連載小説「女装強要妄想ノート」(20) (Pixiv Fanbox)
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3月第4週「妹と一緒に卒服を着せられる」
(5)
別世界が、広がっていた。
光が溢れ、体を包むスーツを照らす。
風が流れ、腰にまとうスカートを揺らす。
扉の外に広がっているのは、ふだん家を出てすぐ目に入ってくる、ごくありふれた住宅街の景色。なのに、まるで異郷に迷い込んだかのような不安に襲われる。胸を押しつぶされそうになりながら――
「さぁ、真弓ちゃん」
「う、うん……!」
真弓は妹に手を引かれ、外へと歩き出していた。
玄関ポーチに出ると、視界が開け、光と風はいっそう強くなる。心臓は今にも破裂しそうなほどに高鳴り、すっかり怯えて周囲の様子をうかがっていると、
「くすくすっ、なんだか点滴を警戒してる小動物みたいで可愛い」
「うぅ……っていうか、これ、どこまで行くの? まさか道路まで……」
「ふふっ、それは安心していいわ。ここで撮影しちゃうから」
カメラを持った母親が、そう言って外に出てくる。玄関ドアを閉めると、表に続くステップを数歩行って振り返り、
「さ、二人とも、撮ってあげるから、こっちを向いて並んでちょうだい」
「はーい!」
「は、はーい……」
真弓は脚を内股に閉じて、スカートの前に手をそろえ。
亜弓は脚を肩幅に開いて、片手を腰に当てて。
スカートとパンツ。それぞれが着ているスーツにふさわしい、対照的な兄妹のポーズに、母親は小さく笑って、
「はい、チーズ」
シャッターを切り、我が子の姿を写真に収めてゆく。
さらに何枚か、カメラにピースサインを向けたり、手を握ったり、抱き合ったり――亜弓が顔を近づけて来てドキドキする真弓だった――、そんなポーズでの撮影ののちに、
「……うん、こんなものかしら」
「ほっ……」
ようやく撮影終了の声がかかり、真弓はほっと安堵する――が、
「ふふっ、ふたりとも卒業スーツがよく似合ってるわね。せっかくだし、今日で何から卒業するのか、改めて言ってもらいましょうか?」
「え、え……?」
「はーい! あたしは小学校を卒業して、来年度から、中学生になりまーす!」
「ふふっ、そうね。亜弓ちゃんは、小学校を卒業するのよね。じゃあ――真弓ちゃんは?」
「え、ええと……」
とっさに思いつかずに困惑していると、隣の亜弓がニヤニヤ笑いながら助け舟を出す。
「いまの真弓ちゃんが卒業するものって言ったら、決まってるでしょ? ほら、今こうして、女の子の格好をしてるんだから――」
「そ、それは……でも……」
亜弓の言わんとするところを理解しながらも、恥ずかしさにためらう真弓。しかし、
「あれー? せっかくママにスカートスーツとシューズまで用意してもらったのに、まだ迷ってるのかな? 可愛い卒業スーツにふさわしい『卒業』の言葉――あたしもママも、真弓ちゃんの口から聞きたいんだけどなぁ?」
「う、ううぅっ……わ、わかりました……」
最初からここまで用意されていたのだ――今さらながら理解して、逃げ場のないことを悟った真弓は、顔を上げて、はっきりと口にする。
「わ、わたし、は……だ、男子高校生から、卒業、して……お、女の子に、なります……っ」
「ふふっ、はい、よく言えました」
満足げに笑う母親と妹に、真弓は慌てて言い添える。
「で、でも! ほんとに、高校をやめたり、女の子になったりできるわけがないから……その、せめて、家の中で、だけに……!」
「ええ、わかってるわよ。これから真弓ちゃんは、女の子――おうちの中でだけ、ね」
「うん……」
外でも――とは言われずに済み、ほんの少し胸をなでおろす真弓。
しかし話は、さらに思わぬ方向へと転がってゆく。
「そういえば亜弓ちゃん、卒業してもう使わなくなった制服とかランドセルが、ちょうどよくあったわよね?」
「うん。服や下着なんかも、可愛いのはもうほとんど着ないし」
「だったらそれ、ぜんぶ真弓ちゃんにあげてちょうだい。で、真弓ちゃんはそれを部屋着にするように。いいわね?」
「はーい!」
「うっ……は、はぁい……」
「妹の制服やランドセルをおさがりとして譲られる」――ノートに書いた妄想が思わぬ形で実現し、真弓は真っ赤になってうなずく。
(これからは、家の中では、女装――)
今までも、女装は何度かさせられていたが、普段着については何も言われなかった。しかしこれからは、家の中では女装しなくてはいけないのだ――思いもかけぬ「卒業」に、真弓は新たな日々の始まりを予感するのだった。
(続く)