連載小説「女装強要妄想ノート」(35) (Pixiv Fanbox)
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4月第3週「パンツルックなら大丈夫だからと、外に連れ出される」
(5)
「咲さん、ありがとうございました」
「はーい。またのご来店、お待ちしてます」
咲に見送られ、真弓は妹とともに美容室を出――
「あら、亜弓ちゃん」
「!?」
ちょうど目の前に現れた主婦3人組とのエンカウントに、真弓は心臓が止まりそうになった。
(ま、まずいっ……!)
現れたのは、よりにもよってご近所で最も噂好きなグループである。もしも彼女たちに女装バレするようなことになれば、この土日のうちには話がご近所中に広まり、上は耳の遠くなったお爺さんから、下は黒猫一匹に至るまで、「佐々木真弓くんが女児服を着て美容室に行き、三つ編みにしてもらった」と知れ渡ってしまうことだろう。おそらくは多分に尾ひれがついて。
(そんなことになったら、おしまいだ――何とかして、この場を切り抜けないと……!)
絶望の表情を浮かべつつも、打開策を考える真弓。
幸い亜弓の方が前に立っていたため、彼女が先に挨拶する。
「こんにちは、芹沢さん。新見さんと、平山さんも」
「ええ、こんにちは。そのセーラー服、志路学園のよね。ふふっ、進学おめでとう」
3人組のリーダー格――育ちの良いお嬢様がそのまま齢を重ねた、という感じの芹沢夫人が言えば、亜弓もそつなく返す。
「ありがとうございます、芹沢さん」
「今日は美容室帰り? それとも――後ろの子の、付き添いかしら? 見ない顔だけど、亜弓ちゃんのお友達?」
「ええと……」
さしもの亜弓も、どう紹介したものかと言いよどむ。
芹沢夫人と他二人の視線に、真弓は緊張に身をすくませるが――
「は、はい。あたし、亜弓ちゃんの従妹の、マユっていいます」
勇気を振り絞り、精いっぱい女の子らしい口調で言って、丁寧にお辞儀する。
「今日は亜弓ちゃんのおうちに遊びに来たんですけど、髪が伸びてるって話したら、ついでに切ってもらうことになって……」
「まぁ、そうなの。道理で、よく似てると思ったわ」
「ほんと、よく似てるわねぇ。亜弓ちゃんより、真弓くんに」
新見夫人の言葉に、真弓は表情を変えそうになるのを必死でこらえながら、
「はい。お兄ちゃんにそっくりだって、よく言われます」
幸いそれ以上怪しまれた様子はなく、
「ふふっ、三つ編み、とっても良く似合ってるわよ」
「あ、ありがとうございます!」
お礼を言うと、芹沢夫人は特に怪しんだ様子もなく微笑んだ。
亜弓もほっとした様子で、
「それじゃああたしたち、これで失礼させてもらいますね」
「ええ。お母さんと真弓くんにも、よろしく伝えておいてね」
「はい、伝えておきます」
「し、失礼します」
ようやく3婦人たちと別れ、ある程度遠ざかったところで、真弓はほっと息をつく。
「ば、バレなくてよかった……!」
「くすくすっ、なかなかいい機転だったわよ、マユちゃん。ぶりっ子声もすっかり板についてきたじゃない」
「も、もう、言わないでよ……!」
恥ずかしさに後頭部を掻こうとする真弓。
しかしその手が先に触れたのは、豊かな黒髪の三つ編みで、
「そっか、オレ、咲さんに三つ編みにしてもらったんだっけ……」
「よかったね、マユちゃん。芹沢さんにも可愛いって言ってもらえて」
「う、うん……」
冷静に思い返すと、今さらながらに顔が熱くなってくる。
パンツルックとはいえ、女装での外出。美容室で女装バレから三つ編み。そしてご近所さんに見られて、女の子の振り――
(め、目まぐるしかった……!)
ほんの100メートルほどの外出にもかかわらず、思いがけない出来事が次々に起こる。今まで通り男の格好で切ってもらうだけでは絶対になかった、新鮮な体験だ。
「何事も経験と、挑戦、かぁ……」
出かける前に母親の言っていたことを思い出し、少し感慨に耽る真弓だったが――
(で、でも、やっぱり女の子の格好をするのは、恥ずかしい……!)
慌てて首を振るとおさげが揺れて、真弓はいよいよ赤くなりながら、自宅への道を急ぐのだった。
(続く)