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世界的スーパーモデルな超絶イケメン中性的高身長むちむち爆乳ハイスペ美女との幕間いちゃらぶ日常風景~同棲生活初日編~ (Pixiv Fanbox)

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ぼんやりと、クッションを膝の上に抱えながら、テレビから流れている雑多なバラエティ番組を見る。

特に見たい番組という訳でもないが、誰か僕以外の声がしないと、色々なものが目に入って落ち着かないからだ。

『本日はデパートで季節のスイーツフェアがあり──』

大げさな身振りと口調のレポーターが、小さなチョコを煌びやかな宝石に例え、口に放り込む。

大声を出して美味しいと叫ぶ姿は、見るからに演技くさかったが、それに関係なくチョコレートは美味しそうだなと思った。

きっと、普段見ているテレビよりもずっと大きくて画質もよく、音質も比べ物にならないほどのスピーカーを使っているからか──いやいや、それは、そうなんだけど。

ぱしぱしと頬を叩き、気を引き締める。

そして、努めて視界にテレビの液晶以外を移さないようにして、身じろぎ一つせずにじっと体育座り。

でないと、心臓が到底もたない。

僕が今居る場所は、僕も含めた大抵の学生が住んでいる狭苦しい安アパートに比べれば、圧倒的な広さを持った洋風の佇まいの一軒家。

そこには、ありとあらゆる未知が存在しており、きっと眺めて回るだけでも楽しいのだろう。

どこで買ったかは知る由もないが、センスのいい小物や最新家電、洒落の効いたギミックが仕込まれた壁掛け時計に、見たこともないし使用用途も分からない謎の箱型の機械。

そんな場所で、まんじりともせずに縮こまっているのは、それらの家具に興味がないからでは決してない。

きっと、本来なら僕はこんな所で座っているべきではなく、そこいらを探索するべきなのだ。

それを、彼女には求められているはずだから。

そもそも、僕がこうしてここに居る理由は、二つある。

まず一つは、ホテルでの四日間に及ぶまぐわいが終わってから、帰る時に足腰が全く立たなかったため。

ベッドの上で生まれたての小鹿のようによろめき倒れ、また起き上がってを繰り返していると、見ていられないとばかりに渚さんにお姫様抱っこで部屋から持ち運ばれ──その状態でロビーを堂々と歩くものだから、もう目線という目線が突き刺さって顔から火が出るほどの恥ずかしさを覚えたのは記憶に新しい。できれば一刻も早く忘れたい──そのまま抵抗のしようもなく、なされるがままにタクシーで渚さんの家まで帰宅。

そして、僕をそのまま自宅に送っても何もできなくて困るだろうからと、彼女の好意によってここで休ませてもらっているからだ。

そして、二つ目の理由。

僕がそうしてソファーで横たわっていると、彼女はその間に何やら買い物に出かけ、その時に。

振り返ってにやりと不敵に笑い、「ああ、そうだ──キミは、今日からここで暮らすことになる。今のうちに、家中を見て回って慣れておいた方がいい」と宣告されたからだ。

きっと、今考えれば、初めからこうする予定だったのだろう。

一体、どの瞬間にそんな緻密な計画を立てたのかと、一杯喰わされた側ではあるが、思わず唸ってしまう。

やはり、このままでは渚さんには今後一生、逆立ちをしても敵わないのだろう。

そんな確信を抱かずにはいられない。

と、そういう訳なので、腰も落ち着いて歩き回れるようになった以上、きっと僕はこの家を見て回り、慣れておくのが道理なのだろう。

けれど、どうしても、それが出来ずにいる。

何故なら、見えてしまう。触れてしまう。感じてしまう。

彼女の──渚さんの、色々なものが。

そんなの、とてもじゃないが、耐えられない。

主に、僕の理性とか、欲望とかが。

例えば、そこの巨大なクローゼットを開いたら、彼女がいつも着ている服が詰まっているのだろう。

ジャケットとか、コートとか、ズボンとか。

もっと言えば下着とか、はたまた肌着のインナーとか。

あるいは、寝室に侵入すれば、彼女の香りと温もりが残ったベッドがあるのだろう。

枕を勝手に拝借して、勝手に布団の中に潜り込んで、勝手にその不可侵の領域を侵略することだって、できる。

世界中の人々が垂涎して欲する、彼女の肉体の、もっと言えば秘所や乳房のフェロモンがたっぷりと詰まった、魅惑の布を。

あの得も言われぬミルク香と、雌臭いとしか表現できない噎せ返るような甘さとが染みついた、渚さんの最も淫靡な部分を覆ったそれらを、両手に持って、一心不乱に使うことだって。

もちろん、当然そんな事はしないという前置きがつくが、しかし、できる。

やろうと思えば、これ以上なく簡単に、どんな事も。

何故なら、この家には誰の目も無く、カギも掛かっておらず、どの部屋でも入り放題で、どんなタンスも開け放題なのだ。

もしも過激なファンが僕の立場と入れ替わったら、きっと──言葉にもできないような、欲望の限りを尽くすのだろう。

いや、そんな元から何をしでかすか分からないような輩でなくとも、平々凡々で真面目な優等生、あるいは正義感に溢れた一本気な朴念仁ですら。

いざ、渚さんが誰にも見せない無防備で下世話なあれこれ──平たく言えば、パンティやブラジャーなど──を前にすれば、きっと、手に取ってしまうに決まっている。

それほどに、人間全てをただの発情期の獣に変えてしまう魔性を秘めていることを、僕は既に誰よりも知っているのだ。

そして、それら未満の理性しか持たない僕などは、当然。

視界に入ってしまえば、もうそれのことしか考えられない。

特に僕は、24時間も経たないほども直近に、彼女と生肌を重ね合わせてまぐわったのだ。

だから、そういったものを見てしまうと──どうしても、想起してしまう。

そして、あの快感を少しでも思い出そうと、一人でシてしまうだろう。

もちろん、許可も無く──いや、まともな相手なら許可を取ろうとした時点で愛想を尽かされ、頬に一発ビンタでもするのだろうが──そんな行為をするなんて、論外だ。

自分の下着で勝手に自慰をしていると知られれば、普通はその時点で縁を切られるに決まっている。

けれど、何故か。

何となく、むしろ僕に限っては。

その行為を推奨されていると、烏滸がましくも、そんな気がしてしまう。

まともに話すようになってからまだ五日くらい──しかも、そのうち四日は会話どころではないほどホテルでセックスに明け暮れていたが──のくせに何を言っているのかと我ながら思うが、しかし。

