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【進捗.2】モンスターハウスだ!~ヴァルキリーさん達の甘やかしパワハラに耐えながら生きる極楽天界生活編~ (Pixiv Fanbox)

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色気も味気も無い、質素ながらも清潔な部屋に、微かな紙擦れの音が響く。

その部屋は、我々の世界で言うならば、何かの事務所、あるいはオフィスのような施設だと言える。

しかし、手放しにこれをオフィスと呼ぶには、ここはあまりにも生活感がなさ過ぎた。

──慣れないなぁ。

まるで、自分が幼児にでもなったのかと思うほどに大きな椅子に座りながら、辺りを見回して、ため息を吐いた。

几帳面に整理されたファイルや、大量に積み上げられながらも散乱することなく日付け順に並べられた書類。

真っ白な床にはホコリ一粒落ちてはおらず、窓には水垢の曇りの一つも見られない。

備品や壁などは潔癖なまでの白一色に統一されており、必要以上の調度品、娯楽品は無駄だと言わんばかりに、部屋の中には機能美だけが存在する。

唯一見える彩りは観葉植物くらいのもので、面白みも絢爛さもあったものではない。

その、冷酷さすら感じる無駄のなさに、僕は精密機械の回路図を思い出した。

清貧を形に表したこの場所は、昨日にでも新しく建ったばかりかと思うほど綺麗ではあるが、言ってみれば無味乾燥。

清掃が几帳面すぎるほど几帳面に行き届いていること以外に、特筆すべきことは何もない。

しかし、それに対して文句を言う者も、態度で退屈を表す者も、この場には誰も居ない。

当然だ。

何故なら、ここには人間は居ないから。

それは、今は人が出払っていて僕一人しかいないから、という意味ではない。

この部屋が作られた段階から、ここに人間が入ることは想定されていないのだ。

ふと、窓の外をちらりと見る。

空き巣が家人の帰りを探るような、何となくやましい動きで覗いたそこには──最早見慣れてしまった、金色の雲海が果てしなく広がっていた。

その眩いばかりの景色の中に見えるのは、敬礼を交わし合いながら飛び交う、無数の美女。

背中から純白の翼を生やし、煌びやかな白銀の装飾を輝かせて、思い思いの武具を身に着けている。

身の丈を超える長槍を背負ったり、あるいは騎士らしい直剣を腰に提げたり。

鎧に関しても、よく磨かれて光沢を放つプラチナ色は共通しているが、デザインはまちまちであり、重そうなブリガンダインを身に着けている者も居れば、白くてすべすべとした肌が露出するような軽装の者も居る。

そんな中で、彼女らに共通していることは、二つある。

まず、いかにも軍属らしい、素人目に見ても全く隙のない一挙手一投足。

一つ一つの動きが洗練され尽くしている、機械じみて精確な動きは、厳しい神経質さすら思わせる。

そして、もう一つの共通点にして、彼女らの最大の特徴──それは、美貌。

やはり天使と言うべきか、その美しさと清廉さは、地上に居る人間の美女なんかの比ではない。

あり得ないほど整ったかんばせは、彼女らが肌身離さず持ち歩いている、鋭く磨かれたミスリル製の武具の、無機質で普遍的な艶を思い起こさせた。

切れ長なつり目は、不屈の精神性と、清廉な気高さをそのまま表しているし、高く通った鼻筋は、美しくも強く、英雄譚に描かれる偉丈夫を思わせる。

そんな顔立ちに比例しているが如く、彼女らの肉体はすらりとしなやかでありながらも、一本芯の通った鋼そのもの。

モデルじみて長い脚は引き締まりながらも太く肉付き、女性的なふくよかさと男性的な力強さが同居して。

無駄な肉の付いていない腹は、うっすらと腹筋が浮き上がり。

それでいて──グラマラスに鎧を押し上げる巨大な胸は、飛びついて甘えたくなるような母性の象徴だ。

要するに、有り体にまとめると──窓の外では、雲の上を勝気がちで気難しそうな厳しい目付きをした、イケメンで長身で見るからに強そうで、豊満かつスマートな天使の美女が数えきれないほど飛んでいる。

──あまりにも、空想じみた光景。

こんなことを誰かに言えば、下らない冗談と聞き流されるか、あるいは薬物使用か幻覚を疑われて病院を勧められるに決まっている。

しかし、現実にこれは、間違いなく実体を持った風景であり。

そして、僕もまた、そんな非現実な風景の一部になっているのだ。

そう言い切れる証が、僕の手の中に、確かにある。

ぱらりと、一枚紙を捲る。

『戦乙女6894小隊昇天嘆願書』という見出しの下には、確かに僕の名前や生い立ち、来歴や死因が書かれていた。

そして──この人間を、【一般勇士】としてヴァルハラへ召し上げる、とも。

──戦乙女。

またの名を、ヴァルキリー。

女性でありながら、誇り高き騎士でもある彼女らは、死した英雄を天界へと導く、冷淡かつ厳しい教官役の天使である。

そして、彼女らと英雄たちは、導かれたヴァルハラという城にて、生死を掛けた戦と絢爛な宴を繰り返して、来るラグナロクに備えている──らしい。

現地に居る僕としても、あまりその辺りの事情については聞かされていないので、盗み見た資料と生前の記憶から判断して、曖昧な言葉でしか語れない。

そんな知識から判断すると、今僕が居る場所、つまりヴァルハラは、天国とはとても言い難く、恐ろしい場所と言える。

心から戦い好きな、古の荒くれものなどはいざ知らず、事故で命を終えるまでの20年程度で、殴ったことも殴られたことも一度すら無かった現代人の僕にとっては──命をかけた戦いを、永遠に繰り返すなんて、あまりにもおぞましい。

それこそ、地獄と言われても相違ないくらいには。

──けれど、僕は、この状況に。

これっぽっちも、恐怖などは抱いておらず。

ただ、漠然とした、興奮と期待感──例えるなら、極上の美女を両手に侍らせたまま、ラブホテルの門をくぐる、その直前のような、逃げ出したくなってしまうほどの感情に、ただ震えるだけで。

そんな中、何かを待ち望むような、あるいは来ないでほしいと懇願するような。

矛盾した心持ちで、ただ椅子に座っていると。

後ろから、ハープの調べのような、涼やかな声が響いた。

「……何をしているのですか?」

──がたりと椅子が跳ねるほど、肩を上げて驚く。

耳元数センチ程度の距離で囁かれた、氷を思わせるほど冷ややかな声。

脳髄の奥まで染みわたり、そのまま何もかも蕩かしてしまいそうな、低いアルトのウィスパーボイスは、意識の芯まで容易に入り込み、否応なしに魅了してしまう耳心地の良さだ。

