進捗.2 (Pixiv Fanbox)
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「……イラつく。うん、俺は今、イラついてる」
神判を下される、罪人のような気分だった。
恣紫という、死神にも等しい存在の怒気は──ただ相対するだけで、人間の心を根こそぎへし折ってしまう。
それこそ、今僕の近くに、もしナイフなんてあったなら、命乞いするまでもなく、自らそれを喉に突き立てて自害していただろうと、本気でそう思うほどに。
魂ごと串刺しにされるような、鋭い重圧。
汗腺がぶわりと開き、冷や汗がとめどなく流れ、身体は鉄のように固まり、生唾を飲むことすらできない。
「やっぱり、人間の集まる場所に行くと、ろくな事にならないな……」
──恣紫が、人間界に来てから、もう十日が経つ。
しかし、その人間嫌いな性分は、直るどころか、深まるばかり。
人間がそこら中に居る世界に、いつまでも慣れることもなく、苦々しい顔をし続ける。
それでも──ワガママで気まぐれな、独裁者気質の恣紫にしては珍しく、今のところ人間のルールには合わせようとしているらしい。
一応、そういう真似はしないでくれと、いつか僕がお願いしたことを、気にしてくれているのだろうか。
もしそうだったとしたら、僕としても嬉しいのだが──何度も言うが、恣紫はやっぱり、気まぐれなのだ。
まだ、彼女がここに来て日が浅いから、その言葉に従ってやってもいいという気が変わっていないだけで、下手をすれば僕の命ごと、約束も何もかも無に帰してしまうかもしれない。
だって、そもそも人外である恣紫には、人間が決めた社会のルールや法律なんて、従う必要はないのだから。
それこそ、お気に入りの人間である僕が、その法律とやらを重んじているから、それを破って嫌われないために、適当に合わせておいてやる以上の理由なんて、本当に一つも思い当たらない。
ごく脆い、薄氷の上を渡るような瞬間が、果てしなく続いていく気分だ。
そうだ、そもそも僕が恣紫に、好意を抱かれている理由すら、曖昧なのだ。
彼女がいつ、僕のことを”親友”と呼ぶ気まぐれをやめて、僕をそこいらの人間と同じように扱うかなんて、僕には分からない。
彼女にしか分からない理由で、僕の事を気に入ったなら──彼女にしか分からない理由で、僕の事を嫌うのは、ある意味道理に沿っているとすら言える。
だから──だから、僕は。
恣紫のことが、恐ろしくて仕方がないのだ。
「もし、キミがずっと……俺と一緒に、この狭いワンルームで、永遠に二人っきりで居てくれたらって、そう思わない日はない。……キミは、そうじゃないんだろうけど、さ」
心中穏やかではないというのに、いやに落ち着いた声色。
まるで、今から人でも殺すようだと、漠然とそう思う。
そんな、居直り殺人のような、剣呑な雰囲気を、今の恣紫からは感じ入ってしまうが──今のところ、苛立ちの原因を強硬手段で解決するような気には、どうやら至っていないようだ。
恣紫の力を使えば、それこそ彼が言うように、僕を永遠にこの安アパートの一室に閉じ込めて、鳥籠の中のインコのように扱うことだって、今すぐにでも可能なはず。
しかし、それをしないという事は──恣紫は、とりあえず”憂さ晴らし”にさえ付き合えば、今日のところは機嫌を直してやると、僕に破格の交渉を持ちかけているという意味で。
──だから、僕は。
自分の身を、生け贄のように捧げてでも、彼の”憂さ晴らし”に付き合わなくてはいけないのだ。
──恣紫は、その感情が昂ると、軽率に僕を使って”憂さ晴らし”をする。
そうでなくとも、”暇つぶし”や”お遊び”などと称して、ほとんど意味もなく、鬱憤を晴らすように、ベッドに連れ込まれることだって少なくない。
この十日間、僕はその、生ぬるい地獄を、何度も何度も味わわされて──数えきれないほど、肉体を失うような快楽を味わった。
その、憂さ晴らしの内容とは──人間界で生活するために抑圧された、淫魔の淫らな本能を、僕に向かって思いっきりぶつけること。
今まで何度も、それに付き合わされてきたから、僕はその恍惚を、よく知っていた。
恣紫の本能の中には、既に言うまでもなく、自分を脅かすものが一つもない頂点捕食者だからこその、子供のような無邪気な残虐性が秘められている。
そして──淫魔としての性質通りに、その艶やかな肉体や手練手管で、人間を意のままに冒涜し、性奴隷としてこねくり回す欲望もまた、強く存在する。
その倫理感もまた、やはり人間のそれとは違う。
手元でフィジェットトイを弄ぶように、意味もなく生き物を手慰みに壊しては、それに対して何も感じることなく、ぽいと捨ててしまい──壊れればまた、無数に寄ってくる玩具を、手のひら一つで転がす。
それが出来るほどの、超自然的な力を、恣紫は持っているのだ。
例えば、その瞳。
目を合わせるだけで──それこそ、電球に強烈な電流を与えた時の、一瞬だけ強く光って燃え尽きるフィラメントのように。
脳内麻薬の過剰分泌により、脳の回路を内側からばちんと焼き切ってしまう、それ。
それが──恣紫の”憂さ晴らし”の中では、最も手ぬるい責めとなる。
思い出すだけでも、かちりと脳のスイッチが入って、身震いを抑えられない、トラウマ級の快感。
死にたくても死ねない、狂いたくても狂えない、その陰惨なまでの多幸感が、恣紫が満足するまで、ずっとずっと続く。
恣紫の気が、収まるまで。
「……胸ん中が、煮えくり返るって言うのかな。それは、言いすぎかもしれないけど……いや、あながちそうでもない、か。……こんな気分になることって、そうそう無いから分かんないや」