例えば、典型的な変態みたいに、彼女のパンツを拝借して、それをオカズに自慰をしていたとしても。

それを直接目撃されたとしても、彼女なら、愉しそうに笑ってから、悦んでいたぶってくれるだろう。

そんな予感が、どうしても、あの時に見せた──狂気的に淫靡な、人外じみた艶と美しさの相貌と共に、脳裏に過ってしまう。

──いや、当然、そんな最低のクズみたいなことを実際にする訳はない。

けれど、実際に彼女の下着とか、そういうものを間近に見てしまったら、そういう言い訳が効いてしまいそうで、抑えられなくなりそうで。

だから、僕は今、こうして縮こまっているのだ。

──しかし、どうしても。

ちらりと、ついつい気になってテレビから視線をずらす。

ベランダのティーテーブルには、紅茶を飲み終わったまま放置されたティーカップと、その合間に食べていたのであろうドライフルーツとミックスナッツが残っている。

それを見て、ふとホテルでの四日間のことを思い出す。

搾精され続け、僕が気を失って、ようやく起きた頃に、彼女が窓際でローブを羽織りながらつまんでいたのも、ルームサービスで注文したというミックスナッツとドライフルーツだった。

そう、確かその時は、向かいの椅子に座るよう促され。

SNSに上げる用の、ミックスナッツを片手で摘まんで食べるシーンの写真を僕が撮影した。

首筋の布をはだけ、僕が付けた──もとい、ねだられて付けさせられたキスマークを映らせようとする渚さんを何とか諫めて。

そして──その後、同じようなアングルで、渚さんが僕のペニスを舐めしゃぶる写真も撮らされて。

ああ、そうだ。

今も、その写真は、カメラロールにばっちり残っている。

何万人もの人間がいいねして──そのうちの何割かがオカズにしたであろう、小さなナッツを摘まんで口に放り込む挑発的なポーズの、しかしあくまで健全な、言ってしまえば商売道具である写真と。

それと比較することを前提に撮られた、もうまるっきりオナニーするためだけの、ただの卑猥で猥褻なハメ撮りの写真。

丁度、童貞が前者の写真で妄想を膨らませ、シコるために脳内で都合よくコラージュしたような、その画像が──ここにある。

そう、そして、それは僕が実際に体験した、まぎれもない事実であり、現実であり──

──いやいや、違う、思い出すな……!

首をぶんぶんと横に振り、雑念を追い出す。

どうにかして、少しでも頭を冷やさなければ。

睨むような視線を、眼前のテレビに釘付けにして、意識をスイーツの特集に固定する。

ガトーショコラに、チョココーティングのポテトチップ。

目まぐるしく次々と移ろう商品に、思わずお腹が小さく鳴ってしまう。

──ちょっと、気分転換にこのデパートまで行ってみようかな。

なんて、現実逃避にふと考えた。

しかし、僕がカギを持っていない以上、この家を空ける訳にもいかなくて。

でも、そうすると、この四面楚歌な状況に、どうにもそわそわしてしまい、落ち着かない。

──あ゛~~~…………

クッションに顔を埋め、ため息とも叫びともつかない声を出す。

耳も塞ぐように、深く深く、沈む。

──ああ、いい匂いがする……。

その、染みついた花の蜜のような芳香。

深く顔を埋めれば埋めるほど、その奥にある、何か本能的に屈服してしまうような、淡いのに強烈な甘さのある香りを吸い込んでしまって。

──…………うぁ゛~~~~~!!!

そして結局、勝手に追い詰められて、クッションを投げ捨てる──なんて恐れ多い事はせずに、そっと傍に置いてから。

ずるずると、落ちるようにして、ソファーから腰を滑らせた。

ゆっくりと、顔を覆って、ため息を吐く。

地べたに座り込んでいるのに、ちっともお尻は痛くない。

見るからに高級そうな、趣味のいい厚めの起毛のカーペットが敷いてあるからだ。

バイト暮らしの苦学生である僕なんかでは、絶対に手が届かない──いや、一端の社会人ですら、格別にこだわりのない人ならば、その値段を見て一笑に付すようなカーペットが、ここに。

息を大きく吸い、深呼吸。

部屋中に染みついた、女性特有の甘い香り──特に、つい一日前まで、その最も濃いものを最も近い場所で嗅がされ続け、少し吸い込むだけですっかり腑抜けにされてしまうまで調教された、劇薬じみたそれ──を否が応でも感じてしまい、落ち着くためのそれすらも逆効果に終わる。

──うぉ~~~…………

叫びにすら、伴うのは腑抜けた脱力感。

我が事ながら、飼い主にいたずらされた仔猫が抗議の鳴き声を出しているような、どうにも情けない声色だ。

きっと、こんなだから、渚さんにも「仔猫くん」と呼ばれてしまうのだろう。

一応、渚さんの彼氏として、もっと彼女に格好の良いところを見せたいのだが、これでは夢のまた夢だろう。

──はぁ~……

顔を覆ったまま、天井に首を向け、今日何度目かも分からないため息を吐く。

決して、この状況が嫌なわけではない。

むしろ、今までの人生で、これほど幸せだった瞬間なんて、数えるほどもないだろう。

しかし、ただ、この悶々とした感情を、どこかに逃がしたいだけだ。

むず痒くて甘痒い、締め付けられるような、この感情を。

もっと言えば、もう、誰かに捲し立てるように胸の内をぶつけたい、聞いてほしい。

そんな、一種暴力的なまでの衝動に駆られて、頭髪をぐしゃぐしゃとかき乱していると。

「にゃあ」

控えめで上品な鳴き声が、すぐ耳の傍で聞こえた。

ここには自分以外に誰も居ないと思っていた僕は、その声にびくりと体が跳ねるほど驚きつつ、ぱっとそちらに振り向いた。

「にゃっ」

──白猫だった。

長毛種と言うのだろうか、いかにもふわふわとボリューミーな毛並みは、艶々と美しくて枝毛の一本も見当たらず、何やら王族を思わせるような、やけに気品を感じる出で立ちだ。

そして、その顔立ちもいやに整っており、猫の美醜など分からない僕ですら、この子は猫の間でも一、二を争うほどの美人なのだろうと理解できる。

キャッツアイの宝石を思わせる一本筋の通った猫目に、金目銀目のオッドアイは、気圧されるほどのぞっとする美しさだ。

そして、人間よりずっと上位の存在であると錯覚させるような、どこか異常な雰囲気は、やはり彼女を想い出させる。

──渚さん、猫を飼ってたのか……

「なぁお」

肯定のニュアンスを含めた返事のような、短くて堂々とした鳴き声が返ってくる。

背筋をぴんと伸ばし、こちらを見下ろすその姿は、実際の背丈よりもずっと大きく見えた。

その彫像じみた座り姿には、明らかな知性を感じられて。

──ペットは飼い主に似るって言うけど、これは確かに……

感心しながらそう呟くと、白猫はまた短く鳴き、のしのしとこちらに近寄った。

あくまで悠然と、少しも僕を恐れない態度で、ゆったりと、歩く。

そのランウェイを闊歩するモデルを思わせる姿に、暫し見惚れていると。

──わぷっ!?

