆に演説をする、王のように。
珍しく──いや、間違いなく初めて見る、やけに情動的な、演技がかった態度で。
抑揚たっぷりに、それを、語ったのだ。
「ただ、存在している。たったそれだけで、人々はその威光に屈服し、畏怖し、ひれ伏し、魅了され、虜になる。……そういうものだよ」
──僕の住んでいる安アパートは、いつも騒々しい住宅街にあった。
商店街がそれなりに近く、駅への通り道にも位置していることもあって、仕事帰りのサラリーマンや、呑みに明け暮れた大学生やらの声、それから車の通る音や、緊急車両のサイレンやらで、この部屋が静まりかえることなど、滅多にない。
だが、その時ばかりは──小鳥のさえずりすら聞こえないほどの、凪いだ水面のような静けさに支配されていたことが、はっきりと記憶に残っていた。
「ただ、絶対的な、支配者……。それが、それだけが、王だ」
「社会的な仕組みによって選ばれた、民衆を統治する義務を負っただけの者なんて、それは王とは呼ばない。ただの"長"だ」
「政治によって選ばれた者なんて、自分より大衆から人気がある者や、知略や政略に長けた者……あるいは、王族の胤を取り込んで、血筋に割り込んでくる者があれば、簡単に引きずり下ろされる。……もっと極論を言えば、死ねば王座にはいられない」
その日の恣紫は、いつもとは随分様子が違っていた。
普段なら、こういった真面目で思想的な話題なんて──感情の読めないにやけ面で、興味ないから知らないなんて、臆面もなく言い放ち、そのまま聞き流すだけだろう。
しかし、今日の彼は、質問に答えてくれるどころか──こちらの言葉を待つこともせず、自らの持論を、すらすらと述べていた。
目上の人間にすら、語尾を気だるそうに伸ばし、面倒くさそうに喋るこいつが──いやにはきはきと、威厳すら感じる態度で。
一息分すらも、言葉を詰まらせることなく、まっすぐこちらを向いて、語っている。
ほんのさっきまでのだらけた姿とは、全く似ても似つかない、凛としたカリスマのある立ち居振る舞いに、僕は──正直に言って、見惚れていた。魅入られていた。
──窓から差し込む夕日が、彼の姿を逆光に照らし、正確な表情までは見えなかった。
それでも僕は、その何も飾らない、それでいて堂々とした、立ち姿を。
光に背を向けて、日食のように影となったシルエットの中で、一筋だけ色を持った紫の髪束を。
間違いなく、この世の何よりも──いや、あの世に女神が居るとしても、きっとそれにも勝るほど、美しいと感じたのだ。
あの、普段通りの、気怠げな猫背。
ぶらりと力を抜いて垂らした左腕と、上着のポケットに突っ込んだ右腕。
190センチにもなる長身の、その大半を脚の長さとして占めるほどに、高く位置取った、スリムな腰。
無駄な肉の一切無い、細いウエスト。男にも女にも見える、優美で華奢な肩。
そして──その、顔立ち。
目を合わせただけで、誰もが正気ではいられなくなる、絶世の美貌。
「そうじゃない……。俺が言う王とは、覇者。何もかもを征するもの……」
「覇者に求められるのは、他の何にも有無を言わせない、絶対性だ。その絶対を常に身に纏い、その意図すらもなく、自然に何もかもを屈従させ続ける」
「例えるなら、太陽のように。当たり前のものとして、ただそこに存在しているだけで、信仰の対象となり、畏怖と畏敬を集めていたように」
親友は、そっと夕日の輪郭を弄ぶかのように、指を中空に這わせる。
まるで、その太陽すらも、自分の手の内にある、小さな玩具であるかのように。
傲慢という言葉すら、まるで足りなく見えるほど、尊大すぎる仕草だった。
しかし、その傲岸不遜なまでの、天の神々にすら唾を吐くような様子は。