──閻魔大王の前の、亡者のように。
僕は震えながら、ただ黙って座っている。
ここは、僕の部屋の、しかも僕のベッドの上であるというのに──言うまでもなく、主導権は僕にはなく。
綿の潰れたせんべい布団の上で、僕達は目を合わせることなく、横に並んでいた。
こうしていると、恣紫の脚の長さが、よくわかる。
目測で、僕の二割増しくらいはあるだろうか。
腰の高さ一つとっても、生物としての格の違いを見せつけられているようで、そわそわと落ち着かない。
──あの脚が、いけない。
今なら、恣紫がその肌を誰にも触らせないように、人間を遠ざけている理由が、よく分かる。
死んでもいいからと触りに来るような、無礼者がいるからではない。
恣紫自身が、それを嫌っているからでもない。
あれは──軽々しく扱ってはならない、残忍極まりない処刑器具なのだ。
「しかし……退屈だったり、憂鬱になったりして、気分が冷たくなることは、もちろん今までもあったけど……こうして、熱くなるのは、こっちの世界に来るまでは、生まれてから一度もなかったな」
──部屋の室温は春らしく、適度に温かいというのに、真冬の屋外でそうなるように、吐く息が白く縮こまっているような気すらしてしまう。
恣紫はいま、多分だけれど、その紫の瞳で、僕をじっと見ている。
頬のあたりに、舌でねぶられるような、そんな感覚を覚えたから、見なくても分かる。
ただ、それも、やはり恣紫の持つ、すべすべの肌の愛撫には敵わない。
──考えてもみれば、当たり前の事だ。
実体もないただの目線に睨まれるより、淫魔の生肌に直接触れる方が、より効率的に人間を誘惑できるなんて、当然すぎるほど当然だ。
人間だって、そうだ。
目線で人を誘惑して、それだけで射精まで導くなんてことは、よっぽどの事がないと起こり得ないが──肉体で直接触っていいのなら、男をイかせるなんて簡単だ。
ペニスを直に愛撫なんてすれば、どんな醜女だろうと、どんな体型の崩れた百貫デブだろうと、射精させることぐらいはできてしまう。
──それを、恣紫がやったなら、どうなるか。
言葉にするまでもないが──しかし、想像は遥かに絶するだろう。
「でも……キミと出会ってからは、そんな思いをすることも、随分増えた。……プラスにも、マイナスにもね」
するりと、恣紫は距離を詰める。
触れるほどではないにしろ、無意識的に肩がぶつかっても、決しておかしくない距離。
あまりにも静かで、しっとりとした態度。
今から、僕に拷問じみた行為を、何時間もかけて施すくせに、その雰囲気はまるで、初心な男女の初夜のよう。
恣紫の内側に湧き上がる、苛立ちや怒りと反して、いやに湿っぽく落ち着いた態度で、僕達は静かに座っている。
熱く湿気た呼吸を、じっくり絡み合わせ、部屋中に染み渡らせるように、ゆったりと。
自分が今置かれている状況と、極上の美貌を前にして、それとじっくり相対し、興奮をじわじわと押し上げられる──言ってみれば、高級ソープの待合室で、ひたすら勃起を硬め、最高の射精を今か今かと待つような、そんな気分。
どくどくと、心臓を鳴らすことばかりに集中して、呼吸すらも忘れそうになってしまう。
身体中が──特に、ペニスが熱くて仕方がない。
自分自身から出ている熱なのに、下手をしたら、ヤケドしてしまいそうに思えるほど。
それだけ、この後に行われる行為に──絶望するほど、期待してしまっている。
──ふわりと漂う、少し甘酸っぱい、女の匂い。
それは、誰かから移ったものではなく、確かに恣紫の身体の、その芯の部分から香っていた。
──そもそも、恣紫は、自分の性別を明言してはいない。
そのスレンダーな長身の肉体や、ジーンズとジャケットを合わせた服装、そして口調に声、その仕草や思考は、限りなく男に近いと言えるが、それでも彼女は、自分のことを男だとは、一言も言っていないのだ。
確かに、恣紫の顔立ちや体つきは、男だと言われれば、何の引っかかりもなく男だと信じられるものだ。
しかし、それと同時に、本当は自分は女なのだと言われれば、『へぇ、そうだったんだ』という一言で終わるくらいには、彼女の容姿は、性別不詳で中性的。
淫魔という理外の存在を表すかのように、彼女の姿形は、妖艶で見目麗しいが、どこか曖昧で不定形で、つかみどころがない。
ただ──大雑把に、彼女の持つ属性を一言で表すなら、それは”絶世のイケメン”ということになり。
ついでに、セックスの相手はいつも女ばかりで、男は近寄られる前に片手でしっしと追い払うその様から、彼女の性別は男だと、状況証拠のせいでそう思われていた。
「……実は、さ。こうして、静かな部屋で、キミと二人っきりで居るだけでも、けっこう気分はいいんだけど……でも、それが逆に、よくないな。感情が混じり合って、頭の中がぐっちゃぐちゃだ」
そうだ。
恣紫は今、あえて”男の姿”をしているのだ。
じゃあ、もしも恣紫の性別が、本当に男だったとして。
僕は同性愛者ではないが、彼に男のモノがついていると分かった上で、本気で抱かれたなら──それでも僕なんか、一溜まりもなく、溶けてしまうだろう。
淫魔という生き物は、その生態の全てを、その能力の全てを、セックスのために費やしている。
だから、この世に存在するありとあらゆる行為を試しても、どんなことよりも交尾が、ひいては人間に性的快感を与える事が最も得意なんてことは、論じるまでもなく。
更に、淫魔の中でも理論値以上、生物として完全化されていると言っても過言ではない、彼女ともなれば──指先一本を使えば、片手でスマホを弄るついでに、ペニスを壊れた蛇口にすることだって、呼吸と同じくらい簡単なことなのだ。