恐る恐る、ゆっくりと振り返る。

そこにあったのは、視界がいっぱいに埋まるほどの、ギリシャ彫刻じみた美貌。

あまりにも美しくて、見惚れてしまうよりも先に、畏れ多さに跪いてしまいそうなほどの、ある種極まった見目麗しさは、背筋が粟立つほどの強烈な違和感すら与えてしまう。

彼女の完璧に美しい黄金比の顔立ちは、自然には決して存在しない、神の手により生まれた生物の完成形であるため、人間の顔ばかり見慣れた僕は、その整い過ぎた精悍な顔立ちにぞわぞわとした恐怖を覚えるのだ。

もし、僕が無神論者だった生前に、こんなにも威厳に満ちた天使から、神託と称して一生天使のために尽くせと吹き込まれたなら、きっと疑いなど欠片も持たずに狂信してしまうだろう。

それくらい、危ういほどのカリスマが、至近距離に居る彼女にはある。

そう──騎士の役割を持つ天使、ヴァルキリーである、彼女には。

決して比喩や過言でなく、それを現実にするくらいの、人外の美が備わっていた。

「また、ですか」

それは、ひたすら静かな、吐息にも似た呟きだった。

元より、誰かに──もとい、僕に向けて話した言葉ではなく、ただの独り言だったのかもしれない。

しかし、彼女の透き通った声は、冷たく凪いだ水面を伝う波紋のように、いやにはっきりと僕の鼓膜を震わせた。

「私の記憶によれば、そこ……我々小隊の詰所の隅、下位天使用の席に座っていたという事例は、これで三度目でしょうか。よほど、お好きなのですね」

ただでさえ冷ややかな金色の目を、殊更に冷たく凍らせて、問い詰めるかのように、彼女は呟いた。

──降りろ。

言葉にまでは出さないものの、その態度や目線は、間違いなくそう言っている。

「何度も何度も申し上げておりますが、そこは我々ヴァルキリーのための席です。貴方のようなものが座るための場所ではありません」

じっと、にこりとも笑わずに僕を見据えて、一時も目線を外さずに彼女は言う。

足がつかないほど大きな椅子に座っていてもなお、ヴァルキリーである彼女の体格は人間の僕とは段違いであり、まるで幼児とそれを見下ろす大人のような、圧倒的な格差がここにはあった。

「人間は、人間が居るべき場所に。それが、天界においての規則です。話をするなら、それからでしょう。……その場所がどこであるかは、言うまでもないですね?」

──僕が現在座っているのは、くどいようだが、何の変哲もないただの椅子だ。

この部屋中を見回しても、これより立派なものも、ましてやみすぼらしいものもない。

過不足なく、全く同じ椅子が、ただ整然と並んでいるだけ。

けれど、僕はそこには座らせてもらえない。座る権利がない。

つまるところ、それが意味するのは。

「……お嫌ですか。それとも、そこから降りられないのなら、私が降ろして差し上げましょうか?」

──冷たく見下ろす、ヴァルキリーさんの目線が突き刺さる。

その態度は、どれだけ贔屓目に見たって、自ら招き入れた英雄、勇士とやらに向けるものではない。

しかし、これが、彼女らにとっては、当然。

そして、これが、この天界における、僕の立場なのだ。

── 一般勇士。

それが、僕がこのヴァルハラに召し上げられるにあたり、与えられた称号だ。

そして、それが意味するところとは──つまるところ、英雄未満。

来たるラグナロクに向けての訓練においては、予備軍、ベンチ入り以下の三軍であり、この天界に存在する元人間としては、最も低い立場の者なのだ。

それもそのはず、僕は生前は普通に暮らしていただけの、どこにでも居る、ただの現代人。

どう考えたって、世界の命運を賭けた戦いに参加するような、英雄たる器なんかではない。

多分、人よりちょっと悪いことをしなかったから、ギリギリ天国行きになったとか、実際はそんなところなのだろう。

──だからこそ、それが、僕にとっては何よりも恐ろしい。

厳格なヴァルキリーにより、天界に繋がれて、飼い殺しにされて。

一生どころか永久に、飼育されるペット未満の立場となり、彼女らの言いなりになり続けるのだ。

──けれど、それでも。

僕の中に、恐怖などは、一切ない。

それによって、僕が傷付くことなど、ましてや苦しみを受ける事なんて、一切ないと分かり切っているから。

「何を、呆けているのです?どうしても、そこから動きたくありませんか?」

じっと、唯々ひたすらに、目の前の天使は、僕を見下ろし続ける。

目線の位置には、むっちり艶々と、眩しいほど白い太もも。

それに、悩ましい括れが蠱惑的な、健康的かつ女性的な引き締まりを見せる、すべすべのお腹。

恥を忍んで言えば、許されるならば、いつまでも見続けていたい絶景だ。

芸術品のように高潔なヴァルキリーの、汚しがたいからこそ引き立つエロスが、むらむらとした欲求を湧き起こさせる。

例えば、一面真っ白な神殿の壁の前に、油絵の具が詰まったバケツが置いてあったなら──するかしないかに関わらず、それを思いっきりぶちまける想像をしてしまうように。

「…………」

眼前に立つ、ヴァルキリーの肉の乗った腿は、元々の体格差も相まって、僕の胴ほども太い。

そして、いかにも柔らかそうに、ニーハイソックスにむちむちと食い込んで段差を作り、芳しいほどの雌らしさを振りまいている。

──自分が置かれている状況も忘れて、抱きつき頬擦りして、甘えるようにして腰を振りたくりたい。

そんな、もしも思考が目の前の彼女に漏れていたならば、首を即座に撥ねられるような、あまりにも無礼なことを、状況も弁えずに妄想してしまう。

これでは、言い訳のしようもなく、最低のクズそのもの。

そして、極度に愚かで知能の足りない、命知らずでもある。

現在進行形で、自分の行いについて責められているのに、むっちり豊満で柔らかな太ももに劣情を抱くなど、擁護のしようもないだろう。

それこそ、損切り寸前の立場である僕を、その場で首を撥ねて処分してしまう口実になる程度には。

「……どこを、見ているのですか?」

しかし、どうしても、欲望が抑えきれない。

そのことを理解していてもなお、視線は吸い込まれるように惹かれて、手はわきわきと期待感に溢れ、目の前の女体に対してのセクハラ妄想に沿った動きを止められない。

それほどの、魔性。

命を懸けてでも性欲を滾らせるような魅力が、清廉な存在であるはずの天使には、確かに存在していた。

そもそも、ヴァルキリーという天使は、英雄の理想の恋人となる存在であり、戦で昂ったままの男の欲望を満たす──つまり、有り体に言えば、娼婦じみた役割も果たす女性なのだ。