そのまま、白猫は仰向いた僕の顔の上まで、進む。

少しの逡巡もなく、まるでそれが当然であるかのように。

──ちょっ、重……!

「なぁーお」

僕の抗議の声は、どうでもいいと言わんばかりの一声。

わたわたと手を顔の上にやり、図々しい白猫をどかそうとするが、猫は液体とはよく言ったもので、にゅるんと手から滑ってちっとも捕まらない。

掴もうとしては逃げられ、掴もうとしては逃げられ。

そして、それを繰り返していると、下手人は場所を移すどころか、落ち着いたように香箱座りに脚を組み替える。

「にゃあ」

くぐもって聞こえるのは、白猫の勝利宣言のような鳴き声。

すっかり体重を掛けて、顎まで置いてリラックスしている。

初対面で懐かれたと言えば聞こえはいいが、これは、どちらかと言えば。

──どう考えても、舐められてるな……。

最早、諦めの感情が湧き上がり、どかそうともせずに、やりたいようにさせておく。

少々重く、暑苦しくて息苦しい。

ふわふわとした毛がくすぐったくて、ちょっと痒くもある。

しかし。

──意外と、落ち着くな……。

日向ぼっこでもした後なのか、お腹は焼きたてのパンのような匂いがして、視界もすっぽり覆われていることで、存外これがアイマスクのように安心感がある。

じっと、胸の上に手を置いて、そのままぼんやりと呼吸を繰り返す。

そうして十分ほど経ち、妙に自分が落ち着きを取り戻しつつあることを自覚すると、白猫もぺたりと置いた顎と脚を持ち上げ、ぐっと伸びをした。

何だか足蹴にされた気分だったが、今更そんな事で取り乱しはしない。

そのまま、白猫はぴょんと軽々しい身取りで僕の隣に飛び降りる。

流石に重みで首が疲れていたため、ほっと一息。

そのまま、こきこきと幾つか首を鳴らしてから、ゆっくりと目を開けた。

そして、目に映ったのは。

「……ただいま」

エクステ交じりのウルフカットの白髪。肩を出したパンクファッション。黒革のキャスケット帽。つばに引っかけたサングラス。

エメラルドを思わせる碧眼。甘く釣り上がった目尻。鮮やかなナチュラルピンクのリップ。すらりと高い鼻梁。

肥沃でいかにも柔らかな曲線を描く胸。対照的に細く括れた腰。大きく肉付いた安産型の尻。眩しいほど艶の照った太もも。ベビーパウダーを振ったように滑らかな絹肌。

何かを思案するように、曲げた人差し指を顎に置いた彼女は、例え幾億年経ったとしても忘れるはずもない。

その美貌。そのボディライン。その恰好。その雰囲気。そのカリスマ。

──お、おかえりなさい……。

早瀬、渚。

雑誌やらSNSやらテレビ番組やら、どんなメディアでもその顔と名前を見ない日は無い、押しも押されもしない世界的なファッションモデルである彼女。

本当は人間ではなく、世界中を堕落させるために降臨した淫魔であるという陰謀論すら生まれてしまうほどの完全性を持つ渚さんは、にこりと涼やかに微笑み──僕の精神を、全て塗り潰した。

──やっぱり、この人は人間ではない。

そう考えるのが自然だと思えるほど、彼女の艶美は、人の域を悠々と超えるほど極まっている。

今や日本で最も美しい女という名声を欲しいままにして、更にそれを当然の共通認識として世界に植え付けるという、まさに本物の悪魔じみた妖艶。

それを間近で見せつけられ、喉の奥が詰まるほどの恋慕が渦巻く。

それこそ、先程までこの家で座っているだけで、声も出ないほどに動揺していたのだ。

そんな中で渚さんと直面してしまえば、きっと気絶してしまう──と、そうなるはずなのだが、存外に心は落ち着いていた。

にゃあ、と隣の白猫が一声鳴いてから、踵を返してキャットタワーの頂上へと昇る。

もしかすると、この子と遊んで落ち着いたから、今もこうして激しく動揺することなく渚さんと相対することができているのだろうか。

感謝を伝えようと、ぺこりと会釈すると、どうでもよさげな気の抜けた鳴き声が返ってきた。

それを見て、渚さんはくすくすと笑う。

「短い間に、随分仲良くなったんだね?こんなに綺麗なのに誰も貰い手がつかなかったぐらい、私以外には相当気難しい子なんだけど」

え、と声を漏らした。

最初から、かなり距離が近かったと思いますけど。

正直にそう言うと、渚さんは少々怪訝な顔をして白猫を睨んだ後、一息ついて僕に笑いかけた。

「……まあ、これから共に暮らすんだ。同居人に好かれるに越したことはない」

きっと、何か──超常の存在同士、通じ合うところがあるのだろう。

嘆息を吐く渚さんと、どこか可笑しそうにこちを見下ろす白猫を見るに、恐らく今日のところはあの白猫がイニシアティブを握っているようだ。

まあ、その渦中に居る僕には、彼女らが何を張り合っているのかは一切分からないが。

「とにかく……その様子では、もう腰は大丈夫みたいだね」

買い物袋を置き、家主らしく慣れた動きでソファーに腰掛ける渚さん。

誘うようにぽんぽんと、隣を手で軽く叩き、そこに座るようにと促される。

それに従い、少し間を開けて座るが、すぐに腰同士が触れるほどのゼロ距離まで引き寄せられた。

「とりあえず、これ。着替えの服とか、歯ブラシとか、色々買っておいたから」

がさがさと袋を漁りながら、渚さんは様々な日用品をテーブルに並べる。

それらはどれも「同居するにあたり必要なモノ」の代名詞のようなものばかりで、無言の圧力のようなものが感じられた。

「それから、合鍵も発注しておいた。後で渡すよ」

それと、これは備蓄──と言いながら取り出したのは、カートン単位で箱が入っているであろう、避妊具。

あまりにもさらりと出される物々の重さ──当然、物理的な意味でない──に少々慄きながら、しかし途方もない嬉しさに顔がほころんでしまう。

どこの馬の骨とも知れない女に、突然押し掛けられてこんな仕打ちを受けたなら、それこそ即座に通報する程度には恐ろしいだろう。

しかし、そんな重たい愛情をぶつけてきているのは、他でもないあの渚さんなのだ。

誰もが思慕し、憧れるのが当然であるが故に、酒の席で好みの女性を語る時にもかえって話題にすら上がらない──つまり、宗教家にとって、神が完全であるということをわざわざ議論するまでもないのと同じように、誰しもの理想であることが前提条件である、そんな女性に。