「でも、さ」
だけど。
ぽつり、ぽつりと、恣紫は独り言のように、語る。
その言葉の内容は、もはや半分も理解できない。
ただ、彼のカナリアの声に反応して、僕はひたすら脳を溶かしている。
恣紫の全ては、人間を最も効率的に、心地よく恋慕に狂わせるための、性的魅力でできている。
もちろん声だって、それは例外でなく。
清水のように澄んだ声質は、やはり中性的で、それでいてどこか幻想的で、つかみどころがない。
匂いだって、そうだ。
普段の恣紫は、他者をメロメロに魅了するというよりは、魅力によって圧倒的な力の差を見せつけ、その力を振るうまでもなく屈服させるために、どことなく高貴で神聖さを感じさせる、清涼感と古めかしい荘厳さを併せ持った香りを振りまいている。
その香りから想起されるイメージは──光の差す、天界の神殿。あるいは、女神が纏うローブ。
五感で感じられるもの全てが、恣紫の艶に染まってゆく。
あれだけ抱いていた恐怖すらも、いつしか蕩け落ちて、だんだんと身体から力が抜けてゆく。
少しずつ、少しずつ──”淫らな邪神”が、”ただ僕にだけ都合のいい雌”に、変化している。
爽やかに落ち着いた声には、隠しきれないほど粘ついた、ねっとりと卑しい色気が灯り。
傍からふんわりと漂う、ムスクのような香りは、溶かしたキャラメルのように甘ったるく、雌臭くて品がない匂いになりつつある。
──冷たく君臨する淫魔の王が、終わり。
僕と二人っきりのお家デートを楽しみたい、ただの恣紫が、始まる。
何も、証拠もなしに、そんな事を考えているのではない。
「うん……俺がイラついてるのは、キミに対してじゃあ、ない」
恣紫は、おもむろに──自分の首に、手を掛ける。
彼女の高貴さに似つかわしくない、安物のチェーンネックレスに付けられた、これまた安物の南京錠。
手のひらの空気を揉むように、一つ二つと捏ねるような動きをすると、ちょうどその鍵穴の形に合うような、光の棒が出来上がる。
──どく、どく、と。
心臓が荒く跳ねて、顔が真っ赤に染まるほど血が回る。
膝をぎゅっと握りしめたまま、かちこちに固まりつつ、その様子に釘付け。
「ほとほと、自分の愚鈍さ加減に……むかっ腹が立つ」
そして、恣紫はすっくと立ちあがり、その様子を見やすいよう、正面に立ち。
開錠する瞬間を見せつけるように、くいとネックレスを前に引っ張りながら。
逡巡することもなく、当たり前のように──鍵を、右側に捻った。
それはまるで、こめかみに拳銃をあてがうような、どこか自傷を思わせる仕草。
しかし、今から始まるのは、その逆だ。
彼女の狂気と死をもたらす魅力を、最も濃く直接的な形で、真正面から受け止めさせられる、拷問。
ダム一杯の水を小さなコップに移すように、まさか受容できるはずもない快感を溢さないよう与えられ、それでも自害すらできずに、精神をずたずたに引き裂かれる、処刑そのものだ。
「こんなに偉そうに王様を気取って、キミのこともこんなに怖がらせて……ほんと、馬鹿みたいだ」
そう、もしもその行為を、言葉で表現するならば。
それは、最も正確に言えば──
「どんなに粋がっても、結局のところ、俺なんて、さ……」
──絶対服従チン媚び雌奉仕。
「ただの……一匹の雌、なのにね」
恣紫が口を開く、その一瞬。
錠前がかちりと音を鳴らすと同時に、眩い閃光が走り、みしりとフローリングが軋む音がして──気が付けば、僕の目の前の、細身の身体。
肩幅も小さく、腰幅も狭く、脂肪も一切ついていないはずの、その端整なモデル体型は。
──ずっ……しりと。
卑しくオスのちんぽに媚びまくった、雌脂肪まみれの、美麗さの欠片も無い下品な女体に挿げ変わっていた。
「……脱いで」
短く、彼女はそう吐き捨てる。
それは、どんな言葉よりも如実に──今から、この身体で、僕をとことん射精させると、そう語っていた。
──むわりと、空気そのものが甘ったるくなる感覚。
極度の緊張と、吐き気すら伴うほどの恐怖が、ピンク色の陶酔に塗り潰されて、何も考えられなくなる。
その間にも──歪んだ視界は、少しずつ描画を終えて、はっきりとした輪郭を帯びてゆく。
シングルベッドとはいえ、大の男が寝るには十分な大きさのそれを、縦にも横にも埋め尽くすほどの、巨躯。
二メートルを超す長身には、どこもかしこも呆れるほど艶やかに、分厚く脂肪が盛りつけられていた。
ぶかぶかに丈が余っていた、胸元が丸出しの黒いインナーは──今や、びりびりにはじけ飛んでしまいそうなほど、雌肉がみっちりと詰め込まれて、ぴっちぴち。
どっぷりと垂れ下がる、半固形のスライムのようなおっぱいが、シャツの布ごと大きく前に張り詰めて、いじめ倒している。
その光景を見て、勃起。
ざっくりと、馬鹿みたいに長い谷間を、恥ずかしげもなく露出して──その、しっとりと湿気を帯びた、乳肌と乳肌の隙間から、下品にむわりと蒸れた、あっまい乳臭が、香る。
大量のミルクに砂糖を煮詰め溶かしたような、ひどく甘ったるく、格好良さの欠片もない、雄に媚び切った匂い。
それを、ねちっこく絡みつくように、浴びせかけられて、勃起。
ベッドのスプリングにまで、ぎしりと重みが伝わるほど、クソ重い爆乳。
人間の頭なんて比べ物にならないほど、大きな大きな片乳は、片手では絶対に持ち上げられないというほど、重さもサイズ感も、途方もなく。
当然それに釣り合った、まさに3L級の超大玉スイカにも匹敵する、凄まじい質量を持っていて。
それが、僕の目の前で、どっぷりと沈むように蕩け、自重でまろやかに扁平に潰れ、とことん勃起。
──普通の精神力しか持たない人間が、彼女の前に不用意に立てば、その姿を見ただけで発狂してしまうように。