何か退屈な話を聞き流す時に、頬杖をだらりと突きながら、テーブルを指でとんとんと叩くような。
あるいは、ぐいと背を伸ばしながら、人の目も気にせず、思いっきりあくびをするような。
少なくとも、僕にはそういった──ひどく自然で、リラックスした、当然の行為であるように、見えたのだ。
その様子に、僕は──目の前に佇んでいるのが、天地自然すら弄ぶ、異界の女神であるかのような、そんな錯覚を覚える。
もちろん、実際にはそんなことはなく、その相手は、今日も安居酒屋に飲みに行く予定の、ただの仲の良い友達だと分かっているのに。
まるで冷や汗が止められず、背筋に立った鳥肌も、引いていく気配がない。
その姿はまさに、恣紫が語るところの、”王”のように思えた。
例え、俗世に身を隠したって、圧倒的なカリスマだけはどうしたって隠せず、人々を無意識に魅了して操ってしまう、生まれついての覇者。
そう──例え、その姿を彩る背景が、うっすらと部屋に残った、吸い殻の紫煙と。
テーブルの端に並べられた、アルコール度数だけやたらと高く、質の悪い安酒の空き缶だったとしても。
むしろ、彼の持つ、後ろ暗い背徳的な色気を、何倍にも増幅するだけ。
どうしようもなく、堕落と退廃に満ちた、どこか淫らに爛れた魅力を、とことん引き出して──恣紫という男が、淫蕩で邪悪な、悪魔の王であるということを、証明するだけだ。
「……俺が考える王とはつまり、暴君だ」
「自らの利益のため、自分勝手に振舞い、民衆から富も権力も巻き上げる、欲望に満ちた支配者……」
「最強の暴力、最大の権力、最高の魅力。それら全てを、民衆の利益ではなく、ただ己のために使い果たす……」
「そう、王とは、誰よりも自由でなければならない」
「そして、尚且つ……それでいて、誰からも崇拝され、敬愛され、心酔されていなければ、ならないんだ」
その長身、その眼差し。
アメジストのような、煌々とした妖しい輝きを持つ瞳が、逆光に暗くなる輪郭に浮かび、ぞっとするほど美しい。
その暗く深い光に見下ろされると、まるで精神の奥深くから、取り返しがつかないほど、深く蝕まれていくような感覚が広がる。
どれほど、友達として長く付き合おうと──これだけは、いつまで経っても、慣れない。
未だに、彼女と目をじっと合わせてしまうと、それだけで──自分が自分でなくなり、気が付けば、従順な下僕に成り下がってしまいそうになるのだから、彼の持つ天性の魅力とカリスマは、あまりにも危険だ。
人を際限なく惹きつける、ブラックホールのような、人間を堕落させる重力溜まりの、瞳。
一度それに魅入ってしまえば、あとは底なし沼に沈むように、堕ちていくだけだ。
じっと、ただじっと見つめられて、内心に広がる──憧れの異性に抱かれているような、心臓に疼痺を植え付けられる、もどかしくて苦しくも、何より心地よい、快感。
一目惚れのような、洗脳じみた心地を植え付けて、脳にぶわりと快楽物質をぶちまけられる、異常な感覚は──言葉にするならば、まさに『魅了』であった。
そう、例えるならばまさに、ゲームによくある状態異常の、それ。
今まで連れ添ってきた、命すら掛けるほどの固い絆で結ばれた、血縁以上の仲間すら──その手で殺してしまうほどの、深い深い、精神異常。正気の喪失。
色仕掛けという、ひどく単純で薄っぺらい、性欲以上の意味を全く持たない、ただ肉欲を煽るだけの行為であるはずなのに──その美女に命じられるまま、仲間に本気で真剣と殺意を向け、恍惚のまま斬り殺してしまうという、理不尽なまでの恋慕。
今まで僕は、ゲームでそれを見る度に、あまりにも誇張した表現だと、冷笑にも似た感覚を抱いてきた。