常に並大抵の人間を寄せ付けない燦然とした風格を纏い、隣にただ佇んでいるだけで生物としての格の違いを感じざるを得ない、超一流の雰囲気を隠そうとしても隠せない、早瀬渚という人間に言い寄られているのだ。

それは、彼女という存在そのものではなく、そのバックにある名声や羨望を見ているようで気が引けるが──しかし、正直に言って、嬉しいものは嬉しいのだ。

それに、もちろん、渚さんという個人もまた、僕はこれ以上ないほど愛している。

心技体に知力や財力、何をとっても勝てないと確信させる超越的な風格を持っているくせに──それでいて意外と人肌恋しくて、ひっつくのが好きで、心から楽しい時の笑い方はだらしなくて。

誰かの目がある場所では凛々しくクールな雰囲気を崩さないが、僕と二人の時だけはそんな愛らしい一面も見せてくれる彼女を──好きにならない訳がなかった。

だから、こんな──言ってみれば少し不器用な、勢いの良すぎる距離の詰め方も、とても愛おしく思える。

テーブルの上に並べられた、同棲生活スターターキットのような物品を見つめ、ケースに入った新品の歯ブラシ──毛質は固めでサイズは小さめ。ちょうど好みのものだが、どこからそれを知られたのだろうか?こればっかりは見当もつかない──を手に取り、光に透かして眺めた。

「……フフ、良かった。それを買っている時は、少々舞い上がっていて……冷静ではなくてね。玄関のドアノブに手を掛けた時に、はたと事を急き過ぎていないか、キミに引かれたりしないかと思い直して恐ろしくなったけれど、旦那様の器量が広くて助かったよ」

心から安心したように目尻を下げて、渚さんはソファーの背もたれに体重を預けた。

そんな彼女に──むしろ嬉しいくらいですよ、と僕が追いかけて言うと、それはそれは嬉しそうに抱きしめられる。

逃がさないと言わんばかりの、ハグと呼ぶには少々強すぎる、ちょっと苦しいくらいの力で。

「ああ……♡本当に、良かった……♡こうして、あの日にキミを見つけて、そして、こうしてちゃんと繋ぎ止められていて……♡」

体格差から、頭が彼女の豊満な胸の谷間に埋まり、その魅惑の感触を味わわされる。

そのまま、渚さんはすりすりと体を擦りつけ、僕の頭髪へと顔をうずめた。

──なんだか、匂いを嗅がれている気がして、少々落ち着かない。

というか、頭頂からでも明らかに呼吸の音が聞こえるくらい、あからさまに吸われている。

気恥ずかしいやらくすぐったいやらで、もぞもぞと体を捩るが、渚さんはちっとも離してくれない。

それどころか、押さえつけるかのように、抱きしめる力は強くなる一方だ。

むにむに、ふかふか、むっちむっち。

至福としか言いようのない、蕩けるような乳肉が、顔中を舐めつける。

その巨大さは、まさに特大スイカにも匹敵するほどであり、しかし中身もみっちりと詰まりに詰まっているため、持ち上げ続けていると腕が痺れるほどに重い。

柔らかさ、弾力、ハリ、匂い、温度。

ありとあらゆる要素が、僕の脳みそを蕩かして、腰の奥までとろんとした感覚に包まれてしまう。

まさに、魔性。

そんな乳肉を押し付けられ、心の底まで堕ちきった僕を、渚さんはゆっくり撫でつつ、陶酔しきった声でつぶやいた。

「フフ……♡ああ、私と同じシャンプーの匂いと、同じボディソープの匂い……♡あのスイートルームにしかない、特注のモノの……♡もう、言い訳もできないくらい、鮮烈に匂いが付いてしまっているね……♡」

──ぞくり、と体を震わせる。

そうだ、三日間も同じモノを食べ、同じモノを纏い、同じ場所で寝て、同じ時間を過ごしたのだ。

もう、それは同棲生活を送ったと言っても過言ではなく、故に──渚さんと共に居たという証拠も、炙り出そうと思えば、出せてしまう。

ひいては──僕と、恋愛関係にあるという、証拠も。

冷や汗の玉が、たらりと背筋を伝う。

あの、レッドカーペットを歩いては黄色い声を上げられる、早瀬渚という世界的なモデルに、男がいる。

そう知られてしまったら、どうなるか。

芸能のニュースには明るくなく、今までそういったトラブルについて調べたことなどは無かったが、それでも──大変な、という言葉では利かないほどの大騒ぎが起きるのには違いないと確信する。

もちろん、最終的には結婚するつもりであるから、いつかは騒ぎは起きるのだろう。

が、しかし、電撃的にスクープとして捉えられるのは実によろしくない。

我先にと情報を得ようとするマスコミ、暴徒化するファン、その他諸々。

そういった者達が押し掛ければ、渚さんもきっと被害を被ることになるだろう。

しかし、当の渚さんは。

それを僕よりもずっと理解しているだろうに、にやにやと悪戯っぽく笑って、ただ僕を撫で続ける。

「そう……きっと、このまま大学に行けば、何かと勘繰られるだろうね♡皆勤賞を貰うような優等生だったキミが、急に私と同じ日に無断欠席してさ……♡それから登校したと思ったら、ついこの前までファッションに興味も無かったのに、私と同じ香水の匂いを付けているんだよ……?♡どれだけ鈍い人間でも、推理するまでもなく、事情を察するだろうね……♡」

──思わず、彼女に抱きつく力を強くした。

渚さんは、どうも本当に、僕を逃がす気がないらしい。

震えるほど狡猾で、的確で、力強い拘束。

その、渚さんの爽やかな夜風のようなイメージに反した、粘着質なまでの愛情に、恐ろしいやら嬉しいやらで。

「ウッフフ……♡その反応は、喜んでくれていると受け取っていいのかな……♡なら、これも見ておくれよ……♡」

そうして、震える僕に、彼女が差し出したのは── 一冊の週刊雑誌。

所謂ゴシップ誌と呼ばれるもので、基本的にメインコンテンツとしているのは、政治家の不祥事やらきな臭い陰謀論に──芸能人の不倫やら熱愛報道。

僕のように興味がない者は、本屋に並んでいても一瞥した後下らないと断じて通り過ぎ、例え無料で読めたとしても表紙すら捲らないだろうが、どこのコンビニにも並んでいるところを見ると、一定以上の人気はあるのだろう。

そして、渚さんが今差し出した雑誌にも、表紙の七割を占めるほどの大々的な大文字で書いてある。

恐らく、購買者のほとんどがそれを目的に買っているであろう、芸能人に関する一つのゴシップ。

──早瀬渚、真夜中の大胆逢瀬!男と二人、ホテルへ消えるまでの20分!