全身が艶々もっちもちの、軽く揉み込むだけで手が易々と埋まるような、至高のとろみを持った雌肉で出来ていることを、視覚だけで教え込まされて──僕は、全身の骨が、抜けきった。
気が付けば、膝をがっくり突きながら、茫然自失と。
頭の中を真っ白に、繁殖欲だけで塗り潰されて、精液をずくんずくんと急生産しまくり──ほとんど無意識のうちに、あ、あ、あっ……♡などと、情けない声を漏らしながら。
精液を、どぷりどぷりと、尿道から溢れさせていた。
あまりの興奮と多幸感に、ほとんど気が狂ったような、そんな心地だった。
──突如として現れる、恣紫の顔をした、下品な雌。
この、性別不詳のファムファタールとは似ても似つかない、重くて雌々しいどたぷんボディの女は、もちろん──恣紫、その人だ。
恣紫がその肉体を、自由自在に変化させられること自体は、不思議な話ではない。
どうせ恣紫は、世界を丸ごと改変できるような、化け物だ。
自分自身の性別を変えて、女体化するくらい、どうせ訳もない事なのだろう。
だが、それ以上に。
絶対に、どう考えても、100%有り得ないのが──あの恣紫が、自らの力の象徴である、男の姿を捨てて、下品に恥をかく雌の姿を取っていること。
そして、それ以前に──あの人間アレルギーの恣紫が、こうして僕に向かってだけ、愛情を隠しもせずに、恥を捨てて媚を売っている姿が、堪らなく、堪らなく贅沢で。
混乱だとか戸惑いだとか、そんな人間的な理性を吹っ飛ばすには十分すぎるほど、こっぴどく猥褻な姿だった。
「……ねえ、今日はちょっと、悪いけど……。徹底的に、やらせてもらいたい、そんな気分だ……」
──どっしりと肉付いた、スレンダーという言葉とはまるで真逆の、これまた媚びきった下半身。
僕の倍ほども太い、えげつない肉付きの太ももが。
吸い付くようなディープキスを想起させる、しっとりもちもちの肌質が。
そして何より──盛りに盛られた、品のないデカケツが、すぐ傍で骨盤越しにどゆんと揺れ、ところん繁殖欲をそそる。
たっぷりと脂肪をこしらえた腿は、その細くしなやかなカモシカの脚の、面影すらもなく。
高すぎる腰、長すぎる脚と比較して、無駄な脂肪が一切なく、余白がぶかぶかに余っていたダメージジーンズは──今はむっちりとした柔肉に占領され、むしろ破れた生地の隙間から、そこを突き破らんと、窮屈そうに肉をはみ出させて、その卑猥さに拍車をかけている。
肉感に溢れているのは、肥育されたニワトリのような、その腿だけではない。
特に、ジーンズに押し込められた尻肉の詰まりなど、特に酷いもので。
元々の恣紫の体型にしては、そのボトムスはオーバーサイズにあつらえられ、すらりとしたシルエットを引き立てていたのだが──今やそのデカケツは、尻ポケットに小銭一枚も入れられないほど、ぱつぱつに張り詰めてしまっている。
その、女性器にすら、たっぷりと盛られた肉の土手や、肉尻の谷間のラインが、丸見えになってしまうほどに。
むっちりと、猥雑にくねり、その雌性ばかりをひどく強調する、幅広な腰つき。
綺麗な順三角形の体型は、どれだけ激しく甘えても、ちょっとやそっとでは揺るがない安定感があり。
がっしりと広い骨盤は、双子だろうが三つ子だろうが、易々と産んでくれそうな、最上級の母体を思わせる。
そのくせ、ほっそりとしたウエストはそのまま、砂時計型にくびれており。
かと言って、細すぎて不安になるようなことは一切なく、むしろエロスと美の奇跡的なバランスで、多少弄べる程度の肉は、新たに盛りつけられている。
どこもかしこも、性行為向けにあつらえられた、柔らかな雌臭さに満ちた身体。
もう、そこに、恣紫が元々持ち合わせていた、格好良さなんて、ない。
それは最早、全ての生物の頂点に立つ、美しくて綺麗な淫魔の王どころか、男も女も熱狂させる、学園一のイケメン王子様ですらなく──見る者全員を、その下卑た色香で精通させる、ドスケベボディのエロ雌。
卸したての最高級抱き枕のような、感動すら覚えるほど滑らかな肌と、ふっかふかにどこまでも沈む女体で、硬いオスの身体を抱き込み、とことん骨抜きにすることだけを追求した、究極の女体がそこにある。
けれど──首から上だけは、いつも通り。
生唾を飲むほど、作りもののように美しい、魔性の顔立ちがあるのだから、堪らない。
まさか見間違えるはずのない、何よりも確実な、本人証明。
この世に二つとない、恣紫が最強の淫魔たる所以である、強すぎる顔面があるからこそ──ああ、僕は今、あの恐ろしい淫魔に媚びられているんだと、嫌でも自覚させられる。
普段通り、やっぱり相対するだけで気圧されてしまうほど、恐ろしくも美しい無表情。
うっすらと苛立ちが見え隠れする、焦れたような態度は、やっぱり肝が潰れてしまいそうなほど、怖い。
だって彼女は、世界なんて自分の意のままに操れる、唯我独尊の邪神なのだ。
そう、彼女は自分勝手で、身勝手で、気まぐれな、悪魔。
今でこそ人間である僕に、妙な執着を見せてはいるが、その本質は全てを支配する知的生命体全ての敵で、絶対に懐いてはいけないし、好きになってもいけない存在だ。
しかし──そんなものが、究極の黄金比を実現した、完璧すぎるほど完璧な肉体を、自分から捨てて。
三日間オナ禁した男子中学生が、ちんぽをシコりながら妄想したかのような、下品極まるラブドールじみた淫肉の塊の身体に、首から下を変身させて挿げ替えてまで、僕の勃起を応援してくれている。
その事実一つで、我慢汁がペニスの先から、ぴゅっと吹く。
──視覚も嗅覚も、ありとあらゆる感覚が、極上の雌くささに溺れて。