人間の敵である、悪しき魔物だと分かっている相手に、ちょっと凝視されただけで、喜んで仲間を殺すだなんて──いくらフィクションにしても、リアリティがない。
そう思っていたが──実際に、それに似た、いや、それを優に超えた感覚を植え付けられて、理解する。
今、僕は。
彼に命令されたなら、喜んで──この命を差し出す。どんな理不尽な命令も、受けてしまう。
きっと、彼が命令してくれたという事実に、むせび泣くほどの歓喜を覚えながら。
──やはり、彼は。
何か、生物として人間よりもずっと上位に位置する、淫靡で邪悪で、それでいて神性を帯びた何かだと。
これで何度目だろうか、そうして強く、またも確信した。
「……ねえ、親友」
ぴんと糸が張り詰めるような、息をのむ静寂に支配された部屋の、その中。
空気に染み込んでいくような、鈴の音のように静かで低く──そのくせ、聞いているだけで意識がくらくらするほど、蠱惑的な声だけが、満たされてゆく。
指先を軽く曲げて、フローリングを掻くことすらできないほど、重苦しい時間だった。
例えるなら、光が一切届かないほどの、海の底の底まで落ちて──その見えない水圧に、四方八方から雁字搦めにされ、腕の震えすら抑え込まれるかのような。
そんな、身体ごとぐしゃりと潰れてしまうほどの、圧力めいたプレッシャーが、どうしてか。
あの桔梗色の瞳に覗かれると、ずんと重く、心も体も鷲掴みにされるように、深くのしかかる。
だが、そんな、呼吸すらも忘れてしまう、重圧に満ちた空間の中でも、彼は。
ぎしりとフローリングを軋ませながら、何も臆することなく悠然と、一歩。
優雅な羽衣を着た天女が、雲居を静々と渡るように、こちらにそっと、足を踏み込む。
「俺は……いや、私は、さ」
彼が口を開くたび、身震いを起こす。
背筋に、甘ったるい寒気が走り、その後に遅れてついてくる、深い恍惚。
身体の内側から、こちょこちょと愛撫されているような、息が快楽に蕩ける感覚に、頭が回らなくなる。
「分かるんだよ、そういうのが。生まれつき、私自身が、そうだったから」
彼の眼差しが、更に深く、僕の心の奥底に抉り込む。
僕の方をじっと見る目線は、一ミリたりとも動かないのに──瞳孔だけが徐々に開かれて、ただその鋭さと、吸い込まれそうな瞳の光の深さだけが、底なしに増してゆく。
「今までずっと、そうだった。叶えられないことも、手に入らないものも、許されないことも、たった一つだって、存在はしなかった」
雰囲気が、明らかに違う。
何と比べて、と言われれば──全てが。世界に存在する、森羅万象と。
あれは、間違いなく、この世に存在しない、あっていはいけない類の美しさだ。
そう──目の前の存在は、最早昨日までの、悪魔じみた顔の綺麗さを持つ、滅茶苦茶な色男の、腐れ縁の親友などでは、決してない。
人間を悩殺することを生業とする、悪魔そのものだった。
色香一つで、国を乗っ取り傾ける、淫魔。
軽い流し目の一つだけで、人間をどこまでも食い物にする、エロティシズムの化身。
それが、じっと僕を見下ろし、立っている。
脳が焼かれるかのように、額の奥の方が、ひりひりと熱くなった。
こんなに凄艶な存在が、果たして、本当に実在するのだろうか。
確かな質量を持って、すぐ側に存在している親友に対して、そんな疑問すら抱く。
そして、その姿を、僕なんかの下等な存在が、瞳に映してしまうことすら。
僕にはそれが、ひどく烏滸がましく、無礼極まりないことだと、そう感じてしまう。
親友であるはずの男に、僕は本能的に、恐怖を抱いてしまっている。
早く、脚を揃えて、手を地面につけて、頭を床に擦りつけないと。
そんな、脅迫的な観念に、押しつぶされる。