ニコニコと屈託なく笑いながら、その下品極まる冊子を突き付ける彼女に、僕は意識が遠くなる。

そこに所狭しと書いてある、やたらと目立つ極彩色の文字によると、目玉記事は70ものページを使い、写真付きで解説されているそうだ。

この、見たところ三桁ページに届くかも分からない、薄っぺらな本のうち、70ページ。

広告やら目次やらも含めて考えれば、こんなもの、ほとんど号外雑誌みたいなものじゃないか。

「いやぁ、これを手に入れるのにも、意外と苦労したんだよ。私も何を書いてあるか知らないからさ、中身を読むために適当な本屋かコンビニで買おうとしたんだけど、どこも売り切れだったんだ。世間はよほど、私とキミの恋模様にご執心なようだね。全く、デリカシーのない事だ」

からからと笑い、ぱたぱたと片手に雑誌を振る姿には、ほんの少しの恐怖、あるいは嫌悪も見られない。

自分の姿が、それも異性と愛し合っている場面が隠し撮りされていると知れば、多少なりとも動揺するのが自然──少なくとも僕はそう思う──だろうが、やはり彼女くらいの有名人ともなると、勝手にその姿を撮影されるくらいはある程度慣れているのだろうか。

抱擁から解放された僕は、渚さんの隣に座り直し、その横顔をじっと見る。

こんな時でも不自然なくらいに自然体に、感情を揺らがせず涼しげにただ微笑む姿。

その、どこか神話に語られる女神のような、人間よりも遥かに上位の存在を思わせるほど美しい相貌を眺めていると、魂まで吸い込まれるような錯覚に陥ってしまう。

楽しそうにカツカツと爪で机を叩いて音を鳴らし、そのリズムに合わせて鼻歌を歌う彼女。

ぺらぺらと次々ページを捲り、中身を流し見しつつ、時折その手を止める。

しかし、楽しそうな笑顔は、指を動かすほどにみるみる曇ってゆく。

「……なぁに、これ」

ぽつりと呟いた、短い言葉。

意識せず漏れたのであろうその声からは、確かな失望の情が篭っていた。

こつ、こつ。

テーブルを叩く音は、楽しげなジャズらしいリズムから、ただ苛立ちを示す荒々しいものに変わる。

──よほど、腹に据えかねる事でも書いてあったのだろうか。

あの渚さんに対して、盗撮を働くだけでなく、更に無礼を重ねるなんて、何て命知らずな。

戦々恐々としつつ、渚さんの目線に沿い、雑誌の中身へと視線を落とした。

──早瀬渚と思わしき人物、路上で堂々と男にハグ!

そんなキャプションが添えられた、一枚の写真。

背景を見るに、場所は確かにあのラブホテルのある通りだ。

となると、ここに写っているのは、まず間違いなく渚さんと僕だろう。

動かぬ証拠として、ばっちりと収められた僕達の姿。

しかし、キャプションでも少々言葉を濁しているように、これでは渚さんと断定することは難しいだろう。

何故ならば。

──この写真、すっごい見づらいですね……。

被写体の姿が、随分とぼやけてしまっているからだ。

理由はよく分からないが、やたらと発色と画質が悪くて輪郭も何もかも曖昧であり、おまけにひどい手ブレも相まって、辛うじて渚さんの髪色と背丈、それからメリハリの効いたボディラインが見えているだけ。

細かな表情や服装までは特定できず、おまけに渚さんが背を向けたアングルなため、ハグしている相手が男なのかも分からない。

見方によっては、酔いつぶれた友人を介抱しているとも解釈できるため、これではスクープとは少々言い難いだろう。

「ああ、これではニュースにはならないだろうね……。私が背を向けているのは最悪いいけれど、横顔すらも見えないようでは、むしろ、人違いだと思う方が自然だろう。まさか、この写りのお粗末さで、写真の人物を私だと言い張るとはね。これなら、恣意的に私の立場を貶める捏造報道だと訴えれば、普通に裁判しても勝てるんじゃないかな」

──渚さんの発言は、パパラッチされた側からすれば、きっと喜ばしいものなのだろう。

自分の名誉が棄損されずに済むのなら、それに越したことは無いはずだ。

しかし、当の渚さんは、いやに苛立った感情を隠そうともしていない。

ぺらぺらと雑誌を捲っては、みるみる不機嫌そうに、眉を逆への字に曲げて、唇を尖らせる。

そうして渚さんは、つまらなさそうに目を伏せて、とんとんと爪先で、ひときわ大きく掲載されている写真を指し示した。

「……ほら、これ。とびっきり酷いよ」

彼女の指先に叩かれたそれを、言われるがままに見る。

その写真も、相変わらずピンボケに色ボケと見づらいものである事には違いない。

しかし──はっきり言って、この写真は、これまでの見るに堪えないものよりは間違いなく、一歩抜きんでて最も写りのいいものであった。

まず、先程までのズーム倍率すら合わせられず、遠景で撮ったものを無理やり引き延ばしたのであろうものとは、画質の差が歴然だ。

それに、この写真だけは、渚さんの後頭部か、横顔がちらり見える程度のアングルではなく、奇跡的にカメラの方を完全に振り返っている一瞬を捉えたらしい。

故に、渚さんの表情も、一応辛うじて──本当に辛うじてだが、笑っているということぐらいは伺える。

とは言え、渚さんを後ろから撮ったものである事には変わりないため、彼女の体に隠れて僕の姿は一切写せなかったようだが。

そういった、一定以上の情報が詰まったものだからこそ、出版社も自信を持って打ち出したのだろう。

特集の締めとして、最も尺を取って、事細かに情景の解説をしている。

やれ相手の男はこんな背格好だとか、芸能人ではない一般男性だと推測されるとか。

丸々見開きを使って語られている、渚さんの恋人──つまりは僕についての記述は、半分当たっていて半分外れと言ったところだろうか。

──しかし、そうなると、ますますもって渚さんが何を不満に思っているのかが分からない。

写りが悪ければ口を尖らせ、写りが良くても眉をひそめる。

一体、こんな週刊誌に何を求めているのだろうか。

そう不思議に思っていると、渚さんは写真の真ん中──彼女の顔を、指でぐるりとなぞる。

「最後の写真だけはさ、私がわざわざ撮りやすいように、動きを止めて振り向いてあげたのに。それでも、こんな素人の失敗作みたいなものしか撮影できないんだもの」

──え……?