それこそ、神に作られた完璧な天使であるヴァルキリーは、飲み屋街の路傍で声をかけてくるような胡散臭い人間の娼婦とは、比べるにも値しないほど。

理想を超えた、快楽の沼に沈み込むような──殺し合いの苦痛と差し引いて尚も、ヴァルハラを極楽と呼ばせるほどの、淫蕩そのものの一夜を与える、淫らな女性でもあるのだ。

故に、それを知っている僕は、どうしても、様々なものが込み上げてしまうのだ。

特に──こうして、冷淡にヴァルキリーとしての使命を果たしているところを見ると、そのギャップから、より強く。

そして、何よりも。

それにより、彼女が刃を振り下ろす事など──万に一つも、あり得ない。

それを、知っているから。

憂いなく、より深く、純粋な興奮が高まってしまう。

「……まあ、いいでしょう。貴方がそうしたいなら、それはそれで構いません。それよりも、そこで何をしていたか、聞かせていただきましょうか」

ふう、と。

また、呆れたように小さく息を吐き、ヴァルキリーさんは、しゃがみこんで視線を合わせながら。

僕の返事も待たず、じっと目の前に立ち塞がったまま、彼女は更に僕を追い詰めようと口を開いた。

それは、指示もしていないくせに、最も下賤な立場の、英雄にもなれないただの人間が、勝手なことをしていたからだろうか。

それとも──下劣で下卑た目線を、説教の最中という最低のタイミングで向けていたからだろうか。

上を見上げると、そこに見えるのは、日陰ができるほどの圧倒的な質量を持つ、乳肉の山。

そして、恒星のように神々しく、自ら黄金の光を放つ瞳。

人間よりも圧倒的に格上の存在であり、僕に対して好きに裁きを下すことができる上位者の姿は、直視するにはあまりにも眩い。

圧迫感のある光景にたじろぎつつ、このままでは現行犯で沙汰を下されそうな気がして、必死に重い口を開く。

一時しのぎの自己弁護であっても、何も言わないよりはマシだと判断したからだ。

「……ふむ、ただ座っていただけ、ですか」

──当然これは、真っ赤な嘘だ。

何の用もなく、こんな場所に来るはずがない。

しかし、とにかくそでもう言って、一瞬でも彼女らから裁きを受けることを遅らせたかったのだ。

「では、その手に持っている書類は、何の為に?」

だが、もちろん、そんな嘘はすぐにバレる。

人間相手に吐いたって、一瞬で見抜かれるような、杜撰な嘘だ。

人間よりもずっと上位の存在であるヴァルキリーが、見抜けないはずがない。

「……何故、いつもいつも、そうして嘘を吐くのでしょうか?無駄だということは、ご理解なされているはずですが」

ぱさりと、彼女は僕の手から紙を抜き取り、そのまま軽く投げると、ひらひらとはためきながら、綺麗に書類の束の最上面に重なった。

それから、ちらりとデスクの上を見て──インクの入った小瓶を手に取る。

「……これ、私が出かける前は、切れかけていましたね」

目の前にずいと突き出され、気まずくなって目を逸らす。

──お前がこれをやったんだな?

