連載小説「女装強要妄想ノート」(6) (Pixiv Fanbox)
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3月第2週「ホワイトデーにメイド服を着せられてチョコを手作りする」
(1)
3月14日、ホワイトデー当日。
バレンタインに妹の亜弓からチョコをもらっていた真弓は、昼過ぎに彼女の部屋に出向いてお返しのチョコレートを渡そうとして、
「え、いらない」
思いがけない返事に、目を丸くする。
「い、いらないってどういうことだよ!?」
「市販のチョコとかお返しにもらってもー、感謝の気持ちとか感じられないじゃん?」
「お前が渡したのだって市販だったくせに。しかも小分けの……」
「とにかく」
亜弓は語気を強め、ベッドから起き上がると、兄を見てニヤリと笑う。
「あたしは兄ちゃんの――ううん、真弓ちゃんの手作りチョコが食べたいなー」
「ま、真弓ちゃん……?」
嫌な予感に、真弓は背筋を寒くする。
もちろん今は女装していない。シャツとズボン、パーカーというルームウェア姿で、髪もいつものように後ろで結んでいるだけだ。
――雛祭りの日から、10日余りが過ぎていた。
あれ以来、真弓は特に女装を命じられていなかった。てっきり毎日でも女装させられるものと覚悟――あるいは期待していた真弓にとって、拍子抜けもいいところだ。もはや雛祭りの出来事自体が悪い夢か何かのような、今まで通りの日々だったが、ただリビングのマガジンラックに置かれたままのノートと、彼の部屋のウォークインクローゼットにかかっている女児服だけが、現実である証拠として残っている。
もちろん自分から女装するような度胸も勇気もなく、けっきょくずっと女装せずに過ごしていたのだが――
(そういえばホワイトデー関係の妄想も、あのノートには書いてたような……たくさんありすぎてよく覚えてないけど、亜弓はまさか、あの中から……?)
例のノートの存在を思い出し、ある可能性が一気に膨らんでくる。すなわち、
「そ、それって、つまり……オレに、女装しろって、こと……?」
「あははっ、察しのいいお兄ちゃんは嫌いじゃないわ。それとも、そんなに声を震わせてるなんて、実はずっとさせられるの待ってたのかな?」
「ちっ、ちがっ……! これは、恥ずかしいからで……!」
「ほんとかなー? お姉ちゃんとしては、真弓ちゃんが好きそうな衣装を用意したんだから、喜んでもらえると嬉しいんだけどなー」
「お、オレが好きそうな衣装……?」
嫌な予感が加速する。同時に、期待と興奮も胸の中で膨らんで、
「嬉しそうな顔しちゃって。というわけで、はいこれ」
亜弓はくすくす笑いながら、掛布団の下に隠していたものを取り出すと、それを兄に向って投げてよこした。
反射的に受け取ってしまった真弓は、それを見て目を丸くする。
白と黒のモノトーン。たっぷりとフリルがついたエプロンと、レース付きのカチューシャがセットになったそのコスチュームは――
「こ、これって――メイド服……?」
「あたりー! 定番でしょ?」
「た、確かに、女装コスプレだと、制服と並んで定番だけど……でも、なんで……」
「あれ? ノートに書いてあったんだけど、覚えてないんだ? ほとんどノート一冊使い切るくらい書いてあって、しかもホワイトデーがらみもたくさんあったもんね。覚えてなくても仕方ないか」
「うぐっ……あ、亜弓、もしかしてあれぜんぶ読んだのか……?」
「もっちろん。兄ちゃんの妄想、楽しく読ませてもらったよ。で、その中のひとつに、『ホワイトデーにメイド服を着せられて、チョコを手作りするように言われる』ってのもあってよね?」
「あっ……うん……じゃあ、これは――」
「うん、そういうこと」
亜弓はにんまり笑って立ち上がると、真弓に向かって高らかに命じた。
「というわけで、真弓ちゃん。そのメイド服を着て、手作りチョコ、用意してちょうだいね」
(続く)