事もなげに、退屈そうなため息を吐きながら語る彼女に、僕は思わず声を漏らした。

最期の写真だけは、撮りやすいように。

それってつまり──今まで撮影されたものは、全て気付いていたのか。

それも、どこから撮られているかすらも。

「よほど腕の利かない、新入りのカメラマンだったのかな。動く被写体を、気づかれないように撮影するのが仕事のくせに、止まってポーズまで取ってくれるモデルを撮れないようでは、商売にならないと思うけど」

ぱたん、と雑誌を閉じて、渚さんはそれが当然であるかのように、また僕を抱きしめる。

寂しがりの女の子が抱くような、熊のぬいぐるみになった気分だ。

恐らく、普段から渚さんは、何かを膝の上で抱え込むクセがあるのだろう。

よく見ると、部屋のそこかしこにクッションが置いてあることから、そう推測することができた。

「うーん、まさか、あれだけサービスしてあげてもうまくいかないとはね……。けれど、まあいいさ。これそのものは、さして重要なことではない。それに、今更私がどうこうできる問題でもないしね」

渚さんは、少々ぼやきつつも、もう報道に対して興味を無くしてしまったのか、僕の体をまさぐることに注心し始める。

わさわさ、さわさわ。

手慰みなのか、あるいは能動的に行っているのかは分からないが、妙に艶めいた動きだ。

肌着の中にまで、白魚のような指先が潜り込んで、渚さんほど引き締まっていないが肉も大して付いていないお腹を撫でられ続ける。

──心臓が、大きく鼓動を打つ。

どうしてこうも、渚さんは、懐っこいというか、触れ合いたがるのだろう。

単純に感触が好きなだけなのだろうか、あるいは好意を伝えてくれているのだろうか。

そうだとするのならば、もしかすると、彼女の中でセックスという行為は、ただこれの延長線上にあるだけのものなのかも知れない。

彼女の瞳を見上げながら、そんな事を思う。

じっと、頭上から目線が降り注ぐ。

切れ長の目尻に、ブリリアントカットの宝石のように鮮やかで妖艶な煌めきを持つ瞳。

エメラルドグリーンの色彩と、光を複雑に反射して薄く虹色がかった輪を作る虹彩は、目を逸らさなければという強迫観念に駆られるほど、過剰なくらいに美しい。

「………………?どうしたの?」

彼女の意識が僕だけに向けられた瞬間、逃げ出したくなるくらい、背筋に寒気が走る。

そのくせ、まさに釘で打ち付けられたかのように、一瞬も目が離せない。

眩暈がするほどに、その相貌は眩しすぎるのに。

穴から覗き込むように、腕の中の僕を覗き込む渚さん。

その表情や態度には、つい昨日まで嫌と言うほどベッド上で見せてくれていた、噎せ返るような艶は鳴りを潜めている。

しかし、その代わりに。

彼女の中の、いわゆる雌の色香を排し、徹底的に美しさのみを浮かび上がらせた、ぞっとするほどの美貌がそこにある。

あの時の渚さんも、確かにこれ以上なく、この世界にこれを超えるものなど無いと心から確信するくらいには、美しかった。

しかしそれは、今こうして目の前にいる渚さんの綺麗さとは、またベクトルの違った美しさだ。

あれを言葉にして表すならば、本能に訴えかけるような、言ってしまえば男ウケのする下品さを孕んだ、傾国の艶美。

自ら男を能動的に誘惑し、男として生まれた以上絶対に抗えない欲求を鷲掴み、モノにして、従わせたり所有するための、攻撃的なもの。

しかし、今の渚さんの纏う様子は、極めてリラックスしており、僕を誘惑したり骨抜きにしようなどという意思は感じられない。

ただ、そこに在るだけで、あまねく人間を虜にしてしまう、渚さん自身もコントロールしようのない美しさなのだ。

こちらの状態ではむしろ、どこか超然とした近寄りがたさがあるからこそ、ファンは渚さんに崇めるような羨望を向けるのだろう。

それこそ、一生会うことも叶わない神話の女神にこそ、人々は憧れを抱くかのように。

「んー……。やっぱり、キミがここに居てくれるって、いいね。普段なら退屈なだけの、こうしてぼんやりとソファーで過ごす時間も、何だかすごく、幸せだ」

頭を撫でくり撫でくり、渚さんはぽつぽつと語る。

──そう、誰の手も届かないはずの天上に居る渚さんは、ありふれた凡人である僕のために、こうして手を差し伸べて、降りてきてくれている。

決して渚さんのような、何もかもが優れきった人間にはなれないし、なりたいともそこまで思わないけれど、彼女と同じ雲の上の地平に居なくたって、彼女と同じ時間と空間と過ごせるのだから、僕こそとても幸せだ。

──そのようなことを、もっと平素な言葉にして伝える。

すると、渚さんはずいと顔を近づけて、妖艶に微笑んだ。

「フフ……♡そんなに私を口説くのが上手いくせに、よくもまあおどけた事が言えたものだね……?♡キミ、ほんとは私に負けず劣らずのスケコマシなんだろう……?♡全く、こんな調子でどこかの女をひっかけてこないか心配だよ……♡」

ぎらりと光る、碧色の眼。

より近づけば、名刀の切っ先にも似た、危険な匂いがするほど鋭く、それでいて鈍い輝きがよく見える。

「だからこそ、どんな手を使ってでも、キミは私が縛り付ける……♡私から離れられないように、無数の鎖で、きつく、ね……♡♡♡」

──…………っ!