つまるところ、彼女の言動は、それを意味しているのだろう。

僕はそれに対して、そうだと言うでも頷くでもなく、ただ俯く。

悪戯をしたことに反省しつつも、意地を張ってそれが言えない子供のような、そんな姿を晒しながら。

──彼女の推測は、当たっていた。

インクが少なくなっているのを見て、中身を詰め替えたのは、僕だ。

彼女らの普段している、天界での仕事とやらの内容は、あまりよく分からない。

でも、保管してある資料をきっちり日付順に並べ直すことや、備品の補充をするくらいなら、僕にだってできる。

だから、せめて何かの役に立とうと、ちょっとした雑用を行っていただけなのだ。

──最も、元から彼女らがきっちり部屋の清掃や整理を行っていたこともあり、僕がしたのはこれくらいで、実際はほとんど何もできなかったのだが。

「そうですか。大方、事情は分かりました。

……ならば、やはり、貴方にはいつも通りに」

けれど、ヴァルキリーである彼女は、僕の行いを看過する気は無いらしい。

彼女は──突然、ばさりと巨大な六枚の翼を大きく広げ、手を前に組んだ。

「──天界の規則通り、審判を与えなければなりませんね」

──ぶわりと、閉じた室内に、雲海がなだれ込む。

それと共に、林檎の花の香りを乗せた、竜巻のような突風が巻き起こった。

激しくも優しいその風は、目の前の天使の翼をはためかせる事すら叶わない。

彼女は、指を絡ませて組んだ手を、深く握った。

『主天使、フォアグリムエルの名において、小隊各員に告ぎます』

そして、やがて風は、次々と螺旋を描く光の線へと置き換わる。

その神秘的な極光を纏うと、彼女は人間の言葉にはない不思議な発音の祝詞を呟いた。

──ずず、と空気そのものが震える。

その隙間から現れたのは、巨大な扉。

幾何学の模様が刻まれた、大理石のような質感のそれが、スポットライトのように光を浴びながら、忽然と部屋の中に現れる。

『これは最重要指令です。只今行っている活動を取りやめ、直ちに詰所へと集合しなさい』

エコーが掛かったかのような、どこまでも──比喩でなく、どこまでも届きそうな、不思議な音色をした声が、放たれる。

──その、数秒後だった。

彼女が呼び出した扉が重そうに開くと、その中から、より眩い光──むしろ、閃光とも言えるほどの光の束が飛び出す。

思わず顔を腕で覆うほどの、質量すら感じる輝き。

それに紛れて、幾つもの人影が、錐揉みに飛行しながら、扉をくぐり抜けた。

その人影たち──いずれも翼の生えた、2mを超えるほどの長身と、類稀なまでに麗しい容姿を持った女性の軍団は、猛禽のように軽やかに、机の合間を縫って一列に着陸する。

ふわふわと柔らかそうな純白の翼と──それに負けず劣らず、沈み込むように柔らかくて、真珠の如く白く輝く、女性らしい駄肉を揺らしながら。

「6894小隊隊員、下級天使キュラムエル。只今ここに」

びしりと、澱みない動きで、勢いよく敬礼。

指の一本一本に至るまで歪みなく伸ばし、鋭く尖った金色の目線を、一切のブレなく上官──先程から僕の前に立っているヴァルキリーさんに向けた。

「同じく、クムロゥエル。只今ここに」

それに続いて、次々と。

シャープな顔立ちと官能的な体つきを両立させた、極上の美女──もとい、彼女と同じヴァルキリーが、並んでゆく。

見上げるほど大きく、僕なんて一秒あれば百回は殺せるような、強大すぎる武力と権力を持った超常の存在が、この狭い空間を埋め尽くすほどに。

──たぷん。

動きに合わせて、水の詰まった風船のように柔らかく、頭ほども大きい乳房が揺れる。

革の胸当てにみっちりと押し込められ、横からたわわに肉がはみ出るほどの爆乳。

あるいは、ミスリルの全身鎧に包まれた、明らかに胸だけが突き出たシルエットになるほどの、中身のサイズ感を想像せざるを得ない、爆乳。

荘厳な顔立ちとは相反した、唯々いやらしいだけの脂肪の塊が、柔らかくたわんでは雄を誘っている。

それから、真っ白くて太ましい腿肉。

ずっしりと重量があり、どっしりとした安定感すら感じる、雄殺しの巨尻。

枚挙にいとまがないほどの性的魅力の塊に囲まれて、ついつい──心臓が、興奮からばくばくと、早鐘を鳴らしてしまう。

「……して、此度の緊急収集は、何故……?」

そうして、全員──彼女らを呼びつけた上官のヴァルキリーを含めて11人──の天使が揃うと、特に重装のヴァルキリーが口を開く。

それと共に、一斉に僕に向く、鋭く神性を帯びた、プラチナ交じりの金色の瞳。

──きっと、誰もかもが、理由を察しているのだろう。

彼女らの表情そのものは、相変わらず硬く凍てついたものだったが、そう理解せずにはいられなかった。

何故なら、こちらに向いた目線。

それらには、ほんの少し、言われなければ分からないか、言われたとて首を傾げるほども若干だが──呆れたような感情が乗っていた。

「ええ……察しての通りです。また、勇士様が、こちらの詰所の清掃や雑用等を行っておりました」

じっと、こちらに向けられたまま動かない、幾多もの瞳。

白くシミ一つない肌に、一文字に結ばれた形のいい唇に、すらりと整った輪郭に。

人間の作り出した陳腐な表現では言い表しようもないほどの、ともすればゾクゾクとした薄気味悪さすら感じてしまいそうなほどの、ヒトならざる美貌が並び立つ。

くらくらするような無数の人外の美、その神聖さすら帯びた、艶やかさや華やかさ。

凄まじいほどの見目の良さにあてられて、全身から力が抜けるような虚脱感──つまり、深く魅了されてしまう感覚に陥ってしまう。

それほどの、匂い立つような蠱惑──たった一人が相手でも、心の底から屈服せざるを得ないそれ──に囲まれて、見下ろされ、心臓を殊更に高鳴らせてしまう。

「ですので、規則通りに」

そんな中で、目の前に立つヴァルキリーさんは、凛とした声でそう言った。

そして、ぼんやりと座り、じっとそちらを眺めていた僕の方へと向き直ると、少しだけ屈み、目線を合わせて。

「審判を、下さねばなりません」

──部屋中に、どこか剣呑な空気が走る。

各々のヴァルキリーが、すぐさまそれぞれのデスクの前に腰を掛け、"審判"へと準備する待機態勢に入った。

そして、目の前には、僕が今座っているこの椅子の主であろう、一般兵のヴァルキリー。

それと、僕を被告人席へと牽引する、騎士隊長のヴァルキリー。

どちらを見ても、少なくとも、僕の味方ではなくて。

「速やかに、こちらに来なさい」

──もう、抗っても、仕方ない。

恐る恐る、その手に引かれるまま、彼女が普段使いしているであろう、他の物よりも少しだけ大きなデスクまで連れられる。

「……座りなさい。もう、貴方に拒否する権利はありません」

じっと、冷徹な目線が、四方八方から突き刺さる。

冷たく、僕の心の内をどこまでも見透かしたような、超然とした光を宿す瞳。

どんな奇跡が起こっても、この包囲網から逃げられる可能性は、ゼロから変わりはしないだろう。

それほどに、絶望的な状況。

しかし、僕の心の中には、恐怖はほんの少しも無い。

心臓の音が、静まり返った室内に響く。

ごくりと唾を飲み込みながら、彼女らの示す席──今から罪を追求される、処刑台へと進んでゆく。

姿勢よく、ぴんと背筋を伸ばして座った、騎士隊長さんの椅子の前。

そこに立ちながら、呆然と、彼女の顔を見上げる。

「……着席を」

あくまでも彼女は、冷徹に使命を果たそうと、進行を促すだけ。

