高校生の頃に書いてた全年齢向け小説 (Pixiv Fanbox)
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目を開くのも億劫な程に、ぼんやりとした目覚めだった。
遠くで小鳥が鳴く声が響き、暖かな朝日が窓から頬を照らす。
その繊細な刺激で、自然と意識が覚醒したのだ。
全身を柔らかな感触が包んでいた。
頭の天辺から足の爪先まで、くるむようにして抱きかかえられている。
ふんわりとした抱かれ心地は、僕を際限なく安心させてゆく。
まるで、母親の胎内でぷかぷか浮かんでいるようだ。
特に、顔の辺りには特段柔らかな球体が当たっている。
むにゅむにゅ、ふかふか。
特上のクッションのような触り心地は微睡みを更に加速させた。
ああ、柔らくて気持ちいい。
ずっとこうして居たい。
それに、何だかいい香りがする。
花のような、果実のような。
嗅げば嗅ぐほど、中毒を起こしたように匂いを吸い込むのが止められない。
そうしてしばらく目を閉じたまま深呼吸を続けていると、突如頭を撫で付ける感触があった。
「起きたかい、兄さん。」
耳から脳に直接染み渡るようなハスキーボイス。
男女問わず魅了されてしまうような甘い声色は、僕だけに向けられている。
寝起きの無防備な脳には、その声は麻薬のようによく沁みて、心臓の鼓動が早まるのがよく感じられた。
僕は彼女に抱き締められていた。
2メートルを悠々と越す長身を惜しみなく巻き付けて、肉付きのいいグラマラスな肢体をみっちり押し付けられている。
別段これは珍しい事ではなく、僕は彼女のわがままで毎晩添い寝することを強いられているのだ。
「まだ起きる時間には早い。もう少し微睡んでいるといい。」
ゆったりと撫で付ける手はそのままに、頭の上から声が届く。
愛おしげにこちらの髪を梳く手には、確かに深い愛情が感じ取れた。
その手が伸びる根元へと、ゆっくりと顔を向ける。
そこには、涼やかな美貌を持った絶世の美女がにっこりと微笑んでいた。
「おはよう、兄さん。いい朝だね。」
「うん、おはよう。ジュピター。」
金色の瞳が僕を射抜く。
不思議な圧力のある眼光に気圧されると共に、彼女の人間離れした美しさの顔作りに思わず心を奪われる。
その姿は、まさに女神にも匹敵するような、神々しさすら覚える凄まじい美貌。
彼女に比べれば、前世で見たようなアイドルや女優など炉端の石に過ぎない。
ボーイッシュながらも女性的な可愛らしさ、凛々しい美しさも完璧なまでに備えた彼女の顔に、思わず魅了されてしまう。
もう何ヶ月も一緒に居るのに、彼女の美しすぎる顔つきには未だに慣れない。
その顔には慈しむような優しい笑みを浮かべているが、どこか跪いてしまいそうな程の威圧感がある。
もっと言えば、気を抜けば彼女の奴隷として服従し、崇拝するだけの存在になってしまいそう。
それは、彼女との生物としての格の差。
そして、圧倒的なまでのカリスマがそうさせていた。
窓から吹き込む風に、彼女のプラチナブロンドの髪がさらりと靡く。
まるで彗星の尾を物質に落とし込んだような神秘的な髪は、彼女のひざ裏あたりまで長く伸びていた。
ジュピターに言われた通り、まだ眠いし、朝も早いが、折角目が覚めてしまったので、もう起きてしまおうか。
そう考えてむくりと起き上がろうとすると、彼女のモデルのような長い腕に身体を巻き付けられ、再度ベッドに引き戻される。
上質だが、明らかに二人で寝るのには狭いこのベッド。
当然、そこに引きずり込まれると、落ちないようにぴったり密着する必要がある。
彼女は長身を限界まで巻き付け、肉体同士を絡ませ合う。
そして、頭を抱かれ、彼女の大きな胸の膨らみへと引き寄せられてゆく。
ぐい、と抱き寄せられ、ぐんぐんと巨大な胸へと近づいてゆく僕の頭。
首に力を込めて抵抗するが、彼女の膂力には適うはずもなく。
ふにゅん。
先程と同じ極上の感触が顔全体に広がった。
