通販カタログ(3) (Pixiv Fanbox)
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(3)
恥ずかしさに身もだえたくなるが、いつまでも下着姿ではいられない。
ぼくは急いで、女子制服を着にかかる。まずはブラウス――男子用のシャツと似てはいるけど、襟が丸く、袖口が細く、前ボタンの位置が違う。なによりも、男子用のシャツよりずっと細身だ。通した袖も、胸周りも、だぼだぼにならない。
「むしろ男子用のシャツより、こっちの方がぴったりなんじゃ……? いやいや」
ぼくは首を左右に振って、余計な考えを頭から追い出すと、ブラウスの前ボタンを一番舌まで留め――ついに本丸、吊りスカートを手にする。
「ええと、これ……どうやって着るんだ?」
左脇にファスナーを発見して下ろしては見たものの、何も考えずに足を通したところで肩紐が絡まりそうだ。しばらく試行錯誤したのち、右の肩紐は右側に、左の肩紐は左側に落としてから、スカートに足を通す。腰まで引き上げたところでファスナーを閉じ、肩紐に腕を通して、捻じれないように気をつけながら肩に引っ掛けると――
「お、オレ……女子小学生の制服を、着ちゃった……」
白と紺のコントラスト。ブラウスに肩紐のラインが二本走っているのが、中高生とは違う小学生らしさを演出している。さらにスカートの頼りなさ――ズボンのようにぴったり密着して覆ってくれないため、内ももの間を吹き抜ける着心地が、あまりにも無防備だ。それでいて、プリーツスカートは意外なほどにずっしりと重く、また少し身じろぎしただけで大きく揺れて太腿を撫でるため、「スカートを穿いている」という存在感は強い。ウエストはかなり緩いため肩紐にはずっしりと重みがかかり、吊りスカートであることをも意識させられる。
頭の中を、恥ずかしさがぐるぐると回る。もう男子中学生なのに、女子小学生の制服を着せられるなんて。しかも、「オナニーように作ったリストを間違えて母親に渡してしまった自業自得」なんて、二重の意味で恥ずかしい。
けれど――
「う……」
心臓が破裂しそうなほどの高鳴りに、ぼくは胸元を押さえる。これは高揚感――ずっと内心で憧れていた女児服を、こんな形とはいえ着ていることへの喜び? いや違う。そんなはずはない。ただ単に、緊張と羞恥の動悸を、吊り橋効果で勘違いしているだけなんだ――
「そ、そうだ。靴下も、穿かなきゃ……」
ドキドキから意識を逸らすように呟いて、ぼくは先ほどまで女児制服が並べられていたベッドの上に腰を下ろした。紺の刺繍入りハイソックスのうち、青い王冠の刺繍が入ったものを取って、片足ずつ爪先を上げて穿いていく――
「あ、着替え終わってるわね」
「わぁっ!?」
突然、正面のドアが開いて姿を現した母さんに、ぼくは悲鳴を上げた。足を下ろしてスカートを押さえると、
「ふふっ、スカートの中を気にするなんて、さっそく女の子の気分? 水色のパンツ、とっても可愛かったわよ」
「か、母さん! 入るときはノックしてよ! っていうか、見え――!」
ソックスを履いていた時にスカートがめくれて、パンツを見られていたのだ。男なんだから気にする必要ないといえばないのだが、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
母さんはくすくすと笑って、
「うん、いまのままでもじゅうぶん可愛いじゃない。あんまり似合ってなかったらどうしようかと思ったけど、この分なら心配なさそうね」
「な、なんだよそれ。着ろって言ったのは母さんだろ……!」
「ええ。でも、お母さんだけならともかく、他の人が見てるところであんまり見苦しいのは問題じゃない?」
「他の人――いや待って、部屋着でいいって言ったよね?」
部屋着なら、家族以外の人に見られる心配はしなくていいはずだ。友達が遊びに来た時は他の服に着替えて、この服はしまい込んでおけばいいんだし。
しかし母さんは、
「あら? さっき、『あとで美容室に行きなさい』って言ったでしょ? その服に合わせて髪型を整えてもらうんだから、その格好で美容室に行くに決まってるじゃない」
「き、聞いてないよ! っていうか『外に着て行けとは言わない』とも言ってたよね!?」
「あら、そうだったかしら。うふふ」
ごまかすように笑う母さんの言葉に、ぼくは顔から血の気が引くのを感じる。
公平に見て、母さんは決して悪い母親ではない。叱るときは怖いけれど理不尽な当たり方はしないし、褒めるところは褒めてくれる。ただ頑固で、一度決めたことはなかなか柔軟に変更してくれないところがあるのだ。通販の購入システムもそうだし、さっきぼくに「買ったんだから着なさい」と決定した時もそうだ。
つまり――
「さ、もうすぐ予約時間だから、母さんと一緒に美容室にいらっしゃい。お店に迷惑がかかっちゃうわ」
「ま、待って、まだ心の準備が……! っていうか、ご近所さんに見られたらどうするんだよ! 女子小学生の格好をしてる変態だって、噂になっちゃうって……!」
「大丈夫、すぐそこだから、心配いらないわ。よほど運が悪くなければ」
「その根拠のない楽観は何なんだよ……!」
懸命に抗議するが、しかし母さんは取り付く島もなく「すぐにいらっしゃい」と言い残して、階段を玄関へと降りてゆく。
ぼくはしばらく呆然としていたが――
「恥ずかしいけど……行くしか、ないか……」
頭を抱えてそう呟くと、念のためクローゼットを開けて、扉の内側に貼られている鏡で身だしなみをチェックする。
そこに映っているのは、女子小学生の制服を着た自分の姿。驚くことに、確かにちょっとした違和感がある程度で、見苦しくはない。髪形が長めとはいえ男子のそれなので、まるで女の子のように可愛い――というのはいささか無理があるが、じゅうぶん似合ってしまっている。
「うう……ご近所さんには、見られませんように……」
心から祈りつつ、ぼくはスカートを翻して、自室を出たのだった。
(続く)