慈悲もへったくれもないその姿に、意地でも僕に審判とやらを下したいのだと悟り──心の底から、熱く興奮に濡れたため息を、腰の底から震えあがりながら、吐いた。

一歩、一歩。

見守られながら、歩く。

騎士隊長さんが──両腕を広げて、待ち構えている、そこに。

「……よろしい」

彼女の腕が届く場所まで来ると、体がそっと持ち上げられる。

そして、そのまま──むちむちふかふか、雌肉の溢れる膝の上へ。

クッション性の極めて高い、肉の乗った太ももに、全身の体重を乗せて、沈む。

頭は、巨大な乳肉のヘッドレストに預け、もったりとした乳脂肪の感触を味わう。

どっと、体から力が抜けて、代わりに、涎が口元から垂れてしまいそうなほどの恍惚が、全身に広がる。

脳を支配するのは、ミルクセーキにも似た甘ったるい雌臭と、爽やかなフローラルの香りが混じり合った匂い。

心地よすぎる、極楽そのものの感覚。

一瞬で体ごと精神を虜にしてしまう、天使の肉体に堕落する。

「お心地は、いかがですか」

とろんと蕩けた僕の頭を一撫でして、騎士隊長さんが尋ねた。

無論、聞くまでもなく、これ以上ない幸せを味わって、噛み締めている。

それは、あからさまにハートマークを撒き散らし、多幸感を全身で表現している姿を見れば、ぴったりと身を寄せている彼女でなくとも理解できるだろう。

だからこそ、彼女が聞いているのは──恐らくはその逆。

気持ち良すぎはしないか、快感が強すぎて辛くなっていないか、という事だろう。

彼女らによると、天使の肉体には常に神聖な力が流れており、その力は人間に流れると強い幸福感を与えてしまうらしい。

そして、戦乙女である彼女らは、その神聖な力を使って、超常の力を引き起こして戦うため、特にその力を強く有している。

そのため、ヴァルキリーの肉体に触れると、特に体の芯から蕩けきる感覚を強く感じてしまうのだそう。

「特に言う事が無ければ、お加減の方はよろしいとみなしますが」

──よろしくは、ない。

じんじんと、脊椎から溶けてしまうような、圧倒的な幸福感は、人間が味わっていいものではない。

しかし、かと言って、この多幸感を拒否できるかと言えば、それは不可能だ。

くらりと理性が薄れ、腰骨がじわりと溶けだす心地。

その快感に悶えながら、思わず、体の向きを逆にして、ぎゅっと。

居ても立ってもいられず、きつく腰に抱き着いて──たわわな乳肉に、思いっきり、頬ずりをかました。

「……お気に召したようで、何よりです」

ぽんぽんと、優しげな手つきが、背中を叩く。

母性すら感じる、柔和な感覚。

その温かみに、心からの安心感を感じさせられて。

「では、予定通り。只今より、貴方の行いに対し、我々は審判を下します」

──しかし、慈悲はなく。

頭をゆったりと撫でつけたまま、彼女は静かにそう告げた。

それに対し、神妙な面持ちで、他のヴァルキリーも頷く。

凛とした、曇りない眼で、針の筵のように、僕にその刺すような目線を向けたまま。

「まず、第一に。前提として、勇士様は、私が到着した時には、そこに……そう、その端の椅子に、座っておられました」

騎士隊長さんは、優雅ながらも、刀のようにぴんと。

ほんの少し反るほどはっきり伸ばした指で、僕が座っていた個所を指さす。

「我々の、断りなく……でしょうか」

それに対して、真面目そうな──ヴァルキリーさんの中に不真面目そうに見える人は居ないが、ハーフリムの銀縁眼鏡をかけているからだろうか、彼女はその中でも特に生真面目に見える。冗談など生まれてから一度も言った事がなさそうと言えば、流石に偏見になるだろうか──ヴァルキリーさんが、顎に手を当てながら、静かに呟いた。

その声色は、呆れていると言うよりは、単純な疑問から。

何故、そのような道理が通らない事をする必要があるのか。

そんな意図が、込められているように感じた。

「ええ……御身お一人で、孤独に」

──孤独を感じていた訳では、ない。

が、それを声に出し、口を挟みはしなかった。

真面目な顔で、少しばかり反省したような声色で、心からそう感じているであろう彼女に、そう訂正する気にもなれなかったからだ。

「それで……勇士様は、誰も側につけずに、何を……?」

また別の方向から、質問の声。

その声色は相変わらず冷たいけれど、何故か、どこか優しいニュアンスを感じる。

例えるなら、目線を合わせるためにしゃがみながら、幼児に語りかけるような。

そんな感情を、彼女は僕に向けている、ような気がする。

「……これを、見なさい」

そして、また相も変わらず、生真面目で大げさな、騎士隊長さんの声。

殺人犯が凶器を見せつけるくらいに、途轍もない一大事を発表するように、インクの入った小瓶を掲げる。

「それは……」

ただの、小瓶。

それは、彼女らも分かっているのだろう。

それが、僕がインクを替えたものという事も、インクを替えるくらいなら物心ついたばかりの三歳児だってできるという事も。

けれど──部屋中が、静まる。

それが重大な事だと、僕以外の誰もが、信じて疑わない。

「これは、貴方にお返ししておきましょう」

インク瓶の持ち主──つまり、ガラス瓶が乗っていた机に座っていたヴァルキリーさんが、それを受け取る。

常に冷静な彼女には、どこか似つかわない、ギクシャクした動きと、ぼんやりした顔で。

少しだけ、部屋がざわめく。

規律を何より重んじる彼女らが、会議を行っている最中に、私語を行うほど。

それだけ、ヴァルキリーさん達にとっては、衝撃的なことなのだろうか。

たった、インクを補充しただけの、一分もかからない雑用が。

「……これで、三度目ですね」

冷酷に、そのくせ僕の頭を撫でながら、騎士隊長さんが、告げる。

仏の顔も、という諺があるが、それは異国の天使にも適用されるのだろうか。

そんな益体もない事を考えつつ、彼女の手つき──ことごとく僕を蕩かす、優しくて甘い、心地よいところを知り尽くした動き──に身を委ねつつ、ただ黙って彼女の言葉に耳を傾けた。

「はっきり言って、少々困ります」

それは、心から、困り果てた声だった。

かといって、迷惑に思っている訳でもない。

ただただ、困っている。

そういう、声だった。

「天界での規則……つまり、我々が最も重んじ、従う、その法については、きっと貴方様も存じておられるでしょう」

──もぞ、と。

ヴァルキリーさんの胸元で、身じろぎをする。

「行いには、報いを」

短く、簡潔な言葉。

しかし、それが僕に対する苦言だという事は、もはや言うまでもなく、分かりきっている。

「よろしいですか。貴方様の行為は、はっきり言って、その法に背いています」

誰もが黙り、この場におけるトップ──つまり、今僕を抱きしめているヴァルキリーさんの話をただ聞く。

それはつまり、異論はないということ。

ヴァルキリーさんの言葉に、同意しているという事で。

──糾弾の目線が、こちらに集まる。

最早、誰も味方はいない。

そんな中、ヴァルキリーさんは口を開き。

とうとう、判決を、下す。

「貴方様は、どうしてそうも……お優しいのですか」

──これまでと変わりない、冷たく呆れた声。

「困ります。貴方様は、英雄……つまるところ、人間界からの最も尊ぶべき来賓であり、我々の仕えるべき主なのです」

しかし、その内容と言えば、あまりにも。

「そもそも、天界とは、貴方様のような善なる方が、その報いを受ける場所。つまり、人間として生きていた頃のご褒美を与えられ、永久の祝福ならびに救済を受ける場所なのですから、貴方様はじっと、ただ日々の幸福を受け入れるべきでしょう」