それに、桃のような蜜のようなこの香り。
さっき夢中で顔を押し付けていた彼女の胸に、またも舞い戻ってきてしまった。
顔を満たす気持ちよさに暫し放心していると、足と足を組みつかせられ、腰に腕を回し、すっかり完全に身動き出来ない体勢になってしまった。
「まだ起きるには早いよ。もっとこうしていようじゃないか。」
にんまりと笑いながら、彼女は言う。
こうなってしまっては、抵抗する術はない。
彼女は普段は物分りはいいのだが、僕とスキンシップを取ろうという時に限ってはテコでも動かない。
諦めて力を抜き、彼女の言う通りもう少し眠る事にした。
「ふふ、そうそう。いい子いい子。」
抵抗しなくなったのに気を良くした彼女は、口端を三日月形に歪め、頭をわしゃわしゃと強く撫でてきた。
口調も相まって子供扱いされているような気がして少し不服だが、彼女にとってはそれこそ僕は赤ん坊のような物なのだろう。
寿命から見ても、力の差から見ても。
「くふふ、やっぱりキミは可愛いなぁ……。」
僕の顔を眺めながら、彼女はそう呟く。
金色の眼差しが妖しい光を宿し始めた。
じっと、ただじっと、瞬きすらせずにただ見つめる。
これは、少しまずいかもしれない。
つつ、と頭をから首へと手をなぞり、頸動脈へと手をかける。
「暖かいね、キミは……。
そして、ここに、キミの暖かさの素がたっぷりと流れている訳だ。」
身体を抱き締める力が強くなる。
まるで、逃がさないと叫ぶように。
「ああ、兄さん……。
キミの血が、欲しいな……。」
ぐっ、と彼女の鋭い爪が皮膚に食い込まされる。
恐怖に目を見開くと、ジュピターの吸血鬼のような牙が目に入った。
「ねぇ、兄さん……。」
ジュピターはうっとりと目尻を下げて、顔を紅潮させている。
その目付きには剣呑な雰囲気を漂わせていて。
ぎゅっと、目をつぶる。
これから襲い来る痛みに耐える為に。
「っ…………」
首筋に牙を突き立てられるのを想像して、身体を固くさせる。
どうせするのなら一思いにやってくれ。
そう覚悟していたが、いくら待っても痛みはやってこない。
恐る恐る目を開くと、そこにはふるふると震えているジュピターがいた。
何事かと思い、声を掛けようとすると、
「くくっ……
くっくっくっ……」
彼女は突如笑い出した。
喉を震わせ、詰まるような笑い声。
幾つも、幾つも、笑い声が反響する。静かなこの部屋に染み渡る。
その様子に言いようのない恐怖を感じた僕は、ただ彼女に抱かれながら震える事しか出来ない。
彼女に牙を突き立てられるよりも強いもの恐ろしさを感じながら、彼女の顔を覗き込もうとする。
しかし、彼女は下を向いていて、その表情は伺えない。
くつくつ、という笑い声だけが耳に響き、恐怖はますます深まっていく。
何か、間違えてしまったのか。
そう口を開こうとすると、彼女はおもむろに顔を上げた。
「ああ、困るなあ……。
ああ、困った……。」
その目は、彼女の心象を表すように赤く血の色に染まっていた。
これは、彼女が強く興奮している証。
同時に、僕に危険が迫っている事の証でもある。
頭に回していた手を顎にかけ、くい、と顔を上に上げさせる。
強制的に目を合わさせる体勢。
不気味に紅く輝く目に気圧され、身体が上手く動かない。
それどころか、目線を外す事すらできない。
「キミを傷つけたい訳ではないし、一応冗談のつもりだったのだけど……
そんなにも可愛い反応されたら、我慢できなくなってしまうじゃないか。」
つつつ、と長い爪が首を掻き切るように優しく滑る。
ふー、ふー、と彼女の荒い息が聞こえる。
緊張に心臓がすくみ上がって仕方がない。
「ああ、ボクは前にも言ったはずだよ。
あまり誘うような真似はするなって。」
いつの間にか、彼女は俺を押し倒すような体勢になっていた。
首に手を掛けられ、皮膚を破らないくらいに爪を立てられている。
鋭い痛みと圧迫感が苦しい。
「痛いかい?苦しいかい?