「むしろ……私が誰かにモノをねだれば、貢ぎ物を送ることを許されたって、みーんな泣いて喜ぶんだよ。ヘンだよね、良いように搾取されてるってのに、感謝されるなんてさ」
──そんなの、当然だろう。一体、今更何を言っているんだ。
彼の言葉に、心から、そんな疑問を抱いた。
むしろ、彼が何におかしさを感じているかすら、分からなかった。言葉の意味が、まるで理解できなかったのだ。
彼が、僕のモノを欲しがっているなら、それが何であろうと、全部投げ出すべきだ。
家財道具一式だろうと、全財産だろうと、命だろうと、恋人だろうと。
四の五の言わず、一つ返事で、捧げる。
それで、彼が喜んでくれるなら──死んでもいい。
それが、彼以外の全てにとっての”当然”だ。
「もちろん、だから親友もそうだろって言ってる訳じゃないよ。ただ……きっと、今からするお願いは、親友にとっても、嬉しいことではある、と……思うんだよ、ね。多分、おそらく……」
ああ、きっと、そうだろう。
今の僕は、犬畜生だ。彼が何かを言えば、それだけで、尻尾をちぎれるほど振りたくり、嬉しくてワンと鳴く。
──昨日までの僕は、いや、つい五分前までの僕は、誓ってこうではなかった。
むしろ、どちらかと言えば、大学に掃いて捨てるほど存在する、彼を過剰に信奉するファンに対しても、僕は白い眼を向けていた方だ。
それが、どうだ。
今の僕は、盲目なまでに心酔する、熱烈な信者どころではない。
まるで、神を前にして感極まる、気の違った狂信者だ。
「……でもまあ、一応、お伺いは立てておくよ」
一瞬、彼は、目を伏せる。
そして、勿体をつけるように、ゆっくりと腕を、胸の前に持ってきて──
──ぷち、しゅるり。
上着のボタンを外す音と、インナーを脱ぎ捨てる布擦れの音が、声の代わりに、数度響く。
乾いたシルクが同士が、ただ摩擦しているだけの、何の変哲もない音なのに、どうしてか──魔法でも込められているかのように、鼓膜にべっとりと、官能的にへばりつく。
そのいやらしさは、セックスの直前に湧き上がるような、緊張と期待の感情を、強く呼び起こした。
「まあ……驚かせもするだろうし、さ。念のため、ね」
──徐々に、徐々に。
血が通っているのか疑わしいほどに白い、陶磁器のような妖しく艶めかしい肌が、惜しげもなく露わにされてゆく。
まるで、稀代の名工が作った究極の裸体像に、命が吹き込まれたかのような、神々しいまでの美麗さ。
直視することすらも憚られるほどの、人間からかけ離れた底なしの美貌に、心臓が大きく跳ねた。
胸や腹どころか、その恥部までも、彼は恥じらうことなく、晒す。
まるで、お風呂に入る前に、閉めた脱衣所で服を脱ぐかのように、ごく自然に、当たり前に。
当然だろう。
欠点を無理やり上げようと頭をひねっても、人外じみて完璧すぎることくらいしか思いつかない、あの端整さを極めた裸体を、こうして人前にさらけ出したって──誇らしくはあれど、恥ずかしいところなど、何もないのだから。
──粉末にしたパールやプラチナを振りかけたような、その表皮のエレガントな艶めき。
そこには、生物らしさが見られないほど、作りものの彫刻じみた完璧な輝きがあるのに──そこには、雌らしい潤いや、むっちりとしたぷるつきさえも備えているのだから、堪らない。
そう──雌らしい。
どこか、その裸体は──男らしく骨ばって、細身なれどしなやかな筋肉がつき、無駄な脂肪がなく、引き締まっているのに。
噎せ返るような、男を狂わせる、色気が。
もっと、言葉を選ばず言うのなら──いかにも”手籠めにされたがる雌””男根をすんなりと受け入れる穴役”の、そのえも言われぬ雰囲気が、ぷんぷんと漂っていた。
──だからこそ。