あまりにも──裁きとは、真逆の内容。

「それを……まさか、死してなお、しかも神々の創造物たる我々に、善行を施すとは」

呆れるほど褒め称えられ、褒めそやされ、褒められる。

「貴方様が度を超えてお優しく、また英雄たる存在であるという事は、我々も痛いほど、既に存じております。されど、それでも、貴方様は我々にお手伝いをするのですね」

くどくど、くどくど。

こんこんと説教をするかのように、じっくりみっちり。

「しかし、それは困るのです。何故なら、ここは天界。あなたに生前の報いを、つまり、貴方に生前の善き行いの褒美を与える場所なのですから」

それに対して、静かにうなずく他の天使達。

大真面目な顔をして、全くもってその通りと、深い同意の意を示す。

「貴方は無限の救済、幸福を受ける義務を、既に負っているのです。それを、更に善行を重ねたら、更に救済を授けなければならなくなってしまいます」

──むず痒い。

しっかりと腕にホールドされ、逃げられない腰を引かせながら、ヴァルキリーさんの膝の上で、小さく縮こまり、赤面せざるを得ない。

──もう、いっそ、逃げたい。

ヴァルキリーさんの心地よい揺り籠のような、ふわふわふかふかの胸枕と、むちむち柔らかな膝の上に居ても、そう思ってしまう。

だが、彼女はそれを許さない。

「……ですが、貴方様は、いつもいつも、そうしてお逃げになられますね。我々の与える救済から、そして幸福から」

瞬間的に、光と共に現れて、僕を両側からそっと押さえつける、二人の天使。

ほんの少し、肩に手を置かれているだけなのに、どうしてか、逃げる気がすっかり失せてしまう。

というより、脳内から、その選択肢が消える。

ぞくぞく震えて、またも小さく縮こまる。

神の使徒である、美しく気高いヴァルキリーを座椅子代わりにして、爆乳を枕に頭を預け。

そして隣には、目を逸らしてしまうほども眉目秀麗な、そしてまたも豊満な体つきをした、二人のヴァルキリー。

合計で三人の、怖気が走るほども艶やかな美女に、息づかいが聞こえるほど近く、囲まれて。

囲まれて、触れられて、見つめられて──思わず、深い劣情を、もよおした。

ヴァルキリーに対して、天使に対して、二度までも、粗相。

だが、どうしようもない。

彼女らが望んでいなくとも、彼女らの肉体は至高にして究極の雌性を宿しており、完璧に美しく、かつ淫靡。

彼女らの人智を超えた艶が、人間のちっぽけな理性を優に破壊し尽くし、交尾の欲をそそるのだ。

──深く、息をする。

その間も、じっと、三人は、動かない。

動かずに、十秒ほど固まって、じいっと。

僕が深く呼吸を荒らげ、あまつさえ、ヴァルキリーさんの胸元の濃い匂いを吸っていても、なお。

「はぁ……」

頭上から聞こえる、ため息。

しかし、それでも、ヴァルキリーさんは僕を抱きしめるのをやめないし、おっぱいを押しつけ続けるし、匂いを嗅がせてくれる。

「貴方様は、非の打ちようもなく、素晴らしくお優しい方です」

明確に、許してくれている。

ただ、何かに、呆れているだけなのだ。

「しかし、こればかりは、天使として、ヴァルキリーとして、矯正せざるを得ないでしょう」

目の前に、二人の天使が、居る。

手を伸ばせば、いや、意図して伸ばさずとも、不意に触れる事すらおかしくない距離に。

その巨峰、天使らしくもないただひたすらにむっちりと雄好みするおっぱいを、差し出すかのように、たゆたゆと揺らしている。

その表情に浮かんでいるのは、やはり、呆れ。

不快になる訳でも、苛立つ訳でも、ましてや怒るでもなく、ただ呆れている。

──どこまで、この人間は。

目は口ほどに物を言い、語りかける。

「……貴方様は、何事であっても、どんなに些細なことであっても、欲望を我慢なされますね」

怠惰を叱るような、そんな口調。

いよいよ、軽く責めるくらい、ヴァルキリーさんは言う。

「いけません」

厳しく、ぴしゃり。

一喝して、強制する。

「宜しいですか。貴方様が、この天界で救済を受けるのは、義務なのです」

隣の天使が、ずい、近づく。

戦乙女らしい、厳しげな目元が、僕の瞳を射貫く。

「ですから。もしも、興奮なさったなら、遠慮も何もなく、触れるべきなのです。触れなければならないのです」

二人が、迫る。

厳格な兵士らしく、有無を言わせない目つきで。

──触れ。

そう、体を差し出した。

「それが、貴方に課せられた義務です。従いなさい。規則は絶対ですから」

後ろからそっと、ヴァルキリーさんは僕の腕を取り、二人の目の前に持ち上げる。

二人は、動かない。

──嫌々、従っているのではないのだろうか。規則だから、本当は嫌がっているのに、我慢しなければならないのでは。

そんな想像──現実逃避は、通じない。

何故なら、二人の目は、ただ一点だけ──早くしろ、と。

他の感情が交じることなく、それだけを求めているのは、僕の目から見て、あまりにも明白だ。

「……早く、しなさい」

せっつくような、焦れるような声。

けれど、どうすればいい。

指先は、震えるばかりで、ちっとも動かない。

後光の差すような、神聖そのものの存在である、ヴァルキリー。