ごめんね。けれどキミも悪いんだよ。
ボクみたいな魔物に無防備な姿を見せてさ……。
そんなの、堪らなくなってしまうに決まっているだろう?」
凄惨な、されど美しい笑みは、不気味さを助長させる。
まだ外で小鳥が鳴いているのが、いやに遠くに聞こえた。
「ああ、愛してるよ、兄さん……
愛して、愛して、愛し尽くして。
それでも、まだ足りない。
胸の中で渦巻く苦しさは増すばかりだ。」
頬に手を添え、すりすりと撫でられる。
まるで、宝物を隅々まで眺めるような目線。
顔の隅々までじろじろと興奮した目付きで鑑賞される。
ふと、手が止まる。
首を押さえていた右手も、頬をさすっていた左手も。
「……その細っこい首筋に齧り付いてしまいたい。
身体中を、隅々まで舐め回してしまいたい。
声も出なくなるほど、ぐちゃぐちゃに犯してしまいたい。
こんなにもボクは欲望を募らせているというのに、キミは全く無防備なものだね。
キミはどれだけ危険の中にいるか分かっているのかい?」
どんどん、紅く。
血が溢れ出すように目がどす赤い色に染まってゆく。
食われる。
本能はこんなにもアラートを出しているというのに、まるで身体は動かない。
彼女から溢れ出す強烈なプレッシャーにあてられてしまっているのだ。
「それをキミは、怯えるか弱い羊のように……
それも、狼の腕の中で。
これでは、食べてくれと言っているようなものじゃないか。」
歯を見せつけるように、嗤う。
ギラギラと白く光を反射して、僕の首筋を照らし出す。
抵抗は全く無意味。
僕はただただ恐怖に震えるしかない。
両の指が、首にかけられる。
気道に添わせるように、しなやかな白魚のような指が乗る。
力は込められていないが、精神的な圧迫感で息が苦しい。
「ああ……いいねぇ、その顔。この体勢。
ボクがほんの少し力を込めれば、キミは呆気なく死んでしまう。
キミの生殺与奪の権利は今、ボクが握っている訳だ……」
うっとりとした目線でくひり、と笑い声を漏らす。
彼女の言う通り、ほんの少しでもその手に力を入れれば、僕は死んでしまうだろう。
容易く、いとも容易く。
それこそ、蟻を捻り潰すよりも簡単に。
何故なら、彼女は人外の膂力を持っているから。
「どく、どく、と脈動が伝わるよ……キミの可愛い首筋から。
……緊張、しているのかな。とっても早く、鼓動を刻んでいる。
生命を維持しようと、キミの無意識は必死に血液を送り込み続けている……
ああ、なんて愛おしい……!」
目を見開いて、叫ぶように一息に言う。
内なる衝動が抑えられない、といった風に。
その目は明らかに正気を失っており、いつ気が動転して縊り殺されるか分からない。
短く、短く息をつく。
僕も彼女も、興奮したイヌのように。
見るからに、彼女は興奮しきっている。
これでも、胸の内の魔物のしての衝動に耐えようと必死なのだろう。
ジュピターは、本来は優しく、気性の穏やかな女性だ。
だが、彼女の胸の中に渦巻く狂気的なまでの僕に対する執着は、時折こうして暴走してしまう事がある。
普段から押さえつけている、人の身には大きすぎる激情を、ただ僕という個人に向ける。
僕に出来ることは、ただ彼女の激情が収まる事を祈りながら、ただ待つのみ。
「さぁ、兄さん。
今日も、愛し合おう……!」
涎をぽたりと垂らしながら、背筋に寒気がする程に美しい、それでいておぞましい笑みを向けて、彼女は押さえつけた欲望を解き放つように叫びかけた。
――彼女は僕に依存している。
捨てられて、空っぽだった彼女を受け入れ、愛し、家族として接する内に、段々と僕に異常な程の執着を向けるようになっていった。
そして、それを僕は拒む事が出来なかった。
そうすれば、彼女は容易く壊れてしまうだろうから。
そして、これから先も拒むつもりは無い。
それが、彼女を変えてしまった僕に唯一出来る贖罪だから。
彼女の名は、ジュピター。
姓はなく、ただジュピター。
僕の元いた世界で言う主神の名を冠する彼女は、事実、神にも匹敵する程の力を持っていた。
指を一振るいすれば、大地が震え、炎が巻き上がり、嵐が吹きすさび、海が割れる。
この世界を終わらせるには十分すぎる魔力を単身持つ厄災の象徴。
そして、人類に仇なす魔族を支配する魔王の、娘。
それが、彼女だった。
辺境の村の、これまた外れの一軒家。
そんな場所で、何故ただの村人である僕が魔王の娘である彼女と暮らしているのか。
そして、何故彼女にこんなにも愛を向けられているのか。
これは、僕がジュピターを拾った所から始まる物語である。