「ね、親友……。
私……ほんとはね。……人間じゃあ、ないんだ。それにね……男でも、ないんだよ」
あり得ない、現実的ではない、カミングアウトのはずなのに。
夢見がちな中学生がするような、普通なら鼻で笑って然るべき、冗談のような話をされている、はずなのに。
僕は、当然に、それを受け入れた。
それどころか──少なくとも、前者については、言わなくても分かっている、とすら言いかけた。
驚きも、疑いも、僕の中には、少しもなかった。
しかし、それでも──彼が、男ではない、というのは。
流石に初耳であるし、あまり考えたこともなかった。
だが、何故だろうか。
それすらも、僕はやけにすんなりと、納得できた。
元々、彼は──いや、今は彼女か──は、その顔も背格好も、女性と見まごうほど中性的であった。
くっつくほど近くで、いつまで観察していても、男か女か見分けがつかないと、未だに僕ですらそう思う。
だから、という訳ではないが──彼女の股間に、男の逸物がついていなかった程度では、僕は驚かないだろう。
そう、親友が女だと知ったからといって、急激に関係が変わる訳じゃあるまいし。
いつものように『親友』と呼んでくれいてるなら、僕もそう思うだけだ。
──そう伝えると、彼女はほんの少し、口角を上げる。
表情筋の薄い彼女にとっては、これ以上無いほどの、破顔だった。
「……ありがと」
彼女は、相も変わらず裸体のまま、短くそう言った。
少しだけ、嬉しそうな声だった。
これは、自惚れかもしれないが──僕が、彼女の秘密に驚きもせず、ただ受け入れたことを、快く思ってくれたのだろうか。
確かに、人が人なら──というか、普通の人ならば、そんな事を急に打ち明けられたって、戸惑うだけだろう。
いや、逆に、下手に信じてしまったなら、そのまま恐れられて、逃げられてしまうかもしれない。
そりゃそうだ。悪魔なんてものを前にして、平静でいられる人間の方が、よっぽど少ないに決まっている。
それでも、僕がすんなりその事実を受け入れたのは、彼女の普段の淫魔っぷり、ファムファタールっぷりを、嫌というほど見ているからであって──と、思い返してみると、こうして暴露されるまでもなく、彼女が淫魔であることは、本能的に察していたことに気が付く。
むしろ、その事を真に痛感しているのは、ただ友達付き合いしているだけの僕ではなく、彼女の毒牙にかかり、虜にされている人達の方だろうし──その人達も、彼女のことを盲信しているから、人外であると知ったくらいでは、その絶対的な忠誠心は揺るがないだろう。
そう考えると、何だか妙に、取り越し苦労を食らったような、複雑な気分になる。
だが、話が早く済むのならば、めんどくさがりの彼女にとっても、きっと嬉しいことだろう。
僕は、小さく、はは、と笑う。
そうしたら、彼女も同じく、ふふ、と笑った。
そうして、しばし和やかに、笑い合って。
一呼吸、軽く置いてから、彼女は──
「ああ……ほんと、ありがとね。そう言ってくれると、私も安心して……『擬態』、解けるよ」
──そのまま、腕をぐいと正面に向けて、欠伸をする猫のように、大きく伸びをする。
大きく、大きく、息を吐いて、腕を引っ張り上げて。
その勢いのまま、まるで輪ゴムを引っ張ったかのように──彼女の身体そのものが、文字通り、伸びた。
笑った顔を、戻す暇もなく、頬が引きつる。
喉から出た笑い声が、どんどん乾いてゆく。
──あまりにも、非現実的な光景だった。
一瞬、脳がフリーズして、驚くことすらできない。
ただ、彼女の元々高かった身長が、更にむくむくと高くなり、電話ボックスほども大きくなってゆくところを、眺めるだけ。
「……ふう。どう?これなら、驚いた?」