こうして眼前に、何をするでもなく佇んでいるだけで、神々しい気にあてられてしまいそうになる、千年以上にも及ぶ、人類の崇拝の対象。

そんな天使に対して、無礼を働くなど、無神論者だった僕ですら、震え上がる行為なのに──よもや、セクハラなど、言語道断だ。

正直、既に彼女らに、明確に興奮して──多分、勃ってしまっていることもバレているのだろうが、それでも。

能動的に、体に触れるのには、耐えがたい抵抗があった。

そして何よりも、目の前の女体の、その目移りするような色めき。

頭、頬、唇、首筋。

そこから下り、肩、乳肉、二の腕、腋、指先。

すらりと括れた臍に、太ましい骨盤に、安産型の尻に。

もう、書き連ねたら、きりがないほど。

何もかもが、甘ったるく媚びて、僕を昂ぶらせているのだ。

それら全てを──この、小さな手で、どうまさぐればいいのか。

そう思うと、どうしても、動くことができなかった。

「……まだ、慣れませんか?」

正面から、ぽそりと呟くように、語りかけられる。

それは、どこか僕を案じるような、はたまた媚びるような、そんな声色。

努めて僕を安心させようと、静かに凪いだ声で──ぽそり。

「天界での暮らしも、天使の体に触れることも」

「欲望を行使することも、褒められることも……慣れませんか」

リップノイズすらも正確に聞こえるほど、近く。

言葉に吐息が混じる、その息づかいが聞こえるほど、近く。

二人から、囁かれる。

──その肢体を、無防備に差し出したままで。

極めて歪で、インモラルな状況。

二人の天使が、天使らしい慈悲を見せ、しかしその優しさを与えるのは、僕に義務を果たさせるため。

僕が──上手にセクハラできるよう、誘導するため。

そのためだけに。

人間を導く戦乙女は、目の前の、ちっぽけで弱っちい人間に、おっぱいをもちゅもちゅと揉みしだかれるためだけに。

神の使徒として、敬虔な信徒に与えるような、深い慈悲を、下卑たセクハラ煽りに、使う。

不純物の一切ない、小川の流れる森の木漏れ日のような、清い空気の中で、深呼吸。

その中に混じる、濃く熟れた雌の匂いが、ひどく淫靡だ。

僕はもはや、勃起を隠すこともできず──むしろ隠そうという気すら起こらず、彼女らに晒してしまう。

けれど、それでも、僕はこの手を動かさない。

むらむらと、付き合いたての若いカップルが部屋にこもり、今にも交尾する直前のような、そんな甘ったるい空気が流れるが、それでも。

どうしても──自分から、それを行う気には、なれなかった。

「……はぁ、仕方ありませんね」

やがて、痺れを切らし、後ろからヴァルキリーさんがため息を吐きながら、僕の腕を下ろす。

──だが、当然、許された訳ではない。

「もう一度言いますが、それらは、貴方へと課せられた、義務です。それを放棄することは、例え貴方様であっても、許可することはできません」

思うがままセクハラするという、義務。

清純で潔白な戦乙女の肉体を、人間の爛れた欲望で穢し、性に溺れ、堕落する。

それを──強要させられている。

「……お優しく、そして謙虚な貴方様にとっては、厳しい事を申し上げているのは百も承知しております。しかし、これは天界の規則なのです。貴方様は、最早この天界の一住人。ですから、この天界の法に従わねばならないのは、道理でしょう」

あくまで厳しく、というスタンスは、きっと変わることはない。

それが、ヴァルキリーという天使の在り方なのだろう。

だが──これが、果たして厳格だと言えるのだろうか。

一刻も早く、戦乙女という極上の美女にして、神話に語られる聖なる天使の──そのおっぱいをまさぐり、もっちゅもっちゅと咀嚼するように揉みたくり、ひどく無遠慮なセクハラ行為を行えという命令で、僕が本当に苦しむと、彼女らは思っているのだろうか。

振り返ると、厳しく睨むように、ヴァルキリーさんがこちらを見つめている。

その目つきは、例えるなら、剣術の指南役の師匠が、修行の末に倒れた者に向かい、倒れるな、今すぐ剣を持って立てと、鼓舞するかのような。

──どく、どく、と、心臓が意味もなく高鳴る。

きっと、彼女らが求めるままに、僕がこの乳肉に飛び込んで、泥酔した最低のセクハラオヤジがパブでするように、思う存分性欲を満たしたら。

きっと、天使である彼女らは、怒りも悲しみもせず──もう、めちゃくちゃに、褒めたくるのだろう。

よくやりました、偉いですよ、と。

本来ならば、即座に払いのけ、その腰に携えた剣で断罪するべきなのに。

「ふむ……」

手を顎に置き、悩むような素振りを見せる、ヴァルキリーさん。

手癖なのだろうか、もう片方の手で、僕の頭をゆったり撫でながら、きっと、僕の処遇を決めているのだろう。

いくら強要しようとも、規則を守ろうとしない問題児──もとい、欲望に塗れたセクハラが下手な、僕を。

「……失礼、提案があるのですが」

すると、突然に横槍が入り、ヴァルキリーさんと僕はそちらを向く。

──控えめなチェーンの飾りが美しい、銀のモノクルを着けた、理知的な騎士。

具体的に言えば、重そうなコートの上から、白い外套を纏った、いかにも参謀といった風貌の、見るからにインテリな──そのくせ、やはり天使の例に漏れず、ひどく雄に媚びた肉付きをした、そんな女性だった。