ひとりでに尿道が緩み、昇りつめ、じわじわと腰が溶けるような熱さが、身体の奥から込み上げる。
そもそも恣紫は、その瞳を向けるだけで人を壊すことができるほど、この世ならざる人外の性的魅力を詰め込んだ、究極の淫魔なのだ。
普段はその魅力を、王者としての威厳や、荘厳で威圧感のある神秘的な美として発露しているからこそ──その色香に耐えられない人間は、狂い果ててしまう。
ならば、その狂気すら帯びた美貌を、淫魔らしく純粋なエロスとして発現させたなら。
言うまでもなく──溶ける。
ただ、隣に居るだけで、背骨が引っこ抜けるような恍惚に犯されて。
その身体つきを見つめるだけで、ぐらぐらと金玉が煮え立ち、どぷどぷと精液が溢れてしまう。
けれど、それは所詮、処刑の始まりですらなく。
ただ、魅了の魔力の余波に、虚弱な僕の理性があてられてしまっているだけ。
座っていても背筋がぐらつくほど、すっかりふやけきった脳みそで、これから始まる絶望的な幸福に──どぷりと、尿道にひっかかる精液を、殊更に濃くした。
──これだ。これが、恣紫の言う、憂さ晴らしなのだ。
ひた隠しにしてきた、淫魔としての淫らな本能を全開にして、それを僕というたった一人の、ついこの前まで童貞だった、ひ弱なオスにぶつけまくる。
脳を焼いて息の根を止めるほどの美貌をそのままに、体つきを思いっきり柔肉まみれに媚びさせて、今度は発狂するまで視線をぶつけるのではなく、快感神経が全て溶けるまで、ただ抱きつく。
そう、僕は今から──あの、極肉のカタマリに、真正面から、思いっきりしがみつくのだ。
そんなの、そんなの──もう。
「ね、親友」
──ふふ、と。
恣紫が、小さく笑い声を上げた。
肺に入った空気が抜けて、少しだけ姿勢が前傾する。
その途端──むんにゅ~っ……♡と、視覚から伝わるほどに、こってり甘く柔らかく、乳肉がひしゃげた。
その、あまりに脂肪の乗りすぎた乳肉が、黒いインナー越しに、段差を形成しているのが見える。
例えるならそれは、肥満体型の人間が、気を抜いて前かがみになると、腹の肉が段々になってしまうように。
恣紫の、馬鹿でかい乳肉は──あまりにも非現実的なことに、前のめりに身体を傾けただけで、乳腺にむっちりと絡みついた雌肉同士が、我先にと押しつぶしあってしまうのだ。
そして、もちろん言うまでもないことだが、その肉というのは──ただ不摂生から体に染みついてしまった、汚らしいだけの脂肪ではなく。
淫魔の持つ、ふわふわもちもちふっかふかな、天性の霜降り肉。
雄に媚びて、ペニスを苛立たせ──挟んでも揉んでも吸っても潰しても、セックスの相手を天国に導いてくれる、至高の快楽物質だというのだから、堪らない。
そんな雌肉が、贅沢極まりないことに──恣紫という究極の淫魔の胸に、どっかりと盛りに盛られているのだ。
それは、そんじょそこらの女の乳が、ちょっとバスケットボールほどにデカいなんて状況とは、全く訳が違う。
一 恣紫という、例え胸も尻もまっ平らで、抱き心地が0点だったとしても、顔の良さだけで女として100点満点中120点を叩き出し──実際に、人間に擬態した状態の、全く無駄な肉のない姿でさえ、数多の男も女も狂わせる奴が。
その美しすぎる顔面に、妖艶すぎる仕草に、魔性の声に──更に加えて、男の理想を体現したような、ドカ盛りの乳をぶら下げている。
それは、鬼に金棒などという、生易しい言葉ではとても言い表せないほど、彼女の魅力を更に底なしに、無限大に増幅していた。
堕落。
その二文字がこれほど似合う体型が、この世にあるだろうか。
そう言わざるを得ないほどに、蕩けるほど熟れ切って、しかし若々しいハリを兼ね備えた、至高の種付けボディ。
それはまさに──サキュバス特有の、傾国の女体だ。
もう、もう、こんなものを押し付けられたら──国が傾くなんて、そんなものでは到底済まない。
人類が滅びる。星が死に絶える。
冗談ではなく、そのくらい、邪悪なほど豊満な、肉体。
それが、腹を空かせた狼の舌なめずりように、呼吸のたびにたぷんと波打っている。
そのくせ──ちらりと目線を上げると、いつも通り冷徹な、無機質に美しい宝石の瞳が、恐ろしい威圧を放っていて。
けれど、普段なら震えあがるほどの恐怖を覚える、その瞳の威光も──間抜けなまでにだらしなく豊かに実った、極楽の抱き心地を誇る、土偶体型の前では、形無し。
そんな、あまりにもゴージャスすぎる、文字通り贅肉たっぷりな、曲線まみれのオナホボディを引っさげておいて、あくまでも。
大福餅のようにふかふかもっちもちな、なっさけなく肥育した身体を、どったぷんっ……♡と重々しく揺らしつつ──何事もないかのように、普段通り、アンニュイな無表情を見せる。
なまじ、首から上だけは、性差を超越した、世にも美しいボーイッシュな面構えなのが、殊更にその女体のむちつきを引き立てていた。
──全身の骨が、まさしく溶ける。
背筋を立たせることすらできず、恣紫の色気に堕落し尽くして、強烈な酩酊を味わいながら、ベッドに身体を沈ませた。
責め苦が始まりもしないうちから、僕は恣紫に、どこまでも屈服の意思を示す。
淫魔の前で、くてくてに全身をふやかして、すっかり出来上がったペニスを晒して。
そんなの、鴨が葱を背負っている以外の何物でもない。
──あまりにも、恐ろしい。
何が恐ろしいと言えば、それはもちろん、人を容易く狂わせる、魔性にして傾国の淫魔が、僕を虐め抜こうと舌なめずりしているから──ではない。
あんな性の極致のような肉体に抱かれて、ごく当然にペニスが狂い、死ぬまで子種を吐かせられることも。