目をまん丸くする僕を見下ろして、彼女が言う。
それはそれは可笑しそうに、微笑んだまま。
その身長は、目測で、2メートルと30センチくらい。
まるで、親と話す子供みたいに、大きく首を反らして見上げなければ、目を見ることもできないほどの、巨人じみた長身。
安アパートの低い天井では、まっすぐ立つこともできないほどの、見たこともない威容に、腰を抜かしそうになる。
──雰囲気どころか、姿形までもが、人間離れしてしまった、僕の親友。
目の前で見せてくれた、その変身とも言える行為に、何か言葉をかけようと、必死に口を開く。
しかし、その圧倒的な体格から見下ろされる、威圧感に満ちた光景に、まるで声が出ない。
さっきと同じように、お前はお前のままだと、励まそうとしても──流石に、こうなっては、僕の知っている親友ではなく。
唇をぱくぱくと、金魚のように、開いたり閉じたりしていると──彼女はまた、にやりと不敵に微笑む。
そして、そのまま──大きく、息を吸い込んだ。
その華奢な胸が、空気で膨らんでしまうほどの、深呼吸。
いや──膨らんでいるのは、胸だけではない。
腹や、腕や、尻や、脚までも。
空気のしぼんだ風船に、息を吹き込んでいくように、内側からむくむくと、肉が溢れてゆく。
むち、むちむち、みぢぢっ……♡
スレンダーな、気品溢れる肉体に、無造作にパテで盛り付けたように、雌肉がみるみる盛られまくる。
もはや、男とは似ても似つかない、雌らしいむっちりとした豊満な乳房、尻。
ほっそりとくびれたウエストにすら、軽くつまめるほど肉が乗り、いかにも交尾向けな、下品すぎる肉付きが、形成され始めていた。
──う、わ……っ!?
すっきりとした、細身の脚。
見慣れたはずの、親友のそれは、雄のちんぽに媚びるためだけの肉にまみれ──今や立っているだけで、隙間なくくっついて、腿コキオナホールを形成してしまっている。
どぷん、どぷっ……♡と、もっちもちですべっすべな、滑りと潤いを両立したぶっとももに、どうにも頬ずりしたくなる欲望を止められない。
雌の優秀な遺伝子を見せつけるように長くて、雄が交尾の時に甘えやすいように、よく肥えた脚。
誰にも媚びない、媚びる必要のない、唯我独尊であるはずの親友の──雄のちんぽのご機嫌を伺うような肉付きに、強いむらつきを覚えてしまう。
すらりと流麗なラインを描いていた、細いレギンスの似合う、ヒップライン。
もはや、そんな面影は、どっぷりと主張して突き出した、彼女の派手なアメリカンサイズのデカケツには、少しも残されてはいない。
全体のバランスを考えず、きゅっと括れたウエストに反して、ちんぽを欲しがりひたすら巨大に育った、男根ねだりの雌尻には──もはや、似合うファッションなど、痴女や娼婦が客寄せのために履く、品性下劣なTバックくらいしか、無いだろう。
彼女が好む、ボーイッシュなストリートスタイルの服など、今着たところで、むしろ──みっちみちに媚肉が詰まり、隠しきれない雌臭さが増すだけだ。
そして、それらを遙かに凌駕し、その肢体を雌一色に彩る──馬鹿みたいにでっかい、爆乳。
いつものように、女性にキャーキャーと黄色い声を浴びる、目もくらむようなカッコよさは、あまりにもフェロモン過多な乳肉の溢れに、完全に押し流されてしまっている。
これでは、お得意のボーイッシュで中性的な、甘ったるいマスクでさえも、むしろ”そういう類いのエロ漫画のヒロイン”にしかならず。
纏うダウナーな雰囲気すら、むっちむちの駄肉脂肪により押しつぶされ、雌臭くて甘ったるい、ミルキーな雌フェロモンへと変わり──そのくせ、セクシーさや色気は失われないのだから、もう堪らない。