渚さんは、真上から僕に覆いかぶさるように、鼻の先が当たるほど顔を寄せた。

天井のライトの光を遮られ、渚さんの伏せられた目が、光度を失う。

しかし、ぎらぎらと鮮烈な、暗色の碧だけは、むしろ輝きを増している。

──ああ、と、心の中で相槌を打った。

これのせいだ。

あの写真が、あれほどブレていたのは、あれほど色が暗かったのは。

やはり、そういう仕事柄、あのカメラマンはよほど肝が据わっているのだろう。

その上で、会った事ないしも評判も知らないが、きっと撮影した彼もしくは彼女は、間違いなく相当の腕利きだ。

だって、僕がもし撮影する側の立場だったとして──暗闇の中で、この目を向けられて、じっと態度でシャッターを切ることを催促されたら。

きっと、無我夢中で、レンズも覗かずに、許しを乞うように撮り、そのままできるだけ遠くに、足が棒になるまで走って逃げだしてしまうだろう。

それほどに、彼女の持つ何もかもは、強烈すぎて、凄まじすぎて、桁が違いすぎる。

つまるところ、あのカメラマンは、自分が覗き込んでいたものが深淵だとは知らなかったし、覗き返されるとも思ってはいなかったのだ。

──頬を、掴まれるくらいに強く撫でられる。

じっとりとした目線と、その狂気的な手つきに、命の危機すら感じてしまう。

「そう、繋ぎ止めたいんだ……。何故なら、キミを離したくはないから……」

熱に浮かされたうわごとのようなことを呟きながら、渚さんはテレビのリモコンを手に取る。

かつ、かつ。

画面は見ず、僕の凍り付いたような顔をひたすら眺めながら、機械のようにチャンネルを回し続ける。

──あのスーパーモデルの早瀬渚さんに、熱愛スキャンダルが……

そうして、昼間の雑多なワイドショー番組に差し掛かると、渚さんはボタンを押す指を止めた。

にやりと一層深く笑みを深めると、上から覗き込むのをやめ、すとんと元の位置に座り直す。

「ほら、見てみなよ。きっと、そろそろ話題になる頃だと思うから」

テレビから流れるのは、先程の週刊誌の内容を元にしたのであろう、僕達に関するゴシップ。

代わり映えのしない内容に、出演者が大げさに驚いたり、好き勝手に意見を語ったりしている。

──渚さんは、これの何を見せたいのだろうか。

ここに上がっている証拠は、もう既に言われている通り、証拠足りえないものばかりだ。

「フフ、そんな退屈そうな顔しないでよ。ここからが面白いところなんだから」

しかし、渚さんは、堂々とソファーに体重を預けたまま、ククッと喉奥で笑う。

まるで、この後に何が起こるかを既に知っているかのように。

──テレビの中のアナウンサーが、シールで白抜きされたパネルを取り出す。

そこにあったのは、SNSに上げていた自撮り──という事に表向きはなっている、僕が撮った写真。

ナッツを摘まむ姿が煽情的な、地上波に出すことが少々戸惑われるシロモノだ。

──それを見た渚さんは、脚を組み替えてにやりと笑う。

それと同時に、アナウンサーは隠された文字を引きはがした。

『この写真は、体勢を考慮すると、間違いなく誰かに撮ってもらったものである』

──そう結論付ける考察が、そこに現れる。

それを見て、僕は目の前が白くなった。

そうだ、どう考えても、あの写真が自撮りで撮れるわけがない。

右手が塞がっている以上、自撮りをするならもう片方の手で携帯を持たなくてはならないのに、肝心の右肩はだらりと下に垂れ下がっている。

これでは、この角度からの写真は撮れる訳がない。

スタジオ内が、一瞬静まった後、どよめく。

確かに、これは反論のしようがない、初歩的すぎるミスだ。

何故、僕はこんな簡単なことに気が付けなかったのか。

そう考えた途端、脳裏に情景が閃く。

あの時の渚さんは、確か──肩につけた、もとい付けさせられたキスマークを晒していたはずだ。

それを、懇願してポーズ変更してもらい、そして。

──肩を上げると、くしゃりとたわんだローブの隙間からそれが見えてしまうからと、布を押さえてから左肩を下げてもらったのだ。

そうだ、初歩的なミスを犯したのは、そのせいだ。

より大きな問題を隠すために腐心した結果、もう一つのミスに気付けなかったのだ。

「フフッ、ククク……♡♡♡」

いつの間に取り出したのか、僕がテレビ画面に張り付いている後ろで、渚さんはワインボトルのコルクを開けた。

ふわりと香る赤ブドウとアルコールの芳香と、買い物袋から取り出した青カビのチーズの強烈な匂いが混じり合い、くらりと意識がふらつく。

「ああ、いい気分だ……♡♡♡とびっきりの上物を開けるには、これ以上ない日だね……♡♡♡キミも、遠慮せず飲むといい……♡♡♡」

ちゃぷり、と。

とめどなく注がれるガーネット色のワインは、彼女の言う通り最高級のものなのだろう。

ラベルには、何語とも知れない言葉の下に、1962という判が押されていた。

テレビのスピーカーからは、次々と展開される、アナウンサーの論理。

そう、彼の言う通りだ。

これで、渚さんと『誰か』がホテルに居ることが確定するとすれば、全てに合点が行ってしまう。

誰かと一緒にホテルに入った渚さんを撮ったとされる、あの写真。

あれ一枚だけでは信憑性のない、ただのでまかせかでっち上げだが、今はこうして『渚さんが誰かと共にホテルで一夜を過ごしたという証拠』がある。

その時間帯と、入ったホテルの場所は一致。

そして、少なくともSNSに上げられた写真は3枚。

そのどれもがホテル内の情景を映したものだ。

渚さんは、元々休養する時はこうしてホテルに泊まり、一歩も外に出ずのんびりするのが一つの趣味だと公表している。

その証言に沿うのならば、そのホテルに抱き合いながら入っていった男と渚さんは、三日間も同じ場所で寝泊まりしたことになり。

──そうして、全ての事柄が、ドミノ倒しのように繋がってゆく。

最後のパネルの白抜きが剥がされた頃、最早口を挟むものは居なかった。

ぐびり、と後ろで喉が鳴る。

旨そうにチーズを齧りながら、惜しみなく美酒を呷っているのだろう。

綿密かつ瞬時に計画を立て、顛末の全てを知り尽くした、その張本人が。

本当に、心から、僕はこの女性が恐ろしい。

事実が確定し、それに対して何とかものを語ろうと、コメンテーターが口を開きかける。

マイクを手繰り、口を寄せ。

そして、喉を震わせようとしたしたところで──ぷつりと、電源が落とされた。

「……ね?言っただろう?」

広口のグラスを薫らせて、彼女は色っぽく微笑む。

──逆らえない。

目の前の、強大すぎる存在を見て、僕は心臓を握りつぶされる錯覚に陥った。

「さて、これで……私は、これから質問攻めに合うことになる。会見だって開かなければならないだろう。もちろん、キミとの交際について、洗いざらい、ね」

どこか遠くを、僕を透かして彼女は見ている。

恐らく、その頭脳の中で思い描いているであろう、少し先の計画を。

「逃げ場を無くすなら、外堀を埋める……。千年も前から兵法として語られている、常識だよ。そして、その外堀は、広ければ広いほど効果的だ。つまり、世界中に知られれば、それが一番効率的なんだ」