もはや快感を超えて、拷問と変わらないほどの、暴力的な苦痛に喘ぐことも──実のところ僕は、ひとつも危惧していないし、恐れてもいない。
──ただ。
僕が恐れている事は、一つだけだ。
「あのさ……。俺も、一応は気を付けるけど……どこまで抑えられるか、分かんないから」
恣紫は、ベッドにごろりと寝転んで、両手両足を僕の方に差し出す。
四肢をがばりと広げるその姿は、まるで捕食直前のハエトリグサ。
とめどない艶がまろぶ、究極の淫魔の、最も贅沢な雌脂肪が、たぷりとプリンじみて揺れる。
途方もない天国が、大口を開けて、僕を待ち構えている。
「なるべく……耐えて。頭、おかしくなんないでね」
恐ろしい。恐ろしくて仕方がない。
僕は、今から、彼女に──
「今から、俺……全力で、媚びるから。」
──本気で、甘やかされるのだ。
そして、彼女は、どうしてだろうか。
その行為を、何故だか──心から、最上の娯楽だと、そう感じていて。
どんなに機嫌が悪い時でも、どんなにイラついた時でも、僕をすっぽり包み抱いて甘やかした後は、誰がどう見たってというレベルで、あからさまに機嫌が良くなるのだ。
──そんな訳がない。そんな事は、僕が一番、よくわかっている。
絶対に、何かがおかしい。
必ず騙されている、とすら断言してもいいのだけれど──じゃあ、恣紫の甘やかしを断れるか、なんて聞かれたら、当然答えはノーで。
だから、今日も僕は、この最高位の淫魔女王に。
情け容赦なく、苛烈に、過酷に。
泣き叫んでも許されず、精液が枯れ果てても離されず、心の底から屈服しきっても逃れられず。
「……うん。骨の髄まで溶けるぐらい、媚びて媚びて媚びまくって、俺が親友に絶対服従のマゾ奴隷だって、魂に刻み付けるぐらい、甘くしてあげないと……今日は、気が収まらない」
もう、魂が蕩けきって、言葉も話せなくなるほど。
歩くどころか、はいはいの仕方すら忘れた、赤ん坊未満の廃人になるほど、とことん、強烈に、死ぬほど。
甘やかされる。甘えさせられる。
おっぱいに頬擦りをさせられ、全身に両手両足を絡められまくり、組み付いては決してほぐれようともしない、なめくじの交尾より下劣な甘えんぼを、強制させられる。
この、淫らさと美しさだけで、全ての生物の頂点に立つ、至高の存在が。
その誇りを投げ捨てたかのような、見るからに下卑て媚びに媚びきった淫肉を携え──僕に、その肉体を差し出して、そう言っているのだ。
これ以上は絶対にあり得ない、究極の贅沢。
僕という、たった一人の塵芥のような存在のためだけに、生肌を露出するどころか──その肉体までもを、専用のラブドールとして変質させるという、これ以上は全く思いつかないほど、最上級の媚びへつらいを、僕に向けている。
どんな相手もを屈服させ、どんな傲慢も許され、誰であろうと上にまたがり征服することができるという、淫魔のプライドを──完膚なきまでに折り砕いて、ただちんぽを受け入れるだけの、最も情けない雌の姿を取るということが、一体どれほど恣紫にとって屈辱なのか。
それも、セックスが何より特別な意味を持つ、淫魔の主たる恣紫が。
その姿を、僕だけに見せている。
──そんなの、絶対、好きになる。
絶対、絶対に、恣紫の甘やかしに依存する。
恣紫なしでは、生きられなくなる。
ただでさえ気まぐれで、その上僕を気に入る理由も、今なお僕を親友と呼ぶ理由も、思考の一切が謎に包まれた、恣紫という悪魔に、本気で懐いてしまう。
それが、もう──何より、怖いのだ。
だって、だって──こんな、今後一生、どんな地獄を味わい続けようとも、一晩抱けたならそれだけで、雄として生まれたことをむせび泣いて感謝するような、究極の女体を味わわせておいて。
飽きたらポイと、何の感慨もなく捨てられるなんて、そんなの、想像しただけで、死ぬより辛い。
だから、絶対に、恣紫のことは好きになってはいけないのに──彼女ときたら、何が楽しいのかは、一切分からないが。
僕との甘々な純愛交尾を、”憂さ晴らし”と称して、遊びを持ちかけるように、こちらが何か強制するでもなく、頼み込むでもなく、むしろ恣紫から進んで、それこそ縋りつくように、媚びてくるのだ。
その事実だけで──じわりと、涙すら込み上げるほど、恍惚が走る。
──永遠に、彼女にしがみついていたくなるほど、幸せになってしまう。
そうでなくとも──そもそも目の前にある女体は、こんな肉感に溢れる雌を抱けるなら、いや、そんな贅沢なんか言わなくとも、一揉みでもできるなら、文字通り死んでもいいと、容易に思わせるほどの代物で。
独占欲や、優越感を抜きにしたって、その身体を見るだけでも、視覚から伝わるむちつきと、肌の艶めきだけで、どうしようもなく精子を漏らしてしまうのに。
しかも、その上で──その女体を眺められるのは、僕だけ。
僕以外の人間は、誰一人として、その極上の身体を目に焼き付けて、惨めだけれどセックスよりもよっぽど気持ちいいオナニーをすることもできず。
それどころか、恣紫の本当の性別が、女であるということを知ることすら許されない。
──そんな、の。
人間が味わっていい、人間が感じていい興奮ではない。
抗えるような、ものではない。
だって、だって──こんなにも、ちんぽが付いた生き物の、全ての理想を実現した、雌のイデアとも言える肉は。
彼女の気がもし変わらなければ、きっと永遠に、僕以外の誰も、世界が終わるその時まで、絶対に見る事は叶わない。
つまるところ──完全に、存在すら、独り占め。
あの──人間が大っ嫌いな、恣紫が。
極端に人嫌いで、自分の肌に何かが触れることはもちろん、肌を見せるのも以ての外、ただ立ち姿をじろじろ不躾に眺められることすら禁止する、あの恣紫が、だ。