どこか退廃的で、爛れた──タバコの匂い混じりの、気怠くだらだらとした、一番気持ちの良い、大学生の夜通しセックスを、演出してくれる。
へそ上まで、だっぷんと伸びつつも、若々しい張りに満ち満ちた、パイズリにもセクハラにも使える、ちんぽに奉仕する雌として最高級の爆乳が、どこまでも。
「……あー、すっきり。擬態は窮屈で嫌だね……」
──彼女は、伸ばし終わった腕を、いつものように、力を一切抜ききって、下にだらりと降ろす。
しかし、乳肉があまりにも大きすぎて、胴のボディラインから大きくはみ出た横乳が、腕にむっちりと引っかかり、少し収まりが悪そうだ。
それに対して彼女は、慣れた様子で、乳肉をぐいと谷間に寄せて──ばるるんっ……♡と、狂おしいほど欲情を煽る、ド迫力の乳揺れと、肉のコク深さを見せつけて。
「……これが、私の真の姿。これで分かった?私が、えっちな淫魔だってこと……」
そして──いつもと、何ら変わりない、ダウナーな掠れ声で。
普段通り、宝石のように輝く、青紫の瞳をじっと向けて、そう言った。
なまじ、そこだけは変わらない分──目の前の存在が、僕の親友に違いがないことを突き付けられているようで、バツが悪かった。
──身じろぎ一つで、体中の駄肉が、むちむちと犇めく音がする。
やけに静かな室内では、その音から、逃れることができない。
生唾を、飲む。
その、どすけべな体つきの、顔が良すぎるでっかい淫魔は、あくまでも僕の親友だ。
そう、親友だ。だから、当然、劣情を抱く対象にしてはいけない。
けれど、その──どこを触っても、手が雌肉に埋まってしまいそうな、理想のラブドール体型を前にして。
更に、押し倒してもなあなあで許してくれそうで、むしろ手込めにしてしまっても、シている最中はそれなりに楽しんでくれそうな──言うなれば、ちんぽ好きのオーラをびしびしと出しまくっている、媚び媚びの雌を、据え膳として出されて。
理性を、あと一分でも保てるか。
くらくらと、揺らいでしまう。
「そう、私、わるーい悪魔なんだ。だから……本当は、こうしてお伺いを立てるよりも、無理やり奪う方が、自然なんだけど、ね」
彼女は、手をわきわきと動かしながら、かぎ爪の形に指を曲げる。
いつも通りの眠たげな半目と、抑揚のない低めのトーンで、『がおー』と声に出しておどけて見せる姿は、普段通りの親友そのものだった。
だが──その態度は、あまりにも平常の彼とは、かけ離れたもので。
どこか、その呟くような声には、その流し目の表情には、オスに甘える雌猫のような、べたつくほど甘ったるい媚びのニュアンスが、溢れるくらいに盛りつけられていて。
むっちり、ふかふか、もっちもち。
肉々しく、沈み込むような脂肪感に溢れた、豊満すぎる長身の裸体。
その、なっがい脚を折り畳み、動物のような四つん這い──所謂、雌豹のポーズと言うものだろうか──になりながら、彼女はそっと、ペットが主人に甘えるように、こちらに近づく。
頭を低くして、目を眠たげに細めて。
ぞくぞくと寒気が走るほどの、滴る雌のフェロモンを纏いながら、蠱惑的に舌なめずりなんかをして──とことん、理性を、削りにかかる。
──それは、僕の部屋にたむろする時の、いつもの彼女のクセだった。
猫のように気まぐれな、この女は──眠くなると、いつも勝手に僕の膝に頭を乗せて、無防備に眠りこけるという、甘えた態度を取ることがある。
その直前には、誰に向けるでもなく、決まってこうした、悩殺するかのような悪戯っぽい表情をしているのだ。
だが──今までは、僕だって、そんな行為に対して、劣情を抱くようなことはなかった。
思う事といえば、精々が、漫画を棚から取る時に、邪魔だなと思うくらい。