後ろのヴァルキリーさんは、何も言わず、続きを促す。

こういった仕草の一つ一つもそうだし、他のヴァルキリーさんも、彼女が何かを語っている間は静かに控えている事から察するに──彼女は、かなり偉いのだろう。

小学生のような感想になってしまったが、ヴァルキリーの上下関係など、人間である僕が詳しく知っているはずがない。

よって、今下せる判断は、それくらいのものだ。

「我等ヴァルキリーも、初めて武術を修める時は、文字通り、手取り足取りで技術を教授します。その型を行わせ、体に直接教える事により、一連の流れを知るのです」

流麗な手つきで、懐から銀の扇子を取り出し、柔らかな布で出来ているかのように、一振りに開く彼女。

きっと、それが、彼女の獲物なのだろう。

何故なら、すらりと長い指に、絡みつき馴染む銀の光は、彼女に似合いすぎていた。

白く、流れるような形のいい指は、繊細な動きで、扇子を這いずる。

その手慰みにすら──隠しきれない、艶がこもっている。

きっと、彼女の指を体に這わせられたら──為す術なく、鳴かされる。

それくらいの、有無を言わさない、性的強者っぷりが、あからさまに透けて見えて仕方がない。

そんな彼女は、気怠げでダウナーな印象の垂れ目を、こちらに向けて。

そっと、手を取り、言った。

「思うに……勇士様の行為においても、それは有効なのではないのでしょうか」

──手取り足取り、指導。

それが意味する事は、もちろん、一つしかない。

ヴァルキリーさんは、おもむろに、手をきゅっと──恋人握りにする。

──密着。

熱くなった僕の体温が、ひんやりとした彼女の手に熱を奪われ、同化して。

じわりと手汗をかいてぬめる僕の肌が、人間らしさを感じないほどさらりと心地よい、彼女の絹の肌に馴染み、穢し、穢されて。

すべすべで、柔らかい、女性の手。

それでいて、どこか力強さも併せ持つ、戦乙女かつ騎士である、自分よりもずっと優れた生命体の、触れるのも憚られるような、聖なる肉体を。

──愛おしく、にぎにぎと握られながら、モノクルの奥から、静かに熱っぽい目線が向けられる。

「貴方様さえ宜しければ、今すぐにでも」

その先の、核心は、言わない。

けれど、どう考えても、そういう事だ。

彼女は、僕に向かって──セクハラ行為を、指導する。

それも、僕は受け身になり、ヴァルキリーの豊満な艶々ぷりっぷりの、脂ののった肉体を、ただ手を取られ、導かれるままに、まさぐらせられる。

単純に言い換えれば──僕の身体を、彼女に全部動かしてもらって、責任も罪の意識も放棄して、ただ肉感だけを味わう、最低な行為。

それを、目の前の、天の裁きの代行者である、戦天使は──大真面目に、提案しているのだ。

僕は、深く、ため息を吐いた。

いや、ため息と言うには、その深い呼気は、あまりに震えすぎていた。

──天国。

その意味を、ため息と同じほど深く、噛みしめる。

反射的に、目の前にたわわに実りコートを押し上げる、むっちりぱつぱつな肉に、目線が吸い込まれた。

その目線を、彼女はまた、目線で辿る。

──確認、するかのように。

きっと、僕なんて頭の悪い、ちっぽけな下等生物の考えることなんて、何もかも見透かされているのだろう。

彼女は、表情一つ変えず、僕の思い通りに。

乳肉を、ひどく卑しく──上下に、ぶるるんっ♡♡♡

胸を反らし、その弾力、ボリューム、もったりとした重量を、伝えてくれる。

それはつまり──その『指導行為』の完璧さを伝えるデモンストレーションに、他ならなかった。

「一理、ありますね」

後ろから、挟むように、囁かれる。

相も変わらず、冷たくて甘い、氷菓のような声。

彼女が前屈みになることで、胸が背中で『みちみちっ……♡♡♡』と、甘くにゅりにゅり潰れる心地と相まって、脳が、ひどく、蕩ける。

「彼女の理論には、反論の余地があるようには、私には思えません」

冷酷に、役目通り、審判を下す。

彼女の言葉は、少なくとも、この部屋においての最終決定であり、それを覆すのは不可能。

「ですが、もしも、反論があるのなら、発言を認めます。何もないのなら、その提案に、貴方様も賛成の意思を見せた、と……そう判断致しますが」

腰を、思わず後ろに引けば、雌肉。

かと言って、前に突き出せば、勃起を彼女らに晒すことになり。

脳みそはぐちゃぐちゃになり、泣き出しそうになりながら、必死に頭を回転させる。

何か、何か言わなければ。

言わなければ──耐えられないくらい、幸せに、されてしまう。

「……異論は、ありませんね?」

──あっ……♡うぅ……♡

けれど、こんなにぐずぐずに蕩けた、綿飴のような脳みそで、上手く言葉を話せるはずがない。

鳴き声のような、小さく情けない声を上げて、それだけ。

それを見て、ヴァルキリーさん達は、一瞬──目を、肉食獣のように、細めて。

顎を持ち上げ、すり撫でて、愛玩を一つ挟んでから。

「では……まずは、場所を変えましょうか。それを行うなら、こんな場所ではなく……寝室で、徹底的に。報いを与えるには、そこが一番ですから」

その言葉を聞いて、途端に──びく、と、肩が跳ねる。

僕の、寝室。

徹底的に、蕩かし、幸福を与え、めちゃくちゃにするための場所。

その単語を耳にして、僕は──腰の底から、まったりと、クリームのように濃く溶ける、その心地を想起した。

記憶ではなく、身体に覚えた、極楽の記憶。

むしろ、地獄だと言われても疑わないほどの、快感と多幸の極地に、また──戻される。

「……無駄ですよ。もう、猶予は与えません。貴方様が、無為に天使を惑わし、拐かし、善行を積み、報償を無限に積み上げる……それは、今すぐ、そしてこれからも、防がねばなりません」

ほとんど無意識に、彼女の腕の中から逃げようと、前のめりに乗り出すが、阻まれる。

ぎゅっと、深く掻き抱かれ、また雌肉の檻の中に逆戻り。

もし、そうでなくとも、彼女の膝から降りられたとしても、結果は同じだっただろう。

何故なら、僕の目の前に居る、天使達が──皆、恐ろしいほど、慈愛に満ちた目をしていたから。

きっと、降りていたら、その途端、愛玩の嵐が、僕に向かっていた。

そう、確信せざるを得なかった。

「そもそも、ここは、天界ではありますが……『楽園』では、ありません。貴方様にとっての理想郷は、ただ、貴方様の寝室だけなのです。ですから、早く、戻らねばなりません」

──ぞくぞくと、背筋に、寒気とも興奮ともつかない、そんな痺れが走る。

部屋の奥で、手早く静かに準備を済ませ、姿鏡の前で、静かに一例する天使が見えた。

その鏡に写るのは、反射した景色ではなく、この部屋とは対照的に、暖色のおぼろげな光が差す、上等なインテリアが並んだ、豪勢な室内。

そう、僕は、あそこを通って、ここに来た。

鏡を通り、逃げ込むように。

──寝室という、檻から。

「……では、参りましょうか」

ひょいと、悪戯をした猫のように、持ち上げられながら、連行される。

脱走した囚人が、監獄に戻されるかのように。

いや──事実として、そうなのだろう。

僕は、彼女らの言う『楽園』から逃げ出して、勝手な真似をした囚人だ。

ただ一つだけ、囚人と違う部分があるとすれば、そのVIPのような扱い。

面倒ごとは全て──歩く事すら、近衛騎士のように従属する彼女らが、全て代行しつつ。

美しく、気高く、超自然の存在に抱えられて進み、その左右から、また天使が、恭しく一例をする。

気分は、まるでレッドカーペットを歩く一国の主だ。

そして、その僕の配下、または手足のように動かせる絶対服従の所有物であるかのように、跪いて道を作る、無数の美女、美女、美女。

その一人一人が、ただ女性として魅力的で──有り体に言えば、全てにおいて雌として優れすぎており、その肉体だけが理由で、神々と並んで神話に語られるほども、ひたすらに壮麗でグラマラスで。

そんな、誰もが涎を垂らして望むような美女が、僕に向かって頭を垂れている姿は──ひどく下衆で、下劣な興奮を与える。

──彼女らは、天使は、ヴァルキリーは、僕のもの。

それこそ、オナホ扱いしても、奴隷扱いしたって、きっと彼女らは怒らない。

もちろん、実際にそんな事はしないし、恐れ多くて言葉にも出せないが、しかし──できてしまう。

「勇士様、お忘れ物はございませんか」

そう、天国とは、楽園なのだ。

その欲望の何もかもが、理想を超えて叶い続ける場所。

何かを思ったそばから、ふと考えただけの欲求が、男の欲望を煮詰めたような、ヴァルキリーという人智を超えた圧倒的な存在に、庇護されるかのように、満たされる。

それが、続く。

おそらくは、終わりなく、永遠に。

けれど、極楽には、叶わない願いが、一つだけ存在する。

それは──

「用事は、済ませておいて下さい。きっと……もう、ここには戻ることは、二度とありませんから」

──いっそう、勃起に、力が入る。

それは、きっと、強制ではない。

閉じ込められる訳ではなく、頼めば部屋から出してもくれるけど──もう二度と、戻らないと、彼女は言ったのだ。

僕が、心から、それを望むから。

永遠に、寝室という天国──たった一つの、僕だけの楽園に、永遠に閉じこもることを。

「では……帰りましょうか、楽園へ」

そうして、彼女は、ヴァルキリーは──いとも容易く、平然と、戸惑いなく。

拍子抜けするほど呆気なく、鏡の中へと、僕を連れ、消えた。

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