僕の前でだけは、こんなにも”雌”をアピールして、いかにも媚びた肉付きで、誘うような熱い吐息を吐いている。
そんなの、それだけで──脳の血管がぷちりと千切れそうなくらい、心臓が無造作に跳ねまくってしまう。
それだけで──前立腺で急速に作られまくった種汁が、早とちりして尿道を押し上げ、とぷとぷと漏れ出てしまうに、決まっている。
思い出す。
考えてはいけない、都合の良すぎる事実まで、お漏らしの快感に紐づいて、思い出してしまう。
──その上、恣紫は。
自分の性別を、誰にも決して明かさず、肉体を変化させてまで隠しているように、とことん嫌っていると同時に。
彼女は、どうしてか──自分が雌として扱われることを、どうしようもなく好んでいた。
要するに──マゾヒスト。
尽くしたがりの、媚びたがり。
発情期の雌猫のように、甘ったるい声をだしながら、男にこってり甘えることが、何よりも大好き。
「思い出させて。俺は……ううん、”私”は、どれだけ姿形を変えて否定したって、その本性は、ただの雌だってこと。どうしようもなく、雄に媚びるしか能のない、淫魔だってこと……」
それが、男である僕にとって、どれほど残酷で、絶望的な事実か。
血涙を流して世界中を呪うほど、あるいは五体投地して天に感謝をささげるほど。
その事実を思い出すだけで、嘆き叫ばずにはいられない、おぞましいほどの幸運。
だって、だって──あの、どんな美辞麗句を尽くしたって、人間の言葉では語り尽くせないほど、美しく妖艶な淫魔に。
変な話だが、その中性的な美貌さえ──もっと言えば、その容姿から女性らしさを一切そぎ落としても、その超越的な麗姿により、目くばせ一つで同性愛者でも何でもない男性をホテルに連れ込むことなんて、いとも容易く行えてしまう、あの恣紫に。
本当は、その股ぐらの薄布を、一枚ひん剥けば──男のちんぽにうねうね絡み媚びて、そのちんぽに屈服して子供を孕むための、雌穴が着いているなんて。
そんな恐ろしい想像は、誰一人として、頭にもよぎらせなかったことだろう。
そんなの、もう──何もかもが、ひっくり返る。
恣紫が纏う、絶対的王者のイメージが、一変して──人間を跪かせて、一人玉座の上で偉そうにふんぞり返っているくせに、その卑しくくびれた腹の奥に子宮を隠して、ちんぽをイラつかせる、身の程知らずの馬鹿メス。
男の股座に跪いて、キンタマや足の裏を必死こいて舐め回したがる、媚びたがりで厭らしい、奴隷趣味の娼婦ということになってしまう。
──なんて、頭の中で無礼極まりないことを考えているのも、恣紫には全て筒抜けだ。
けれど、だけれども。
それに対し、恣紫が機嫌を損ねるなんて不安は──僕の中には、一欠けらも、ありはしなかった。
だって、恣紫は、マゾだからだ。
──ぶるりと、腰を大きく震わせ、また背骨が引っこ抜ける。
こんなの、だめだ、耐えられるわけがない──。
恣紫は、そんな僕の心境を見透かしたような、やはり超越者然とした無表情で、じっと僕に視線を向ける。
全部、全部、僕の性癖も、女の好みも、心のどこが柔らかくて脆いのかも、全てを知り尽くした、目線。
どう考えたって、天地をひっくり返そうとも勝てっこない、絶対的強者のそれに屈服しながら、僕はもう一つ濃い精液を吐いた。
飛び散った精子は、全て、恣紫の太ももに引っかかった。
「……それで、さ。ついでに親友も、思い出してよ」
──けれど、恣紫は一切の反応を示さない。
種汁を無駄吐きし、黄ばんだ汚液でお気に入りのジーンズを汚しても、無反応。
何事もなかったかのように、世間話をするトーンで、僕に語りかける。
──これ以上なく、とびきり不躾なセクハラの、許容。
吐いたばかりの種汁が、また金玉に補充されていく。
「親友は、さ……俺の、親友なの。だからね、つまり……」
妙にうっとりと、熱っぽい目線。
先程までの恣紫の顔立ちが、本能が理解を拒み、気が狂うほどの美しさだとすれば──今の恣紫は表情は、ただ、えろい。
威圧感も何もなく、少し目尻を下げて、唇はぷっくり厚く、つやっつや。
その濃紫の瞳にすら、冷徹さなんて一切なく、視線にはひたすらに好意だけが込められていて、目も合っていないのにむず痒い。
そして、視線を合わせても──あの、身の毛がよだつ感覚すら、今の恣紫からは感じない。
むしろ、身体の奥底が、蕩けるように熱い。
それは、きっと──今の恣紫の中に、苛立ちがなく。
代わりに、僕に対する、とめどない好意があるから。
恣紫が、心の奥底から、僕に媚びきっているから。
「親友。キミはね、俺と同じだけ……いや、俺より、強いの。偉いの」
今度、ぶるりと震えたのは、恣紫の方だった。
それを言い終わらないうちに、彼女はオーガズムに達するように、一瞬、呼吸すら途切れさせる。
その仕草の、色っぽいこと。
まるで、恣紫が僕のことを、本気で永遠に愛してくれると、そう錯覚してしまうくらい。
「だから、親友はね……欲望を、我慢しちゃダメなの。俺にしたいことがあったら、俺にさせたいことがあったら……絶対、言わなきゃダメ。やらなきゃダメ」
吐息同士が、シンクロする。
目の前には──人間用のシングルベッドには、到底不釣り合いな、大きな大きな身体。
少しばかり脚を曲げないと、足先がはみ出てしまうほど。
どうしようもなく、太ましく幅広な尻が、そして巨大な乳肉を支える胴が、隙間なくみっちりとベッドの横幅を占拠してしまうほど。
成人男性の平均くらいの身長を持つ僕が相手でも、母と子ほども体格差を作り出してしまうくらい、恣紫の身体は、デカい。
と、言うよりは──甘えるための余白が、とても多い。