際立って拒絶することもなければ、逆に歓迎することも特になく、しょうがないから受け入れてやると、その程度の認識しかなかった。
だが、それは、こいつのことを──男だと、そう認識していたからだ。
男ですら惚れるほどの美形、という冠言葉は付くけれど──それでも、性別が男であるという事実は、覆らない。
胸もなく、肉付きも薄く、性器は男性のもので、孕みもしない。
だから、こいつのことを性的な目で見るなんて、絶対にありえない。
そう、そのはず、だったのに。
「けど……親友に嫌われるのは、ヤダから。……うん、ちゃんと、聞いとく。親友も、ヤダったら断っていいよ」
──今や、その身体は、間違いなく淫らな雌そのもの。
適度に熟れてむっちり柔らかく、しっとりと甘酸っぱいフェロモンに濡れて。
それでいて、若々しい肉のハリと、すべすべとした絹のような肌の滑らかさを、完璧なバランスで両立している。
もう──僕には、目の前の淫魔が、親友には、見えない。
ただの、孕ませ頃の、極上の女。
友情もへったくれもなく、互いに肌を重ね、ナメクジ同士が絡みつくような、肉欲をただ満たすだけの、濃厚極まりないセックスを誘う、淫肉のカタマリ。
それでしか、ない。
そうとしか、思えない。
──彼女は、頭を犬ほどの高さに下げたまま、じっと僕を見上げている。
睨まれている訳でもないのに、目が釘付けになって、離れない。
無表情で、感情の読めないその瞳は、静かに凪いだ湖面のようだ。
ひたすら蠱惑的で、闇に溶けるように暗い、吸い込まれそうな、瞳。
それに、見つめられているだけで、どんどんと意識が、彼女に吸い寄せられてゆく。
夕日の色も、フローリングの冷たさも、脳内から剥がれ落ちて、感じられなくなる。
ただじっと、女の色香の極まる瞳に、見つめられているだけで──何も考えられなくなり、腰がじわじわと蕩け、精を漏らしてしまいそうになる。
「……親友」
──だけど、それでも。
彼女は僕のことを──親友と、そう呼ぶ。呼んでくれる。
だから、僕は。
その信頼に、答えなくては、ならない。
彼女に、こんな目線を、向けてはいけない。
こんな──色欲にじっとりと塗れた、ご褒美を期待する犬の目なんて、決して。
彼女の静かな呼吸の音が、僕の荒々しい息遣いの合間に、耳に届く。
脳みそが、ミキサーにかけられたかのように、ぐっちゃぐちゃにかき乱されて、思考がちっともまとまらない。
ペニスが、甘ったるい匂いと、視覚の暴力にあてられて、破裂しそうなほど張り詰めてしまっている。
違う。そんな欲望を抱いてしまったなら──親友と、親友でいられなくなる。
この先、一生、ずっと、永遠に。
だから、僕は、この男根を切り落としてでも、馬鹿みたいに笑ってみせるべきなのだろう。
きっと、彼女もそれを、望んでいるはずだ。信頼してくれているはずだ。
そのために彼女は、自分の真の姿を、今日。
わざわざ、僕に、さらけ出してくれたのだろうから。
何故なら、僕は、彼女にとって。
唯一無二の、親友。
たった一人の、友達、なのだから。
僕は、ごくりと生唾を飲み、決死の思いで、腰に溜まったむらつきを押さえつける。
そして、意を決し、口を開こうとして──その、一瞬前に。
彼女は、音もなくするりと、蛇のように。
僕の首に、腕を巻き付け、抱きついて。
耳元で、とびきり甘く、囁いた。
「私、親友が、欲しいなぁ……」
その直後、彼女の魅惑の肢体が、肉付き相応の、体重と共にのしかかり。
それと同時に、ぷつんと──いや、どろりと。
理性が溶け落ちる、そんな後戻りのできない音がして。
「……レイプして、いい?」
──その日、僕は。
硬く冷たい、木の床の上で、童貞を捨てた。