じっと、こちらを見据えたまま、瞬きもせずに、彼女は言う。

まるで、『逃がさない』と言わんばかりに。

「キミの顔や名前は知られないよう、姿は写らないように守ってあげた。世間の人々は、今のところ誰が相手なのかは分からないだろう。けれど、大学ではそうはいかないよ。共に居られる時は、絶対に離さない。見せつけて、煽ってやる」

さらりと、指先が僕の髪を撫でた。

うっとりと、碧眼を蕩かして、彼女は喜悦に浸る。

「ああ、だが、それでも……もしも、万が一、私をフると言うのなら、それを振り切ってでも、逃げるといい。キミが、私を置いていくのなら、それなりのリスクは覚悟するべきだ。もちろん、私から二度と離れるなと強制はしないがね」

恍惚と、唇をワインレッドに赤らめて、渚さんは唇を寄せる。

あからさまにキスをせがむ彼女を、僕は── 一度、遠ざけた。

「…………。そう、こんな勝手な事をする女は、嫌いかい?了承も無く、重荷を括りつけるような、厄介な女は……」

みし、と、空気が軋む音がする。

同時に、比喩でなく、直感的に死を覚悟するほどのプレッシャーが浴びせかけられるが、それでも構わずに、僕は渚さんの手を握る。

──あの、そんなに、心配ですか……?

じっと、黙って、その鈍色の光を向け続ける渚さん。

──渚さんと恋人になったのに、他の人と浮気するとか、逃げるとか……。そんな事、絶対しませんよ。する必要もないし……。

それは、心からの言葉だった。

だって、それは当然だろう。

こんな、美人でえっちで優しくて、僕を一途に好きでいてくれる人から、何故逃げなければならないのか。

前提から、渚さんが言っていることは間違っている。

そう突き付けると、渚さんはふいっと目を逸らして、バツが悪そうに吐露した。

「……すまない。私は、我ながらこんなことは思ってもみなかったが、ここまで嫉妬深かったとはね……。ありもしない未来を恐れて、キミを不用意に疑ってしまった。それは、本当に悪かったと思っているよ……」

──珍しいというか、初めて見る姿だな、と率直に思った。

弱みと言えばいいのか、あるいは強すぎる部分と言えばいいのか、渚さんはクールな風貌とは相反して、かなり恋愛には情熱的なようだ。

もっと有り体に言えば、感情が暴走しやすいとも言えるだろうか。

「けれど、やっぱり……キミは、素敵な人だから。私みたいなのを、どこかでうっかり惚れさせたりしてないかと思うと、怖いんだ。盗られてしまうとは考えにくいけど、キミは私が独占してしまいたいから……」

じっと、縋るような目つきで、渚さんは僕を上目に見上げる。

胸元に、甘えるように寄りかかりながら──それでも、握った手だけは絶対に離そうとしないから、確かに嫉妬深さは筋金入りのようだ。

だからこそ、恋人である僕は、やるべきことをやらなければならない。

渚さんに顔を近づけて、彼女がそうしたように、口を寄せた。

「…………!!」

──…………っ!!!

渚さんが、僕が浮気しないか不安なら、僕がすべきことは一つだ。

「………………♡♡♡♡♡」

そんな不安も吹き飛ばすほど、愛情を伝えること。

少しばかり、いや、かなり勇気が必要だったが──自分から、彼女の柔らかな肢体を抱き寄せて、唇を重ねた。

じっと、目を閉じたまま、気が済むまでそうしていよう。

そう考えていると、思いの外早く──具体的にはほんの十秒ほど、触れ合うだけの口づけを終えて、渚さんは顔を離した。

「…………フフ、クフフ……♡♡♡本当に、本当に心配だなぁ……♡♡♡すぐにそういう事をするんだもの……♡♡♡」

くすくすと、顎に曲げた人差し指を置いて、彼女は可笑しそうに笑う。

胸元に甘えるために屈めていた腰をぴんと伸ばして、再び見下ろすような体勢に。

「……ありがとう♡♡♡やっぱり私の旦那様は、とっても格好いいなぁ……♡♡♡」

──そして、今度は渚さんから、口づけを。

オウム返しのように、優しく、重ねるようなそれを、受け取った。

──やっぱり、渚さんは、美しいヒトだ。

超然としていて、完璧で──でも、それだけではない。

ちょっと強引だったり、感情が重たかったり、寂しがりだったり。

けれど、そういうところもまた、純粋に魅力的だと思える。

これこそ、惚れた弱みというものなのだろうか。

しかし、今は、カリスマに満ちたスーパーモデルとしての渚さんではなく、ただの早瀬渚が好きなのだ。

だから、彼女の全てが、愛おしくて仕方ないのだろう。

今も、これからも、ずっとずっと。

「……ところで、さ」

──そう、ちょっと嫉妬深いところだって、可愛らしい。

そう思って間もなく、目にもとまらぬ流れるような動きで、ソファーの上で押し倒される。

「重ね重ね、こんな事を疑ってしまって、申し訳ないとも、不甲斐ないとも思っている。先にそれだけは謝るよ。本当にごめん」

再度ぎらりと、渚さんの瞳が剣呑な光を帯びる。

がっしりと、両頬を掴むように手を添えて。

「本当に、キミは童貞だったんだよね?本当に、今まで誰とも付き合ったことは無いんだよね?随分私を悦ばせるのが上手だけれど……女の扱いに、慣れていたりしないね?私が、ハジメテで、いいんだね?

そうならば、今ここで、もう一度、誓ってもらってもいいかい?そして、もしも、そうでないなら……洗いざらい、教えて。今までの女、全部。見た目から性格から、全部全部」

──うん、可愛らしい……。

と、心でそれを咀嚼し終わらない間に、猟犬じみた目付きで詰られて、慄く。

──ウソだけは、今後も絶対に、死んでもつかない方がいいな。

そう心で誓いつつ、僕はまた、可愛らしい彼女の嫉妬に付き合った。

──やっぱり、ちょっとだけ、怖いかも。

こっそりとそう思ってしまったことぐらいは、許されるだろうか。

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