思わず身体を擦りつけたくなる部位が、選択肢が多すぎて嫌になるくらい、豊満すぎる。
そして、僕は今日、確かに──ちょうど、そんな女体に甘えたい気分だった。
「親友は、俺を従えて。俺のこと、好き勝手に、触って」
恣紫は、その身体を、セックスの度に都合よく、ころころと変えてくれる。
僕のちんぽの溜まり具合、そして僕にすら分からない、深層心理にこびりついた理想を、100%以上の精度で読み取り、完璧を通り越した完成度で、ため息を吐くほど素晴らしく、再現してくれる。
艶々すべすべ、高身長で高頭身のモデル体型で、くびれは悩ましくきゅっと締めておきながら、メリハリをたっぷり効かせた、いわゆる最高にイイ女の身体から。
むっちむちで肉まみれ、蜜をたっぷり蓄えた、抱きついて甘えるのに最も適した、クイーンサイズの布団のような、抱き合う相手として200点の女体まで。
どれだけでも、ほんの一言伝えれば用意してくれて、しかもその女体は、どれだけ触っても怒られない。
人目も憚らずにベロキスをかますような、熱々を通り越したバカップルですら、百年の恋も冷めるような、性欲丸出しの猿じみた手つきで、好き勝手まさぐっても──彼女はどうしてか、許してくれる。
その、むっちむちに張り詰めた尻肉も、セクハラ親父が雌の孕ませ具合を品定めするように、ちんぽ本位に、身勝手に、撫で放題。
その、シャツの中でふるりと震える、どっしり重い雪見大福のようなおっぱいを、インナーの中に無理やり腕を突っ込んで、ヤリチンが都合のいいATM兼オナホをホテルに連れ込む時みたいに、手の跡が付くほど、なまちちを鷲掴みに揉みたくり放題。
僕以外の人間には、爪の先すら触れることにも、あるいは触れられることにも、あれだけの嫌悪感を剥き出しにする恣紫が。
特に男なんて、視界に入れたくもないゴミ未満の存在だと、不遜に言ってのける、あの暴君淫魔のデカケツを、デカパイを、太ももを──僕は、べちりと叩いて、ぶるりと波打たせることが、できる。
どんなに理想の女性と付き合っても、絶対にあり得ない、贅沢の極みだ。
全人類は俺の奴隷だと、そう公言して憚らず、しかも誰一人としてそれを否定することができない、宇宙一の高嶺の花と言っていい雌を、手籠めにする快感。
恣紫が一人いれば、どんな体つきの女とも、その場でいくらでも浮気し放題という──淫魔を抱くことでしか得られない、雄として究極の優越を、味わえる。
「そうしたら……あとは、俺が勝手に、親友のやりたいことを、やりやすいようにサポートするから。……尽くして、媚びるから」
そして──その優越は、僕に性欲がある限り、恣紫が勝手に読み取って、勝手に叶えてくれる。
もう、もう、身震いでは表現できないほど、幸せ。
──ぎらぎらと、恣紫の瞳の紫が、濃くなる。
それに合わせて、彼女は息継ぎすら減っていき、枷を切り、捲し立てるように、僕に迫りくる。
両手両足を今にもわきわき、開いたり、閉じたり。
ただ、僕を抱きとめ、甲斐甲斐しく頭を撫で、背中をかき抱き、ひたすら褒めそやそうと、動かす。
てらてらとした、芳醇な艶がまぶされた、シャツ越しの雌肌。
それを、贅沢に惜しむことなく差し出して、早く抱きつけと、密着をせがむ。
──いつも感情の見えない恣紫の、あからさまな、興奮。
普段は無口で無表情で、常にダウナーだからこそ、ほんの少しの言動の違いが、大きな感情の揺れ動きを示す。
だから、彼女は今──すごく、すごく、悦んでいる。
自分の価値を、自分でどん底まで貶めて、突けば消し飛ぶ下等生物のオナホに成り下がることに、どうしようもなく劣情を抱いている。
そして、恣紫は。
その上で、僕の心の奥底に、どんな欲望がむらむらと渦巻いているか、知っておきながら。
瞳をまた、ぎらと輝かせ、僕の心に暗示をかける。
脳みその中が、ひどく単純になる心地を抱く。
もちろん、その暗示の内容といえば──理性の崩壊。本能の露出。
女を抱きたいと思えば、例えそれがレイプだったとしても、絶対に我慢できず。
例えば、これは本当に例えばの話だが──その雌を、暴力的に押さえつけ、首を絞めながら征服してやりたいと、ふと思ったなら、一切の逡巡もなく、良心が呵責することすらなく、してしまう。
そのリミッターを、恣紫は自ら、外させた。
──キミになら、何をされてもいい。
その言葉の証拠を、出せとも言っていないのに、勝手に示すかのように。
恣紫は、真性の、ドマゾだった。
どく、どく、と。
恋人を前にした時のように、心臓が甘く跳ね上がる。
彼女の本性も、まだよく理解していないのに、セックスから好きにさせられる。
危険だ。
こんなの──恣紫も望んでいないだろうし、こんな関係は絶対に長続きしないと、分かっているのに。
セックスの時だけしおらしく、献身的になる彼女の態度が、ひどく普段の姿とギャップが効いていて──何もかもを放っぽり出して、プロポーズしたくなる。
悪魔に本気になってはいけないと、頭では分かっているのに。
でも、そのくせ──
「あ……それから、もう一つだけ……」
「今だけは、俺の事……ううん、”私”のことは」
「『シェシィ』……って、呼んでほしい……」
──なんて、恣紫が、いやシェシィが、わざとらしいほどいじらしく、卑しく。
脳みそが恋愛ホルモンで茹だった、大学生ぐらいの若い男女がそうするように、セックスの時だけは愛称で呼んでくれなんて、そんなことを言うものだから。
僕は居ても立ってもいられず、矢も楯もたまらず、がむしゃらに。
想像するだけで胸焼けがするような、甘ったるいバカップルのいちゃらぶ交尾に舵を切り──
ぷっつり途切れた理性で、その身体に、飛び込んだ。